銀座の一等地に現れた垂直型の「公園」
数寄屋橋交差点に面する銀座5丁目3番1号。ここにはかつてソニー創業者、盛田昭夫が建てたソニーの顔とも言えるショールーム、ソニー・ビルディングが建っていた。しかし、2017年3月に閉館。それからおよそ5年と10か月、2025年1月26日に正式オープンしたのは「銀座ルール」と呼ばれる高さ56メートルの高さ制限で揃った周囲の建物と比べて半分以下、高さ20m強のコンクリート打ちっぱなしの不思議な建物だ。
建物の名前は「Ginza Sony Park」。その企画を行なった ソニー企業株式会社の永野大輔社長兼チーフブランディングオフィサーによれば、訪れた人が「自分の庭」だと感じることができる「銀座の庭」を目指したという。 では、一体、ソニーは何故、銀座に庭を作る必要があったのか。
ソニービルには長い歴史があった。1966年、高度経済成長期の真っ只中、盛田昭夫は当時としては驚くべき決断をした。銀座の一等地に建てたこの建物で、約10坪のスペースを公共に開放したのだ。そしてそこをチューリップで飾ったり、相撲大会を開催したりと四季折々のイベントを開催した。まだ企業が「街に貢献するパブリックな活動」を行うことが珍しかった時代だ。盛田はこの場所を「銀座の庭」と呼んでいた。
しかし、時代とともにソニービルは課題に直面する。かつてソニーは純粋なエレクトロニクス企業だったソニー。テレビやオーディオ機器を展示するショールームとしてのソニービルは、その時代のソニーを完璧に体現していた。しかし、やがてソニーは事業を多角化。音楽、映画、ゲーム、金融なども扱うようになる。ソニービルの設備では、こうした新規事業を紹介することが難しかった。このため、ソニーの業績が低迷した時期にはソニービルは「変われないソニー」の象徴と呼ばれることもあったという。


Ginza Sony Parkについて解説するソニー企業株式会社社長兼チーフブランディングオフィサーの永野大輔


銀座5-3-1は、2つの大きな変貌を遂げてきた。まず象徴的なソニービルとして、次に実験的な公共空間「Ginza Sony Park」として、そして2025年1月、ついに最終形態となるGinza Sony Parkが姿を現した。(写真提供:ソニー)
プラットフォームとしての「公園」


Ginza Sony Parkの1、2階部分は、壮大なコンクリートの回廊として構想された。この2層吹き抜けの列柱空間は、2つの重要な都市要素の対話を生み出している。一方には象徴的な数寄屋橋交差点、もう一方には東京メトロ銀座駅B2出口(エルメス銀座へと続く)がある。何もないただの回廊だからこそさまざまな使い方ができるのが強みだが、建物の正式オープン前からエルメスのランウェイショー後の華やかなレセプション会場として使用される実績でそれを証明してみせた(写真提供:ソニー)
そこでソニー企業株式会社の永野は、盛田昭夫が残した「銀座の庭」という概念をより大きな「公園」へと拡張することを考えた。2017年の旧ソニービル閉館後、建物を一度更地にし、約3年間にわたって純粋な「公園」として運営してみたのである。
この実験から、永野は重要な洞察を得る。「公園の本質は緑やベンチではない。それは『余白』にある」という発見だ。公園とは、使い方が決められていない空間である。散歩をする人もいれば、昼寝をする人もいる。楽器を演奏する人もいれば、お弁当を食べる人もいる。この「余白」こそが、公園の本質的な魅力だという。
「パブリックスペースとは、プライベートスペースの集合体である」という建築家槇文彦の言葉も永野に大きなインスピレーションを与えた。この一見矛盾することばの意味を、永野は実験を通じて理解することになる。毎日同じ場所でコーヒーを飲む人にとって、それは自宅のような私的な空間となる。小学生が放課後にランドセルを置いて宿題をする様子からは、家の延長としての使われ方が見えてくる。俯瞰すれば公共空間でありながら、一人ひとりにとっては私的な場所になっている—それが現代の公共空間の在り方なのだ。
そんな公共空間を目指すGinza Sony Parkでは、各フロアの役割が固定してしまわないようにテナントなどを入れず、「アクティビティ」と呼ばれる常に変化し続ける期間限定のイベントを開催して、活気を保つという。ただし、都市の余白としての役割が損なわれないように、全フロアをアクティビティで埋め尽くすことがないように稼働率は最大でも6割、残りの4割は何もない公園として楽しめるように注意を払っていくという。
垂直型の「公園」という建築的チャレンジ


天井高の異なる2つのアクティビティフロアは、使い方の自由度が非常に高い。扉やシャッターを閉めれば完全なプライベート空間として有料イベントにも使え、階段やエレベーターを開放すれば誰でも参加できるオープンなイベントスペースにもなる。小規模な私的な集まりから大規模な展示会まで、様々な用途に対応できる。VIPへの配慮も万全で、地下3階は銀座の駐車場に直結している。来賓は車から専用エレベーターを使って、そのままイベント会場まで移動することができる。アクセシビリティについても、TOKYO 2020パラリンピックで中心的な役割を果たしたコンサルタントによる入念な検証が行われている。


Ginza Sony Park 階層構成図(ソニー提供)


Ginza Sony Park、外周はグリッドフレームと呼ばれる構造で囲まれており、ここを装飾することで建物の外観を変えることができる。屋上には数寄屋橋交差点に向かって開かれた屋上があり、植生を楽しむこともできる。(筆者撮影)


縦に伸びる通路は地上階まで続き、そこから見上げると空がまるで額縁に入ったように見える。
都市の公園という哲学は、新しい建物の具体的なデザインの隅々にまで反映されている。建物の周りを囲むグリッドフレームは、建物と街との境界でありながら、照明や横断幕、アートの展示など、多様な解釈と使用法を許容する。その内側の縁はベンチとしても使える—これもまた「解釈の余白」を生む仕掛けだ。
建築材料としてのコンクリートの選択にも、深い思考が込められている。公園という「公」の場所と言えば土木工事で作られる。そして土木工事といえば鉄筋コンクリート。
銀座では珍しいこの鉄筋コンクリートの建物、実は一枚一枚のパネルの色が異なり違う表情を見せているが、これは意図的な選択だ。同じ色で揃えても、自然と明暗の差が生まれるコンクリートという素材の特性を活かし、パッチワークのような多様性を表現しているという。さらには経年変化による味わいまでもが、設計に組み込まれているという。
地上階から伸びる螺旋階段は「縦のプロムナード」と呼ばれ、外光を3〜4階にまで導く。これは旧ソニービルへのオマージュでもある。窓のない3、4階の空間は、この縦のプロムナードを通して外の光や雨を感じることができる。階段側の扉を閉じれば、エレベーターのみのアクセスとなり、招待制や有料のイベントにも対応できる柔軟性を持つ。
食体験にも「公園」らしいアプローチ






Ginza Sony Parkの地下には「1/2 (nibun no ichi)」がある。これは一般的なテナント店舗ではなく、ソニーが直接手がける食の体験施設だ。そしてこの空間には、かつてのソニービルを象徴していたネオンのSONYロゴが大切に保管され、展示されている。このロゴは、やわらかな光を放ちながら、過去と現在をつなぐ大切な遺産として、この場所の歴史を静かに語り継いでいる。
地下3階には、レストラン「1/2 (Nibun no ichi)」がある。これはテナントではなくソニーが直接プロデュースする食の体験の場だ。
その名が示す通り、「半分」というユニークな概念を軸に、食体験を再定義しようとしている。一人前の約1/4サイズの料理を2品盛り付けたプレートを提供するという、一般的なレストランの基準からすれば物足りないかもしれない選択には、深い意図が込められている。
銀座には無数の飲食店が軒を連ねている。老舗の喫茶店から路地裏の居酒屋、最先端のスイーツ店、ミシュラン掲載の高級店まで、あらゆる選択肢が存在する。そんな銀座で、あえて「小さな」料理を提供するのは、この場所が目指す「街に開かれた施設」という理念に基づいている。お腹いっぱいに食べられるレストランではなく、ちょっとした休憩や空いた時間に小腹+αを満たす場所。そこから、新しい発見や体験が生まれることを期待しているのだ。
各料理には、その背景にまつわるエピソードが書かれたプレイスマットが添えられる。ポテトサラダ一つとっても、使用するジャガイモの品種や味付けの違いによる変化、各国のポテトサラダの文化、明治時代に西洋料理を日本化していった過程など、深い物語が隠されている。外から持ち込んだ食事を楽しむことも可能だ。これも「公園」というコンセプトに沿った決定である。
銀座の公園の最初のアクティビティ


Sony Park展 2025 (写真提供:ソニー)


Vaundyの展示では、来場者はヘッドホンを手に「音楽の地層」を探検する。Vaundyが選んだ約200曲の楽曲が地層のように重なったこの空間で、人々は音楽の発掘者となって旅を楽しむことができる。


YOASOBIの展示では、来場者の心拍から作られたデジタルキャラクターが、音楽ビデオの中で踊る。自分だけの分身と音楽を一緒に楽しめる体験だ。


羊文学のインスタレーションでは、映像と水の反射が織りなす幻想的な空間を作り出している。15分の映像を観た後、来場者はスクリーンの裏側へと案内される。そこではソニーの最新のハプティクス技術により、まるで雨上がりの水たまりを歩いているかのような感覚を体験できる。その感触は極めて本物に近く、誰もが思わず足元を見てしまうほどだ。
2025年1月26日、ついにオープンしたGinza Sony Parkだが、その「アクティビティ」の第一弾として選ばれたのが「Sony Park展 2025」だ。2021年の旧ソニーパーク取り壊し直前に始まった企画の発展形であり、様々な実験を経て到達した一つの答えとも言える。「テーマ × テクノロジー × アーティスト」という独自の掛け合わせに、ソニーグループの6つの事業領域を組み合わせ、抽象的な空間体験として再解釈している。
「音楽」は「旅」として表現される。アーティストのVaundyは約200曲の楽曲を選曲し、「音楽の地層」という独特の空間を創出した。来場者はヘッドホンを手に取り、まるで地層を発掘するように音楽を探索していく。時代やジャンルの垣根を超えて積層された音楽の中を旅するような体験である。
「半導体」は「SF」として解釈される。YOASOBIのプログラムでは、NHK総合『YOASOBI 18祭』のテーマソング「HEART BEAT」を軸に、来場者の心拍をセンシングして「心音オブジェクト」を生成する。1000人の18歳世代と作り上げたこの楽曲と、最新技術が融合することで、まるでSF作品のような体験を生み出している。
「ファイナンス」は「詩」として表現される。羊文学のプログラムでは、空間の中央に大きな水盤を配置し、そこに歌詞が映し出される静謐な空間を創り出した。楽曲「more than words」「光るとき」が響き渡る中、言葉が浮かんでは消えていく映像と、特別に収録された塩塚モエカの声が、訪れる人々を詩的な世界へと誘う。
興味深いのは、これらの展示でソニーの最新テクノロジーが使われているにもかかわらず、あえて詳細な技術説明を壁に掲示していない点だ。永野氏は「現代アート作品と同じように、知りたい人はスタッフに聞けばよい」という考えを持つ。すべての情報を提示してしまうと、来場者は説明を読むだけで終わってしまう。しかし、情報があえて少ないことで、来場者同士やスタッフとの自然な対話が生まれ、それが新しい発見や感動につながるというデータが得られているのだ。
「アクティビティ」と「余白」のバランスで幅広い層に愛される「公園」を目指す
このように、Ginza Sony Parkは、建築としての「余白」と、そこで展開される「アクティビティ」の絶妙なバランスの上に成り立っている。それは、計算され尽くした空間でありながら、人々の自由な使い方を許容する懐の深さを持つ。まさに現代における「銀座の庭」として、新しい都市文化の実験場となっているのである。
実際、この実験は予想以上の成果を上げている。「銀座に若者は来ない」という常識を覆し、ソニーパークのフラット時代には3年で854万人の来場者を記録。その半数が30歳未満という驚くべき結果となった。永野氏は「人は街ではなく、コンテンツに集まる」と語る。そして、このGinza Sony Parkが、まだソニー製品を持っていない人にとっての「My First Sony」となることを期待している。
かつてソニーは、ウォークマンで音楽を屋外へ解放し、プレイステーションでゲームの概念を覆し、AIBOで人とロボットの新しい関係を築いた。そして今、Ginza Sony Parkという形で、都市空間における革新的な実験に挑んでいる。それは「変われないソニー」からの決別であり、未来への新たな一歩なのかもしれない。


ソニーがこの場所に建物を建てるのは半世紀で2度目。1度目はソニー創業者の盛田昭夫、そして今回はソニーエンタープライズの永野大輔が手がける。永野は盛田の精神を現代風に解釈し直し、訪れる人それぞれがGinza Sony Parkを自分の庭だと感じてくれることを願っている。


Profile
林信行 Nobuyuki Hayashi
1990年にITのジャーナリストとして国内外の媒体で記事の執筆を始める。最新トレンドの発信やIT業界を築いてきたレジェンドたちのインタビューを手掛けた。2000年代からはテクノロジーだけでは人々は豊かにならないと考えを改め、良いデザインを啓蒙すべくデザイン関連の取材、審査員などの活動を開始。2005年頃からはAIが世界にもたらす地殻変動を予見し、人の在り方を問うコンテンポラリーアートや教育の取材に加え、日本の地域や伝統文化にも関心を広げる。現在では、日本の伝統的な思想には未来の社会に向けた貴重なインスピレーションが詰まっているという信念のもと、これを世界に発信することに力を注いでいる。いくつかの企業の顧問や社外取締役に加え、金沢美術工芸大学で客員名誉教授に就いている。Nobi(ノビ)の愛称で親しまれている。
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