茶道とスポーツ。一見まったく関係ないこの二つのジャンルに橋を掛けているのは、遠州宗家13世家元 小堀宗実の次女・小堀宗翔だ。
小堀宗翔の元に集まるトップアスリートが
お茶に心を寄せるわけ
ある日の「アスリート茶会」は昼下がりから始まった。場所は、東京・神楽坂にある遠州宗家の茶室。亭主は家元の次女で、ラクロス元日本代表のアスリートでもある小堀宗翔(そうしょう)だ。お茶に興味のあるアスリートを、宗翔が気軽に茶室に招いているのだ。客は五人。床の間の前に、元ガンバ大阪のサッカー選手・播戸(ばんど)竜二、ラグビー選手「NTTコミュニケーションズ シャイニングアークス 」キャプテンの金正奎(しょうけい)、アメリカンフットボール「オービックシーガルス」の前田眞郷 (しんご) 、ダブルダッチ「REGSTYLE」パフォーマーのYUI 、パルクールアスリートで、パルクール集団 「monsterpk」リーダーのYUUTAROUが並ぶ。スーツやパーカなど思い思いの服装で集まった5人は、少し緊張した面持ちで宗翔がお茶を点てるのを見つめる。アスリートたちが入ると、茶室がいつもと違って見える。それぞれが発するパワーがそう思わせるのだろうか。小堀宗翔という茶道家を介して集うトップアスリートたちの、厳かでありながら、自由なスタイルの茶会だ。
サッカーやラグビー、アメリカンフットボールはおなじみだが、ダブルダッチやパルクールは比較的新しい競技だ。ダブルダッチは2本のロープを跳ぶ縄跳びで、フリースタイルや音楽と融合したフュージョンなど表現主体の競技が注目されている。パルクールとは身体能力を駆使していろいろな障害物を超えていくスポーツで、2024年のパリオリンピックでは正式競技になることが期待されている。
お菓子を頂くころには和やかな雰囲気に。左から播戸竜二、金正奎、前田眞郷。
この日の正客は播戸竜二。所作をひとつひとつ丁寧に確認する。播戸竜二は元プロサッカー選手、元日本代表。ガンバ大阪、コンサドーレ札幌、ヴィッセル神戸、セレッソ大阪、サガン鳥栖、大宮アルティージャ、FC琉球などに所属。2020年3月からJリーグ特任理事に就任。
亭主の小堀宗翔に出された茶碗を取り込む金正奎。自宅でもお茶に親しんでいるという丁寧な所作。金正奎は「NTTコミュニケーションズ シャイニングアークス 」キャプテン。ポジションはフランカー。
今日の正客を務めた播戸は昨年引退し、今後は運営側としてサッカーに携わりたいと考えている。「お茶室では、自分と向き合うことができます」という。スポーツをプレーする側から支える側への変換点に、茶道が役立つことがあるのかもしれない。ラガーの金は、頻繁に茶会に参加している。宗翔とトレーニングジムが一緒という縁で、以前から興味をもっていた茶道を体験したいと考えた。今では家でもお茶を点てているそうだ「お茶には心の味が出る。毎回ぜんぜん味が違うんです。自分がお茶だけと向き合っている感じ、それが茶道の面白さ」と語る。アメリカンフットボールの前田はこれまでに二度茶会に参加した。禅やマインドフルネスに興味がある前田にとって、茶道も一つのことに集中していく過程があることから、本質的に同じではないかと感じている。
アメリカンフットボール選手の前田眞郷。2016年「オービックシーガルズ」入団。ポジションはワイドレシーバー、リターナー。茶道の経験が、競技にも自身の起業にもプラスになっていると語った。
今日で2回目のお茶席というYUI。茶道の精神はダブルダッチに通じる部分を発見したという。
YUI は「REGSTYLE」所属プロダブルダッチパフォーマー。2017~2019年まで世界大会で3連覇を達成。書家、MCでもある。
五輪の模様の茶碗で茶を飲むYUUTAROU。茶席に入る前には、茶筅の振り方をエアで確かめていた。YUUTAROUはパルクールアスリート。パルクール集団 「monsterpk」のリーダーをつとめる。パルクール世界大会出場経験者。自身で撮影した映像が人気。TikTokのフォロワー26万人を誇る。TikTok ID : yuutarouparkour
YUIは「ダブルダッチはおもてなしです」と思いがけないことを語った。最低3人でパフォーマンスをするダブルダッチだが、いつも相手のことを考えているからだそうだ。真ん中のパフォーマーを輝かせるために、縄を回すターナーがいる。書道家でもあるYUIは、人間には静と動が必要と考えている。お茶会が初めてのパルクールトレイサーのYUUTAROUは、「お茶とは、刀を外して狭い入り口から入るイメージでした」という。YUUTAROUが茶筅を慎重に振る姿は、日頃の丁寧なパフォーマンスを思わせた。
道具組みも
アスリートたちの心情にちなんで
この日の道具は、日本を代表するアスリートたちのために宗翔が選んだもの。床の間には「万里一条鐡」という禅語が掛けられた。一本の鉄が世界を貫くイメージだ。禅では、仏心仏性が変わらない様を表すそうだが、何事にも左右されない強い意志の様子を表しているようでもある。抹茶を入れた朱丸茶器は日の丸のようで、日本を代表するアスリートたちへの敬意を表している。それぞれに出された茶碗も、所属のチームカラーにちなんだものや、オリンピックの五輪に見える模様があるものなど、宗翔の心入れが感じられた。「今度はみなさんにお茶を点てていただきます」という宗翔と一緒に、客たちは二階の立礼席へ移動。それぞれが茶を点て、自分が指名した客にお茶を出す。飲んだ後に「力強い味がします」「甘くておいしいです」と、味の印象を伝えあっていた。
場所を立礼席に移して。朗らかな雰囲気の中、自身の競技について話し合ったり。
ひとりずつ順番にお茶を点てていく。前田眞郷も立礼ははじめて。
金が点てたお茶を一服する播戸。緊張感と心地よさを同時に楽しむ。
皆の所作を見ながら何度も自分の体に覚え込ませ、すっかり自分のものにしてしまったYUUTAROU。
アスリートたちは、お茶とは自分の「鏡」であり、体調や心持ちで味が変わってくると感じている。全員が身体性をもってお茶を語るのが印象的だった。お茶の銘柄や道具の謂れ、点前の作法以前に、自分の体が感じるものがある。それを素直に表現すればいい。「アスリート茶会」は茶道というだけではなく、スポーツという異世界へもつながっていると思わされた瞬間だった。
小堀宗翔自身、ラクロスの元日本代表選手だ。現在も茶道家としての活動とともに、社会人チーム「MISTRAL」の選手として競技を継続している現役アスリートでもある。次回は、遠州茶道宗家の家に生まれ、茶道家としてアスリートとして「アスリート茶会」を主宰し、広めようとする情熱のありかに耳を傾ける。
異なるスポーツで活躍するアスリートたちだが、お互いに通じるものを確認する場となった「アスリート茶会」。
(敬称略)
小堀宗翔 Sosho Kobori
茶道家。遠州茶道宗家13世家元次女。元ラクロス日本代表。現在は社会人クラブチーム「MISTRAL」に所属。家元の元で修行後、茶道の普及に努めながらラクロスの現役選手としても活躍。スポーツと文化の融合・発展、アスリートに向けたアスリート茶会など新たな試みで注目を集めている若手アスリート茶人。
Text by Akiko Ishizuka
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