序章「時の間」。
Prologue: Space of Time New Material Research Laboratory (NMRL) © N.M.R.L./ Hiroshi Sugimoto + Tomoyuki Sakakida

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カルティエの新たなる創造(前編)

2019.10.7

杉本博司・榊田倫之の新素材研究所による時代のインスピレーション「カルティエ、時の結晶」

序章「時の間」。
新素材研究所
Prologue: Space of Time New Material Research Laboratory (NMRL) © N.M.R.L./ Hiroshi Sugimoto + Tomoyuki Sakakida

時代を超えて、カルティエの美の世界観を鑑賞体験できる「カルティエ、時の結晶」が10月2日(水曜)から、国立新美術館で開催されている。会場構成を手掛けた新素材研究所 / 杉本博司+榊田倫之に「時」を回遊しながら鑑賞する空間づくりについて、開催前の9月に話を聞いた。

拮抗する世界から見える美意識

「先の戦いでは」と京都人が言う時、それは応仁の乱を指し、「ここに金細工の見本が」とフィレンツェでゴールドスミスが開く本はルネッサンス期のポートレート絵画となる。果たして「カルティエ、時の結晶」ではどこまで歴史を遡れば、その原点に辿り着くことができるのだろう。

 

この展覧会は、これまでのカルティエ展とは全く違う角度から構成され、分析され、統合される。展示はカルティエの革新的なアプローチがいかに時代を超えてその存在感を現代に至らしめたかを物語る。原初の問いに誠実に応えつつ、しかし目を見開かせるような装置やしつらえを配し、時系列を自由に行き来するだけでなく、私たち自身がカルティエの時計やジュエリーと対話できる空間に誘導される。その仕組みは一見静かな整った空間に見えるが、カルティエの洗練されたスタイルと対峙するように日本の美意識を差し向けたものだ。展覧会会場である国立新美術館の白い空間の会場構成を3年前に依頼され、ようやくその全貌が見え始めたという「新素材研究所」(以下「新素研」)に榊田倫之(さかきだともゆき)を訪ねた。

会場は入ると目の前に現れるのは、杉本博司の「逆行時計」(2018年)。 Backward Clock, Hiroshi Sugimoto, 2018 [Made in Milan] © Hiroshi Sugimoto/Courtesy of N.M.R.L. 会場は入ると目の前に現れるのは、杉本博司の「逆行時計」(2018年)。 Backward Clock, Hiroshi Sugimoto, 2018 [Made in Milan] © Hiroshi Sugimoto/Courtesy of N.M.R.L.

会場は入ると目の前に現れるのは、杉本博司の「逆行時計」2018年、ミクストメディア(作家本人により逆行化され修復された1908年製造の時計[製造:フォンタナ・チェザーレ、ミラノ])個人蔵

Hiroshi Sugimoto, Time Reversed, 2018, Mixed media (Restored antique clock from 1908 altered to turn counterclockwise by the artist [ Manufactured by Fontana Cesare, Milan]) Private Collection

© Hiroshi Sugimoto/Courtesy of N.M.R.L.

窓際の壁面には実物大にトレースされた数多くのネックレスのデザイン画が留められ、中央下にカルティエのロゴがある。テーブルには各会場イメージのカラーコピーが並べられ、その脇に仏師の彫ったデコルテが置かれていた。もちろん目を引いたのは神代杉や屋久杉、神代欅で各ネックレスに合うよう角度や高さをオーダーメイドしたというこのトルソである。木目がゆったりと襞打つ、仏像の一部が台座として用いられる。ほどよい重量感と木の優雅さが伝わる。

 

「もともと『新素研』は遡ることが未来を見せることになる、というコンセプトで本展の会場デザインの提案をしました。軸足をどこにつけるかが問題だった」。新素研は杉本博司と榊田倫之の二人が主宰する建築事務所であり、今年で設立11年目に入る。「旧素材こそ最も新しい」という逆説的な哲学を持ち、現代的でありながら素材の持ち味に深く寄り添った建築に仕上げ、旧工法を用いて新しい日本の美意識を貫く。

新素材研究所の2人。右が杉本博司、左が榊田倫之。背景は江の浦測候所の大谷石の壁面。 新素材研究所の2人。右が杉本博司、左が榊田倫之。背景は江の浦測候所の大谷石の壁面。

新素材研究所の2人。右が杉本博司、左が榊田倫之。背景は江之浦測候所の大谷石の壁面。


「杉本は歴史の尺度を引き延ばすことによって見えて来るものが違うことを知っています。カルティエ170年の歴史を超えて一挙に46億年前の地球誕生に向かったのは、1970年代以降の現代と未来を見せたいとするカルティエの意図をさらに深く掘り下げたと言えます」。会場では石や木、土そして布の構成がいかに宝石の美しさとコントラストを描くかが見所の一つとなる。

 

「地底に鉱物を発見するような旅を終えて、宝石が何億年もかけて結晶化した奇跡の石として認識されるだけでなく、宝石と共に石や木を用いることでそこに刻まれた時間を石目や年輪に見ることができる。素朴な素材の持つ魅力と宝石の対比は各々の良さを引き立てるのではないでしょうか」と彼は言う。

会場構成に使用する年輪を重ねた日本の針葉樹が並ぶ。 Photography by Ruriko Kusanagi 会場構成に使用する年輪を重ねた日本の針葉樹が並ぶ。 Photography by Ruriko Kusanagi

会場構成に使用する年輪を重ねた日本の針葉樹が並ぶ。Photography by Ruriko Kusanagi


「新素研」は日本の木、日本の石にこだわりを持つ。それは日本の風土と気候に最も適応するものであり、木でいえば針葉樹、石でいうと凝灰岩になる。そして新素研の建築に不可欠な大谷石はその特性を生かし、井桁状に組んだブロックとなって登場する。

 

「大谷石は鋸で切ることのできる軟石です。多孔質であり、マグマ活動がそのまま石の表情となって現れている、つまり時間の経過が見える石なのです。こうしたプリミティブな良さを単純に伝えることがモノとの対話につながる」と榊田。木や石以外の新しい試みとして「羅(ら)」と呼ばれるファブリックがあり、川島織物セルコンによって開発された。深い地底を表す奥行きのある黒幕と光の柱を形成する透過性の布の二種類。正倉院宝物染織品の復元にも携わり、京都・西陣を発祥とする川島織物セルコンは、伝統的技法の引箔(ひきばく)できらめきを加え、透過する光にグラデーションを付けるため、風通織(ふうつうおり)と呼ばれる二重織りを採用した。

 

これまで述べた素材がどのように組み合わさり、時計や宝石と一つの空間を構成していくのかは会場で実際に体験する他ないのだが、核となるカルティエ コレクションの一つ一つはこうした素材の中にあって異彩を放つだけでなく、永遠の世界を垣間見させてくれる。「序章」のミステリークロックやプリズムクロックは一度見たら忘れることができない。

≪大型の「ポルティコ」ミステリークロック≫カルティエ パリ、1923年ゴールド、プラチナ、ロッククリスタル、ダイヤモンド、コーラル、オニキス、ブラックエナメルカルティエ コレクション Marian Gérard, Cartier Collection © Cartier ≪大型の「ポルティコ」ミステリークロック≫カルティエ パリ、1923年ゴールド、プラチナ、ロッククリスタル、ダイヤモンド、コーラル、オニキス、ブラックエナメルカルティエ コレクション Marian Gérard, Cartier Collection © Cartier

≪大型の「ポルティコ」ミステリークロック≫カルティエ パリ、1923年
ゴールド、プラチナ、ロッククリスタル、ダイヤモンド、コーラル、オニキス、ブラックエナメル カルティエ コレクション Marian Gérard, Cartier Collection © Cartier


1920年代にカルティエの工房で働く時計技師、モーリス・クーエが28歳という若さで製作したミステリークロックは1世紀を数える。透明な空間に長針と短針だけが時を刻む、この機構をすでに知っているはずなのにやはり欺かれてしまう。2 枚のクリスタルの円盤にそれぞれ長針、短針を留め、円盤自体を回転させるのだ。針の美しいシンブルなモデルからエキゾチックな東洋の装飾まで、ムーブメントがどこに収められているのかが想像できない。これらの置き時計12体は「時の間」の柱の中に置かれる。「カルティエ、時の結晶」にふさわしく、好奇心に満ちた「序章」はこの展覧会で最も印象的な空間となるだろう。

「カルティエ、時の結晶」
会期 2019年10月2日(水)~12月16日(月)
休館日 毎週火曜日(ただし10月22日(火・祝)は開館、10月23日(水)は休館)
開館時間 10時~18時(毎週金・土曜日は20時まで。入場は閉館の30分前まで)
会場 国立新美術館 企画展示室2E
観覧料(当日)一般1,600円 大学生1,200円 高校生800円 ※中学生以下および障害者手帳をご持参の方(付き添いの方1名含む)は無料。
https://Cartier2019.exhn.jp

 

→カルティエの新たなる創造(後編)につづく

Text by Kioko Kobayashi
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