2019年7月にオープンした六甲山サイレンスリゾートの旧館。ゲストパーキングのある山手側には、遊歩道、印象派の風景を描くカフェ、リングホテルなど新たなる物語の舞台が生まれる。©️Rokkosan silence resort

Style

Living in Japanese Senses

六甲山のエネルギーと存在感(後編)

2019.9.10

六甲山サイレンスリゾートにミケーレ・デ・ルッキが描く、持続可能な桃源郷

2019年7月にオープンした六甲山サイレンスリゾートの旧館。ゲストパーキングのある山手側には、遊歩道、印象派の風景を描くカフェ、リングホテルなど新たなる物語の舞台が生まれる。©️Rokkosan silence resort

六甲山のシンボルとして愛された洋館に
ミケーレ・デ・ルッキが吹き込んだ新たな息吹

六甲山サイレンスリゾートの旧館の修復、およびプロジェクト全体のプランニングや設計を担当したミケーレ・デ・ルッキは、イタリアを代表する世界的な建築家だ。デザインスタジオ「アルキミア」に参加し、その後、一大デザインムーブメントを巻き起こしたデザイナー集団「メンフィス」のメインメンバーとして活動。ポストモダンを象徴する独創的なアイデアを次々と世に送り出した。家具や照明など、イタリア内外の著名なブランドからプロダクトを発表すると同時に、住宅から文化施設に至るまで、世界各国の重要な建築プロジェクトに携わっている。

 

「1930年代までは、1人の建築家が建物の設計だけではなく、食器からカトラリーまで全てデザインしていました。現在は建築家、インテリアデザイナー、プロダクトデザイナーというように全て分業になってしまいホテルのプロジェクトやコンセプトを全てデザインする人がいなくなってしまったのです」。デ・ルッキは、自身を「建築家が家具に至るまで、全てをトータルでデザインする師に学んだ最後の世代」と語る。「建築家とは、人々の暮らしに秩序を与えるルールを作る人。空間、自然、自然の中の建物。人々の暮らしを快適にするツールである建築物を取り巻く全てに一貫したコンセプトが生かされるべきだと思います」。

旧館エントランス、柔らかな曲線のフォルムとつや消しのクラフトガラスが印象的な照明「ロジコ」は、イタリアを代表する照明メーカーのアルテミデ社とミケーレ・デ・ルッキの コラボレーションによって生まれた名作。©️Rokkosan silence resort 旧館エントランス、柔らかな曲線のフォルムとつや消しのクラフトガラスが印象的な照明「ロジコ」は、イタリアを代表する照明メーカーのアルテミデ社とミケーレ・デ・ルッキの コラボレーションによって生まれた名作。©️Rokkosan silence resort

旧館エントランス、柔らかな曲線のフォルムとつや消しのクラフトガラスが印象的な照明「ロジコ」は、イタリアを代表する照明メーカーのアルテミデ社とミケーレ・デ・ルッキの コラボレーションによって生まれた名作。©️Rokkosan silence resort

デ・ルッキは近年、六甲山サイレンスリゾート同様、歴史的建造物の修復に情熱を注いでいる。「歴史的な建造物の修復に対する情熱は、アートを愛し、収集していた父親譲りです。まず、どこから着手し、どのように進めていくのかを理解することから始めます。修復はとても複雑な仕事で、様々な問題を抱えているものです」。初めて六甲山を訪れたときに六甲山サイレンスリゾートのオーナーである八光カーグループCEOの池田淳八から旧館の建物に案内されて、感想を求められた。「これは建築当初の原型に戻してあげるのが良いのではないか」というのが彼の答えだった。


旧館のレセプション。カウンター後方にはミケーレ・デ・ルッキ が200もの提案をした中から選ばれた六甲山サイレンスリゾートのロゴマークがある。 旧館のレセプション。カウンター後方にはミケーレ・デ・ルッキ が200もの提案をした中から選ばれた六甲山サイレンスリゾートのロゴマークがある。

旧館のレセプション。カウンター後方にはミケーレ・デ・ルッキ が200もの提案をした中から選ばれた六甲山サイレンスリゾートのロゴマークがある。

「日本では何十年に一度、神社を新しく造り替える式年遷宮というシステムがあると聞きましたが、今回の修復はそれとは全く違うコンセプトです。廃材となる古い素材を大切に使い、補強を加えながら進めました」と語るデ・ルッキ。「長年閉鎖されていた建物の状態はひどく、かわいそうな状況でした。まずは壁を覆い尽くしていた無駄な漆喰などを剥がす作業から始めました」。かつて敷かれていたカーペットを剥がして、下から出てきた建築当時のウッドフロアを生かし、さらに同じような床を復元することにより、旧館の床は全て温もりのある建築当初のウッドフロアとなった。

旧館2Fの中心カフェテリアは梁を生かして1929年当時の建築に蘇った。ステンドグラスのある部分は元々小さな部屋だったが、広がりのある一つの大きな空間に。©️Rokkosan silence resort 旧館2Fの中心カフェテリアは梁を生かして1929年当時の建築に蘇った。ステンドグラスのある部分は元々小さな部屋だったが、広がりのある一つの大きな空間に。©️Rokkosan silence resort

旧館2Fの中心カフェテリアは梁を生かして1929年当時の建築に蘇った。ステンドグラスのある部分は元々小さな部屋だったが、広がりのある一つの大きな空間に。©️Rokkosan silence resort

2階のカフェテリアの天井にある瀟洒なステンドグラスは、度重なるリフォームにより低い位置の天井で覆い尽くされ、その存在さえ隠されてしまっていた。今回の修復作業によりハーフティンバー様式の梁も生かして、1929年の新築当時の姿が蘇る。「構造が大変美しい建物だったので、後で加えられた無駄なものを排除することによって美しさが蘇ったのだと思います。設計した古塚正治さんがもしこの姿を見てくれたらきっと喜んでくれたに違いない。英国建築は池田さんの扱う英国車と同様、独自のアイデンティティのあるもの。日本人の建築家が建てた英国建築をイタリア人である私が修復し、蘇らせる。それぞれの文化が融合し、美に対する新しい意識と価値が生まれます」とデ・ルッキは語る。


旧館2階はステンドグラスのカフェを中心に、左右にギャラリーエリアと個室エリアを有する。写真奥はギャラリースペース。 旧館2階はステンドグラスのカフェを中心に、左右にギャラリーエリアと個室エリアを有する。写真奥はギャラリースペース。

旧館2階はステンドグラスのカフェを中心に、左右にギャラリーエリアと個室エリアを有する。写真奥はギャラリースペース。

「六甲山サイレンスリゾートの建築について、日本の建築家も含めて何人もの方にお話を伺いました。ミケーレに会ったとき、驚くことに建築そのもの話は一言も聞かなかった。彼の建築に対する哲学を聞き、建築とはこんなものなのかと引き込まれ、感銘を受けました。彼にお任せするしかないと即決したのです」と語るのは六甲山サイレンスリゾートのオーナーである八光カーグループCEOの池田淳八だ。「六甲山のランドマークでもあった建物を、潰して建て直す方が安くつくという事業者も存在しました。しかし決してここを壊してはいけない。この場所を素晴らしいリゾートとしての六甲山復活のシンボルにするべきだと考えたのです」。

八光カーグループCEOの池田淳八(左)とミケーレ・デ・ルッキ(右)。 八光カーグループCEOの池田淳八(左)とミケーレ・デ・ルッキ(右)。

八光カーグループCEOの池田淳八(左)とミケーレ・デ・ルッキ(右)。

200から300の客室を持つ大型ホテルにして収益化を目指すプランもあったというが、池田はミケーレ・デ・ルッキによる、修復した歴史的建造物をエントランス機能として生かし、六甲山の森に溶け込む、自然と一体化する閑静なリゾートへの道を選んだ。「東京からは箱根、軽井沢、那須という上質なリゾート地がある。しかし関西には、ドライブで最高の景色を楽しみ、美味しい食事をして、上質なワインを飲んで、ゆっくり宿泊できる、そんなリゾートが意外にも少ないのです」。

大阪から1時間、神戸の三宮から30分程度のドライブでアクセスできる上質なリゾートとしての役割を担う。 大阪から1時間、神戸の三宮から30分程度のドライブでアクセスできる上質なリゾートとしての役割を担う。

大阪から1時間、神戸の三宮から30分程度のドライブでアクセスできる上質なリゾートとしての役割を担う。


自然の中にあり、自然を内包する大きな輪
六甲山の木材と地下熱を利用した持続可能なホテル

六甲山の懐深い偉大なる自然に感銘を受けたデ・ルッキは、当初この魅力的な自然の景観の中に、あたかも村を思わせるかのように点在するヴィラを作り、それぞれを関連づけるという案を思い描いた。「しかしこの方法では各建物がバラバラになってしまうと思い始めたのです。その時点で、大きなリングのアイデアに至りました。自然の中にありつつ、自然を内包する大きな輪を作ろうと」。このリングホテルの考えは、ある日、敷地内の森を池田と2人で散策している時に閃いたという。「カリフォルニアのアップルセンターの社屋からヒントを得たといわれるのではないか、と危惧もしました。でもすぐに、他人に何と言われようと構わない。自分の直感に従うべきだと思い直したのです」。

リングの中にも森がある低層のリングホテル。神戸港を見下ろすオーシャンビューも選ぶことができる。©️Rokkosan silence resort リングの中にも森がある低層のリングホテル。神戸港を見下ろすオーシャンビューも選ぶことができる。©️Rokkosan silence resort

リングの中にも森がある低層のリングホテル。神戸港を見下ろすオーシャンビューも選ぶことができる。©️Rokkosan silence resort

デ・ルッキは続ける。「池田さんは森の中に溶け込む建築であることにこだわっていた。当初私が提案した、木立の中をコテージが点在するスタイルでは、コテージにいかにアクセスするのか、運営が難しい。森の中を池田さんと一緒に歩きながら話をしていたとき、どちらからともなく、自然にリングの案が浮かんだのです」。低層で森の中に埋まるような建物。山側の森の景色か、海を見下ろすか、ビューを選べる。そびえ立つ高層建築ではなく、佇んで、森に沈み込むようなリングだ。

六甲山サイレンスリゾートホテルの景観を含めた模型は、ホテル内の資料室で旧六甲山ホテルの写真や資料とともに閲覧できる。 六甲山サイレンスリゾートホテルの景観を含めた模型は、ホテル内の資料室で旧六甲山ホテルの写真や資料とともに閲覧できる。

六甲山サイレンスリゾートホテルの景観を含めた模型は、ホテル内の資料室で旧六甲山ホテルの写真や資料とともに閲覧できる。

レセプションエリアである旧館に最初に足を踏み込んだゲストは、旧館から森の中の宿泊エリアに移動する。2階建て、60室。それぞれの部屋にテラスがある、六甲山で伐採したパイン材を建材に使用した木造建築で、直径50メートルのリングの内側にも森を抱く。「壁の厚い基本的な建築を作る。これこそがエコです。リングの形状だと壁は一つ。全て繋がっているので冷暖房効率も良い。日本に近年見られる地上に作るソーラーシステムはゴミを増やすばかりで美しくもなく全くエコではない。建築家なら、いかに地下熱を利用するか考えます。地下2メートルまで掘ると14℃。一年中温度が変わりません」。

どの窓からも豊かな六甲山の森の緑を眺めることができる。 どの窓からも豊かな六甲山の森の緑を眺めることができる。

どの窓からも豊かな六甲山の森の緑を眺めることができる。

2019年のフェーズ1は、修復した旧館とパノラミックな神戸港の景色を見下ろすグリルレストランのオープンだが、フェーズ2は、印象派の絵画のような景観を持つカフェ。来年完成予定だ。「深い緑、低木の植物、種類豊かな植生。特に意識したわけではないのですが、印象派の絵画のような世界が広がる、池のほとりに佇む建物になります」。その後、フェーズ3に前述のリングホテルが完成。最終形のフェーズ4は、大阪で万博が開催される2025年までに、結婚式用のチャペルや小さなコンサートもできるホールのオープンが予定されている。「建築素材は周囲の自然に溶け込むよう、全て木造。土台はセメント系ですが、自然に還らない素材はなるべく使わない。木は最も古くて最も新しい建築素材です。森の植生のためにランダムに切った樹木を建材として生かすなど、最後まで使い切って環境へ配します。プラスチック素材が主流だったメンフィスの時代は、もはや遠い過去のものなのです」。


フェーズ2として2020年に完成予定の森の中のカフェ。©️Rokkosan silence resort フェーズ2として2020年に完成予定の森の中のカフェ。©️Rokkosan silence resort

フェーズ2として2020年に完成予定の森の中のカフェ。©️Rokkosan silence resort

「イタリアのアルテセッラ協会(Arte Sella Association)が作った、渓谷のリゾートをご存知ですか?木材を使って作られた彫刻が、自然の中に点在しています。六甲山サイレンスリゾートでも、最後には朽ちて自然に還る素材を使って各国のアーテイストが彫刻を作り、それらを自然の中に配置するというプランもあります。自然の愛好家のみならず、アートに情熱を持つ人も訪れてくれるはずです」。樹木、石、葉などの有機材料で作られた現代的な彫刻やアートワークが存在し、進化し、最終的に美しい自然環境に戻ることを意図して作られたイタリアのセッラバレーのアートルート「アルテナチュラ」の姿に、六甲山サイレンスリゾートの森のランドスケープを重ねるミケーレ・デ・ルッキ。「1929年から六甲山の生き証人としてこの地に存在した建築物は、修復によってこれからも世代を超えて継承され、人々を迎え続けるでしょう。これから私たちが新しく建てる建築物も、現代に生きる我々の新しい感覚で、環境に配慮した持続可能なものにしていくつもりです」。

2019年7月に開催されたフェーズ1のオープニングセレモニーに出席したデ・ルッキ夫妻。セレモニーの後、夫妻で敷地内を散策する様子。 2019年7月に開催されたフェーズ1のオープニングセレモニーに出席したデ・ルッキ夫妻。セレモニーの後、夫妻で敷地内を散策する様子。

2019年7月に開催されたフェーズ1のオープニングセレモニーに出席したデ・ルッキ夫妻。セレモニーの後、夫妻で敷地内を散策する様子。

 

(敬称略)

Photography by Noriko Kawase
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