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なら国際映画祭が投げかける視点(後編)

2021.12.26

河瀨直美の描くヴィジョン 奈良から、日本から発信する未来



2010年から奈良で始まった「なら国際映画祭」は今年で11年目を迎え、今年も9月18日〜20日に開催された。11年間、東日本大震災や新型コロナウイルス感染症の蔓延など日本ばかりでなく世界を揺るがす出来事があったが、「なら国際映画祭」は11年間一度も途絶えることなく続いている。

 

映画祭のエグゼクティブ・ディレクターを務める河瀨直美は「1300年の歴史を持つ奈良と同じく、千年続く映画祭にしたい」と意気込むが、ただ続けていくだけでなく、毎年進化させていくことが重要だと考えている。「なら国際映画祭」が奈良に、日本に、そして世界にしっかりと根をはり、幹を太くし、枝葉を広げていくために何が必要か? 後編では未来に向けてのヴィジョンを語ってもらった。



ユース世代の発掘、育成を担う場としての映画祭を目指して

 

2021年はこれまで行ってきたプレイベントの名称を変えて、「なら国際映画祭for Youth 2021」として開催。次世代を担うユース世代の才能を発掘し、育てていく仕組みを作りたい、作らねばならないということは、この映画祭を始めた当初から、河瀨が考え続けてきたことだった。このアイデアはどこからきたのだろう。

 

「『ベルリン国際映画祭 ジェネレーション部門』がインスピレーションを与えてくれました。子どもが主人公で、子どもが題材になっている作品を子どもたちが審査するジェネレーション部門は1978年からあったのですが、2007年からはGeneration Kplusは4歳以上が対象で11人の子どもたちが審査員に、Generation 14Plusは14歳以上が対象で、7人の子どもが審査員になって最優秀作品が選ばれます」。

 

「子どもたちが審査員として映画を観る力を養う仕組みは「なら国際映画祭」でも採り入れていますが、私が注目したのはもう一点、審査員をつとめた子どもたちが、その後もベルリン国際映画祭の事務局で運営の戦力になっていることです。十代のユースたちが映画祭運営の主力となって働き、映画祭で上映する専門のシアターを作っているのです」。

 

映画祭が一過性のお祭りではなく、しっかりと地域に根づき、世代を超えて地域の大勢の人が支えていることを実感した河瀨。将来、映画界を担っていく人材を育てるには、子どものときからじっくりと時間をかけて育てていく仕組みが必要だと考えて、「なら国際映画祭」でもユース世代を主体にした活動を採り入れているのだ。



才能を見出したら、見つめ続けていくという強いメッセージ

 

また映画祭には、見出した才能を長い目で見て責任を持って育てていく、という機能も必要だと河瀨は考えている。河瀨自身が1997年「萌えの朱雀」でカンヌ国際映画祭の新人監督賞を受賞し、その後も2007年には「殯の森」がグランプリを受賞。2011年には「朱花の月」がコンペティション部門に正式招待され、2017年には『光』でエキュメニカル審査員賞を獲得し、また2013年にパルムドール賞を競う長編コンペティション部門の審査員に選ばれている。

 

「私が新人監督賞を受賞したときに「直美を見つめ続けていく」というメッセージをもらい、その通りずっと成長を見守り続けてもらっているのを実感しています。それが、映画を制作する大きな力になっていることは確かです」。

 

 

「なら国際映画祭」も世界の若手監督の作品を評価して見出し、高い評価を得た監督には奈良を舞台にした映画を制作する資金を提供するNARAtive projectという仕組みを作っている。若手監督は奈良の国際映画祭で評価され、その監督が奈良に戻ってきて、自分たちの地域を舞台にした映画を撮ることで、地域の人々はその監督の成長をずっと見守っていくことになる。

 

「私は『なら国際映画祭』を、奈良と同じ1300年の歴史を持つ映画祭に育てようという意気込みを持っています。11回一度も途絶えさせることなく続けてこられたことは、スタッフともども誇りに思っています」。



「なら国際映画祭 for Youth 2021」最終日の監督あいさつなど、YouTubeで配信された。

 

 

 



広報活動の重要性
日本へ、世界へ。知ってもらうことで競争力をつける

 

しかし、これからやっていかねばならないことは山積み。なかでも広報活動については思うところがあるという。

 

「映画祭に来てくださった方々は皆さん「とてもよかった」「すごく質の高い映画祭だ」と高く評価してくださり、リピーターも多いのはうれしいことです。でも日本全国、また世界にこの映画祭のすごさが広く知られているとは言い難い。私はこの映画祭を大きく広めようというよりも、深くしようと努力をしています。深い感動を与えたいし、深い考察のできる映画祭にしていきたい。そのためには多様な人たちに映画祭に参加してもらい、多様な視点を反映させていくことが重要です。一部の映画好きだけでなく、一般の人たちに「なら国際映画祭」を知ってもらうことで、映画祭はより多様性を持った奥行きのあるものになるはずです」。河瀨にとって「なら国際映画祭」の活動を、日本と世界に言葉で伝えていくことは、喫緊の課題だ。

 

 

河瀨にはもう一つ懸念していることがある。それは日本映画の現状だ。「なら国際映画祭」を、国際映画製作者連盟公認の世界の三大国際映画祭、カンヌ国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭とベルリン国際映画祭に肩を並べるものにしたいと考える河瀨にとって、そのためには日本の映画界がもっと活性化して、グローバルに話題と影響力を持つ作品を出していかねばならない。しかし今のところ、世界どころかアジアの中でも日本の文化発信力は中国や韓国の後塵を拝している現実が横たわる。

 

 

「ここ最近、オリジナル脚本による日本映画はほとんど制作されていません。まったくないとは言わないけれど、非常に少ない。ヒットした漫画や小説が原作となった作品がほとんどです。また映画館で見るよりも、自宅のテレビやPC、もしくはスマホの画面で映画を見る人が増えました。個人的には映画館で観てほしいとは思いますが、配信にはもう抗うことはできないと思っています。配信のフィードバックは大きいです。一気に130か国に配信されることは作り手にとっても大きな魅力です。映画館で映画を見ることがまったくなくなるとは思いませんが、配信が主流となっていく中で、どんな映画をつくっていくのかを作り手として真剣に考える時期に来ていることは確かです」。



奈良から未来を創る
そのために声を上げていく

 

映画の内容だけではない。制作や配給の制度の仕組みについても、業界だけでなく、政治や行政にも改善点を訴えていかねばならないと河瀨は指摘する。

 

「東京2020オリンピックの公式映画監督として1年遅れで行われた大会を映像で記録し、2025年大阪で開催される国際博覧会(万博)にもテーマ事業プロデューサー兼シニアアドバイザーとしてかかわっています。東京や大阪という大都会で仕事をし、生活する時間が長くなっていますが、私が一番落ち着いて、自分でいられる場所は奈良。私にとって奈良は故郷であるというだけでなく、特別な場所です。奈良は「見えないものを感じることができる場所」です。現代人はヴィジュアルに頼ることがすごく大きくなっていますが、奈良にいると風の音だったり、鳥や虫の声だったり、視覚以外の感覚が研ぎ澄まされていきます。感覚が研ぎ澄まされると、見えないものに出会える。見えないもの、つまり自分を見つめて出会うことができるのです」。

 

奈良には1300年の歴史があり、万葉集で謳われた景色や空気が残っている。古代からの長い時間がいまにつながっていて、そこからまた未来へとつながっていることが感じられる。





「奈良では時間の流れ方が違うのです。日が暮れて、闇が訪れ、月がのぼる。しらじらと夜が明けて、太陽が顔を出す。夜と朝の間に、それぞれ2時間くらい夜でもない、朝でもない余白の時間があることを、奈良にいると感じることができる。時空の幅が広いんですね。奈良は深く自分を知って、広く時空を超える、そんな街です。これからも映像作家として、奈良を軸に作品を撮り続けていきます。そして「なら国際映画祭」のエグゼクティブ・ディレクターとして、奈良から映画の力をグローバルに発信し続けていきます」。

 

目の前にあるのは、険しい道かもしれない。しかしこの美しい古都・奈良から、河瀨は発信していく。そこには、見出された者から、次世代へと思いをつないでいくという、矜持があった。

 

 

(敬称略)



河瀨直美 Naomi Kawase

生まれ育った奈良を拠点に映画を創り続ける。カンヌ国際映画祭をはじめ、世界各国の映画祭での受賞多数。世界に表現活動の場を広げながらも故郷奈良にて、2010年から「なら国際映画祭」を立ち上げ、後進の育成にも力を入れる。2018年から2019年にかけてパリ・ポンピドゥセンターにて、大々的な河瀨直美展が開催された。東京2020オリンピック公式映画監督に就任。2025年大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー兼シニアアドバイザー、バスケットボール女子日本リーグの会長も務める。2021年11月 国連教育科学文化機関(ユネスコ)より、ユネスコ親善大使に任命。映画監督の他、CM演出、エッセイ執筆などジャンルにこだわらず表現活動を続け、プライベートでは野菜やお米を作る一児の母。

 

 

Text by Motoko Jitsukawa
Hair & Makeup Yoko Kizu
Photography by Ayumi Okubo (amana)

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