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今日はカブキ(歌舞伎)について、お話ししましょう。
歌舞伎は独特な演劇として世界的にも認識されており、極彩色の衣装や舞台装置、メイク、そして男性が女性を演じることなど、海外から来日した人々にとって歌舞伎はミステリアスに見えることでしょう。
実は現在では多くの日本人にとっても、歌舞伎はミステリアスなものです。歌舞伎のストーリーや、彼らが舞台で話す古い言葉、言い回しを理解できるのか?という恐れを持っている人も多いのです。
それでも歌舞伎は魅力的な演劇です。ここでは歌舞伎の始まり、なぜ男性だけの演劇になったのか、歌舞伎とひとくちに言ってもいくつかの種類に分かれていることなどをお教えしましょう。
あなたも歌舞伎の魅力にとりつかれるかもしれません。
歌舞伎ってなに?:歌舞伎の起源
400年ほど前、歌舞伎は京都で生まれたと言われています。そのころ日本は長く続いたサムライたちの戦いの時代が終わり、さまざまな大衆芸能が生まれます。
17世紀初めに、エポックメイキングが起こります。イズモノオクニ(出雲の阿国)という女性が京都に現れ、彼女が演じる「かぶき踊り」が大人気となります。彼女は自身の劇団(カンパニー)を組織し、西洋でいうところの、オペレッタ、歌と踊りのレヴューのようなものを演じます。つまり、女性だけのカンパニーだったのです。
男装した女優やダンサーが客とユウジョ(遊女、プロスティチュートのことです)が戯れる様子を少々エロティックに、歌や踊りで描く他愛のないものでしたが、人々は熱狂的に支持し、民衆だけでなく、貴族、サムライたちにまで人気は広がりました。
舞台中央でカタナを持っているのがオクニ。男装して踊っているようだ。
Okuni Kabuki-zu Byōbu, the oldest known portrait of Izumo no Okuni. Six-fold screen, Kyoto National Museum.
オクニを拡大したもの。カタナを差し、男性客を演じている。
一説によると、オクニたちはパレスに招待され、エンペラーの前で演じたという記録もあります。それほど、人気があったということなのでしょう。オクニの劇団(カンパニー)を真似た劇団も多く現れました。
歌舞伎ってなに?:男性だけで演じられる原因
しかし、問題がありました。オクニ(阿国)のカンパニーだけでなく、多くのカンパニーの女優やダンサーは、ユウジョ(遊女、プロスティチュート)も兼ねていたのでした。観客は、「かぶき踊り」を楽しむだけでなく、舞台に出ている彼女たちの中から、今晩のパートナーを選んでいたのです。
風紀の乱れを問題視した当時のガバメントは、女性が舞台に立つことを禁じます。そして「ワカシュカブキ(若衆歌舞伎)」に人気が移ります。
「ワカシュ(若衆)」とは、若い男性、少年のことです。女優や女性ダンサーの代わりに、美少年たちに女性役を演じさせました。これが、男性が女性を演じる「オンナガタ(女方)」の誕生となります。
しかし……美少年たちもダンショウ(男娼、男性のプロスティチュート)だったのです!もちろん、ガバメントは「ワカシュカブキ(若衆歌舞伎)」も禁止します。
民衆の欲望には終わりがありません。「ワカシュ(若衆)」が禁止されたのなら、次は「ヤロウカブキ(野郎歌舞伎)」です。ヤロウ(野郎)とは成人男性のこと。少年ではなく、成人男性が演じる歌舞伎、つまり現代の歌舞伎に繋がる形態はここから始まるのです。
さらに、作品の内容にも変化が見られ始めます。歌と踊りのショー的なものから、より演劇的な要素を含んだものへと発展していきます。ここまでで、カブキが男性だけで構成されること、男性が女性を演じることの意味がお分かりいただけたと思います。
歌舞伎ってなに?:メイクのなぞ
カブキの独特のメイクーーー 極彩色の衣装をまとい、真っ白に顔を塗っていることについて、不思議に思われていることでしょう。
400年前、現在のように照明技術がなかった時代です。カブキは、早朝から上演されていました。木戸をうまく開け閉めし、舞台に光を当てました。また、時にはろうそくの火を役者の顔の近くまで当てて、舞台効果を上げようとしました。
基本的に、今とは考えられないほど舞台は暗かったのです。カブキのメイクは、役者の顔を際立たせるために作り上げられたと考えられています。
ちなみに、江戸時代のカブキは早朝に始まり、日が暮れる前には終演していました。
歌舞伎ってなに?:400作品が現存。不条理な悲劇から庶民を描くドラマまで幅広い作品
400年の間に多くの作品が作られましたが、現在まで上演される歌舞伎作品は300~400ほどあると言われています。(現在ではその一部しか上演されないものなども含みます)。
歌舞伎作品は、おおまかにいくつかの種類に分類できます。その種類、代表作品をお教えしましょう。
ジダイモノ(時代物)
主に、サムライや貴族を主人公にしたもので、舞台設定をはるか昔に移したものを時代物(ジダイモノ)と言います。その理由は、江戸時代のガバメントは、同時代に起こった出来事を舞台化することを禁じていたからです。
時代物は、サムライの主従関係のしがらみからくる不条理――― 主への忠誠のために、夫婦や子どもなど自身の家族の死を選ばざる負えない状況に陥り、葛藤する姿―――などが描かれます。
たとえば、主人の子どもの身代わりに自分の子どもを殺し、その死骸を見て、主人の子どもだと偽りを証言するなど……現代ではありえない不条理が展開し、観客の涙を誘います。
ギリシャ悲劇にも通じるような、不条理を描く作品が多いです。
代表的な作品として、『菅原伝授手習鑑』(スガワラデンジュテナライカガミ)、『一谷嫩軍記』(イチノタニフタバグンキ)があります。
『菅原伝授手習鑑』(スガワラデンジュテナライカガミ)のクルマヒキ(車引き)という場面を描いた錦絵。
Sugawara Dennjyu Tenarai Kagami, Utagawa KunisadaⅠ, Tokyo Metro Library
セワモノ(世話物)
江戸時代の、サムライでも貴族でもない、庶民の生活、人生を描くものを世話物(セワモノ)と言います。生活表現はリアルで、当時の現代劇と考えられます。市井の人々やヤクザ、盗賊、ユウジョ(遊女、プロスティチュート)などを主に、庶民の生活の苦しみなどが描かれることが多いです。
代表的な作品として、『青砥稿花紅彩画』(アオトゾウシ ハナノ ニシキエ)別名『白浪五人男』(シラナミ ゴニンオトコ)や、『与話情浮名横櫛』(ヨワナサケ ウキナノヨコグシ)があります。
『白浪五人男』(シラナミ ゴニンオトコ)の一場面。
カブキブヨウ(歌舞伎舞踊)
演劇と踊りが一体化したものをカブキブヨウ(歌舞伎舞踊)と言います。
映画『Memoirs of a Geisha』(日本では『SAYURI』というタイトルで公開されました)の中で、Zhang Ziyi(チャン・ツィイー)が演じた芸者が、踊っていたのがカブキブヨウのひとつ、サギムスメ(鷺娘)でした。しかしあの映画の中ではありえないほどコンテンポラリーに振り付けられていて、私としては不満でしたが。
サギムスメにはストーリーがあります。恋に焦がれている鷺の妖精が、人間の娘の姿となり、その恋のよろこび、苦しみを踊りで表現します。最後、あまりに激しい恋への執着によって、娘は死んでしまう……というものです。
激しい恋への執着によって死んでしまうというストーリーが多いです。もちろん現在では男性だけのブヨウ、男女で踊るブヨウもあります。
代表的な作品は、『鷺娘』(サギムスメ)、『藤娘』(フジムスメ)などがあります。
雪が降りしきる中、鷺の精の娘が恋人を思って踊ります。
Suzuki Harunobu, chûban nishiki-e, between 1765 and 1770 : Young girl in the snow.
シンカブキ(新歌舞伎)
近年、古典的な作品から離れて、映画やテレビドラマのシナリオライターがまったく新しい作品を書くことも増えてきました。
また、Nausicaa of the valley of the wind(風の谷のナウシカ)、オンラインゲームのTouken Ranbu -ONLINE-(刀剣乱舞)など、アニメ、ゲームを元にした、まったく新しい作品を作り、上演されるようになりました。
これまでカブキに触れることのなかった若年層の観客を引き込むことに成功し、ひとつのジャンルとして確立したように思います。
歌舞伎ってなに?:どれを見たらいいの?
ここまでカブキの起源や、種類をご説明してきました。では、初めてカブキを見るとしたら、どんなものを選んだらよいのでしょうか?
これは、そのとき上演している作品による、としか言いようがないのですが、私が一番お勧めするのはカブキブヨウの作品です。サギムスメ(鷺娘)、フジムスメ(藤娘)、ドウジョウジ(道成寺)など、踊りが中心ですから、簡単なストーリーさえ理解しておけば、美しい役者とその衣装、そして踊りにうっとりできることでしょう。
難解なのはジダイモノ(時代物)です。事前にストーリーを頭に入れておけばもちろん理解は可能です。カブキザ(歌舞伎座)なら、英語のオーディオガイドを借りられるので、理解を助けてくれます。ただ、なんだか不完全燃焼な、モヤモヤが残ると思います。
現代のモラルからかけ離れているストーリーもさることながら、トオシキョウゲン(通し狂言)ではないからです。トオシキョウゲンとは、物語の最初から最後までを通して見るということ。
現代のカブキシアターでは、通常、ミドリキョウゲン(見取り狂言)というスタイルで上演されています。ミドリキョウゲンとは、ある作品の名場面だけを抜き集めて上演する形式のこと。複数の作品の一部分だけを組み合わせた、バラエティに富んだ構成となっています。
なので、ジダイモノのような、重厚なテーマのものは初見では理解しづらいのです。
ただ、何度も見ていくうちに、カブキという演劇の持つ魅力……美しさ、奇抜さ、時代も国も超えた、普遍的な人間の姿に胸を打たれる人もいるでしょう。
一度見ただけでは計り知れないものがあります。何度か見てみて、その魅力の一端に触れてみてほしいと思います。
まだまだたくさんお伝えしたいことがありますが、今回はここまでにしましょう。
次回Part2では、実際にカブキを見にいったとき、どんな風に楽しめばいいかをお教えします。カブキシアターは、欧米のシアターとは少し違うのです。カブキをもっと楽しむためのティップス、知っておきたいことをお教えします。
楽しみ方をしれば、豊かな経験になること間違いなしです。
歌舞伎を知るためのガイド
英語で読める歌舞伎についての本をご紹介しましょう。美しいビジュアルと共に楽しんで読めると思います。
Book
バイリンガルで楽しむ 歌舞伎図鑑/Photographic Kabuki Kaleidoscope: in Japanese and English
歌舞伎の衣裳、かつら、髪飾り、小道具、大道具など、カラー写真で紹介しています。舞台写真もたっぷりあり、眺めるだけでも楽しい一冊。日本的な意匠ふんだんに散りばめられた歌舞伎の世界を美しいビジュアルで堪能できます。小学館刊 https://amzn.to/4o6lFFC
【マダムワタナベとは】
日本文化に造詣の深い、謎の日本人女性。ちなみに欧米の株式市場に現れる日本からの小口投資家群・ミセスワタナベとは関係がない。
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