ただいま輪島
2月になるころには、輪島-金沢間を結ぶ北陸鉄道の特急バスが限られたダイヤで運行されはじめました。そして代車をお借りして、3月上旬にようやく黒島へ一時帰宅できる見通しが立ちました。
防寒着に長靴、ヘルメット、懐中電灯、非常用グッズやトイレ、寝袋、滞在中の食料…まるで幼いころに読んだ「エルマーのぼうけん」の世界へ飛び込んだように、あらゆる危険性を想定した荷物を背負い、小田原から金沢ゆきの新幹線の切符を握りしめ、いざ能登半島へ出発しました。
この時期は、新型コロナやインフルエンザなどの感染症が流行っていたことから、避難所近くに建てられたインスタントハウスに滞在して、被災した自宅から作品などを運び出しました。
地震前に海底だったところは異世界のよう。3月上旬、隆起した場所を探索しながら眺めた、変わり果てた黒島の町並み。
薄っすらと積もった雪のうえに、車のわだちが重なる。あたたかな春を待ちわびる人々、その暮らしの息づかいが聞こえてくる。
町には1月末に電気が通じたこともあり、暗くなるとぽつりぽつりと民家に明かりが灯っていました。
夜間薄っすらと雪が降り、積もったうえに日の出が差し込む瞬間は、あたり一面がきらきらと眩しく、地震があったことさえも忘れてしまうくらい幻想的でした。
日が上ってアスファルトの舗装の上に人々の足跡や車のわだちが重なり、雪が解けはじめると隆起した箇所を確認しながら慎重に車を走らせました。
能登の人々が描く未来と現実のはざまで揺れながら
なかなか復旧復興が進まない能登。上下水道が復旧していない地域、復旧したものの宅地内の漏水が起きていて未だ工事が進まない世帯も多く、梅雨の時期に入っても給水や入浴支援が続いています。
二次避難先から輪島へ帰りたくても帰れない住民も多く、人口の流失が止まりません。
あの日の大きな揺れを境に、10年~20年くらいの年月が一気に早送りされてしまったような深刻な状況になり、少子高齢化や過疎化をはじめとする多くの課題について早急に向き合わざるをえない現状です。
町中の建物にブルーシートがかかっている状態が続く。養生していても天候が荒くなると、剥がれたり破損したりして、家屋内に雨風が吹き込んでくる。
4月から能登半島の各所で、地域の今後についての話し合いの場が行政主催で開かれはじめています。
地元の方々が思い描く未来、風土への愛、そして助け合いの心で手を取り合おうとする動きがある一方、色んな事情が絡みあって進展していかない現実に、この世界の光と影を同時に見ているような気持ちになります。
あらためてこの半島の地理的条件を見つめるとともに、この風土だからこその可能性も感じています。
先人の歩んできた道、その軌跡を辿っていく
能登に暮らしていると、先人の歩みがこの地の文化や風習のなかにそのまま残っていることに、ふと気づくときがあります。目に見えるもの、見えないもの、呼吸し続けている伝承や伝統がそこかしこに存在しているのです。その場所のひとつが白米(しろよね)の千枚田。
6月上旬、輪島市の中心部から車で15分ほど北上した海沿いの棚田を訪ねました。日本海に面した傾斜地に小さな田が1000枚以上連なっています。この地震により、田んぼが崩れ落ちたり、畦(あぜ)や土手、田面に深い亀裂が入ったりしたと同時に、山水をひく農業用水も損壊しました。
そのような状況下で、多くの方々の協力のもと、田んぼを修復しながら、被害の少なかった一部で耕作が行われています。この千枚田では、昭和中期ごろまでは、稲の種を蒔いて芽出しして育てた苗を人の手で植えていたそうです。
地元の有志団体「白米千枚田愛耕会」の方々が、昔ながらの人力による農法を受け継ぎ、棚田を耕し手入れすることで、この風光明媚な景観を守り続けています。
水苗代農法において、水に浸した籾種(もみだね)を蒔き、稲の苗を育てる水田。
ちょうど1年前のこと。田植えのイベントが開催され、この水苗代(みずなわしろ)農法を体験させていただきました。
その時は、苗代での苗取りから田植え、土のガス抜き作業を行いました。作業を教えてくださる「愛耕会」のお父さん達、お母さん達の熟練した作業姿、その手つきは田んぼへの愛や優しさで満ちていました。
田植えの季節の田んぼは足を取られてしまうほどにやわらかく、そのなかを闊歩する姿はたくましく目に映りました。
休憩時間にいただいた朴葉(ほおば)ごはん。朴の若葉にあつあつのごはんをのせ、甘く味つけした青豆きな粉をふりかけて包む。この地域では、田植え合間に食べる風習がある。
「農業は次の作業、次の人を想ってする仕事」
一連の作業を通して、土の状態やそこに住む生物を観察して「苗が健やかに育つ環境を整えていく」視点が、農作業の原点にあることに気づきました。
栽培している植物の表面的な成長のほうに、つい目が行ってしまうのですが、自然と向き合い豊かな土を育てること、苗がきちんと根づくように周囲の草取りをしたり畦を直したりすること、手間をいとわないで稲のお世話をすること、これらの作業や心遣いの積み重ねが棚田の景色として表れているのです。
実りの季節を迎えた、昨年秋の千枚田。この棚田の景色は、愛耕会の方々の日々の農作業のたまもの。
休憩時間にお茶をしながら、「愛耕会」の方々が「農業は次の作業、次の人を想ってする仕事」と語っていらっしゃった言葉が忘れられません。
千枚田を耕して維持管理する人々のなかに、この大地と生きる知恵や精神が流れていて、農作業を通じて受け継がれているのです。四季のめぐりとともに生命の循環を思いやる生きかたを尊く思います。
「草木国土悉皆成仏」(そうもくこくどしっかいしょうぶつ)
「愛耕会」の皆さんの被災状況は各々ですが自宅に住めない方が多く、千枚田の復旧のため遠く離れた二次避難所から通っていたり、休憩所に宿泊されたりして、連日の力仕事に向き合われているそうです。
この大地に根づくように生きている方々だからこそ、この場所で農作業に誠を尽くしている姿が、いっそう輝いているように目に映ります。
この大自然の厳しさを受け止め、またある時にはのどかな風景に癒されて、自然の懐に抱かれるようにして生きる能登の人々。里山や海の空気や風の匂いを感じて、そこに生きる動植物とともに、先人がお互いさまの精神で育んできた豊かな土壌がこの地にはあります。
再建の歩みはゆっくりですが、地元住民の意志による選択と行動の積み重ねが暮らしをつくり、新たに家やまちなみが築かれていきます。
「草木国土悉皆成仏」という言葉にあるように、この世に存在するもの全てが私達を本来の姿に立ち返らせようとする可能性をそなえているという考えのもと、この地の暮らしの集合体が大自然と調和したまちづくりへの足がかりになる期待を持っています。
旬を味わい真夏に向けての養生を
露地ものとスーパーで流通する青果との間には、出回る時期にズレがあります。
例年であれば、新じゃがや新たまねぎがスーパーでは春先から流通しますが、輪島では6月下旬になると地物市に並びはじめます。
能登での収穫時期は、木々の緑が深まり、じめっとした草の匂いが漂うころ。ちょうど川の上流で蛍が飛びはじめる頃と重なり、原っぱでは色んな種類の蝶々や蜻蛉が羽化して飛び交っています。
蜜をもとめて花畑を舞う蝶々。
土のなかでまるまると育った形、みずみずしい色つやの新たまねぎ。無農薬で育てられたものを刻むと目にしみることなく、そのままサラダにして食べると甘くてフルーティー。
今年は6月の終わりに、遅めの梅雨入りとなりました。湿ってどんよりとした空気のなかで紫陽花が生き生きとし、晴れ間がのぞくと昼顔の花が開きます。
色んな草木が花を咲かせたあと実をつけ、浜茄子、枇杷、野苺、梅、茱萸(グミ)、李(スモモ)、ブルーベリーなどは美味しそうに色づいています。流通用に栽培されたものではなく、自家用や野生のままの実は淡泊な味わい。そのままでは食べられないものも多く、ジャムやコンポートにして楽しみます。
梅雨時には空気中の湿気が体にまとわりつき、まるで水中を漂っているかのように湿度が高い能登。雨上がりには、紫陽花がより輝いて見える。
この時期に青山椒をまとめて下ごしらえしておくと、1年を通していろんな料理の隠し味として楽しめる。
さらに、この時期の楽しみは、梅や山椒の実、ラッキョウの保存食づくり。漆の仕事の合間に、出合った食材にひと手間をかけることで、奥行きが深くなります。
仕込みをしてから、待つ時間のわくわく感も相まって、仕事もはかどります。四季折々に移ろいゆく自然界の動植物に合わせて、食卓の風景が変化しています。
旬を味わうことで心身を養生して、これから来たる蒸し暑さを心地よく過ごすリズムをつくるときです。
ちりめん山椒と自作の葉っぱの皿。旬の実は香り豊かで、舌がしびれるほどスパイシー。じゃこと一緒に味つけすると、ごはんがすすむ一品に。
アスパラごはんを自作の漆椀に盛りつけて。旬の甘くて柔らかいアスパラをシンプルにいただく。
白米千枚田愛耕会の活動の様子は、以下から。
・X(旧Twitter): https://x.com/noto_senmaida/
・Instagram:https://www.instagram.com/p/C8z99UYSCAp/
photography by Kuninobu Akutsu
秋山祐貴子 Yukiko Akiyama
神奈川県生まれ。女子美術大学付属高校卒業。女子美術大学工芸科染専攻卒業。高校の授業で、人間国宝の漆芸家・故松田権六の著作『うるしの話』に出合ったことがきっかけとなり漆の道に進むことを決意する。大学卒業後、漆塗り修行のため石川県輪島市へ移住する。石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業。石川県立輪島漆芸技術研修所髹漆(きゅうしつ)科卒業。人間国宝、小森邦衞氏に弟子入りし、年季明け独立。現在輪島市黒島地区で髹漆の工房を構えた矢先に、1月1日の震災に遭遇する。
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『輪島便り~星空を見上げながら~』とは…
輪島に暮らす、塗師の秋山祐貴子さんが綴る、『輪島便り~星空を見上げながら~』。輪島市の中心から車で30分。能登半島の北西部に位置する黒島地区は北前船の船主や船員たちの居住地として栄え、黒瓦の屋根が連なる美しい景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されてきました。塗師の秋山祐貴子さんは、輪島での16年間の歳月の後、この黒島地区の古民家に工房を構え、修復しながら作品制作に励もうとした矢先に、今回の地震に遭いました。多くの建造物と同様、秋山さんの工房も倒壊。工房での制作再開の目途は立たないものの、この地で漆の仕事を続け、黒島のまちづくりに携わりながら能登半島の復興を目指し、新たな生活を始める決意を固めています。かつての黒島の豊かなくらし、美しい自然、人々との交流、漆に向ける情熱、そして被災地の現状……。被災地で日々の生活を営み、復興に尽力する一方で、漆と真摯に向き合う一人の女性が描く、ありのままの能登の姿です。
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