ようやく春めいてきた3月初旬、山梨県北杜市の「リゾナーレ八ヶ岳」が県内の「Kisvin Winery(キスヴィン・ワイナリー)」とコラボレーション。ホテル内のメインダイニング「OTTO SETTE(オット・セッテ)」でワインメーカーズディナーを開催しました。
Kisvinワイナリーを訪ねたところはじまり、リゾナーレ八ヶ岳で体験したKisvinのワインから構築した数々の素晴らしい料理、さらにはリゾナーレ八ヶ岳での滞在をワインジャーナリストの柳 忠之(やなぎただゆき)が紹介します。
Kisvinの魅力を紐解く Kisvinワイン畑とワイナリーを訪れる
八ヶ岳の南麓、山梨と長野の県境に佇むリゾナーレ八ヶ岳。山梨・長野といえば、どちらもワインの銘醸地です。ここリゾナーレ八ヶ岳は、星野リゾートの中でもとくにワインにスポットを当て、その魅力を満喫できる“ワインリゾート”を標榜しています。
その詳細は現地についてから語ることにして、一行を乗せたバスは正午前に東京・丸の内を出発。まずはワイナリーのある山梨県甲州市の塩山地区を目指します。
中央高速を勝沼インターチェンジで下り、山坂道をしばらく走って到着したのはブドウ畑の前。そこにKisvinのふたりのワインメーカー、斎藤まゆさんと川上黎さんが待っていました。
山梨県甲州市の塩山地区。市の南西部に佇む小高い丘「塩の山」が名前の由来とされ、2005年に旧勝沼町や大和村と合併して甲州市となった。しかしこの地で塩が取れるわけではなく、「四方の山」が転じて「塩の山」になったという。
Photo by tadayuki yanagi
3月になって眠りから覚めたブドウの樹が土中の水を吸い上げる。剪定を終えた枝の先から“ブドウの涙”がこぼれ落ちる。
目の前のブドウは山梨で1000年以上の歴史を誇る甲州種。剪定を終えた枝の先から樹液がポタポタと垂れ始めています。「これはブドウが休眠から目覚め、今年の活動を開始した知らせです」と斎藤さん。仕立て方も甲州では一般的な棚仕立てですが、生食用のブドウとも醸造用のブドウとも少し異なるKisvin独特の剪定法がとられています。
「通常の剪定法では、枝の元の方と先の方でブドウの出来に差が生じることがありました。そこで試しに枝の長さを長短互い違いにしてみたら、全体に均一なブドウが収穫できたんです」と川上さん。斎藤さんは「結果がはっきりわからずとも、まずはトライしてみるのがKisvin精神」と語ります。
Kisvinのワインメーカー、斎藤まゆさん(左)と川上黎さん(右)。
そこからまたバスに乗り込み、同じく塩山地区のワイナリーへ。といっても、海外のワイナリーとは比較にならないほどの小さな規模。まさに“ガレージワイン”という表現がぴったりです。樽熟成庫ではシャルドネのバトナージュを川上さんが披露。これは樽の底に溜まった澱を専用の棒でかき回し、ワインに厚みと滑らかさを与える作業です。
「子供の頃、母がお味噌汁を作ると私を呼んで味見させるんです。バトナージュはだし汁にお味噌を溶くのに似ていて、作業のたびに子供の頃の記憶がよみがえります」と斎藤さん。
続いてステンレス製の発酵タンクが並ぶ施設に移動し、ラベル貼りのデモンストレーション。驚いたことに一本一本、手貼りです。Kisvinはこのラベル貼りひとつにもこだわりがあり、ボトルの縫合線にラベルを被せない、ラベルはボトルの底から20ミリの位置に貼るなどのルールを設けているとか。
「ラベル貼りまで自動でできる瓶詰め器があればどれだけ楽なことか。きらびやかなワイナリーがうらやましいと思うこともあります」と本音をもらす斎藤さん。「でも私たちは本物のワインを造ることに専念してきました。本物のワインは質の高いブドウがあってこそ。ですから私たちは、ワインの売り上げをまずブドウ畑に還元してきました。そのおかげで今日までワインを造り続けて来られたのだと思います」。
バトナージュ前と後のワインが注がれたグラスをもつ斎藤さん。濁り具合がこんなにも違う。「母が作るお味噌汁を思い出す」と斎藤さん。
Photo by tadayuki yanagi
小型の発酵タンクが並ぶ醸造施設はまさにガレージワインの趣き。ここから世界が認めるプレミアムなワインが生まれ出る。
Photo by tadayuki yanagi
レストランバスで堪能する Kisvinワインの芳醇な味わい
ワイナリー見学のあとはまたバスに乗車し、一路、リゾナーレを目指すのかと思えば、高速道路に入る前にバスを乗り換え。屋根がぽっかり開いた二階建てのバスは、その名もレストランバス。二階のキャビンで食事ができるようになっています。
車内でリゾナーレが用意したアペタイザーが配られ、ここでようやくKisvinのワインが登場。
サプライズのレストランバスに乗り換え、八ヶ岳を目指す。バスは1階が配膳のためのキッチン、2階がオープントップのキャビンになっている。
リゾナーレ八ヶ岳が特別に用意したアペタイザー。
Photo by tadayuki yanagi
21種類ものブドウ品種が混醸された「Kisvin Blanc 2024」をゲストに注ぐのは、リゾナーレ八ヶ岳の加茂文彦ソムリエ。フランスから農事功労章を贈られた、日本が誇る名ソムリエのひとり。
Photo by tadayuki yanagi
ワインのサービスはリゾナーレ八ヶ岳の加茂文彦ソムリエです。パリの名店「リュカ・カルトン」で研鑽を積み、帰国後は日本国内のラグジュアリーホテルでシェフソムリエを歴任した日本が誇る名ソムリエのひとり。奥様の夢であった八ヶ岳移住を実現させ、昨年からリゾナーレ八ヶ岳でワインのサービスにあたられています。
グラスに注がれたのは「Kisvin Blanc 2024」。とても香り高い白ワインで、なんと、21種類ものブドウ品種を一緒に搾って造ったとのこと。品種の中にはシャインマスカットやマスカット・オブ・アレキサンドリアも含まれ、それがこの華やかな香りを醸し出しているようです。
Kisvinが世界的に注目されたきっかけは、ワイン界巨匠のSNS
バスの中で、斎藤さんがKisvinの歴史について語ってくれました。
Kisvinは2013年創業のまだ歴史の浅いワイナリーです。そのルーツは山梨県で3代続く荻原ブドウ園。3代目の荻原康弘さんは日本ワインの時代が来ることを予見し、2005年からワイン醸造用ブドウの栽培に取り掛かります。当初は収穫したブドウを近隣のワイナリーに販売していましたが、そのワイナリーから「お宅のブドウは格段に違う」と言われ、荻原さんは自社でのワイン醸造を決意。カリフォルニアで醸造学を勉強していた斎藤さんをヘッドハンティングしました。「造ったのはいいけれど、最初は在庫の山。親戚のおばさんを拝み倒して買ってもらっていました」と斎藤さん。
ところがある日、斎藤さんの、いや、Kisvinの運命を変える人物が現れます。それは2010年度の世界最優秀ソムリエで、ワイン界の最高権威マスター・オブ・ワインの称号をもつジェラール・バッセさん(2019年に他界)。斎藤さんは来日したバッセさんとディナーを共にするチャンスに恵まれ、そこでKisvinのワインをテイスティングしてもらいました。するとピノ・ノワールを大絶賛。バッセさんがそのワインの画像に「才能ある醸造家、斎藤まゆ」と添えてソーシャルメディアにアップしたことをきっかけに、日本のマスコミも騒ぎ出し、在庫一掃。一夜にしてワイン愛好家が血眼になって買い求める、日本ワインのプレミアムブランドとなりました。まさにシンデレラストーリーです。
ディナーでは川上さんが初めて手がけたKisvin Zinfandel Roséや、世界最優秀ソムリエのジェラール・バッセさんが絶賛したKisvin Pinot Noirも供された。
リゾナーレ八ヶ岳のもう一つの愉しみ ワインを極める贅沢時間
そのようなお話を伺っているうちに、バスはリゾナーレ八ヶ岳に到着。ワインリゾートへと誘われます。
まずはワインショップの「八ヶ岳ワインハウス」。ここでは山梨・長野の希少なワインが買えるだけでなく、プリペイド式のワインサーバーで常時24種類のワインが試飲可能。興味がそそられるワインを、25mlのひと口サイズから試せるのはうれしいかぎりです。また「BYO (BringYour Own) 」といって、ここで購入したボトルをリゾート内のレストランやカフェに無料で持ち込んで楽しむことも可能です。
世界的建築家のマリオ・ベリーニが設計したリゾナーレ八ヶ岳。イタリアの山岳都市をイメージしたとされる。これは象徴的なピーマン通り。
入手困難なアイテムも並ぶワインショップの「八ヶ岳ワインハウス」。プリペイド式のワインサーバーから試飲もできる。
そして、ワインリゾートを象徴する客室が「ワインスイートメゾネット」。その名のとおり、
ワインの余韻に浸るために設られたメゾネットタイプのスイートルームで、ボルドーカラーを基調としたインテリアがワイン好きの心を鷲掴み。小型のセラーには有料ながら各種ワインが用意され、気が向いた時に楽しむことができます。
最後に、ワインとのペアリングを堪能するメインダイニングの「OTTO SETTE」です。2年前にリニューアルし、天井がアーチを描いたワインカーヴのイメージに進化しました。今回のワインメーカーズディナーはリニューアル後初となるイベントとのことで、期待が大きく膨らみます。
ワインをこよなく愛するゲストのために設られた「ワインスイートメゾネット」。ボルドーカラーを基調としたインテリアが気分を盛り上げる。
ワインカーヴをイメージする「OTTO SETTE」で目眩く幸せ時間
料理は2021年からOTTO SETTEの料理長を務める鎌田匡人シェフ。自然に恵まれたこの地ならではの食材を用い、イタリアンの技法で調理。加茂ソムリエとのコンビネーションで、ワインとのマッチングを最大限に引き出した料理が提供されました。
例えば最初のひと皿は、ピノ・ノワールとシラーをブレンドした「Kisvin Rubis 2021(キスヴィン・ルビー2021)」に合わせて「甲斐あかね鱒と鹿肉のタルターラ」。
「軽めの赤ワインなので、赤身の肉を冷製のアンティパスト(前菜)にしてほしいとシェフにリクエストしました」と加茂ソムリエ。山梨では近年ジビエ(狩猟肉)が名物で、今回は鹿肉をビーツと一緒にゆっくり火入れ。エスプーマにした鱒と合わせて、ピエモンテ地方のビッテロ・トンナートのようなイメージに仕上げたそうです。
ディナーが始まって5本目のワイン「Pinot Noir Rosé(ピノ・ノワール・ロゼ2024)」が登場した後にまたサプライズが。ロゼがもう一種サーブされました。「Zinfandel Rosé 2020(ジンファンデル・ロゼ2020)」です。
このロゼは2つの意味で特別なワインです。ひとつはこの年を最後にジンファンデルの栽培を断念し、他の品種に転換してしまったため、これが最後のジンファンデルであること。
メインダイニングの「OTTO SETTE」は2年前にリニューアル。ワインカーブをイメージしたアーチ型の天井となった。
ゲストにワインの解説をする斎藤さん。自身が手がけたワインへの熱い想いが伝わる。
NHKの番組「仕事の流儀」に、斎藤まゆさんが出演したのはまさにこの年。2020年は雨が多く、ただでさえも雨を嫌うジンファンデルにとって過酷な年でした。ジンファンデルを引き抜くエピソードは番組でも取り上げられていました。
もうひとつは後輩ワインメーカーの川上さんが初めて単独で醸造を任されたのが、この2020年のジンファンデル・ロゼということ。色付きの悪いジンファンデルをロゼに仕上げたところ、これが功を奏し、果実味豊かで飲みごたえのあるロゼワインに仕上がりました。しかし、ワインが出来上がった頃にはすでにジンファンデルの樹はなく、このワインが幻の一本となってしまいました。
ディナーのメニュー。
山菜のトルタにKisvin Koshu Réserve 2022。
虹鱒のロースト、苺のケッカソースにKisvin Pinot Noir Rosé 2024。
牛フィレ肉のじゃがいも包み焼きにKisvin Pinot Noir 2019。
肉料理を自ら切り分ける鎌田匡人シェフ。
そしてこのディナーの席で斎藤さんは、川上さんの醸造責任者昇格を発表。自身は醸造総指揮の立場で、今後もKisvinのワイン造りを支えていくと語られました。
ディナーでサーブされたワインは、サプライズのジンファンデル・ロゼも含めて9種類。一方の料理はアンティパストからドルチェ(デザート)まで全7品。ピノ・ノワール・ロゼがもつイチゴのアロマに合わせ、ふだんはソースにトマトを使うところをイチゴに変更したりと、細かな微調整を加茂ソムリエと鎌田シェフが取り組んだ結果、完璧なマリアージュのワインメーカーズディナーとなりました。
銘酒あるところに美食あり。逆もまたしかり。リゾナーレ八ヶ岳では、今後も山梨・長野両県のワイナリーとコラボレーションし、さまざまなイベントを開催していくそうです。日本ワインの発展にワイン・リゾートが果たす役割は計り知れず、これからも目が離せません。
雨降りの2020年に初めて手がけたKisvin Zinfandel Roséを解説する川上さんと、その姿を袖から見守る斎藤さん。この日、川上さんの醸造責任者昇格が発表された。
Photo by tadayuki yanagi
柳 忠之 Tadayuki Yanagi
ワインジャーナリスト 196年横浜生まれ。ワイン専門誌の記者を経て、1997年からフリーのワインジャーナリスト。世界各地を取材した情報を発信。専門誌のほか、ライフスタイル誌にもワイン関連の記事を寄稿。シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ、ボルドー・ボンタン騎士団名誉コマンドゥール。
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