田植え前の水田田植え前の水田

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輪島便り~星空を見上げながら~ 文・写真 秋山祐貴子

2024.6.2

輪島便り~若き塗師・秋山祐貴子さんが綴る輪島の現在(いま)漆への思い、日々の営み【第三回】

清々しい空気と生命力にあふれた季節の里山の田んぼの風景。水面に映る景色に吹き抜ける風を見る。

今、生かされていること

 

2024年の三が日過ぎると、黒島町ではお寺に避難していた方々が公民館に合流することとなりました。18畳くらいの和室3部屋とすこし広めの洋室1部屋のなかに、200名程がぎゅうぎゅう詰めの状態になって生活することになりました。

 

公民館には調理室があり、協力し合って避難所の食事体制が整っていきました。皆が声を掛け合って、食材や調味料を被災した家から持ち寄り、料理担当の方々が栄養バランスに配慮しながら献立を決め、非常時の工夫をこらした調理をして、出来上がったばかりのごはんを手分けして配膳していくチームワークが築かれていきました。水も電気もない、ガソリンの供給が限られ車での移動も制限されるなか、手づくりのごはんを口にできるありがたさや心強さをしみじみと感じました。



皆と一緒に食事を囲み、夜はご近所さんの家族のところに泊めていただくことになりました。「なんてあたたかいのだろう」、行き来する道中ひとりつぶやきました。真っ暗闇で一寸先も見えないなか、懐中電灯で足元を照らし、周りの気配を感じながら歩きました。「なんて美しいのだろう」、道すがら満天の星を見上げて立ちつくしました。次の日がどうなるか分からないサバイバルのなか、この地で生きることに希望を感じた瞬間でした。


夜の黒島 夜の黒島

夜空に広がる満天の星の美しさが、生きる希望を感じさせてくれた。





恵みの雪、感謝の連なり

 

しんしんと降り続く雪の日。体の芯から凍える寒さのときには、湯たんぽや豆炭あんかが頼りで、周囲の方々とのおしゃべりで心に灯がともるようでした。バケツに溜めた雪解け水や新雪で手や顔を洗うことができたとき、どれ程に嬉しかったことか。数日すると、市役所や民間の有志の方々が、飲料水をはじめ袋詰めされた菓子パンやおにぎり、新聞などの物資を公民館へ届けてくださるようになりました。

 

町の外部とのコミュニケーションもすこしずつとれて、スマホの電波も不安定ながら場所や通信会社によっては繋がるように。ただバッテリーを維持するため、最低限の操作になりました。

 

余震や津波の恐れも続き、また地震で瓦屋根が落ちて車が壊れてしまったことから、知人宅に滞在させていただいて、点々と渡り歩くように過ごしました。知人のご家族自らも被災されており、生活もままならない状況下において何から何までお世話になりました。その日を生きることに精一杯だった日々から、段々と今置かれている状況を把握できるフェーズに入っていき、次第に地震に対する捉えかたや考えかたが変わっていきました。

地割れした道路 地割れした道路

地割れした道路。地面の下のほうから、ものすごいエネルギーで揺れ動いたことを感じる。幹線道路では、ひび割れを埋めるなどの応急復旧が進んでいるが、多くの道路は手つかずのまま。



生まれ故郷へ、いったん帰省したつもりが…

 

さすらう日々のなか、体調を崩しました。運転して生活必需品やストーブの燃料(灯油)を買いに行かなくては、暖をとってひと冬をここで越すのは困難。そして、行政からの呼びかけも相まって、神奈川県にある実家へ二次避難することにしました。いつもスーパーに買い物に行くような気分で、身の回りの荷物だけ持ちました。1月中旬、ご近所さんのご厚意で車に同乗させていただく運びとなり、金沢駅へ送っていただきました。道中は、地割れや隆起が激しく、土砂崩れや陥没で通行止めも多く、目を疑いたくなるような凄まじい光景でした。

 

実家での療養中にテレビのニュースを見て、ようやく能登半島で起こっていることを客観的に理解し、言葉を失いました。晴天で空っ風吹く神奈川と雨雪とともに寒風吹きすさぶ石川。今この時、同じ世界を生きているとは思えない心地でした。信じられない情報や映像が飛び交うなかにあって、できるだけ能登に負担をかけない方向性で、でも早く輪島へ帰りたい思いはいっぱいで、今後のことを暗中模索する日々がはじまりました。




タケノコ タケノコ

竹林ではひと雨ごとに、筍が次々と地面から顔を出し、天に向かってぐんぐんと伸びていく。


自然の一部として暮らす、風薫る能登

 

5月を迎えて陽気がよくなると、能登の里山では筍のシーズンを迎えます。まずは、孟宗竹(モウソウチク)からはじまり、淡竹(ハチク)や真竹(マダケ)が順々に7月にかけて顔を出します。筍は、炊き込みごはん、汁物、煮物や炒め物、どんな料理にもよく合い、この季節の日々の食卓を彩ります。

ご近所の畑では、冬の間に農作業が手つかずだったため、大根の董(とう)が立ち、菜の花が咲いて、実がなっています。例年だったら、色んな種類のさやつき豆も収穫される頃。地元の方々は片付けや再建で手一杯だけれど、できる限りで田畑を耕し、作つけをはじめている光景に出会います。

 

筍の汁物 筍の汁物

筍の汁物。孟宗竹(モウソウチク)、淡竹(ハチク)、真竹(マダケ)、それぞれに筍の大きさや太さ、皮のテクスチャーが異なる。すこしずつ収穫時期もずれていて、種類ごとの食感を楽しむ。

菖蒲 菖蒲

菖蒲の花。水辺や畑の一角で次々と花を咲かせる様は、みんなで寄り合っておしゃべりをしているよう。

田んぼでは、地域ごとの気候や稲の品種によって、早いところでは4月下旬に田水が張られ、蛙の鳴き声が日増しに大きくなっていきます。田んぼが水鏡のように空や若草萌ゆる山々を映し、そこに野鳥がやって来て佇んでいる様子を眺めていると、人間は自然界の循環のなかで生かされている存在だと気づかされます。天災のように荒々しく厳しい表情を見せながらも、時には安らぎや多くの恩恵をもたらす自然。その破壊力と生命の躍動は表裏一体にあって、その流れのなかで能登の暮らしは大地に根づくように育まれていることをあらためて感じます。

藤の花 藤の花

藤の花。開花すると、周囲に甘い香りが漂い、虫たちが集まってくる。

 

大根の実 大根の実

大根の実を湯がいて味付けした一品と自作の皿。実を噛むと、大根の風味がする。この時期ならではの味わい。




鯉のぼり 鯉のぼり

朝市通りで泳ぐ鯉のぼり。写真の左中央の道路を境に火が回っていた。右側の建物は造り酒屋の店舗兼土蔵。


緩やかな歩み

 

久しぶりに知人を訪ね、輪島の町へ。焼け野原の朝市通りには、天を仰いで鯉のぼりが泳いでいました。幹線道路は復旧工事のおかげで、地震前と変わらないくらいに移動できるようになり、路線バスも迂回路を使いながら運行を再開しています。

 

中心部では公費解体がはじまり、重機とともに更地を見かけるようになりました。仮設住宅の建設もゆっくりと進み、入居の話も耳にします。一方で、元旦から手つかずの場所も多くあります。すこし奥まったところや路地に入ると、マンホールは飛び出し、地割れしたままの状態が見受けられます。住まいをはじめ、電気や上下水道の仮復旧も進んでいます。しかし、地域や世帯によって被害の程度はそれぞれで、生活の状況は一様ではありません。

 

新しいまちづくりに向けての動き、輪島の漆のこれからを考える機会が生まれるとともに、他地域からの応援や協力体制も築かれはじめ、新緑の香りとともに希望の日差しを感じています。

被災地のマンホール 被災地のマンホール

朝市通りのマンホール。お椀と箸をモチーフにしたデザイン。震災から5カ月以上の月日が経つが、朝市の周辺では、焼けたにおいが残っている。

朝市通り 朝市通り

採れたての野菜とその漬け物、日用品などをシートに並べていたり、家庭で手づくりした郷土のお惣菜を鍋のまま置いたりして、商いをしているお母さん達が集まっていた区画。食材やおかずを選ぶのに、地面にしゃがみ込むようにしてお母さん達と交わしたおしゃべりの数々を思い出す。

仮設住宅 仮設住宅

仮設住宅の建設現場。今まで駐車場や公園など公共の空き地だった場所では、急ピッチで仮設住宅の建設が進んでいる。それでも、輪島には平地が少ないなどの理由で、必要な戸数を建てることが難しいと耳にする。





























photography by Kuninobu Akutsu

秋山祐貴子 Yukiko Akiyama

 

神奈川県生まれ。女子美術大学付属高校卒業。女子美術大学工芸科染専攻卒業。高校の授業で、人間国宝の漆芸家・故松田権六の著作『うるしの話』に出合ったことがきっかけとなり漆の道に進むことを決意する。大学卒業後、漆塗り修行のため石川県輪島市へ移住する。石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業。石川県立輪島漆芸技術研修所髹漆(きゅうしつ)科卒業。人間国宝、小森邦衞氏に弟子入りし、年季明け独立。​現在輪島市黒島地区で髹漆の工房を構えた矢先に、1月1日の震災に遭遇する。

 

 

 

関連リンク

 

秋山祐貴子ホームページ

 

『輪島便り~星空を見上げながら~』とは…

 

輪島に暮らす、塗師の秋山祐貴子さんが綴る、『輪島便り~星空を見上げながら~』。輪島市の中心から車で30分。能登半島の北西部に位置する黒島地区は北前船の船主や船員たちの居住地として栄え、黒瓦の屋根が連なる美しい景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されてきました。塗師の秋山祐貴子さんは、輪島での16年間の歳月の後、この黒島地区の古民家に工房を構え、修復しながら作品制作に励もうとした矢先に、今回の地震に遭いました。多くの建造物と同様、秋山さんの工房も倒壊。工房での制作再開の目途は立たないものの、この地で漆の仕事を続け、黒島のまちづくりに携わりながら能登半島の復興を目指し、新たな生活を始める決意を固めています。かつての黒島の豊かなくらし、美しい自然、人々との交流、漆に向ける情熱、そして被災地の現状……。被災地で日々の生活を営み、復興に尽力する一方で、漆と真摯に向き合う一人の女性が描く、ありのままの能登の姿です。

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