聞香会で「大内」と呼ばれた香木は、長さ20cmあまりの堂々とした姿。箱書きには「家木 都の花」とある。聞香会の趣向によって香名がつけられて、香が回る。

Style

Living in Japanese Senses

香りを聞く。香道「志野流」に学ぶ(後編)

2020.2.27

志野流香道若宗匠 蜂谷宗苾が語る、受け継がれる香道の魅力と日本の美学

沈水香木。志野流19世家元幽求斎宗由(ゆうきゅうさいそうゆう)付銘「都の花」。長さ20cmあまりの堂々とした伽羅木。普段は家木として蔵に大切に保管されているが、特別な聞香会に顔を出す。

香木の香りを志野流では、伽羅を含めた六国<他に羅国(らこく)・真那賀(まなか)・真南蛮(まなばん)・佐曽羅(さそら)・寸門陀羅(すもんだら)>と五味<甘・苦・辛・酸・鹹(かん・く・しん・さん・かん)>に分類しており、入門後、初伝で家元から直接その秘事を伝授される。香りの複雑さを感じると、心が落ち着くのがわかる。

聞香会で名香を聞く。香りが古の時へ誘う

香道の世界には、聞香会と呼ばれる香木の香りを鑑賞するための会がある。

ある日の聞香会を訪ねると、名香席の他に点心席や茶席、香道具の展観席もあって、室町時代に大成された東山文化を実際に体験しながら1日を過ごすことができる、優雅な催しになっていた。

「新ばし金田中」で行われた志野流香道聞香会。床の間には大徳寺五百三十世住持・泉田玉堂師による「香」の一文字。蜂谷宗苾若宗匠は、玉堂師の元で修行をしている。 「新ばし金田中」で行われた志野流香道聞香会。床の間には大徳寺五百三十世住持・泉田玉堂師による「香」の一文字。蜂谷宗苾若宗匠は、玉堂師の元で修行をしている。

「新ばし金田中」で行われた志野流香道聞香会。床の間には大徳寺五百三十世住持・泉田玉堂老大師による「香」の一字。宗苾若宗匠は20代の頃、玉堂師の元に身を置き、修行生活を送った。

聞香会は新橋にある老舗料亭「新ばし金田中」の広間で行われた。1席30人ほどの連衆が集う座敷で、五つの香がたかれる。席主は20世家元幽光斎宗玄、手前は志野流香道若宗匠 一枝軒宗苾(そうひつ)だ。

 

若宗匠は香道具を次々と並べていき、志野袋から「香包」を取り出す。志野流にちなんだ忍草(しのぶぐさ)の意匠が蒔絵された四方盆(よほうぼん)を袱紗(ふくさ)で清める。香炉の灰の上に「銀葉」(雲母の小さな板)をのせる。そして、いよいよ香包を慎重に開き、香木を木香箸で掴んで銀葉に置く。香木が香り始めると若宗匠が試し聞きし、静かな声で「大内(おおうち)」と香の名前を告げて連衆に回していく。

 

すべての所作は無言で行われ、座敷は静まり返っている。客の視線は若宗匠の手先に集まり、香炉が回ってくるとそれぞれが香りに集中していった。

香木を銀葉にのせる。 香木を銀葉にのせる。

宗苾若宗匠による聞香の手前。香木を銀葉にのせる。

香木は木が傷口を治そうとしてできた、ある意味”治癒力”の塊であり、いくつもの条件が重なって偶然にできる、人間の力の及ばない世界のものだ。希少な香木への尊敬の念が、ひとつひとつの丁寧な作法に込められている。香炉が次々に回り、座敷には香りが満ちていく。それと共に、座敷は落ち着いた空間に変わっていった。

 

この日最初にたかれた伽羅「大内」は、室町3代将軍足利義満が所持していたという香木で、志野流家元が秘蔵している名香のひとつ。奥行きのある、静かながら力を感じる香りだ。香木そのものの佇まいも只者ではない。続いて香木が初めて漂着したと言われる淡路島の伊弉諾(いざなぎ)神宮に、家元が奉納した銘香「淡路島」、最後に、家元が自ら手前をし、天皇陛下(皇太子時代)にお聞き頂いた「高松」(家元付銘)が連衆の間を巡った。

 

 

盆の上の道具。奥から時計回りに、香木が入った志野袋、銀葉入れ、火箸や灰押さえなどの火道具、香炉。志野袋の緒は、季節の梅の花の形に結ばれている。 盆の上の道具。奥から時計回りに、香木が入った志野袋、銀葉入れ、火箸や灰押さえなどの火道具、香炉。志野袋の緒は、季節の梅の花の形に結ばれている。

四方盆の上の香道具。奥から時計回りに、香木が入った志野袋、銀葉入れ、火箸や灰押さえなどの火道具、香炉。志野袋の緒は、季節の梅の花の形に結ばれている。それぞれの道具の置く位置まで細かく定められている。


香には十の徳があると言われている。それは、(一)感覚を研ぎ澄ます、(二)心身を清浄にする、(三)汚れを取り除く、(四)眠気を覚ます、(五)孤独感を癒す、(六)多忙時でも心を和ます、(七)たくさんあっても邪魔にならない、(八)少量でも芳香を放つ、(九)何百年を経ても朽ちはてない、(十)常用しても害がないというものだ。

 

宗苾若宗匠は言う。

「香を聞くことは、香木や自然界と一つになること。お手前の最中、他ごとを考えたり、心が乱れていると当然ながら自然界と会話はできません。もっと言えば、彼らにわたしたち人間の考えてることはすべて見抜かれています。一方で、その昔、その香木を実際に所持していた人物、例えば信長や家康、歴代の天皇とも香りを通して会話ができます。時代を超えて先人たちと一つになれる瞬間、香席には何とも言いようのない緊張感が漂います」。

 

聞く、という言葉は中国では「五感で感じ取る」という意味で使われてきたそうだ。香りにさまざまなことを感じ、何百年も前の香木をたくことで、その時代と変わらない香りを体験することができる。香は、優雅なタイムマシンでもある。

香席に飾って邪気を払う霊糸錦(れいしきん)という飾り物。角切の箱に香料を入れたという。志野流家元に伝わるもの。 香席に飾って邪気を払う霊糸錦(れいしきん)という飾り物。角切の箱に香料を入れたという。志野流家元に伝わるもの。

香席に飾って邪気を払う霊絲錦(れいしきん)という飾り物。角切の箱に香料を入れたという。志野流家元に伝わるもの。

香木ができるまでには実に長い時間がかかる。若宗匠は香道の数百年後を見据えて、香木の原産国であるベトナムなどで植林活動をしている。植林によって地球に緑を増やし、現地での雇用を創出するなど、自然と人間がどちらか一方だけではなく、同時に笑顔になるような活動を考えている。

 

「例えば親の子に対する愛情は形として見えませんが、確かに存在するものです。電磁波も目に見えませんが、ついに5Gの時代が到来し、私たちの生活は更に急速に変化していきます。香りに含まれるメッセージもそれと同様で、見えないけれど存在しており、実は木々も互いの思いを香りで届け会話をしています。自然界が、この世に生きる私たちにどんな言葉を掛けようとしているのか。電磁波からではなく、地球が発する声から聞き取らなければいけない時が来ているのではないでしょうか」。

 

見えないものを見せる――香ができることは思っていた以上に大きい。

 

→香りを聞く。香道「志野流」に学ぶ(前編へ)

 

(敬称略)

蜂谷宗苾 Souhitsu Hachiya

室町時代より二十代五百年に渡り香道を継承する志野流の第二十世家元蜂谷宗玄の嫡男として生まれる。2002年より大徳寺松源院泉田玉堂老大師の下に身を置き、2004年玉堂老大師より軒号「一枝軒」宗名「宗苾」を拝受、第二十一代目家元継承者(若宗匠)となる。現在は次期家元として全国の幼稚園から大学での講座を開催する他、パリ、ロンドン、北京など海外教場での教授、講演会も精力的に行っている。また稀少な「香木」を後世に遺していくため植林活動も行っている。文化庁海外文化交流使 フランス調香師協会名誉会員。日本ソムリエ協会ソムリエ・ドヌール(名誉ソムリエ) 日本文化デザインフォーラム幹事

【志野流香道 行事予定】参加ご希望の方は志野流香道事務局へ

4/9(木) 笠間稲荷神社例大祭 献香式

4/25(土) ~8月23日(日) (前期4/25(土)~6/14(日)・後期6/17(水)~8/23(日))  特別展「香道の世界/KODO ー志野流香道500年の継承ー」大本山 増上寺 宝物展示室

*なお、期間中は香道体験会、講演会など開催いたします。詳細は志野流ウェブサイトにて。

4/25(土) 上賀茂神社葵祭成功祈願 献香式

4/26(日) 薬師寺東塔落慶法要 献香式

5/16(土) 増上寺献香式  *徳川家康公に蘭奢待を供香します。

10/8(木) 薬師寺天武忌 献香式

10/9(金) 春日大社重陽節句祭 献香式

Text by Akiko Ishizuka
Photography by Tadayuki Minamoto
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