3月、大阪に新たな注目スポット、GRAND GREEN OSAKA南館が誕生した。大阪駅の西側に広がる廃線地の再開発プロジェクトの一環で約 4.5ha の広さを誇る都市公園「うめきた公園」や北館は既にオープンしていたが、新たにオープンした南館は、


「わ美」の佇まい。壁に大胆に描かれた野口 寛斉の書。和泉屋石材店の石。桜製作所が製作した14脚の椅子。供される料理同様に店の設えも細部まで気配りされていることを感じさせる。
オープンな雰囲気の飲食店が多いフロアにありながら、店全体が窓もない経年変化が楽しめるという白漆喰の壁で覆われ、まるでビルの中に突然、料亭が現れたような雰囲気だ。
日本の美意識が息づく空間で味わう和牛懐石
「わ美」という店名には、わびさびの「わび」、「和」の美、人と人の「輪」という3つの意味が込められている。千利休に代表される日本人特有の美意識「わびさび」を、食という体験を通して伝えることを目指している。
夜は季節の「和牛懐石 -はるの美-」全12品のコース(25,000円・税込)、昼は「わ美の昼餉 和牛と、はるの美」という全7品のコース(6,000円・税込)を提供。カウンター席14席と4名×2室、6名×1室のテーブル個室を備える。夜は完全予約制でカウンターは一斉スタートという形式を採用している(個室は予約時間に合わせてスタートする)。
オープン前に、コースの試食会に参加したので、それを元にレポートをお届けしたい。
最大の特徴は「わび茶」の精神を取り入れたサービススタイル。茶の湯が一服のお茶を中心とした総合芸術であるように、「わ美」では食事だけでなく、最後にお茶を点てて提供するという一連のストーリー性を大切にしており、唐紙の表紙に覆われたお品書きにも一皿一皿に「春の訪れを告げる風が吹き」、「新芽が萌え出る候」と言った具合にストーリーが書かれている。
最初、「和牛に抹茶?」と聞いて、どう考えても合わない取り合わせに聞こえるが、「東風」と名付けられた旬菜と牛タンの先付から九皿を経て、水菓子、主菓子を口にしている頃には、目の前で振る舞われるお点前のお茶を楽しみにしている自分がいた。
自慢は母体が肉屋だからこそ提供できる最高級品質「A5ランク」の特選部位の神戸牛と近江牛の肉。


懐石コースの主役は、この神戸牛イチボと近江牛のヘレだが、どちらも異なる切り方で提供され、静岡さんの本わさび、エジプト産の砂漠塩、あけがらし(醤油麹を使った調味料)、塩おろしポン酢、そして生胡椒といった薬味で楽しむ。
これを異なる切り方や薬味で楽しんだり、(試食では用意がなかったが)ブレザオラと呼ばれる生ハム形式で楽しんだり、弾力のある泡立ちのメレンゲにつけて楽しむすき焼き形式で楽しんだりできることが、同店を訪れる最大の楽しみ。
他にも先付で筍や木の芽と楽しむ牛タンを堪能したかと思えば、前菜では敷き詰めたランプの上にキャビアを載せて楽しんだりと、ひとくちに「和牛」と言っても、これだけの種類を区別し、これだけ多彩な味、食感、食べ応え、そして薬味とのマリアージュの楽しみがあるのかと、舌鼓を打ちつつも感心させられる。
もちろん、肉を使わない椀物や麺物も、斬新さと繊細さが共存した品を丁寧な仕事で目の前で作っており、視覚的にも楽しませてくれる。


美しいガラスの器から現れるキャビア。その下には神戸牛ランプとカリフラワーのピューレが敷かれており、イキ芋のチップスと共に食べる。


強肴は近江牛ロースの「すき焼き」。金鶏の赤彩卵は弾力のあるメレンゲが添えられており、今は無くなってしまった赤坂のすき焼き屋「よしはし」を思い出させる。
こうして祭りのような食体験が終わり、隣人との会話も一段落したところ、おもむろに茶事が始まり、来店者全員が口を紡ぎお点前に視線を注ぎ、その後、そのお茶を一服する。心も整って、「なるほど、これが〆るということか」と納得せずにはいられなかった。


最後はお茶のお点前を見て、抹茶で〆る。満たされたお腹で緩んでいた背筋が伸び、整った状態で店を後にするのは新鮮で心地よい体験だった。
ちなみに食中の飲み物、つまり、ソムリエが選ぶお酒のペアリングも面白かった。次の一品に合わせて、日本酒で始めたかと思うと、キャビアにはシャンパーニュ、メインの肉にはニュージーランドのピノノワール、すき焼きには山梨の赤ワインだったりとお酒の種類も、洋の東西にも縛られずベストな1本を選んでいた。
「未来から選ばれる企業へ」というビジョンで誕生
運営する株式会社1&Dは、今年3月1日に外食事業「株式会社ワン・ダイニング」」、食肉小売事業「ダイリキ株式会社」、持株会社「株式会社1&Dホールディングス」の3社が合併して誕生した会社だ。
創業者の髙橋健次氏が1965年、22歳でクジラ肉販売店から始め、時代の変化とともに事業を拡大してきた歴史を持つ。同社は1993年に「炙屋曽根崎店」をオープンし、居酒屋感覚の焼肉店として成功を収めた。その後、事業が苦境に立った時期に「原点回帰」を決断。精肉店ならではの鮮度の良さを活かした焼肉店に立ち返り、2006年からは焼肉食べ放題、しゃぶしゃぶ食べ放題という業態を展開してきた。
現在の社長である髙橋淳氏によると「手切りのチルド肉を提供するのは時間がかかり非効率だが、その非効率こそが独自価値につながる」と確信。技術と心を磨き、人材育成にも時間とコストをかけることで、差別化を図ってきたという。


「わ美」の運営母体はグループに食肉小売事業も持つ株式会社1&D社。それだけに自慢の近江牛、神戸牛の品質には力を入れている。調達した最高級の和牛は客の前の手で切られ、手焼きされる。
創業60周年を迎えた同社が掲げる新たなビジョンは「未来から選ばれる企業へ」。これには、未来のお客様、未来の仲間、未来の社会という3つの「未来」が含まれている。そして、このビジョンを達成するためのミッションとして「日本ならではの価値を再定義し、日本、そして世界の人々を幸せにする」を掲げている。
「わ美」は、まさにこのビジョンとミッションを体現する第一歩として位置づけられている。


店舗ロゴは“侘び寂び”をテーマに、唐紙作家嘉戸氏(かみ添)と書家加山氏が制作。複合ビルに突如現れる白漆喰の壁に、この唐紙の看板が掲げられている。
“侘び寂び”をテーマに、唐紙作家嘉戸氏(かみ添)と書家加山氏が制作した店の看板や、調理場の壁面に大胆に描かれた牛柄を思わせる陶芸家・書家、野口寛斉の絵や陶芸家、福村龍太による器、調理台は和泉屋石材店が石工をし、椅子などの木彫の家具は桜製作所が製作するなど、料理同様、店のしつらえにもかなりのこだわりが感じられる。
特に注目したいのはにじり口のような狭い入り口に飾られた金で再現された現代芸術家、髙橋大雅のドレープの作品だ。店内の壁はこの作品を最新3Dプリンターを使ってコンクリートで再現した壁になっている。


にじり口のような入り口には髙橋大雅の金色のドレープの作品が飾られている。このドレープが3Dスキャンされ、店内の壁にコンクリートで再現されている(最新のコンクリート用3Dプリンター技術を使って作成したという)。
伝統を未来につなぐ新たな挑戦
「この国の価値で壁を超える」—これが「わ美」そして株式会社1&Dのメッセージだ。日本の美しい価値観を大切にし、それに磨きをかけることで、国内外で日本の美意識と食文化を広めていく。それは単なる「和食」の提供ではなく、「団らんからDANRANへつながる幸せ」の伝播である。
「和牛懐石 わ美」は、伝統を尊重しながらも革新を恐れない、新たな和食体験の場として、多くの人々の記憶に残る「一期一会」の時間を提供してくれるだろう。
万博会場への入り口として世界中の人々が利用する大阪駅。海外の人々にも、和牛を通して日本文化の奥深さを知ってもらうべくぜひ訪れてもらいたい店の1つだ。
株式会社1&Dでは和牛文化を海外にも発信すべく、海外初出店となる焼肉食べ放題業態の店舗を、ベトナムのホーチミンに2025年7月オープンする予定だという。


2025年7月にオープンする海外1号店。
この出店は単なる収益増大のための店舗展開ではなく、日本で働くベトナム人従業員のロイヤリティ向上を推進し、将来的には日本でノウハウを培ったベトナム人従業員が故郷に帰っても活躍していける土壌を育む目的があるという。
和牛懐石 わ美
【住所】 大阪市北区大深町5番54号 グラングリーン大阪 南館3階
【TEL】 06-6485-7590
【席 数】 全28席〈カウンター14席・4名テーブル×2(個室)・6名テーブル×1(個室)〉
【営業時間】 ランチタイム /11:00~16:00(最終入店14:30)
ディナータイム /17:00~22:30(最終入店20:00)
※ディナータイムのみ完全予約制


Profile
林信行 Nobuyuki Hayashi
1990年にITのジャーナリストとして国内外の媒体で記事の執筆を始める。最新トレンドの発信やIT業界を築いてきたレジェンドたちのインタビューを手掛けた。2000年代からはテクノロジーだけでは人々は豊かにならないと考えを改め、良いデザインを啓蒙すべくデザイン関連の取材、審査員などの活動を開始。2005年頃からはAIが世界にもたらす地殻変動を予見し、人の在り方を問うコンテンポラリーアートや教育の取材に加え、日本の地域や伝統文化にも関心を広げる。現在では、日本の伝統的な思想には未来の社会に向けた貴重なインスピレーションが詰まっているという信念のもと、これを世界に発信することに力を注いでいる。いくつかの企業の顧問や社外取締役に加え、金沢美術工芸大学で客員名誉教授に就いている。Nobi(ノビ)の愛称で親しまれている。
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