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PHILOCOFFEAを通じて、最高のコーヒー体験を

2025.4.10

世界一のバリスタ PHILOCOFFEA 粕谷哲。コーヒーに愛された男の人生と哲学とは(前編)





世界一のバリスタ粕谷哲をご存じだろうか。

 

コーヒーの抽出技術を競う世界的権威の国際大会『ワールド・ブリュワーズ・カップ(World Brewers Cup)2016』において、アジア人初の世界チャンピオンに輝き、誰もが美味しいコーヒーを淹れることができる『4:6メソッド』を提唱した人である。

ファミリーマートの『FAMIMA CAFÉ』カウンターコーヒーの共同開発、および『世界№1バリスタが認めた』シリーズの監修者と言えば、より身近に感じるだろうか。

粕谷はなぜ世界で注目を集めているのか?前編では世界一のバリスタになるまでの道のりを、後編では粕谷が検証するコーヒー業界の課題と未来、さらに粕谷に聞いた「美味しいコーヒーの淹れ方」を紹介していく。





Ⅰ型糖尿病によって人生はより豊かに、自由になる

 

2025年1月に粕谷へのインタビューを予定していたが、出張先のアメリカで体調を崩して入院したため延期となった。Ⅰ型糖尿病を患っている粕谷だけに体調が心配されたが、今回の不調は糖尿病とは関係はなく、末梢神経に異常が生じる『フィッシャー症候群』だと聞く。3か月の静養後、2025年3月21日のオープンに向けて準備が進む『PHILOCOFFEA(フィロコフィア)表参道』でインタビューを行った。

 

「病気になると大変なことは多いけれど、得ることも多い。ひどい頭痛に襲われているとき、一杯のコーヒーを飲んで心が落ち着いたんです。今回もコーヒーに救われた気分です」と語った。





『O11 TOKYO BLEND』 『O11 TOKYO BLEND』

PHILOCOFFEEA表参道限定『O11 TOKYO BLEND』。常に同じブレンドではなく、東京のように移ろいゆく日々の変化を感じられるようなブレンド。表参道店のみで購入可能。 200g 3,197円




病を得たことで、後悔のない人生を生きる決意が固まる

 

 

「大学と大学院では ファイナンスの勉強をしていました。数字とにらめっこをする日々に少し飽きが来て、就職先には人とコンタクトが取れるITコンサルタント企業を選びました。当時の僕にとってコーヒーは嗜好品という感覚すらないものでした」。

わずか3年で世界一のバリスタに輝いた粕谷だが、特別なコーヒー好きではないのに、どんなきっかけでバリスタの道を目指すことになったのだろうか。

 

「会社員時代、突然の体調不良で入院し、そこで医師からⅠ型糖尿病であることを告げられました。Ⅰ型糖尿病は一生付き合っていかなければならない病気ですので当然ショックでしたが、明日死ぬ病気ではなかったのでよかったです」。





人生で初めて経験した長い入院生活に、すっかり暇を持て余していた粕谷は、医師からコーヒーなら飲んでいいと言われていたことを思い出し、自分でコーヒーを淹れてみようと思い立つ。病室を抜け、お店でコーヒー道具一式を揃え、ついでに淹れ方も教わってはじめてのドリップ式コーヒーを病室で淹れてみた。

 

 




「グラインダーでコーヒー豆を挽き、ドリッパーに挽いたコーヒーの粉を入れてお湯を注ぐ。教わったようにやっているのに、お湯が全然落ちていかない。お店の人には3分を目安に淹れるように言われたけど、湯がなかなか落ちないので3分では到底淹れ終わらず、完成したコーヒーはとんでもなくまずかったんです」。当時の粕谷は、グラインダーに挽き目の調整があることも知らないほど、コーヒーの知識はなかったが、この経験が粕谷の心に火を付けた。




「僕は今まで器用貧乏な方で、なんでも一通りはできてきたんです。なのに、コーヒーだけは美味しく淹れられない。たぶんこれが人生で初めて全くできないことだったと思います。この経験がコーヒーを美味しく淹れる研究のはじまりですね」。

退院して一年ほどITコンサルタントの会社で働いた後、楽しかった会社員生活にピリオドを打ち、退職をした。

 




「東日本大震災後、石巻で復興支援のボランティアに参加しました。当時は病気になる前でしたが、あの時に見た光景によって僕の死生観は大きく変わりました。今回の病気を機に、死ぬ時に後悔のない生き方をしたいと考えるようになっていました」。
そこで粕谷は、人生最期のとき、やらずに後悔しそうなことは何かと考えたとき、思い浮かんだことが“海外で生活をすること”だったと言う。“あれ?バリスタではないのか”そう思った人は少なくないはずだ。
順風満帆な人生を一度立ち止まり、生き方の方向転換をすることは、やはり勇気がいることだったろう。





最高の一杯のコーヒーを世界へ届けるために多忙な日々を過ごしている。 最高の一杯のコーヒーを世界へ届けるために多忙な日々を過ごしている。

最高の一杯のコーヒーを世界へ届けるために多忙な日々を過ごしている。





インタビュー中に何度も感じたことだが、粕谷の口からはポジティブな言葉しか出てこない。普通なら心が波打つだろうときも、粕谷は淡々と困難を切り抜けていく。その冷静さは、トラブルで混乱する周りの人たちを落ち着かせていくほどだ。

 

「ITコンサルタントの会社で学んだことの一つが、ポジティブと楽観は違うということ。“なんとかなる”が楽観なら、“なんとかする”がポジティブ。何か課題に直面したとき、“どうしたら解決できるのか”を考えるクセのようなものが身につきました。まあ、悲観しても前には進みませんから」と、やはり淡々と語る。




一か八かの決断は、世界のコーヒー業界に一石を投じた「4:6メソッド」

 

 

「ワーキングホリデーを利用してイギリスへ行くことを決めて、会社を辞めたのが6月。しかし、その抽選は1月。それまでの半年間、コーヒー好きにもなったし、イギリスへ行ったらバリスタとして働けるし、そんな理由で、COFFEE FACTORYのバリスタとして働くことにしました」。

 

COFFEE FACTORYは茨城県つくば市に本店を構える自家焙煎のスペシャルティコーヒー専門店である。オーナーである古橋氏から多くの事を学び、粕谷はバリスタとして腕を磨いて、守谷駅店で店長を務めた。





PHILOCOFFEEA表参道でコーヒーを淹れる。 PHILOCOFFEEA表参道でコーヒーを淹れる。

PHILOCOFFEEA表参道でコーヒーを淹れる。





ここに来て、やっと粕谷とバリスタが結びつく。

 

バリスタとして働いている間、いくつかのコーヒーの大会に出場するも、なかなか勝てない。2年目の抽選でやっとイギリスでのワーキングホリデーの権利を手にした粕谷は、2週間後の『ジャパン エアロプレス チャンピオンシップ』*¹へ出場し、念願の優勝を果たす。「これで箔が付いてイギリスで働きやすくなるかな」そんな感じだったと語る。その後、イギリスへの出発の前に『ジャパン ブリュワーズ カップ』*²へ挑戦すると見事優勝し、世界大会へ出場の権利を獲得した。





各国で勝ち抜いてきたトップバリスタたちが一堂に会する『ワールド・ブリュワーズ・カップ』で、アジア人が優勝したことはない。その中で粕谷はどう勝つか。歴代の優勝者にならったプレゼンテーションか、予選敗退かもしれないが一か八かの賭けに出るか。





「歴代の優勝者たちを見ると、技の競い合い。誰でもできない技が重要視されているようでしたが、僕のプレゼンテーションはまったくの逆。誰でも美味しいコーヒーが淹れられる『4:6メソッド』を提案。それまではご法度であった、レシピの公開を含んだ再現性あるプレゼンテーションで勝てたことは、コーヒー業界の改革につながったように感じます」。

 

コーヒー豆と湯の分量、注ぐタイミングなどをロジックに落とし込んだ『4:6メソッド』は、世界初の“誰でも美味しくコーヒーを淹れる理論”である。この画期的な提案が評価されたことによって、コーヒーの楽しみ方に拡がりが生まれていったはずだ。また粕谷が優勝した後、アジア人の優勝者も増えたことも大きな変化である。




粕谷がコーヒーを淹れるとなると、世界中で長蛇の列ができる。 粕谷がコーヒーを淹れるとなると、世界中で長蛇の列ができる。

粕谷がコーヒーを淹れるとなると、世界中で長蛇の列ができる。




粕谷の想いが詰まった、コーヒーの魅力発信の場「PHILOCOFFEA」のスタート

 

 

粕谷は世界一になったことでイギリスへの移住を断念し、『ワールド・ブリュワーズ・カップ』世界チャンピオンとして、世界中でセミナーや講師など、コーヒーアンバサダーとして忙しく活動することになる。
と同時に、粕谷がコーヒー農園から買い付けてきたスペシャルティコーヒー豆の輸入や焙煎、販売をはじめ、コーヒーロータリーカフェの第一号店『PHILOCOFFEEAシャポー船橋』を2018年にオープンさせた。




PHILOCOFFEEAのロゴマーク。コウノトリがコーヒー豆を世界へ運ぶ。 PHILOCOFFEEAのロゴマーク。コウノトリがコーヒー豆を世界へ運ぶ。

PHILOCOFFEEAのロゴマークであるコウノトリは、コーヒー豆が入っている袋をくわえている。




「優勝してからずっとセミナーやトップバリスタたちのコーチなどの活動を続けていますが、実はセミナーはちょっと苦手です。聞きに来てくれた人たちが一体何を求めてきてくれたのか?僕にとっては当たり前の技術でも、皆さんにとってはどうなのか?など、迷いが生まれてきたんです。それがYouTubeをはじめたきっかけでもあります。YouTubeなら、聞きたい人が聞きに来ればいいし、好き勝手に話せて世界へも配信でき、さらには世界からコメントも届く。効率よく僕の考えを世界に発信できる場として活用しています」。

 

YouTubeでは、コーヒー豆や焙煎、抽出レシピなどの技術的なことから、コーヒー飲み比べや世界のバリスタの紹介など、粕谷自身の言葉で幅広くコーヒーについて発信しており、チャンネル登録者数は14万人に迫るほどだ。

 







3つの会社を立ち上げて、仲間と共に夢に向かって走り切る

 

 

「PHILOCOFFEAを年商50億、100億の会社にするのが僕の夢です。会社員を辞めてバリスタになったとき、バリスタの給料を見て、家族をつくることは難しいと感じました。バリスタという職業がもっと評価され、相応の収入を得られるビジネスモデルをつくらなければ、コーヒービジネスは成長していかないでしょう」。




現在、粕谷は3つの会社の代表をしている。1つは、千葉県内の3店舗と表参道1店舗のカフェをはじめ、スペシャルティコーヒー豆の輸入、焙煎、販売を行う『PHILOCOFFEEA』。2つ目は粕谷個人の会社である『コーヒーのあるところ』。ここではファミリーマートをはじめとする企業との商品開発やコンサルティング事業、またバリスタへのコーチングなどを行っている。さらに3つ目となるのが近年立ち上げた『PHILOCOFFEA』とオフィスコーヒーサービスの『ダイオーズ』との合弁会社『特別な珈琲体験を』であり、オフィスコーヒー向けのスペシャルティコーヒーの焙煎・製造販売事業を行っている。




「僕の収入は『コーヒーのあるところ』から得て、PHILOCOFFEAの売り上げはできる限る社員へ還元するようにしています。いつかPHILOCOFFEEAを業界最高水準の給料が払える会社にしたいんですよ」。

最高水準の給料を払うためには、儲かるビジネスモデルの構築が必要になる。そのためには社員の協力は欠かせないはずだ。

「うちの会社ではしっかり数字を読む力を身に着けてもらっています。そういった点では他のコーヒー会社よりも厳しいかもしれませんね」と語る。
社員それぞれが各店舗の売り上げ管理ができる、つまりは経営者としてのスキルを身に着けていくということなのだろう。

 




パッケージの側面にある言葉をぜひ読んでみて欲しい。 パッケージの側面にある言葉をぜひ読んでみて欲しい。

パッケージの側面には、創業当時の粕谷の想いがつづられている。




そんな粕谷のPHILOCOFFEEAスタート当時の想いがPHILOCOFFEAのコーヒーパッケージにプリントされている。

 




「極める道にこれでいいということはない。より素晴らしい品質と体験価値を追い求め続け、その実現のために日々精進あるのみ。私たちはただ最高品質のコーヒーを求めるだけでなく、持続可能なコーヒー産業を目指し、生産者への理解と、コーヒーを生み出してくれる偉大な自然への敬意を示す。」




ここにある『極める道においてこれでいいということはない』という言葉は、粕谷がCOFFEE FACTORYでバリスタとして働いていたとき、今は亡き常連さんからもらった言葉だ。
「この言葉があったからこそ世界一になれた。今でも常に心に宿っている」と粕谷は語る。




スコーン スコーン

連日、焼き上がりと同時に完売してしまう『35MM』の特別提供のスコーン。外側サクサク、中しっとりの質感はコーヒーとのペアリングが楽しめる。プレーン280円、ダブルチョコレート390円





PHILOCOFFEEAの1号店をオープンしてから約7年経つが、当時からの熱い思いは今も変わっていない。今後は、世界へのさらなる飛躍に向けた準備に入ると語る粕谷は、「必ずやり遂げる」と力強く語る。PHILOCOFFEAと粕谷の今後の活躍が楽しみだ

 

 

 

*1:抽出器具「エアロプレス」を使用したコーヒー抽出の技術を競う大会。
*2:『ワールド・コーヒー・イベンツ』が執り行うコーヒー競技会『ワールド・ブリュワーズ・カップ』の日本大会が『ジャパン・ブリュワーズ・カップ』。優勝者は『ワールド・コーヒー・イベンツ』への出場権を手にできる。

 

 

(敬称略)

 

Text by Yuko Taniguchi
Photography by Hidehiro Yamada

 

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