セイコーハウス6階 セイコーハウスホールで、「硝子と陶 五人展 しじまに奏でる」が開催されています。「しじま」とは静まりかえっていること。思わず手に取りたくなるような愛らしい器、凛とした緊張感を纏った器、極小の世界に広がる不思議な色彩……。五人の作品は確かに静寂の中に佇んでいるようですが、静寂とともに、確固たる技術に裏打ちされた、たおやかな美しさを内包しています。
硝子キューブの奥に広がる、幻のような、でもどこか懐かしい風景 ──松村 淳──
視線を低くし、横からのぞき込みます。何かが見えてきます。それは遠くの山並みであったり、夜空に浮かぶ月であったり、夜明け前の空だったり、時には淡い色彩の重なりだったりします。幻のような、でもどこかで見たことのあるような、懐かしく郷愁すら誘う風景。
「ひとひらの風景」。松村淳さんが手がける作品には、どれもこの共通した作品名が冠され、さらにそれぞれ「夜明け前」「朝もやの残月」といった、描かれた風景を彷彿とさせる個々の名前が付けられています。
薄い板ガラスに着色し、それを何枚か接着
松村さんの作品は、窓ガラスにも使用される板ガラスを何枚も接着して重ね合わせる、一般的には「積層ガラス」という手法が用いられています。一枚の板ガラスの厚さは2mmから10mm。その一枚一枚に色鉛筆で着色し、それを接着剤で何枚か重ね合わせることで、懐かしく不思議な景色が浮かびあがってきます。ガラスを重ね合わせる技法は従来から存在していましたが、色鉛筆で一枚一枚に着色するのは、松村さんが編み出した手法です。
「ひとひらの風景―夜の風に吹かれる―」 3.3×17×高さ10cm
「どんな色を用いて、それをどのよう重ねれば、どのような風景になるか。最初のうちは試行錯誤の連続でした。今ではなんとなく掴めてきましたが、着色する前に一枚一枚のガラスの表面にダイヤモンドホイールで入れる凹凸の具合や、接着する前と後で色調や透明感が微妙に変わってくるので、その微調整が難しいですね」
「刻々と変わる空の色が好きで、それを作品の中に閉じ込めたい」
作品に描かれるのは主に夜明けや朝の景色。そして色合いは藍、青、浅葱など、ブルー系。
「朝早く起きて制作することが多いのですが、夜明け前の真っ暗な夜空がだんだんと白みはじめ、紺青から藍、そして青へと変化し、そこに朝焼けの橙色や茜色が混じり始める。その刻々と変わる色の移ろいが好きで、それを作品の中に閉じ込めたいと思っています。また、自分の記憶のなかには、かつて見た美しい風景が鮮明に残っています。その美しい風景を、作品を通じて蘇らせたいという思いもあります」
作品はどれも小さく、最小のキューブのものは約3.5cm四方。この極小の空間のなかに、不思議な奥行と遠近感を持つ風景が広がっています。しかもその不思議な奥行のなかに、いくつもの物語がふわふわと漂っています。もしかしたらそれは夢の中で見た、懐かしい風景かもしれません。
右から「ひとひらの風景―道草の風―」「ひとひらの風景―夜明け前―」「ひとひらの風景―たゆたうみなも―」「ひとひらの風景―朝もやの残月―」4点ともに3.5×3.5×3.5cm
「どんな風景を描こうか。それを頭の中でいろいろ構想するのが、楽しくも大変な時間です。色鉛筆で描く線の細さを調整するのも大変です。また、私の作品はどうしてもブルー系の色調が多くなりがちですが、今後はピンクや黄色などの華やかな色も使っていきたいと思います」
心の中に永遠に棲み続ける「ひとひら」の重なり
「ひとひら」とは、花びらや木の葉など、小さくて薄く平たいものを指し示す言葉。そして淡く消え去っていく語感も備えています。薄いガラスを重ねた松村さんの作品は、確かにいくつもの「ひとひら」が集まったもの。しかし、それが醸し出す風景は心の中に永遠に棲み続けます。
作品が発する「内なる力」 ―森岡希世子―
「内側からの力です」
作陶にあたり、一番大切にしている点を尋ねた際の森岡希世子さんの言葉です。内側の力とは……。
「作品のフォルムが自ら発する力、張りのようなものでしょうか。作品の大小に限らず、張り詰めた緊張感を湛えた形です」
回転する轆轤(ろくろ)を巧みに操ることで森岡さんの作品は生まれます。金沢に生まれた森岡さんは、若くしてデンマーク国民美術大学校に留学。そこで陶芸と出会い、帰国後は地元の窯元で轆轤師として働き、轆轤の技術を徹底的に学びました。
森岡さんによると、轆轤は仕上げるスピードが命だそうです。
「土の“生き”がよいうちに、挽きあげないとダメなのです。粘土にコシがあるうちに成形してしまわないと、時間がたつと粘土そのものがダレてしまい、内側からの力を引き出すことができなくなってしまいます。コシがあるうちに成形したものは、焼いてもその力強さが残ります」
思い描いているフォルムに向かって、一気呵成に挽きあげる
思い描いているフォルムに向かって、一気呵成に挽きあげる、その高度な技術が、森岡さんの作品が持つ「内側からの力」を生み出します。「透雲」と名付けられた、高さ30cmほどの作品だと、轆轤に向かっている時間は15分。
器の形状に比べて思いのほか小さいのが上部の口。しかし、この口があることで、張り詰めた力がそこから解き放たれていくような、心地酔い解放感が生まれます。張り詰めた緊張感とその解放。この絶妙な組み合わせが、森岡さんの作品の真骨頂のひとつです。
作品名はいずれも「透雲(鶴首)」 右 径9.5×高さ27cm 左 径8.5×高さ22cm
轆轤の緊張感と磁肌や色調の優しさ
作品は釉薬を用いず、高温で焼きしめた後に磁肌をヤスリで削って仕上げられています。釉薬が使われていないので、触れると指先にしっとりとした優しい感触が残ります。そして、マットな白の色合いが、やはりどこまでも優しく響きます。花器のような一品もののほかに、森岡さんは日常使いとしての茶器、ティーポット、ティーカップなども手掛け、そうした器は人気を博しています。轆轤の緊張感と磁肌や色調の優しさ。並走する二つの要素が、人気の要因と言えるかもしれません。
作品名はいずれも「透雲(ポット)」 右 径9×高さ9.5cm 左 径8×高さ8.5cm
そこはかとなく漂う、薄墨の雲
マットな白が森岡さんの作品の基調ですが、薄墨の雲が、そこはかとなく白の世界に忍び寄っているような作品も手掛けています。
「技法的にいえば、『炭化焼成』という手法です。サヤと呼ばれる筒状の耐熱器の中に籾殻などと一緒に作品を入れて焼成します。焼成温度と籾殻の量によって、薄墨の濃さやそれが器にかかる位置が変わってきます。ある程度は目途がつくようになりましたが、サヤから出すまでは、どのような景色となるかはっきりと分からないところが、面白い部分でもあります」
轆轤師としての矜持(きょうじ)
薄墨がかかったような景色は、光の当たり具合によって変化する影のようにも見え、その景色は器が持つ「内なる力」を優しく覆う薄衣となります。
「今は張りと緊張感を大切にして轆轤を挽いていますが、もう少し歳を重ねると、あえて緩く挽く、ということにも挑戦したくなるかもしれません。緩く挽くのもそれはそれで難しいのでないかと思っています」
そんな森岡さんの言葉には、轆轤を回し土と向き合ってきた、計り知れない時間の積み重ねが生んだ、轆轤師としての矜持がにじみ出ていました。
ガラスに描かれた、可憐な野の花 ―中野幹子―
可憐に花開く草花と葉脈まで透けて見える葉、琳派の作品を思わせるような秋草。
中野幹子さんのガラス器には、日本の野山を彩る植物が描かれています。描線はどこまでも細く、その一方で瑞々しく華やかな色彩が目に飛び込んできます。
「最初は油絵から入り、その後、銅版画をイタリアの専門学校で勉強していた時に、ステンドグラスを手伝うようになりました。それがガラスとの出会いです。イタリアのステンドグラスはガラスを組み合わせるだけではなく、宗教画や果物を描くような絵付けも多く、そこでガラス絵付けを学びました。同時にガラスそのものにも興味を持つようになり、ガラスの学校に入って吹きガラスを習い、生活で使う日常の器を作り出す面白さに気付きました」
絵付けを施してからガラスを吹く
絵画から銅版画、さらにステンドグラスとガラス絵付けを経て吹きガラス。中野さんが作り手として歩んできたこの道程が、作品に凝縮されています。作品の背景に存在するのはこの道程だけではありません。実は、中野さんの祖母と母は茶道の師範で、中野さんも幼いころから茶の湯の世界に親しんできました。作品の根底に流れている「日本らしさ」は、こうした経験が少なからぬ影響を及ぼしています。
絵付けに用いられるのは、1000度近い高温にも耐えられる、耐火エナメルという塗料の一種。ガラス絵付けという技法は、日本でもまったくなかった訳ではないそうですが先駆者は少なく、「試行錯誤の連続でした」と中野さんは言います。
その試行錯誤の連続のなかで、中野さんは独自の技法を編み出しました。それは、描かれた植物を子細に見つめるとわかります。細い茎や薄い葉の描線が、微妙に揺らいでいます。そして僅かに膨らんでいるようにも。この揺らぎや膨らみは、絵付けを施してからガラスを吹くことによって生まれます。
吹くことで、揺らぎ膨らみ始める草花たち
「絵付けの作業とガラスを吹く作業。どちらも好きですが、作業に要する時間を必要とするのは圧倒的に絵付けです。相当な時間をかけて絵付けしたものが、吹く作業のミスで割れてしまうこともあります。そんな時はとても悲しいですね。玉子くらいの大きさに一度成形したものに、それから絵付けして再び吹くことでガラス自体が膨らみ、自分が思い描いていたものとは異なる表情に仕上がります。それが面白いのです」
右から 硝杯 「矢車菊」 径7×高さ5.3cm 硝杯 「山藤」 径5.5×高さ5.5cm 硝杯 「十薬」径7×高さ5.5cm
「硝杯」と名付けられたこれらの作品は、内側が透明ガラス、外側は乳白色ガラスの二層となっています。線刻によって絵付けされているのは乳白色のガラスの方で、同じ植物でも内側と外側では見え方が違ってきます。それも魅力のひとつ。
織部茶碗にも通じる、軽やかな歪み
この碗で薄茶を点てたら。そんな光景を想像したくなるのが、硝碗「山紫陽花」です。透明ガラスに緑の薄茶が映え、その薄茶を山紫陽花が彩る。さぞ美しい光景が生まれるに違いありません。この碗は正円ではなく、「口造り」と呼ばれる碗の縁の部分が微妙に歪んでいます。その歪みは、織部茶碗に通じる歪み。
均質で整頓された美を好む傾向にある西欧で学びながらも、時に揺らぎ、時に歪む中野さんの草花たち。そこには紛れもなく、日本が大切にしてきた美意識が流れています。
硝碗「山紫陽花」径11×高さ6.8cm
お話を伺った3人の作家のほかに、今回の展覧会に出品しているのは以下の2名の方々です。
渡辺ゆう子さん 浜野まゆみさん
渡辺ゆう子 花吹雪 径20.5×高さ18cm
渡辺ゆう子 右 FLOWER CLOUD 縦13×横19.5×高さ3cm 左 花の蓋物 径7.5×高さ9.5cm
浜野まゆみ 染付花尽紋水指 径12.5×高さ16.5cm
浜野まゆみ 赤絵丸紋瓢形皿 五枚組 縦13.3×横13.6×高さ2.2cm
◆アート探訪記~展覧会インフォメーション
硝子と陶 五人展 しじまに奏でる
会期:2026年7月2日(木) 〜 2026年7月12日(日)
時間:11:00 – 19:00 最終日は17:00まで
- 場所:セイコーハウス 6階 セイコーハウスホール
取材・構成 櫻井正朗 Masao Sakurai
『婦人画報』元編集長代理。陶芸や漆芸など、日本の伝統工芸をはじめ、茶道や歌舞伎などさまざまな日本文化の取材・原稿執筆を担当する。現在ではフリーランスの編集者として、書籍、雑誌、広告制作に携わる。「プレミアムジャパン」では主に伝統工芸・旅行関係の記事を執筆。
写真 名和真紀子 Makiko Nawa
Premium Japan Members へのご招待
最新情報をニュースレターでお知らせするほか、エクスクルーシブなイベントのご案内や、特別なプレゼント企画も予定しています。
Lounge
Premium Salon
アート探訪記~展覧会インプレッシ…
Premium Salon








