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世界で活躍する日本人アスリートたちの勝因に迫る

2024.6.18

全米女子オープンで笹生優花はなぜ優勝できたのか

写真:AP/アフロ



連日、ロサンゼルス・ドジャース大谷翔平や男子プロゴルファー松山英樹などの活躍が報道されており、世界で活躍する日本人へ私たちは熱い声援を送っている。

 

そんな中、新たな功績を挙げたのが女子プロゴルファーである。笹生優花は世界最高峰の全米女子オープンで2度目の優勝を成し遂げ、渋野日向子も2位という好成績を収めた。海外選手に比べて体が小さく、パワー不足と言われてきた女子ゴルフ界でワンツーフィニッシュをした、その勝因を「書斎のゴルフ」元編集長で、著書にゴルフ書籍が多数ある本條 強が解く。




世界屈指の難コース「ランカスターC C」はどう制すべきか

 

 

全米女子オープンは世界最高峰の女子ゴルフの大会である。なぜ世界最高峰か。まずは賞金額。通常の大会の約10倍もの賞金が支払われる。そして舞台となるゴルフ場は世界屈指の難コースが指名され、最高に難しい試合セッティングが施される。これは1940年に第1回大会が始まったときから今も変わらない。

 

今年はアメリカ・ペンシルベニア州のランカスターCCで開催された。フェアウェイはアップダウンがきつく横向きの傾斜も多い。池や川が絡み、風が強く吹く。セッティングはラフを深くし、グリーンを固く速くする。ドライバーショットの高い精度が求められ、アイアンショットでは距離を正確に把握し、グリーンに球を止める技術が要される。アプローチもラフから上手に脱出して距離をコントロール、グリーンは強い傾斜を読み抜く力が必要となる。

 

つまり、全米女子オープンは相当の実力がなければ制覇できない。高くバラエティに富んだ技術力と我慢強く戦える精神力、飛距離十分で4日間を戦える体力、さらに繊細な感覚力が必要なのだ。この至高の全米女子オープン優勝を日本の笹生優花が2021年に達成。そしてこの2024年、2度目の優勝を成し遂げたのだ。1度ならばフロックと言われるかもしれない。しかし2度の優勝は笹生を真の実力者と認める絶対的なものである。




強豪たちが予選落ちをしたことからはじまった戦い

 

全米女子オープンが世界最高に至難な試合であることは、今回の全米女子オープンでも十分に証明されている。並み居る強豪が予選落ちを喫したからだ。その最たる者は今年7戦6勝の世界ランキングナンバーワンのネリー・コルダの予選落ち。初日にパー3で池に3度も入れて10打を叩いてのトータル80は彼女のプロワースト記録。昨年のこの大会の覇者、アリセン・コープスも予選落ち。メジャーを制してきたリディア・コーもレクシー・トンプソンもジュタヌガーンも予選落ちを喫している。風が強く吹き、少しのミスも許されない過酷な戦いに耐えられなかったのだ。

 

 

しかしである。日本の女子は21人が参戦して何と14名が決勝に進出。しかも試合を終えるやベスト10に5人も入ったのである。優勝は笹生だが、2位は渋野日向子。見事なワンツーフィニッシュだった。ついこの間までの韓国選手時代、アメリカヤング世代を凌駕する新しい日本人の時代が世界を席巻してきたと言っていい大活躍ぶりである。これは宮里藍が活躍して女子プロは稼げると親が判断して、我が子を幼少のうちから英才教育を施してきたからに他ならない。日本の女子ゴルフ界のレベルが一気に上がった。今や世界一流の実力があると言ってもいいだろう。







ゴルフイメージ ゴルフイメージ

父親による徹底的なゴルフの英才教育が世界で実る

 

優勝した笹生は父が日本人で母がフィリピン人のハーフ。父の徹底指導の下、フィリピンで小学生から本格的にゴルフに取り組んだ。ジュニア時代は飛距離もあり日本に敵なしだったが、全米女子ジュニアに出てコテンパンにやられた。飛距離もスコアも。そこで一からすべてを鍛え直した。まずは体。60kgのバーベルを持ち上げ、5kgの重りを胸につけての腹筋など。父は「俺を怨むな、お前のためだ」と悲愴なトレーニングは精神力も鍛えた。技術では球筋を飛距離の出るドローボール*をマスター。2020年にLPGA会員となり、すぐに2勝を挙げてこの年全米ツアーにも挑戦。精度の高い飛距離と感性豊かなパッティングで瞬く間に全米女子オープンに勝ったのである。

 

 

しかし、1回目の優勝は若さ故の勢いもあり、首位を走っていた世界屈指のトンプソンが自滅したラッキーもあった。それから3年、笹生は実力を蓄えた。ショットに磨きをかけた。まずはドロー一辺倒だったのところへフェードボール**をマスターした。レジェンドの岡本綾子は「ドローとフェードのどちらも打てるようになったらとんでもない選手になる」と予言した。それを知って知らずか、おそらくフェードが必要だと感じたのだろう。今回の全米女子オープンではフェードを駆使したショットでバーディを何度も奪った。勝負を決めたと言っていい最終日16番のパー4を3番ウッドを使ってティショット、フェードボールでグリーンにワンオン、楽々バーディを奪ったのである。







さらに笹生はアプローチも磨きをかけた。グリーン周りの長いラフが選手を苦しめた***が、笹生は事もなげに距離を合わせていく。3日目の17番パー3での深いラフからのアプローチをピンにピタリと寄せ、最終日最終ホールのアプローチもOKに寄せた。アプローチが寄らなければボギーは必須のゴルフ、寄せてパーで切り抜けられるかが勝負を分ける。集中力が持続できるからである。
もちろん、今回の舞台は傾斜があるフェアウェイだけに狙いが狂えばすぐにラフにまで転がり落ちてボギーとなる。傾斜のきついグリーンもタッチが合わなければすぐに3パットボギーになる。こうしたことも笹生は巧みな技術と高い感性で切り抜けていった。しかし、最も功を奏したのは笹生のアイアンショットの精度である。

 

 

全米ツアー参加の経験を積むことで攻め方を知る

 

 

アメリカの多くはグリーンだけでなくフェアウェイもラフもベント系の柔らかい芝である。今回のランカスターも同様だ。ベント芝はフェアウェイでもボールが少し沈むし、ラフでは草が絡みつく。日本ではグリーンこそベント系の芝だが、フェアウェイもラフも高麗芝。ボールが浮き、打ちやすい。故に、アメリカで勝つにはベント芝に慣れる必要がある。それも実戦でしっかりとコンタクトできるようにならなければならない。なぜならゴルフではすべてショットはその場1回のみ。ミスは許されないだけに選手は全米ツアーに参戦して徹底的にベント芝の実戦感覚を植え付けなければ勝てないのだ。







笹生はグリーンを狙うショットが冴え渡った。アップダウンのあるフェアウェイからしっかりとコンタクトできた。だからこそボールスピンもコントロールでき、風を計算できたのである。しっかりとグリーンを捉えてパーをキープでき、バーディも奪えることができたのだ。2位に3打差を付けた優勝はこうした経験と実績がものと言ったわけである。実際最終的にアンダーで回ったのはこの笹生と2位の渋野だけである。渋野もまた全米ツアーに挑戦してベント芝への対応ができていたと言っていい。さらに日本人の3番手、6位に入った古江彩佳も全米ツアー挑戦者だ。今回は不本意な成績だったが全米ツアーで6勝し、何度もメジャーにあと一歩の畑岡奈紗も同様である。

 

 

今大会、日本人選手が大活躍したが、世界最高峰の全米女子オープンに優勝したいのであれば、全米ツアーに参戦しなければ夢をつかむのはなかなか難しいだろう。そのことは男子ゴルフの松山英樹のマスターズ優勝も同様だったし、野球でも他のスポーツでも一緒である。大谷翔平の大成功も日本で実力をたくわえ早い時期に大リーグに参戦したからと言ってよいだろう。ぐずぐずと日本に留まっていては世界最高の選手にはなれなかったに違いない。もはやスポーツは世界を手中に捉えるグローバルな視野が必要な時代なのである。

 

 

*右から左に曲がる飛距離の出るショット。
**左から右に曲がるボールを止めやすいショット。
***草がクラブに絡みついて脱出しづらく距離感を合わせるのも至難の業。






本條 強
Tsuyoshi Honjo

1956年生まれ。スポーツライター。武蔵丘短大客員教授。関東ゴルフ連盟広報委員。『書斎のゴルフ』元編集長。著書多数。近著に『ゴルフの真髄』(日経BP)、『マスターズ』『ゴルフ白熱教室』(ちくま新書)など。

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