霧島温泉の「旅行人山荘」の露天風呂「赤松の湯」霧島温泉の「旅行人山荘」の露天風呂「赤松の湯」

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鹿児島の「宝」を巡る旅

2026.11.4

鹿児島で、「山の温泉」と「海の温泉」の、4つの極上温泉宿を巡る旅

霧島温泉の「旅行人山荘」の露天風呂「赤松の湯」。豊かな原生林に囲まれた露天風呂には、時には鹿が姿を見せることも。

鹿児島県は温泉県である。総源泉数、42度以上の高温源泉数ともに全国2位、総湧出量全国3位と、全国でも有数の温泉地と言っても過言ではない。(一般社団法人日本温泉協会 令和5年発表)その充実ぶりのひとつとしては、鹿児島市内の大半の銭湯が天然温泉であることが例として挙げられる。大半の銭湯が温泉とは! そんな羨ましい 限りのことが、温泉県鹿児島ではごく当たり前に実現している。豊かな温泉。それは、まさに鹿児島が誇る「南の宝箱」そのもの。

 

市内のみならず、県内には多くの温泉地と温泉宿が点在し、いずれも個性的なスタイルで多くの温泉ファンを魅了している。そんな温泉宿のなかから、妙見温泉の「忘れの里 雅叙苑」と霧島温泉の「旅行人山荘」、そして指宿温泉の「指宿 白水館」と「いぶすき 秀水園」を紹介する。豊かな森に囲まれた「忘れの里 雅叙苑」と「旅行人山荘」はさしずめ「山の温泉」、錦江湾を間近に望む「指宿 白水館」と「いぶすき 秀水園」は「海の温泉」と言えよう。



妙見温泉「忘れの里 雅叙苑」まるでタイムスリップしたかのような、日本の山里の原風景

まずは「山の温泉」から。鹿児島空港から車で30分弱。国見岳に端を発し、錦江湾に注ぐ天降(あもり)川沿いには、古くからの湯治場がいくつか点在する。

 

そのひとつが妙見温泉だ。清らかな渓流沿いには10軒ほどの温泉旅館が建ち並ぶ。鄙びた湯治場の雰囲気を残すこの温泉地にあって、その際立った存在で、日本のみならず世界から注目を集めている宿がある。それが「忘れの里 雅叙苑」だ。


国道から離れ、天降川へと近づく坂道を車で少し下がる。

 

最初は、えっどこにお宿が? と驚く。なぜなら、木々に囲まれた駐車場からは、宿の建物らしきものはあまり見えないからだ。スタッフに案内されて石段を上ると……。

 

茅葺屋根の軒先が現れ、緑生い茂る細い路地の奥には、やはり茅葺の屋根だけが姿を見せている。それはどこか懐かしい、でもいまの日本ではほとんど見かけることができなくなってしまった、山の集落の原風景ともいえる光景だ。何十年前、いや百年以上前にタイムスリップしたかのような感覚さえ覚える。


忘れの里 雅叙苑 忘れの里 雅叙苑

石段を上ると現れる光景。木々の奥に見える茅葺の屋根。時には、放し飼いにしている鶏が出迎えてくれることも。


日本で初めて客室付露天風呂を取り入れた先駆者

 

「忘れの里 雅叙苑」の創業は昭和45年。団体旅行客を相手にした大型温泉旅館が主流だった時代に、主人の田島健夫さんの信念のもと、あえて6室の小さな温泉宿としてスタートし、やがて古民家を買い取り宿の敷地へ移築した。

 

囲炉裏を囲み、食事は自家製の鶏や野菜が中心。素朴な古き良き日本を味わうという、当時はどの旅館も行っていなかったスタイルを導入し、これが旅行客の間で評判を呼ぶようになった。

 

次に田島さんが行ったのは、昭和53年の客室露天風呂導入だった。今でこそ珍しくない客室露天風呂だが、当時は日本で唯一の存在だった。「忘れの里 雅叙苑」は、現在ではスタンダードとなった日本の高級温泉旅館のひとつの形を作り上げた、まさに先駆者的存在といえるだろう。





客室は全部で8室。そのうち3室が宿の象徴ともいえる露天風呂付客室。また、5室は以前客室露天風呂だったスペースに屋根や壁を設置し、どんな天候でもまるでリビングで寛ぐかのような感覚で温泉を楽しむことができる、「お風呂リビング」の部屋となっている。露天風呂付客室のパイオニアで知られた「忘れの里 雅叙苑」だが、より快適で個性的な温泉宿を目指しての改築だった。

 


森と一体化するような解放感と、半露天の内湯と縁側の露天風呂が備わる、和室スイート「空」



27帖もの畳敷の広々とした空間が広がるのが和室スイート「空」だ。とにかく広い。川に面した二方向が全面ガラス窓であるため、解放感が並大抵ではない。居ながらにして、森と一体化していくような気になってくる。

 

この「空」には、半露天の内湯と縁側に設けられた露天風呂とのふたつの浴槽が設けられている。生い茂る木々と渓流のせせらぎに抱かれて湯につかると、身体がゆっくりとほどけてくるのがわかる。

 

「忘れの里 雅叙苑」の温泉は、純度100%の源泉かけ流しだ。敷地内の2本の源泉をブレンドし、夏季には地下水による加水を行い、季節に合わせた適温で各部屋に給湯される。

 


忘れの里 雅叙苑 忘れの里 雅叙苑

ふたつの客室を改装し、ひとつにしたことで、27帖という広大な 畳敷の空間が誕生した。窓のすぐ下を天降川が流れる。

忘れの里 雅叙苑 忘れの里 雅叙苑

畳の間と壁を隔てて、半露天の内湯が設けられている。また、縁側には露天風呂も。露天と半露天の内湯。その日の天候や時刻に応じて、ふたつの風呂を使い分けるのも楽しい。


野趣豊かなふたつの貸切湯で、地球に抱かれ、大地の恩恵に包まれる



素晴らしいのは客室の風呂だけではない。天降川べりに設けられた二つの貸切風呂では、湯治場として古くから名高い妙見温泉の源泉を、やはり100%かけ流しで堪能することができる。

 

宿のシンボルともされているのが「建湯(たけるゆ)」と命名された風呂だ。およそ20トンの巨石からなるこの「建湯」の湯船は、なんと田島さんと石工職人が半年かけて一枚岩をくり抜いた大迫力の湯舟。

忘れの里 雅叙苑 忘れの里 雅叙苑

「建湯」は二つの浴室があり、どちらも岩をくり抜いた湯船が圧倒的な存在感を放つ。写真は、立ち寄り湯時には女湯として使用される浴室。



また、その奥に設けられた「ラムネ湯」はその名が物語るように、足元からぷくぷくと気泡が沸き出ている。こちらの湯に用いられている源泉が、とりわけ炭酸ガスを多く含んでいるためだ。

 

果てることなく次から次へと沸いてくる気泡は、大地の呼吸を思わせ、「忘れの里 雅叙苑」の泉質が炭酸水素塩泉であることを実感する。また、湯に溶け込んだ重曹成分が湯上りの肌をすべすべにしてくれる、まさに「美肌の湯」である。


忘れの里雅叙園 忘れの里雅叙園

「ラムネの湯」には、ややぬるい自然湧出の炭酸水素塩泉のみの浴槽と、その源泉に高温の別の源泉をブレンドさせ、40度近くの適温としたふたつの湯舟が設けられている。



客室に設けられた風呂が、どちらかといえばモダンな雰囲気であるのに対し、この「建湯」と「ラムネ湯」は、野趣に溢れ、太古の地球の姿を肌で感じ、大地の恵みに癒されるといった感がある。日中(12時~15時)は日帰り入浴用として使用されるが、それ以外の時間帯は宿泊客専用の貸し切り風呂となる。


自給自足の食材をメインにした、四季折々の薩摩郷土料理



自家菜園で採れた野菜と、信頼のおける提携農場から仕入れた鶏などを中心に、自給自足の食材による薩摩の郷土料理。それが、創業以来守り続けている、この宿の食事のポリシーだ。

 

夕食は「食処 いちょうの間」で。献立は、刺身盛り、そして季節の野菜盛り合わせから始まる。特筆すべきは、霧島鶏の鶏刺し。新鮮な鶏だからこそ刺身に可能な、モモ、ササミ、ムネなど各部位の鶏肉は、噛みしめるほどに滋味が口中に広がる。

 

瑞々しいまでの野菜はもちろん無農薬。薩摩豚のひき肉をじっくり炒めてつくった肉味噌をつけていただくと、野菜のうま味がより引き立つ。さつま揚げ、夏ならば天降川で獲れた天然鮎、薩摩黒牛など、鹿児島ならではの食材を巧みに用いた料理の数々。天然の食材がいかに美味しく、心をほっこりとさせてくれるかを実感する。


雅叙園 雅叙園

こだわりの鶏刺しと、鹿児島の海の幸の象徴ともいえる、きびなご。酢味噌か醤油、お好みでいただく。



忘れの里雅叙苑 忘れの里雅叙苑

自家農園で採れたばかりの瑞々しいまでの野菜を豚味噌で。野菜そのものが持つ味がこんなにも濃く滋味豊かだったかと驚く。

雅叙苑 雅叙苑

鶏の骨を3時間ほど炊いた出汁に、骨付き肉、つくね、さつま芋のでんぷんで作った薩摩名物の「だご」を加えた、地鶏鍋。身体が温まる。


忘れの里雅叙苑 忘れの里雅叙苑

若女将の山崎恵美子さんは田島さんの次女。調理主任であるご主人の山崎淳一さんとともに、宿を切り盛りする。


「この道にわとり優先」


けして飾り立てているわけではない。茅葺の屋根には雑草さえ生えている。でも温かな心配りが隅々にまで行き届き、路地に流れる穏やかな空気に触れると、その素朴さに心打たれ、また戻ってきたくなる宿、それが「忘れの里 雅叙苑」だ。

 

国道から宿へと下る道路には、「この道にわとり優先」の札が立つ。この言葉が、宿を覆う、心と身体に優しい安らぎの気配を象徴する。

忘れの里 雅叙苑 

 

鹿児島県霧島市牧園町妙見温泉郷

0995-77-2114

霧島温泉「旅行人山荘」 パワースポットして知られる原生林に囲まれた、3つの露天風呂


標高約700メートルの高台に位置し、晴れた日には錦江湾に浮かぶ桜島の雄大な姿を全室から眺めることができる「旅行人山荘」。宿はおよそ5万坪の原生林に取り囲まれ、館内に設けられた大浴場とは別に、原生林のなかに3つの露天風呂を持つ。

 

「龍石(たついし)の森」と称される原生林は、霧島屈指のパワースポットとしても知られる。赤松を中心にしながらも、自生するクヌギ、ブナ、山桜、紅葉などが作りあげた原生林は、広葉樹が多いため鬱蒼というよりも、視界はそれほど遮られず、生命力に満ち溢れている。

 

そんな原生林のなかに設けられた3つの露天風呂は、温泉と森林浴のダブル効果があるとして、温泉マニアをはじめ、多くのリピーターが足を運ぶ温泉として知られている。

 


旅行人山荘 旅行人山荘

館内に設けられた大浴場に付随する露天風呂「錦江の湯」。晴れた日には、錦江湾に浮かぶ桜島を眺めながらの湯浴みを楽しむことができる。©旅行人山荘


天然のアロマに包まれて辿り着く露天風呂


3つの露天風呂は、すべて貸切制だ。宿泊客は3つの露天風呂と館内にある半露天風呂「鹿の湯」のなかから一箇所を、宿泊申し込み時に希望時間を伝えて予約し、1回45分間無料で利用することができる。

 

フロントで鍵を受け取り、さあ露天風呂へ。向かうのは、最も人気が高いといわれている「赤松の湯」だ。宿からは徒歩で3分弱。原生林の中に設けられた専用の小径を歩く。湿った土や苔の香りと、樹木が発する清々しい芳香がブレンドされた、天然のアロマに全身が包まれる。

 

風が吹くと、葉と葉が擦れ合う森の囁きのような音が聞こえてくる。「赤松の湯」に到着。歩いた時間はほんのわずかなのに、すでに体が癒されているのを実感する。


森に建つ素朴な小屋が脱衣場となっている。それが「赤松の湯」だ。二つ設けられた湯船から見えるのは、どこまでも続く「龍石の森」。泉質が単純硫黄泉であるため、湯船の底や縁に白い湯の花が付着している。

 

お湯の色は薄いコバルトブルーで、お湯そのものはさらりとしているが、硫黄の匂いが微かに漂う。湯船に身を沈めると、視線が低くなるため、樹木がより身近に迫ってくる。「森林浴」という言葉が示すように、文字通り森林に「浴」しているような気分となる。



旅行人山荘 旅行人山荘

「赤松の湯」は湯船が二つあり、ほかのふたつの露天風呂より少し広めなので、8人前後の利用も可能。

 

 


「赤松の湯」が人気の高い理由は、湯船が二つあるため、ある程度の大人数でも一度に入ることができるのと、なによりも、原生林に生息する鹿が、時折姿を見せることがあるからだ。鹿に出合う可能性の高い時間帯は、早朝か夕方から日没。人を恐れない鹿は、時には湯船のすぐ近くまで寄ってくるそうだ。


旅行人山荘 旅行人山荘

「もみじの湯」。その名の通り、周囲は一面の紅葉。秋には見事な紅色に染まる。

「もみじの湯」と「ひのきの湯」も、森に囲まれてはいるが、それぞれ湯船の雰囲気や、見える景色が異なる。一泊二日の旅ならば時間帯などを変えて、異なる雰囲気の露天風呂を味わうのがお勧めだ。

旅行人山荘 旅行人山荘

「ひのきの湯」。いずれの露天風呂も、アメニティはシャワーコーナーに備えられている。


個性的な宿名は、一世を風靡した旅行雑誌に由来



「旅行人山荘」。この個性的な宿名が、森の中の3つの露天風呂とならぶ、この宿のもうひとつの特徴を物語る。宿の前身は近隣の丸尾温泉で大正6年に創業された温泉宿で、昭和43年には現在の位置に移転し、「霧島プリンスホテル」と改名された。やがて平成9年には「旅行人山荘」と名を変えることとなる。

 

「旅行人」とはじつは旅行雑誌の名前である。宿の経営者一族の一人である蔵前仁一(じんいち)氏が主宰し、一時期は「バックパッカーのバイブル」とまで言われたが、惜しくも休刊となった。休刊となったものの、多くの旅行客に愛されたこの名前は、平成9年の改名によって現在に伝わることとなった。


数万冊に及ぶ、膨大な数の蔵書に囲まれて



「旅行人山荘」の館内に入り、ロビーの奥へ進むと、ライブラリースペースやギャラリーなどに膨大な冊数の書籍が並んでいるのが目に入る。その数は数万冊。

 

アジア、アフリカ、中南米など世界各地の民族学の本をはじめ、さまざまなジャンルの旅行記はもとより、寄贈された小説やコミックなど、一般的な宿に設けられた蔵書コーナーとはけた違いの、まさに図書館といっても過言でない規模に驚かされる。

 

さらに、丸尾温泉時代に宿を訪れた文人の全集なども並び、数だけでなく質の高さも見事だ。現在では手に入りにくい『旅行人』のバックナンバーが揃っているのも、かつてバックパックで世界を旅行した人には嬉しい限りだ。宿泊客はこれらの蔵書を自由に手にすることができる。

また、ロビーの一角には、アジアやアフリカの民芸品も展示されている。

 

旅行人山荘 旅行人山荘

小説、紀行文、民俗学の学術書、コミック類など、数万冊に及ぶ蔵書のジャンルは多岐にわたる。

 

 


桜島を望む絶景レストランでいただく、心づくしの夕食

旅行人山荘 旅行人山荘

食事は、窓から桜島を一望できる展望レストランでの和食懐石がメインで、3種類のコースが設定されている。頃合いを見はからって運ばれる心づくしの料理の数々は、いずれも鹿児島の特産をふんだんに用いたもの。

 

とりわけ、「はなぶさ御膳」に組み入れられている、薩摩赤鶏のつみれと鹿児島黒豚に、地元で採れた野菜を添えて白味噌仕立てにした「大隅鍋」が人気。鶏と豚、それぞれの滋味が白味噌に加わったふくよかで奥深い味わいは、他ではなかなかお目にかかることのできない絶品だ。

旅行人山荘 旅行人山荘

また、別料理としてオーダーできる、桜島の溶岩から作られた特製プレートの上で、宿泊客が自ら焼き上げる「鹿児島和牛ロースの桜島溶岩プレート焼き」も人気メニューのひとつ。溶岩プレートは熱せられることにより遠赤外線を放ち、肉はふっくらと焼き上がる。また、溶岩プレートは無数の気泡を持つため、肉から出る余分な脂肪が吸収され、あっさりとした焼き上がりとなる。



旅行人山荘 旅行人山荘

どの部屋からも錦江湾と桜島の素晴らしい眺望が確保されている。2階には、露天風呂付客室も設けられている。



ノスタルジックにしてどこかエキゾチック、カルチャーの香りが漂う宿



「旅行人山荘」の館内全体は、古きよき昭和の面影を残すクラシックな趣だ。その趣と膨大な蔵書、そして展示された民族品などが調和し、ノスタルジックにしてどこかエキゾチックな雰囲気に満ちている。

 

そしてなによりも「カルチャー」という言葉を彷彿とさせる、文化の香りが色濃く感じられる。ロビーに置かれたグランドピアノでは、ロビーコンサートも開催されている。

 

かつて文豪や歌人たちは、旅館に流れる文人趣味的なたたずまいをこよなく愛し、何度も足を運んだという。そうした宿独得の空気感は、長い年月を経た今でも確実に受け継がれている。

 

ライブラリースぺ―スでは、露天風呂から戻ってきたのだろうか、心も体もリラックスした面持ちで、異国の写真集を手にした年配の女性が、ゆったりと寛いでいた。



旅行人山荘 旅行人山荘

レコードプレイヤーや年代もののカメラなど、クラシックな雰囲気が漂う書斎コーナー。いつまでも腰を落ち着けていたくなる。

旅行人山荘 旅行人山荘

代表取締役の蔵前仁宣(ひろのり)さんは、「旅行人」を主宰した蔵前仁一氏の甥。新婚旅行は3カ月に及ぶ海外周遊だったとのこと。蔵前家に流れる「旅行好き」は健在だ。



旅行人山荘 旅行人山荘

旅行人山荘

鹿児島県霧島市牧園町高千穂3865

0995-78-2831



指宿温泉「指宿 白水館」温泉宿というより、むしろ「温泉リゾートホテル」と呼ぶにふさわしい解放感



薩摩半島の南端に位置する指宿は、鹿児島県内でも有数の温泉地である。とりわけ、首から下の体全身に砂をかけた状態で横たわり、温泉効果を得る「砂むし温泉」でも全国的に知られている。そんな指宿にあって、指折の規模と格式を誇る温泉宿が「指宿 白水館」である。

 

昭和22年に鹿児島市内で創業した「指宿 白水館」は、昭和35年に指宿の地に移転。錦江湾に面した約5万坪という広大な敷地と、4棟の客室棟を有し、温泉宿というよりむしろ「温泉リゾートホテル」と呼ぶにふさわしい。

 

広々としたロビーは解放感に溢れ、丹念に手入れされた庭園の松越しに、南国の陽光を受けた錦江湾が青く光る。まさに、「海の温泉」と呼ぶにふさわしい景色だ。

 


吹き抜けの大空間。さながら温泉テーマパークの大浴場「元禄風呂」



広大な敷地を活用した大空間。それが「元禄風呂」と名付けられた「指宿 白水館」の大浴場である。

 

江戸期の元禄時代に庶民の間でも銭湯文化が広まったことに由来し命名された空間は、男湯と女湯併せて約1000坪。その名の通り、江戸趣味が随所に取り入れられた湯殿は、さながら温泉テーマパークの趣だ。

 

2階の脱衣場を出た後は、建物が吹き抜けになっているため、湯殿を見下ろす橋を渡り、階段を下りて湯船へ向かうという、演出効果抜群の造りとなっている。1階部分は、「浮世風呂」「樽風呂」をはじめ「江戸柘榴風呂」(サウナ)などさまざまなコーナーに分かれ、それぞれ異なる雰囲気を味わうことができる。

 

温泉はもちろん敷地内の源泉から豊富に湧出する加水無しの100%源泉かけ流しで、泉質はナトリウム塩化物泉。とりわけ、美肌効果があるとされている「メタケイ酸」が、基準値の5倍含まれていることが特徴となっている。


指宿白水館 指宿白水館

二階部分にある脱衣場から、湯殿を見下ろす橋を渡って浴槽へ向かう。広大な空間はさながらテーマパークのよう。


「元禄風呂」から、そのまま全天候型の「砂むし温泉」へ



指宿の海岸沿いの地下には高温の源泉が流れ、この源泉が地中の水蒸気を温めることによって地表近くの砂全体もおよそ50度前後に温められる。この砂で首から下の体全体を覆うのが砂むし温泉だ。

 

指宿には、砂むし温泉を体験できる施設が何か所かあるが、「指宿 白水館」には、館内に独自の砂むし温泉が備わっている。一般的な砂むし温泉は、海岸沿いの露天に設けられているため、天候などに左右されがちなのに対し、「指宿白水館」の砂むし温泉は室内のため、どんな天候でも安心して楽しむことができる。しかも、「元禄風呂」と直結しているため、砂むしが終わったあとは、再び温泉につかることもできる。


指宿白水館 指宿白水館

「砂掛師」が手際よく砂をかけていく。体を覆う砂の分量は15キロから20キロほど。


血液中の酸素量が増え老廃物の排出率が3~4倍高くなる。医学データが物語る「砂むし温泉」の効果



専用の浴衣を羽織って砂の上に横たわる。背中の部分が既に温かい。

 

「砂掛師」と呼ばれるスタッフが手際よく砂をかけてくれる。次第に体全体に砂の重みがのしかかってくる。砂掛師によると、その人の体格にもよるものの、かける砂の重さは、全部で15キロから20キロほどとのこと。最初は違和感があったものの、体全体に砂がかかると、加圧マッサージを全身で受けているような、体全体が適度に締め付けられている心地よさが訪れる。

 

そして熱い。すぐに汗が噴き出してくる。血流が盛んになっているような気もする。砂をかけながら、砂掛師が「普通の温泉に入るよりも、血液中の酸素量が増え、老廃物の排出率が3~4倍高いという医学データもあるそうです」と伝えてくれる。その言葉に納得する。

 

砂に蒸されている時間は10分から15分ほど。起き上がり砂を払うと、なんだか体が軽くなった心地がする。「昔は殿様も海岸でおやりになったそうですよ」そんな言葉に見送られ、再び元禄風呂へ。江戸情緒に浸ると、少しだけ殿様になったような気分がした。


宇治の平等院鳳凰堂を模した「薩摩伝承館」でいただくイタリアン



「指宿 白水館」での夕食は、館内に設けられた食事処での和食会席が基本だが、平成20年に誕生した美術館「薩摩伝承館」の館内にオープンした「フェニーチェ」では、本懐石格的なイタリアンをコースで味わうことができる。

 

京都・宇治の平等院鳳凰堂を模した建物と、周囲をとり囲む水庭。「フェニーチェ」が入る「薩摩伝承館」の立地にまず驚く。店内に入ると、今度はその水庭がガラス窓越しに広がる。


白水館 白水館

京都・宇治の平等院鳳凰堂を模した「薩摩伝承館」。美術館とイタリア料理の「フェニーチェ」は、この建物の内部に設けられている。


コースは鹿児島の食材を随所にいかした、いわば「薩摩イタリアン」。

 

ある日のメニューは、さつま若鶏の黒トリュフ風味、鹿児島県産牛肉の低温ロースト、タカジ(薩摩半島南端で獲れる巻貝)のブルギニオンバター焼き、などの前菜に始まり、ハーブ園として全国的に名高い「開聞山麓香料園」のハーブを用いた鯛のカツレツなど、まさに鹿児島の食材のオンパレードといえる。

 

イタリアンは食材そのものが持つ味を大切にする料理。海の幸、山の幸が豊富で、さらに国産ハーブの有数の産地として名高い鹿児島だからこそ実現した「薩摩イタリアン」と言えよう。


指宿白水館 指宿白水館

前菜の盛り合わせは、さつま若鶏の黒トリュフ風味、鹿児島県産牛肉の低温ロースト、ふくどめ小牧場のボロニアハムなど、鹿児島の食材が満載。右手前はチーズフリット。


指宿白水館 指宿白水館

鯛の香料園ハーブカツレツ。「香料園」とは、開聞岳山麓にある、日本で最初のハーブ園「開聞山麓香料園」のこと。


指宿白水館 指宿白水館

黒毛和牛クラシタのグリル。クラシタとは、牛の首から背中にかけての肩ロースの別名。霜降りが入りやすく、きめ細かな肉質と赤身のうま味が同居しているのが特徴。




指宿白水館 指宿白水館

「指宿白水館」の創業者・下竹原弘志(ひろし)氏と、二代目和尚(かずひさ)氏が蒐集した、約3,000点の薩摩焼コレクションを展示する「薩摩伝承館」。その素晴らしさには息を呑むばかり。宿の公式ホームページには、特典として入館料が無料になる宿泊プランもある。


「砂蒸し風呂」からインスパイアされた、コンセプトルーム「白砂の間」


2024年4月、「指宿 白水館」の宿泊棟のひとつ「花の棟」に、コンセプトルームとして「白砂の間」が誕生した。

 

砂の手触りや色を彷彿とさせる、左官仕上げの床、壁、天井。それは、まさしく指宿の象徴でもある「砂むし温泉」のイメージを具現化したもので、落ち着いたベージュで統一された部屋は、無駄な装飾が省かれ、中央にベッドを置いたシンプルな作りだ。かつて2部屋だった空間をつなげただけあって、広々とした部屋から眺める錦江湾の景色は、雄大で爽快そのもの。

 

畳敷きの「小上がり」と、一段下がった「離れ土間」も設けられており、「離れ土間」には実際に指宿の砂を混ぜて土間を作ったという念の入れようだ。

 

地域の文化を大切にしつつも、温泉宿の未来を模索する「指宿 白水館」。「白砂の間」は未来を見据えた、そんな「指宿 白水館」のこれからの姿を象徴する。


指宿白水館 指宿白水館

2部屋をつなげて新たに誕生した「白砂の間」は、90平米弱と十分な広さ。ベッドに寝ころびながら海を眺めるという贅沢なひとときを味わう。



指宿白水館 指宿白水館

女将の下竹原成美さんと、代表取締役社長であるご子息の下竹原利彦さん。「『白砂の間』を設けるのはかなり冒険でしたが、おかげ様で好評です。こうしたコンセプトルームを、今後は徐々に増やしていく予定です」と、利彦さん。


指宿白水館 指宿白水館

指宿白水館

鹿児島県指宿市知林の里

0993-22-3131


指宿温泉「いぶすき 秀水園」数寄屋建築を思わせる日本家屋が出迎える温泉宿



美しい瓦屋根の、数寄屋建築を思わせる日本家屋が出迎える温泉宿。焼酎の醸造元を営んでいた湯通堂(ゆつどう)保氏が、蔵元の別荘を改築し、8室の純和風旅館「喜楽」として昭和38年に創業させたことが、瀟洒な玄関を持つこの温泉宿の始まりである。

 

以来、小さな宿は増改築を重ね、平成27年に現在の「いぶすき 秀水園」へと改名し、46の客室を持つ指宿温泉でも有数の格式を誇る温泉宿へと発展した。

 



いぶすき秀水園 いぶすき秀水園

玄関部分は平屋の数寄屋風建築。瓦屋根と緑の対比が美しい。




純和風旅館として始まった面影は、ロビーの奥に広がる上品な枯山水の日本庭園にも見て取れる。

 

灯籠や玉砂利、鮮やかな緑が巧みに配された庭園は、長い歴史を重ねた古刹を思わせる趣深いたたずまいを見せている。ソファーに体を沈め、いつまでも眺めていたくなる。

 

ロビーには湯通堂保氏が蒐集した美術品が並ぶ。何幅も掛かる軸は、西郷隆盛や大久保利通など鹿児島の歴史に所縁のある人物の手によるもの。個性的な書の数々を前に、薩摩藩が日本の歴史に果たしてきた役割に思いを馳せる。


指宿秀水園 指宿秀水園

ロビー奥に広がる枯山水の庭園。樹木、灯篭、玉砂利のバランスが見事に取れ、美しい世界を構築している。


いぶすき秀水園 いぶすき秀水園

島津の家紋が入った箪笥を中央に、西郷隆盛、大山巌、東郷平八郎などの墨蹟が並ぶ。

足首から下だけを砂に埋める、手軽な「砂足湯」



ロビー横のお茶席風の小さなお座敷を抜け出ると、そこには「砂足湯」が設けられている。足首から下だけを砂蒸しする、いわばコンパクトな砂蒸し湯だ。

 

原理は普通の砂むし温泉と同様、源泉で温められた砂に足を埋めるというもの。電熱ヒーターが入った靴下を履いているような、ほんわりとした温かさが心地よい。着替える必要がないので気軽に、そして目の前に広がる端正な日本庭園を眺めながら楽しむことができるのが、何よりも嬉しい。

 

本格的な砂むし温泉を希望する場合は、宿の目の前にある日帰り砂むし温泉施設の「砂むし会館 砂楽」へ。「いぶすき 秀水園」の客室には、「砂むし温泉用のセット」が置いてあるので、それをそのまま使うことができる。砂むしを堪能した後は、浴衣を着たまま海岸沿いを散策するのも、温泉地ならではの楽しみだ。

 


いぶすき秀水館 いぶすき秀水館

宿泊客はいつでも「砂足湯」を楽しむことができる。奥には源泉を引いた、いわゆる「足湯」も設けられている。


リビングリームと一体となった貸切湯浴み処で、心ゆくまで寛ぐ



湯量豊富な源泉を持つ「いぶすき 秀水園」の温泉は、源泉かけ流しのナトリウム塩化物泉。紫外線から肌を保護するメラニンを整える効果があるとされている。

 

露天風呂を備えた大浴場もさることながら、専用リビング付きの「貸切り湯浴み処」がお勧めだ。部屋は総桧の半露天風呂が設けられた和風と、錦江湾の青い海をイメージした石造りの浴槽を持つ洋風の2タイプがあり、どちらも湯上りにゆったりと寛ぐことができる完全なプライベート空間。チェックイン時に希望する使用時間を早めに伝えたい。

 


いぶすき秀水館 いぶすき秀水館

総桧の浴槽が設けられた和室タイプの貸切湯浴み処は、文字通り「桧」と命名されている。貸し切りの単位は60分から。


「料理のおいしい宿なら成功する」 創業時に授けられた助言を守り続ける


「いぶすき 秀水園」は、創業時に湯通堂保氏が、「旅館経営は厳しいが、料理のおいしい宿なら成功するかもしれない」との助言を受けたことを信条として守り、素晴らしい料理を味わうことができる宿として、長年高い評価を受けてきた。

 

その信条は現在も受け継がれている。秋から初冬にかけては、「秋月会席」と「美冬会席」が主役となる。松茸、秋刀魚、名残りの鱧など、秋ならではの味覚を取り入れた会席は、それを楽しみに毎年足を運ぶファンがいるほど。


「いぶすき秀水園」のシグネチャー料理、「あわびの素味噌焼」



また、「いぶすき 秀水園」のシグネチャー料理とも称されるのが、「あわびの素味噌焼き」だ。

 

殻付きのあわびを用い、素味噌(もとみそ)とあわびや茸類などの具材を合わせてオーブンで焼いた一品は、いわばあわびの和風グラタン。

 

あわびは予めじっくりと蒸しあげられているため、口当たりも柔らかく、それでいながらあわび本来の滋味もしっかりと残っているので、素味噌や茸類の味覚と出合い、またとないふくよかな味わいとなる。


いぶすき秀水館 いぶすき秀水館

「あわびの素味噌焼き」。素味噌(もとみそ)とは、白味噌をベースに出汁、卵黄などを練り込んで作る、宿オリジナルの「玉味噌」の一種。



いぶすき秀水園 いぶすき秀水園

また、「黒豚のしゃぶしゃぶ」で登場する黒豚は、「六白豚」と呼ばれる、特別の黒豚。名前の由来は、身体の「6ヶ所(足4本、鼻、尾)」だけが白いことに由来する。アミノ酸が豊富で脂身に深い旨味を持ちながらも、しつこくなくあっさりとした肉質は、サツマイモを主食として飼育されているから。「いぶすき秀水園」のしゃぶしゃぶは、この「六白豚」を鰹出汁に一度くぐらせたのち、胡麻だれや自家製ダイダイのポン酢でいただくのが普通。出汁をとる鰹節はもちろん近隣の枕崎産。薩摩の食材を存分に味わう一品だ。



いぶすき秀水園 いぶすき秀水園

きびなご、鯛、マグロ、紋甲イカ、ウニ……。小さな重箱を開けると、そこには美しい盛り付けのお造りが、まるで玉手箱を開けたようにお目見えする。時には、料理長自らが市場に魚介類を買い付けにいくことも。冬期になると、お造りには錦江湾にあがる、ブリ、カワハギなどが加わる。



吟味された部材が宿としての格式を物語る特別室


最上階には2室の「特別室」が設けられている。

 

15畳のリビングルームと12.5畳の和室、セミダブルのベッドを置いた8畳の寝室、そして6畳ほどの縁側と広々とした造りの和洋折衷の部屋からは、錦江湾だけでなく晴れた日には大隅半島まで一望のもとに見渡すことができる、上層階ならではの眺めが素晴らしい。

 

床の間や書院などに吟味された部材が惜しげもなく使われているところなどにも、宿としての格式を伺うことができる。

 

「特別室」のほか、和洋室の「鶴丸の間」、庭園に面した「秀水の間」など、人数や用途に応じたさまざまなタイプの客室がある。


いぶすき秀水園 いぶすき秀水園

銘木を用いた床柱や一枚板の太い梁など、「特別室」には上質な建材が随所に使われている。


いぶすき秀水館 いぶすき秀水館

副総支配人を務める湯通堂 洋(ひろし)さん。創業者である保さんの孫にあたる。「日本旅館の伝統を守りつつ、時代に合わせて改変すべき部分は積極的に変えていこうと思います」。


いぶすき 秀水園

鹿児島県指宿市湯の浜5-27-27

0993-23-4141






























































































































Text by Masao Sakurai
Photography by Makoto Ito

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