2026年6月、東京・有楽町の外国特派員協会(FCCJ)で開催された講演会に、長崎市の鈴木史朗市長が登壇した。
アメリカの有力紙『ニューヨーク・タイムズ』が毎年発表する「52 Places to Go(行くべき52ヶ所)」。2026年版では、日本から長崎と沖縄が選出され、長崎は17番目に紹介された。さらに読者投票では5位に選ばれ、世界的な注目を集めている。
冒頭、鈴木市長は、「日本と世界を結ぶ玄関口として発展してきた都市として長崎ですが、長崎には世界遺産もありますし、美しい景観もあります。しかし、それだけで選ばれたとは思っていません」と語った。
「長崎には交流の歴史があり、平和への願いがあり、人々の暮らしがあります。そうした一つひとつの物語が評価されたのではないでしょうか。今の時代は、単に有名な観光地を見るだけではなく、その土地が持つ背景やストーリーに価値を感じる旅行者が増えています。長崎はそうした意味で非常に魅力的な都市だと思います」
世界から評価されたのは、観光資源の豊富さだけではない。そこに息づく歴史や文化、人々の営みを含めた「物語」そのものだと市長は選出の理由を分析した。
世界に開かれた港町が育んだ多文化共生のDNA
長崎を語るうえで欠かせないのが、出島を中心とした国際交流の歴史である。
江戸時代、日本が鎖国政策をとる中で、長崎は唯一西洋へ開かれた窓口だった。特に出島はオランダとの交易拠点として機能し、海外の人・モノ・文化・知識が流入する重要な場所となった。
その結果、長崎には日本、中国、ヨーロッパの文化が融合した独自の文化が育まれた。
「長崎では、日本、中国、オランダの文化が混ざり合い、『和・華・蘭(わからん)文化』と呼ばれる独自の文化を形成してきました。多様な価値観を受け入れてきた歴史こそが長崎の財産です」
異文化との共生は、長崎の街並みにも色濃く表れている。石畳の坂道の先に教会があり、その近くには寺院や和風建築が並ぶ。和洋中が自然に共存する風景は、日本国内でも極めて稀有なものだ。
「長崎の歴史を振り返ると、異なる文化や宗教、価値観を持つ人々が共存してきました。その経験は今の時代にも大きな意味を持っています」
さらに市長はこう続ける。
「世界では分断が課題になっていますが、長崎は交流によって発展してきた都市です。異なるものを受け入れながら共に生きるという価値観は、これからの社会にも必要ではないでしょうか」
長崎の人々に感じる穏やかさや寛容さも、こうした歴史の積み重ねの中から生まれたものなのだろう。
「日本のサンフランシスコ」と称される独特の景観
長崎の魅力は文化だけではない。
港を囲むように山々が連なり、その斜面に住宅が建ち並ぶ独特の地形は、しばしば「日本のサンフランシスコ」とも称される。
「港から山へと続く街並みは、長崎ならではの風景です。海と山が近接していることで、歩くたびに異なる景色と出会うことができます」
グラバー園から望む港の風景、稲佐山から見下ろす夜景、異国情緒漂う東山手や南山手エリアなど、長崎にはコンパクトな街の中に多彩な表情が凝縮されている。
「長崎は大都市のような規模ではありませんが、その分、人と街との距離が近い。ゆっくり歩きながら街の魅力を発見できる都市だと思います」
被爆地としての使命と平和への発信
鈴木市長は講演の中で、被爆地としての長崎の役割についても話した。
1945年8月9日、長崎は人類史上二度目となる原子爆弾の被害を受けた。
「1945年末までに約7万4千人が命を失い、市民の約3分の1が犠牲となりました。被爆者の皆さんは、その後も放射線被害や偏見と向き合いながら生きてこられました」
しかし長崎は、その悲劇を乗り越えて復興を遂げる。
被爆から間もない時期に長崎くんち(長崎の氏神様「諏訪神社」の秋季大祭)が再開され、1955年には平和祈念像が建立された。毎年8月9日には平和祈念式典が開催され、世界へ向けて平和のメッセージを発信し続けている。
また、1981年にはヨハネ・パウロ2世、2019年にはフランシスコ教皇が長崎を訪れ、信仰と平和の尊さを訴えた。
「長崎は人類最後の被爆地です。だからこそ核兵器廃絶を訴え続ける責任があります」
鈴木市長自身も核兵器不拡散条約(NPT)関連会議に合わせてニューヨークを訪れ、国際社会へメッセージを発信している。
「被爆者の高齢化が進む中で、私たちは何を次世代に残せるのかを真剣に考えなければなりません」
さらに市長はこう続ける。
「長崎が伝えたいのは悲惨な歴史だけではありません。その経験を経て、人類がどう平和を築いていくのかという未来へのメッセージです」
「数字や政策だけでは伝わらないことがあります。映像や物語には、人の心を動かす力があります。だからこそ私たちは様々な形で発信を続けています」
参加者と交流する鈴木市長。
「量より質」を追求する観光戦略
観光政策について、市長は明確なビジョンを示した。
「私たちは観光客数だけを追い求めるつもりはありません。地域の暮らしが犠牲になってしまっては意味がないからです」
京都などでオーバーツーリズムが課題となるなか、長崎はまだ十分な受け入れ余地があるという。一方で目指しているのは、単純な人数の増加ではなく、高付加価値型観光への転換だ。
「私たちが重視しているのは、一人ひとりの旅行者により深く長崎を体験していただくことです」
長崎市は欧米豪市場へのアプローチを強化している。
「欧米豪の旅行者は滞在期間が長く、地域での消費額も高い傾向があります。日帰り観光ではなく、二泊三泊、あるいはそれ以上滞在しながら文化や食を楽しんでいただきたい」
また、長崎観光を象徴する存在の一つが、世界文化遺産に登録されている端島、通称「軍艦島」だ。
かつて海底炭坑によって栄え、日本の近代化を支えた島は、現在では国内外から多くの観光客が訪れる人気スポットとなっている。
「軍艦島には、日本の近代化の光と影の両方があります。その歴史を体感できることが大きな価値だと思います」
長崎には、原爆による被害を受けた地域と、地形や気象条件によって被害を免れた地域が共存している。
「長崎は平和の尊さを実感できる街です。過去を学び、未来について考えるきっかけを与えてくれる場所でもあります」
鈴木市長は長崎の歴史から食文化、新たな食の提案まで幅広く紹介。
食文化にも息づく国際交流の歴史
長崎の魅力は食文化にも色濃く表れている。
出島を通じて伝わった砂糖文化から生まれたカステラは、長崎を代表する銘菓として知られる存在だ。
また、中国文化の影響を受けたちゃんぽんや皿うどん、和洋中が融合した卓袱料理なども長崎ならではの食文化である。
「長崎の食文化は、海外との交流の歴史そのものです。ちゃんぽんも卓袱料理も、多様な文化が交わる中で生まれました」
さらに市長は、新たな名物として「ながさき刺しゃぶ」を紹介した。
「まずは刺身として味わい、その後しゃぶしゃぶにし、最後は旨味が溶け込んだ出汁で麺を楽しむ。長崎の豊かな海の幸を存分に味わえる料理です」
長崎近海は一年を通じて豊かな漁場に恵まれている。
「長崎の海は非常に豊かで、質の高い魚介類が一年中手に入ります。食を目的に訪れていただいても十分満足していただけると思います」
旬の魚の刺身をしゃぶしゃぶにして、薬味と共にいただく「ながさき刺しゃぶ」。
旬の魚を各お店の出汁やタレでしゃぶしゃぶにすることで、刺身とは違う長崎の魚の旨みを楽しむことができる。
長崎の名産品。日本三大珍味と呼ばれる「からすみ」。長崎半島の先端部に位置する野母崎地方で捕れる鯔(ボラ)の卵で製造。「角煮まんじゅう」は中国から伝えられたトンポーロウを長崎風にアレンジ。「カステラ」は室町時代末期にポルトガル人から伝った西洋洋菓子が長崎で独自に進化。「長崎かんぼこ」はかまぼこの長崎弁。(左上から時計回り)
講演の最後に鈴木市長は、改めて長崎の未来像について語った。
「長崎は過去の歴史だけで語られる街ではありません。今も新しい魅力が生まれていますし、未来へ向けて進化し続けています」
そして最後にこう呼びかけた。
「ぜひ長崎を訪れ、この街が育んできた文化や食、そして平和への思いを体感していただきたいと思います。長崎で過ごす時間が、訪れた方にとって新たな発見や学びにつながることを願っています」
世界から注目を集める今、長崎は過去と未来を結ぶ都市として、新たなステージへ歩み始めている。そこには、観光地としてだけではない、持続可能な地域成長のモデルとしての可能性も秘められている。
Text by Yuko Taniguchi
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