尾上菊之丞氏尾上菊之丞氏

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2026.8.31

日本舞踊と伝統芸能のこれからを考える 尾上流三代目家元 四代目尾上菊之丞

2歳から父に師事し5歳で初舞台を踏み、2011年には尾上流四代家元となり、三代目尾上菊之丞(おのえ きくのじょう)を襲名した尾上菊之丞さん。日本舞踊のみならず、新作歌舞伎や花街舞踊、宝塚歌劇団、OSK日本歌劇団やアイススケート「氷艶」「Luxe」など様々なジャンルの演出・振付を手掛ける菊之丞さんに、Premium Japan編集長であり、日本文化発信機構(JCCO)専務理事を務める島村美緒が、日本舞踊と伝統芸能の現状や、それを取り巻く環境の変化などを聞いた。


減少する日本舞踊の担い手


島村美緒(以下、島村) 日本舞踊の担い手が少なくなってきているということを、時折耳にします。実際、そのような状況なのでしょうか?


尾上菊之丞(以下、菊之丞) そうですね。特にプロの舞踊家を目指す人の減少は顕著で、危機感を持っています。昭和30年前後までは習い事といえば日本舞踊。同時に劇場では多くの舞踊公演が開催され、私の祖父・初代尾上菊之丞を含め、綺羅星のごとくカリスマ性のある舞踊家が活躍していました。


島村 一般社会でも、たとえば私の母や祖母の頃は、日本舞踊が女性の習い事のひとつだったような気がします。高齢の女性で、若い頃に日本舞踊を少し習った、という方は私の周りでも多くいらっしゃいます。

 

菊之丞 そうですね。生活様式も変化して、着物離れというのも一つの要因だと思います。昔は普段の生活における見のこなし、美しい佇まいを身につけるために最も実践的な訓練であった日本舞踊が、一般の皆さんからどんどん遠い存在になっていったともいえます。もっとも海外から様々な魅力的な文化が入ってきて、習い事やエンターテイメントとしても一気に多様化が進んだのですから、日本舞踊への関心が薄くなるのは理解できるのですが、我々日本舞踊界がその変化に乗り遅れたという部分も否定できないと思います。



島村 それはどういう意味ですか?



菊之丞 少なくなったとはいえ習い事としての日本舞踊はある一定の方々に愛され続けています。問題は日本舞踊の公演を一般の皆様にご覧いただくということを定着させられなかったことだと思います。その主な原因は、新たなスターをつくることができなかったことと、舞踊公演を興行として成立させられなかったことだと思っています。我々表現者は、藝のことに関しては一流の能力を持っている人がたくさんいますが、プロデューサーとして長けた人がいなかった。そりゃそうです!みんな藝が一番大事なのですから。その辺りでうまく外の世界の力を取り入れられなかったと言えるのかもしれません。

そしてもう一つ忘れてならないのが花柳界の存在です。日本舞踊や三味線音楽は京都の祇園、先斗町や東京の新橋、浅草など全国の花柳界ととても密接な関係を持っています。芸者さん、芸妓さんの「芸」とは、正しく日本舞踊や三味線音楽や囃子などの邦楽のことなのです。戦後の隆盛期には全国に百を超える花街があり、それぞれの街に数百人単位で芸者がおりましたが、これもどんどん減少して、今では当時の十分の一にも届かないと思います。一流の料亭やお茶屋で一流の藝を楽しむ。そういう文化が衰退してきたことも古典芸能の世界においては大きな変化です。

 

ただ、そもそも分母が減っているのだから全体の数字が落ちてくるのは当たり前。大事なのは本物の文化を、正しく継承していくことなのです。うまく変化に乗り切れなかったことの反省を生かして、これからどう伝えていくかにフォーカスしていかなければならないと思っています。その為に古典を大切にしながら新しい挑戦をして世の中の変化に負けない進化をしていくことも我々の大きな仕事だと思います。

尾上菊之丞 尾上菊之丞


古典は身につけるもの。新作は生み出すもの



島村 菊之丞さんは、日本舞踊の振り付けだけでなく、新作歌舞伎や花街舞踊、宝塚歌劇団をはじめ、さまざまな分野で活動されています。ご自身のなかで、伝統と革新との両立を意識されているのでしょうか?



菊之丞 新作舞踊を発表する「冬夏会」という会を、父が年に2回開催し、それを幼いころから見てきましたので、古典は最も大切な基礎となるもの、新作は自分自身を試しながら挑戦するもの、という意識が若いころからありました。また、父は「伝統と革新は両輪だ」ということを、よく言っていました。その言葉も若い頃からよく耳にしていました。当時はその意味もあまり理解していなかったと思いますが、いろいろなことチャレンジしてみたい、という欲求は持っていたように思います。


自分で振りを付けをすることの大切さを実感


島村 菊之丞さんが初めて新作の振り付けをなさったのはいつころでしょうか?

 

菊之丞 高校生くらいのころでした。日本舞踊だけでなく、バレエやダンスの舞踊家や振付師がジャンルを超えて組織した舞踊作家協会という団体があり、新人の育成を目的にした催しがありました。その会で短くてもよいので新しい舞踊作品を発表するという機会をいただきました。音楽は自由でしたので、当時から大好きだった太鼓芸能集団「鼓童」の曲に振りをつけて踊りました。もちろんとても人にお見せできるような踊りではありませんでしたが、父から「振付ができなければこの世界でやっていけない。とにかく振付を勉強するんだ。」と言われました。今思えばその通りだと思います。

 


他ジャンルとコラボレーションし、舞台を造り上げていくことの面白さ


菊之丞 日本舞踊以外の他ジャンルの方々との共演は,2000年の年末に「伝統芸能の若き獅子」という公演が明治座であり、能、狂言、文楽座の若手の方々とご一緒させていただいたのが、初めてだと思います。

 

島村 他ジャンルとの共演はいかがでしたか?


菊之丞 年齢的には、皆ほぼ同じくらいでしたが、経験値としては私が一番劣っていると思いました。日本舞踊とほかの伝統芸能とでは、本番の舞台の回数がまったく違います。当時の私は年に数回しか舞台に立つことがない。それに比べて彼らは毎日のように、少なくとも毎週のように舞台に立っていました。これは大変なところに入り込んだと思いました。と同時に、大きなチャンスだとも思いました。日本舞踊だけでなく、他ジャンルとコラボレーションしていくことの面白さ、舞台を創っていくことの面白さも実感したのはこの公演があったからです。この時の経験は、今の私に大きな影響を及ぼしていることは間違いありません。

尾上菊之丞 尾上菊之丞

狂言師の茂山逸平さんとともに主催する「逸青会」は2026年で17 年目を迎える。茂山さんとの出会いは「伝統芸能の若き獅子」がきっかけだった。写真は2024年逸青会「三番三」。撮影 橘蓮二


尾上菊之丞 尾上菊之丞

2026年 1月から3月にかけて東京・大阪・名古屋・三重の4か所で公演されたOSK日本歌劇団ミュージカル「梅雨将軍信長」。尾上菊之丞さんが演出、振付を担当されました。主演の信長を演じる椿りょうさんに指導されている様子。


受け取って渡す。それが伝統。


島村 他ジャンルの方々とのコラボレーションをなさる一方で、尾上流の家元として伝統もきちんと守っていらっしゃいます。菊之丞さんにとって、伝統の本質とは何でしょうか?



菊之丞 一言で表現することはできませんが、先人の創ってきたものを習得し、それを進化させて次代に渡していく、ということだと思います。受け取って渡す。その過程のなかで、自分がその継承の一部となっていく。自分の子供が舞台に立たせていただくようになって初めてそんなことを思うようになりました。藝の道は一生と言いますが、その通り。その一生をかけた道のりは沢山の苦悩の連続。大げさかもしれませんが、ずっと戦場にいるような気分です。

 



島村 受け取る側、つまり観客に対してはどのような思いを抱いていらっしゃいますか?

菊之丞 精一杯尽くして、今の自分にできる最善のものを創る。それでお迎えするしかないかと。それが最低限のことだと思っています。基本的に、伝えたいと思っていることがお客様に伝わると思うのは烏滸がましい。その中のちょっとしたことを伝えるのも至難の業です。だから徹底してやり通さなければならない。僕は諦めの悪い男です。


「わかりやすさ」の危うさ


島村 海外の方々に向けての発信はどのようにお考えでしょうか。


菊之丞 海外に向けての発信だからといって、わかりやすくする必要はないと思っています。日本人はどちらかと言えば「わかる」ことに執着し、頭で理解しようとしがちです。海外の方々は、「わからない」ことに逆に面白みを感じ、理解するのではなく、純粋に舞台上の美しさや精神性の高さに感動し、惹かれている場合が多いようです。

 

理解した方が良いのは当然のことですが、日本舞踊はある部分で「わかりやすい」ことに重きを置いたために、かえって停滞を招いているような気がします。私自身、ときどき「わかりにくい」と言われることもありますが、全部が全部わかりやすくしてしまうと、つまらなくなってしまいます。曖昧さや不明確さも芸能の魅力の一つだと思います。もちろん「わかって」もらう部分も大切で、その案配が難しいですね。



日本舞踊や伝統芸能を世界に向けて発信



島村 菊之丞さんには、日本文化発信機構(JCCO)の理事もお願いしています。JCCOを通じて、どのような活動を今後なさりたいとお考えでしょうか。



菊之丞 お声がけいただきありがとうございます。インバウンドの方々がこれだけ多く日本にいらしている現在、海外の方にむけて日本の伝統芸能の素晴らしさを発信することの重要性を感じています。その発信がやがて全世界に広まり、真の日本らしさに世界が注目してくれることを思い描いています。海外で注目されれば、逆輸入で日本に入り、国内で改めて価値を感じていただけるのではないかとも思います。JCCO を通じて、そのような広がりを喚起する一翼を担うことができれば、と考えています。

 

島村 今日はありがとうございました。



尾上流四代家元 三代目尾上菊之丞 (おのえ きくのじょう)

1976年生まれ。2歳から父に師事し5歳で初舞台、2011年尾上流四代家元を継承し、三代目尾上菊之丞を襲名。自身のリサイタル「尾上菊之丞の会」、狂言師茂山逸平氏との「逸青会」を主催。新作の創作にも力を注ぎ、様々な作品を発表。新作歌舞伎や花街舞踊、宝塚歌劇団、OSK日本歌劇団やアイススケート「氷艶」「Luxe」など様々なジャンルの演出・振付を手掛ける。京都芸術大学非常勤講師/公益社団法人日本舞踊協会理事



















































Text by Masao Sakurai
Photos by Tomoko Okada(Sutadio Mag)

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