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食の宝庫 福井の知られざる食文化を訪ねて

2022.1.18

冬の味覚の王者「越前がに」と、 冬の定番スイーツ「水ようかん」を堪能する



2024年春に予定されている北陸新幹線延伸で注目を集めているエリアが福井県。延伸後は多くの観光客が訪れることが予想されている。そんな福井県は、じつは、「食」の宝庫でもある。数多く存在する“宝”のなかから、冬の味覚を代表する越前がにの市場での競りの様子を紹介。さらに県内では冬の定番スイーツとして多くの人に愛されながらも、県外ではあまり知られていない、水ようかんの店舗にも足を運んでみた。

 



越前漁港、午前9時。
越前がにの競りは真剣勝負

 

怒号にも似た掛け声、漲る気迫と熱気。部外者はただ遠巻きに眺めるだけ。それでも活気は充分に伝わり、いつの間にか自分自身も少し興奮してくる。市場の競り、とりわけ魚介類市場の競りは日本のどこでも同じような光景が見られるが、ここ越前漁港の競りは、もしかしたら普通以上の活気かもしれない。ずらりと並ぶのは、今朝水揚げされたばかりの越前がに。体内の旨味を保つために、腹を見せた裏返しの状態でずらりと並べられ、なかにはまだ、長い脚を動かしているのもいる。まさに壮観。



仲買人は瞬時にカニの良しあしを見分け、競りはテンポよく、部外者にはまったくわからない符丁のような言葉で進んでいく。 仲買人は瞬時にカニの良しあしを見分け、競りはテンポよく、部外者にはまったくわからない符丁のような言葉で進んでいく。

仲買人は瞬時にカニの良しあしを見分け、競りはテンポよく、部外者にはまったくわからない符丁のような言葉で進んでいく。

 



恵まれた環境で育った越前海岸の越前がには
味もお値段も別格

 

越前がにとは、越前漁港をはじめとする福井県の4カ所の港で水揚げされるズワイガニのこと。豊富な動植物プランクトンが繁殖するという恵まれた環境の越前海岸で育ったカニは、奥深い旨味をもち、その味はまさに「味覚の王者」とも言われている。ズワイガニは、日本海側の大半の漁港で水揚げされるが、越前がには別格で、もちろんお値段も高い。ちなみに、昨年の解禁時に行われた初競りでは、ご祝儀価格ということもあり、80万円の値がついた。越前がには、味もお値段も飛びっきりの王者なのである。



雄の「越前がに」のほか、雌の「せいこがに」、脱皮直後で殻が柔らかい雄の「水がに」があり、それぞれ味も漁期も異なる。写真は、例年11月6日から3月下旬まで漁獲される雄の「越前がに」。 雄の「越前がに」のほか、雌の「せいこがに」、脱皮直後で殻が柔らかい雄の「水がに」があり、それぞれ味も漁期も異なる。写真は、例年11月6日から3月下旬まで漁獲される雄の「越前がに」。

雄の「越前がに」のほか、雌の「せいこがに」、脱皮直後で殻が柔らかい雄の「水がに」があり、それぞれ味も漁期も異なる。写真は、例年11月6日から3月下旬まで漁獲される雄の「越前がに」。



数日ぶりに水揚げされた、越前がにの最高級ブランド
「極」(きわみ)

 

熱気とともに歓声と拍手があがった。「極」が出現したようだ。「極」とは、越前がにのなかでも姿が美しく、重さ1.3㎏以上、甲羅の幅14.5㎝以上、爪の幅3㎝以上の雄がにに冠せられる、いわば最上級品のブランド名で、平成27年から競り人や仲買人による認定制度が始まった。越前がにには、証である黄色のタグが付くが、「極」にはもうひとつ黄色の「極」タグが付けられる。「極」に認定される最上級品は全水揚げの約0.05%以下。1シーズンで500杯前後(昨シーズンはわずか67杯のみ)という、まさに極上品だ。ここ数日間なかった「極」の出現で、競りはひときわ活気を帯びてきた。



数日ぶりに「極」が水揚げされたことで、市場はいちだんと活気を帯びてきた。ダブルの黄色タグはブランドの誇り。 数日ぶりに「極」が水揚げされたことで、市場はいちだんと活気を帯びてきた。ダブルの黄色タグはブランドの誇り。

数日ぶりに「極」が水揚げされたことで、市場はいちだんと活気を帯びてきた。ダブルの黄色タグはブランドの誇り。

 



カニの競りが山場を迎えるのは、午前9時前後。天候の具合によって出漁しない時もあるので前日に確認してから出かけたい。また、市場ではプロの動きの邪魔にならないように注意を払う。 カニの競りが山場を迎えるのは、午前9時前後。天候の具合によって出漁しない時もあるので前日に確認してから出かけたい。また、市場ではプロの動きの邪魔にならないように注意を払う。

越前がにの競りが山場を迎えるのは、午前9時前後。天候の具合によって出漁しない時もあるので前日に確認してから出かけたい。また、市場ではプロの動きの邪魔にならないように注意を払うことも大切。



市場界隈の食事処で
産地ならではの浜茹での技を堪能する

 

越前漁港界隈には、旅館、食事処、鮮魚店など、越前がにを扱う店が70軒ほど集まっている。

 

市場で競り落とされた越前がには、即座に東京をはじめとする大都市へ輸送されるが、界隈の店舗へももちろん運ばれる。輸送費等が含まれないので、お値段は少しお得。そして何よりも、市場のあの雰囲気を体感した後に堪能する越前がにの味は格別だ。



冬場にしては珍しく穏やかな表情の日本海。越前のこの美しい海が、豊かな魚介類を育む。 冬場にしては珍しく穏やかな表情の日本海。越前のこの美しい海が、豊かな魚介類を育む。

冬場にしては珍しく穏やかな表情の日本海。越前のこの美しい海が、豊かな魚介類を育む。



「カニ見十年、カニ炊き一生」。
カニを美味しく茹でるのは、実は至難の業

 

越前漁港から車で10分ほどの海岸沿いに店を構えるのが仲卸をはじめ、旅館や通信販売なども手掛ける「かねとも水産」。直売所の店頭には、大きな釜が置かれ、熱湯が沸々と湯気を立てている。いわゆる浜茹でがこの釜で行われる。「シンプルな茹でガニが一番」。カニの食べ方を尋ねると、多くの人がそう答える。しかし「カニ見十年、カニ炊き一生」という言葉があるように、実は、カニをおいしく茹でるのは熟練の技が必用なのだ。カニの大きさやその日の温度によって塩加減や茹で加減を微妙に変えるのは、まさに名人芸。そんな名人芸を、目の当たりにできるのも、産地ならではの楽しみ。



釜茹での前に熱湯をかけるのは、急いで茹でる場合の手法。ふつうは、冷水でしめてから茹でる。 釜茹での前に熱湯をかけるのは、急いで茹でる場合の手法。ふつうは、冷水でしめてから茹でる。

釜茹での前に熱湯をかけるのは、急いで茹でる場合の手法。ふつうは、冷水でしめてから茹でる。



茹で上がった1.2㎏の大物越前ガニは、大皿からはみ出んばかりの大きさ。茹でガニならではの独特の色合いが食欲をそそる。 茹で上がった1.2㎏の大物越前ガニは、大皿からはみ出んばかりの大きさ。茹でガニならではの独特の色合いが食欲をそそる。

茹であがった1.2㎏の大物越前がには、大皿からはみ出んばかりの大きさ。茹でガニならではの独特の色合いが食欲をそそる。


ほのかな甘みと塩のバランス。海を感じさせる滋味。
「味覚の王者」を実感する瞬間

 

 

浜茹でされたばかりの1.2㎏の越前がにを前に、どこから手をつけてよいのか、四苦八苦していた時のこと。見るに見かねてか、店主が「脚はこうして、身はこうして」とあっという間に殻から身をはずし、甲羅の中に積みあげてくれた。カニ味噌もたっぷり。それを豪快に混ぜ、何もつけず口に。豊かな海を感じさせる滋味、ほのかな甘みと塩の絶妙なバランス、濃厚なカニ味噌。すべてが渾然一体となってハ-モニーを奏でる。「味覚の王者」を実感する瞬間だ。直売所に併設された食事スペースは、畳敷きに座敷机のみといたって簡素。でも、その簡素な空間で、どんな高級料亭にもひけをとらない極上の越前がにを、時には店主の手を借りながら堪能する至福のひとときがここにはある。

 



かに かに

写真左から、店主の手にかかると、あっという間に、身が甲羅の中にうずたかく盛り込まれることに。カニ味噌だけであとは何もつけず、豪快に頬張る。このうえない旨味。至福のひとときだ。



こたつに入って食べる、冷たい水ようかん。
それが福井県人の定番スイーツ

 

福井の冬の風物詩ともいえるのが、水ようかん。寒くなったらこたつに入りながら、冷たい水ようかんを食べる。それが、昔も今も多くの福井県人の冬の楽しみのひとつで、水ようかんは福井の人々にとっては、いわば“ソウルスイーツ”ともいえる。しかも、驚くことに、県内だけでも100軒近くの店が冬場には水ようかんを作り、和菓子処の店頭やスーパーにはさまざまなパッケージが並ぶ。小豆、寒天、砂糖と、主な材料はいたってシンプルだが、その配合や作り方の微妙な差異が、お店ごとの味を生み、自分の生まれ育った場所の水ようかんをずっと贔屓にし続けるという、県外の人間からすれば、驚きの食文化が脈々と息づいている。

 



水ようかんの切れ目に沿って、付属のヘラですくって食べる。口の中ですっとほどけるその感触も楽しみのひとつ。 水ようかんの切れ目に沿って、付属のヘラですくって食べる。口の中ですっとほどけるその感触も楽しみのひとつ。

水ようかんの切れ目に沿って、付属のヘラですくって食べる。口の中ですっとほどけるその感触も楽しみのひとつ。



「水ようかん」と「丁稚ようかん」。
地域によって異なる名称

 

福井市内などでは「水ようかん」という名称が一般的だが、小浜市や大野市などの地域や店によっては「丁稚ようかん」と呼ばれることが多く、この「丁稚ようかん」という名前が、ルーツを物語っているといわれている。江戸時代、京都などの商家に丁稚として奉公していた福井の人間が、年末の帰省時に奉公先から持ち帰ったようかん、というのがルーツ説のひとつ。このほかにも、起源に関してはさまざまな説があるが、いずれにしても、昔も今も庶民の身近な存在であったことには変わりはない。


かつては木箱に入れられていたが、最近では小さな紙箱へ流し入れるのが大半となってきた。 かつては木箱に入れられていたが、最近では小さな紙箱へ流し入れるのが大半となってきた。

かつては大きな木箱に入れられていたが、現在では小さな紙箱へ流し入れるのが大半である。


ほのかに香る黒糖の甘味。
「阿んま屋」の丁稚ようかんは、あっさり味が特徴

 

 

越前町の「阿んま屋」は創業100年の歴史をもつ和菓子処。この「阿んま屋」でも毎年10月末になると丁稚ようかん(越前市界隈では「水ようかん」ではなく「丁稚ようかん」)が店頭に並び始める。「阿んま屋」の丁稚ようかんは、あっさりとした味わいが特徴。北海道産の良質な小豆を用いた自家製の餡と、ほのかに香る黒糖の甘味が、柔らかな触感と相まって、独特の風味を醸しだしている。


朱色も鮮やかな「阿んま屋」の丁稚ようかんの箱。まさに「シンプルイズベスト」。1箱750円(税込)。 朱色も鮮やかな「阿んま屋」の丁稚ようかんの箱。まさに「シンプルイズベスト」。1箱750円(税込)。

朱色も鮮やかな「阿んま屋」の丁稚ようかんの箱。まさに「シンプルイズベスト」。1箱750円(税込)。


その日の気温や湿度に合わせ、
餡を炊く際の火加減に細心の注意を払う

 

店舗の奥に位置する作業場では、主人の森嵜祥基さんが餡を炊いていた。大鍋の前から片時も離れず、火の加減を絶えず注意しながら、餡を大きな木杓子でかきまわす。湯気が上がる大鍋の中では、チョコレート色の餡が木杓子からとろりと滴り落ちている。

 

「その日の湿度や気温で火加減が微妙に異なってきます。父がやっていたことの見よう見まねですが、自分なりの餡の味を出すことができれば、と思っています。10月に入ると、近所の方々から『今年はいつ売り始めるのですか』という問い合わせをいただくので、毎年、気を抜くことができません」。餡を冷まし、紙箱へ一枚ずつ流しいれる。すべて手作業で行われる「阿んま屋」のようかんづくり。店頭に並ぶ、鮮やかな朱色の箱を買い求めるファンが、次から次へと店を訪れていた。


写真左から、火加減に細心の注意を払いながら大鍋の前で1時間近く餡を炊く。餡の状態を見ながら木杓子でかきまわす。あくまでも優しく丁寧に。大鍋のなかでは、艶やかなチョコレート色の餡が沸々と湯気を立てている。この時点ですでに美味しそう!



越前がにの競りの現場での熱気、漁港近くの直売所の浜茹で、水ようかんのほのかな甘み……。旅先でしか出会うことのできない感動と奥深い味覚を満喫した、冬の福井での1日だった。

Text by Masao Sakurai
Photography by Junko Ueda

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