8月末にリニューアルオープンしたセイコーハウス6階 セイコーハウスホールで、「四弁花 かぐわしⅡ 硝子・漆・金属・木」が開催されています。4人の作家それぞれが、素材の持つ特性を活かしながら、独自の技法で手掛けた、およそ100点の作品が装いも新たになった会場を彩ります。展覧会名の「四弁花」を彷彿とさせるコラボレーション作品も登場。日本の伝統工芸として古くから用いられてきた素材や技法の進化形に出合うことができる展覧会です。
層をなす板ガラスが内包する、やさしい自然の光 ──硝子・小島有香子──
ガラスが光を含んでいる。その光が見る角度によって、濃さも色合いも細やかに変化していく。正確に言えば光は反射光。しかし、層をなしたガラスが外光を受け、それぞれ微妙な色調のグラデーションを作り、そのグラデーションが重なることにより、あたかもガラスそのものが光を内包しているかのようにやわらかく発光する。
小島有香子さんの作品に用いられている技法は「積層ガラス」。建築資材としてガラス窓などに使われている板ガラスを接着材で複数枚貼り重ねて削り、その断面を見せる手法だ。
Layers of Light ─Moon─ ♯4 w24×d7×h24cm
「層となる断面の模様を予め想定し、デザイン画をおこしてから制作に取り掛かります。最初のうちは試行錯誤の連続でしたが、最近では出来上がりの状態を、ある程度予想できるようになりました。板ガラスのなかには、『熱線反射ガラス』と呼ばれる、熱を反射するように表面が金属でコーティングされているものがあります。そうしたガラスを使うと、ガラスとガラスの重なり目が、自ら発光するかのように、きらりと輝きます」
小島さんの言葉が物語るように、重なり目にシャープに走る光のラインが作品全体を引き締め、緊張感あるたたずまいへと高めていく。
幾何学的な構成の作品に漂う、理知的な雰囲気
幼いころからもの作りが好きだった小島さんは、迷わず美術系の大学に進んだ。そこで選択したのはガラス。吹きガラスをはじめ、研磨ガラスや積層ガラス、鋳造ガラスなど、さまざまなガラス技法を一通り学んだ。そうして選んだのが、積層ガラスだった。
「吹きガラスに比べると時間も手間もかかりますし、形や色の制限も生じてきます。でもその制限のなかであれこれ考えていくことに面白みがあります。精密な設計図を予め作成し、それに基づいて制作していく過程は幾何学的でもあり、もともと理数系が得意でしたから、自分にむいていたのかもしれません」
Layers of Light ─Forest─ (部分)w19×d6.5×h60cm~w10×d3.5×h30cm
確かに、何層もの板ガラスが緻密かつ幾何学的に構成された作品は、理数系の世界を思わせるような理知的な雰囲気すら漂う。しかしその一方で、「時間と手間がかかる」と小島さんが言うように、完成にいたるまでの作業は膨大な時間を要する。
その大半は削るという作業に費やされる。幾時間もかけた研磨によって、ガラスは硬質な透明感を持ち、光を内包するかのように発光し始める。大きな作品の場合、最初は数十キロのガラスの塊。それをグラインダーで削り、その後に丹念に研磨し、最終的には半分以下の重さとなる。まさに時間と手間、そして体力が必要とされる作業だ。
「まさに力仕事です。でも、その力仕事を経て、自分の想定していた表情だけでなく、思いもよらなかった表情を作品が持ち、それが光となって現れたとき、作業の大変さは消え去っていきます」
会場に置かれた大きな作品は、光だけでなく、高貴なエネルギーをも発しているかのようだった。
乾漆が可能にする、どこまでも柔らかな曲線 ──漆・奥井美奈──
奥井美奈さんの作品は温かい。どこまでも優しく柔らかな曲線が、見る者をほっとさせてくれる。手法は乾漆。古くは奈良時代の仏像などにも用いられた、伝統的な漆の技法のひとつである。石膏で作った型に麻布を漆で貼り、厚みがついたら中の型を出し、ベースとなる胎を作り、そこに漆を塗り重ねていく。
「貼る布が木綿ですと、漆が繊維の中まで入りこみ過ぎて、乾くと割れてしまいます。麻布は漆が芯まで入り込まず、ちょうどよい塩梅で、柔軟性も生まれます。ですので、乾漆は古来より麻布を用います。これも先人の知恵なのでしょうね。乾漆は軽くて丈夫で、ある程度の衝撃にも耐えることができます」
乾漆箱「滴り」 w34×d13.5×h11.5cm
作品のフォルムは、型を粘土や石膏で作るときに決まる。それだけ大切な初期作業だが、奥井さんはその工程が楽しいと言う。
「こちらを膨らませてみようか、ここを少し丸くしようかと、できあがりの姿を思い描きながら手を動かしていく過程は、とても楽しいものです。石膏を削りながら、型を仕上げていきます」
奥井さん自身が楽しみながら、自在にイメージを働かせることで、柔らかく流麗な曲線美が生まれる。
曲線の柔らかさを引き立てる、たおやかな朱色
奥井さんの作品のもうひとつの特徴が、柔らかな曲線と調和し、その優しさをより引き立てる、たおやかな朱漆の色合いだ。微かに黄味を帯びた朱漆は、華やかながらも柔和で、伝統的な重々しい朱とは異なり、どこか軽やかでモダンな雰囲気さえ漂わせている。
奥井さんは、奥深い艶を湛えた黒漆の作品も手掛けている。会場の一画には、黒漆と朱漆の作品が交互に並べられ、お互いの色調がより際立つ趣向がこらされている。
乾漆水指「遍く降る」 ⌀20×h17.5cm
奥井さんの漆の技術は、日本を代表する漆芸の産地である石川県の輪島で磨かれた。
「大学卒業後に、石川県立輪島漆芸技術研修所で5年間の研修を経たのち、室瀬和美先生の工房に受け入れていただき、そこでさまざまなことを学びました。先生の技術を間近で拝見できたことに加え、先生はご自身の作品制作だけでなく文化財の修復なども手掛けていらしたので、数々の素晴らしい作品に接することができました。そうした経験も財産となっています。そして作品や仕事を諦めないことを学びました」
現在は横浜にアトリエを構え、制作を続ける奥井さん。
「漆というと、お椀とかお重のようなものを想像しがちですが、こうした自由な楽しい形のものもある、ということを少しでも多くの方に知っていただけたら、と思います。伝統の用の美も大切にしつつ、さまざまな作品にも取り組んでいきたいと思います」
「あやおりがね」。編込まれた金属の平角線がおりなす美しい文様 ──金属・家出隆浩──
「綾織」という名称の織物がある。経糸と横糸の交差する点が斜めになっていく独特の織り方で、ジーンズやコート地などに使われることが多い。この技法を金属に用いたのが、家出隆浩さんの「あやおりがね」と命名された一連の作品である。
銅そのものをはじめ、銅に3%前後の金を加えた「赤銅」、「赤銅」に25%の銀を加えた「四分一(しぶいち)」など、さまざまな金属を細い平角線に加工。その平角線を綾織のように編んで板状にし、銀ロウを流し込んで一体化させたものを鍛金で立体化していく。作品の表情は、まさに編み物。異なる色合いの金属の細板が交差してできる緻密な模様は、モザイクにも似たエキゾチックさを漂わせながらも、編み物ならではの独特の模様は、どことなく懐かしい。
あやおりがね器「はやせ」 w42×d41×h12cm
「金属というのはどうしても硬質で無機質なイメージが付きまといます。そこから脱却するにはどうすればよいかと考え、細くした金属を編むことで、有機的な温かみを持たせることができないかと、試行錯誤して辿り着いたのが『あやおりがね』です。この技法を使っているのはおそらく私一人だけで、日本だけでなく世界でも古今東西例はないと思います」
一抱えもあるほど大きな器の内側と外側には、編込みによって生まれる規則正しいパターンがリズミカルに並び、その模様がたっぷりとした器のフォルムと程よい調和を見せる。
不思議なたたずまいのオブジェ作品「屹立」
会場には、不思議なたたずまいのオブジェ作品も並ぶ。「屹立」と命名された作品は、まさに金属の編み物。仔細に眺めると、何本もの平角線が緻密に編込まれ、長く残して編込んでいないその先端は、あえて長さを揃えずカットされている。いわば、器などの作品になる前の状態がもつ面白さを、そのまま作品としたものだ。
アクリルの台座から文字通り屹立するその作品では、使用されている素材の平金線はあくまでも金属として無機質だが、その先端は少しの振動でか細く打ち震え、作品そのものがひとつの生命体のようにも見える。金工ながらも柔和な表情をもつ他の作品とは一線を画すこの作品は、現代アートとして、見る者の心にさざなみを呼び起こし、不思議な感覚で迫ってくる。
あやおりがね「屹立」 w22×d26×h42cm
「表現様式の違いで、『あやおりがね』の一連のシリーズを『真・行・草』の3種類に分けています。『屹立』は『草』に属しています。『真・行・草』いずれの作品も、一本一本の平角線が編込まれることによって、お互いが影響しあって複雑で美しい模様となっていきます。一本の平角線そのものは、やはり無機質で味気ないもの。それがお互いに関係性を持つことで、それぞれを引き立て合い、美へと昇華していきます」
金属と金属との出合いがもたらす新たな美を求め、家出さんは編み続ける。
木目と象嵌の拡張高い調和 ──木・渡辺晃男──
「木工というのは、自然からの贈り物である木に内在する美しさを、どれだけ引き出すか、ということが大切です。ですので、木目(もくめ)の美しさを可能な限りそのまま残し、象嵌は必要最小限に留めおく。それが制作に向かう際の私の姿勢です」
端正な箱物の作品が並ぶ前で、渡辺晃男さんはそう語る。神代欅、黒柿、ウォールナット、桜……。素材として用いられる木はさまざまだが、どの場合も板材の段階から木目を慎重に見極め、吟味を重ねた部分だけを作品に用いる。
「綺麗な木目に象嵌のような模様を入れるのは、じつは葛藤があります。ですので、象嵌を入れる場合は、シンプルな柾目に効果的に入れます。複雑な木目が多い木ですと、模様が打消しあって両方ともマイナスになってしまいます」
効果的に入れられた象嵌は、柾目の美しさと調和し、作品を引き立てていく。小箱の蓋に散らされた青緑の小さな点は、日本画の顔料の緑青(ろくしょう)で鹿の角を染め、それを小さく粒上にして埋め込んだもので、奈良時代から使われていた技法だ。象嵌で描かれた優美な模様も、唐草文様にも似た、やはり奈良時代からの模様を彷彿とさせる。
神代欅有線寄木象嵌小箱 w30.5×d14×h6.5cm
「奈良にはよく足を運んで、正倉院御物などに見られる古くからの模様などを研究し、それを活かしています。緑青で鹿の角を染めた青緑の色合いが好きで、このようにアクセントで使いますが、じつは染めるには何年もかかるという、大変手間と時間のかかる素材でもあります」
渡辺さんの作品が醸し出す、たおやかさと優美さの源は天平の美にあった。しかし一方で、シャープに走るラインがモダンな様相をも湛える。このラインもじつは寄木象嵌の手法で入れられている。
一本のラインはなんと0.14ミリ幅。その細さで7本から9本ほど入った寄木が一組となって、蓋と側面を彩る。葛藤を経て誕生した端正な象嵌が、神代欅の美しい柾目とあいまって、気高い作品世界を作り上げている。
蓋を開けると、一変してそこは優美な金色の世界へ
神代欅有線寄木象嵌小箱
蓋を開けると、一変してそこは華やかな金色(こんじき)世界が出現する。蓋裏と内側には金砂子が贅沢に使われ、雅やかな趣だ。抑制された蓋表とは対照的な世界に、しばし驚く。
「こうしたところまでに気を配るのが日本の工芸の素晴らしさだと思いますし、細やかな心配りを取り入れるのが、作り手としての喜びです」
昨年、重要無形文化財「木工芸」保持者、つまり人間国宝に認定された渡辺さんは、蓋裏と内側に自らが施した表現を、微笑みを交え楽しそうに語る。
神代欅唐草紋小箱 w27.2×d9.7×h13cm
◆アート探訪記~展覧会インフォメーション
「四弁花 かぐわしⅡ 硝子・漆・金属・木」
会期:2026年9月10日(木) 〜 2026年9月23日(水)
時間:11:00 – 19:00 最終日は17:00まで
- 場所:セイコーハウス 6階 セイコーハウスホール
取材・構成 櫻井正朗 Masao Sakurai
『婦人画報』元編集長代理。陶芸や漆芸など、日本の伝統工芸をはじめ、茶道や歌舞伎などさまざまな日本文化の取材・原稿執筆を担当する。現在ではフリーランスの編集者として、書籍、雑誌、広告制作に携わる。「プレミアムジャパン」では主に伝統工芸・旅行関係の記事を執筆。
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