「ザ・リョカンコレクション」に加盟する旅館の女将や支配人を紹介する連載「旅館の矜持」。今回は三重県の伊勢志摩に位置する「COVA KAKUDA(コーバ カクダ)」の覚田譲治社長を紹介する。
自然と一体化できる唯一無二のホテル
三重県・伊勢志摩国立公園、英虞湾の静かな静かな一つの入り江の畔(ほとり)に、そのホテル「COVA KAKUDA」はある。近鉄賢島駅からは車で30分ほどの距離である。開業して今年の6月で3周年を迎える。4万平米という広大な敷地の中に、10棟を超えない建物が佇んでいる。
レセプション棟、レストラン棟、サウナ棟、そしてゲストルームであるヴィラが4棟。北西風が強くなる冬季には、波のしぶきがレストラン棟の大きな窓を叩く。いちばん低位置にあるヴィラは、デッキテラスに出れば水面に手が届きそうなほど海に近い。 海は平水面なので、じつに穏やかだ。
レストラン棟を中心にして、目の前は静寂な入り江で、その両側には樹木が生い茂る小山が迫っている。ソファに腰かけて入り江を眺めていると、時折、小船が遠くを通り過ぎていく。時が経つのを忘れる。
これほど自然と一体化できて、心が和むロケーションがあるだろうか。至高の贅沢――これこそが真の意味でのラグジュアリーというものなのだろう。里海と里山を眼前と両脇に抱えたホテルは、まさに唯一無二と言える。
「COVA KAKUDA」オーナーの覚田譲治・代表取締役社長に話を聞いた。
海に最も近いヴィラのデッキテラス。海面には手が届きそうだ。
里海と里山がクロスする絶好のロケーション
ホテル名「COVA KAKUDA(コーバ カクダ)」は、何語なのか? その由来は?
「もともとの家業は真珠養殖と真珠の加工でして、私はその三代目となります。英虞湾は真珠養殖の発祥の地で、その全盛期は1950~60年代でした。現在のホテルが立つ場所に、真珠養殖場の陸上施設が点在していました。工場のことを昔は『コーバ』と呼んでいましたよね。ホテル名の『COVA』とはそのコーバのことです。『KAKUDA』はこの宿を経営する覚田真珠株式会社の覚田です」
覚田真珠は真珠業界では老舗企業の一つとして知られる。
「最盛期には120名ほどの従業員がこの工場で働いていました。1970年までは工場として稼働していたのですが、養殖業者が真珠をたくさん作りすぎたために価値が暴落することなどがあって、三重県内での養殖業者の減少とともに、その後はまったく使われなくなったのです。そんな中で、親たちと週末にそこに泊まったり、私の学生時代には部活の夏のトレーニングの場所としてそこを使ったりしていました。
それに、私の祖母は海女だったんです。子どもの頃は、サザエやアワビを一緒に獲ったりしましたし、5月から夏の季節にはキスがよく釣れるんです。それを母親が天ぷらにしてくれたりしまして、この界隈の海の面白さはよく理解していたんですね。
ですから、お客さんが来た時には、こういう遊びをすると楽しいし、こんな風にもてなしたら面白いだろうなということはアイデアとして沢山蓄積されていました。そんな妄想をたくましくしていたのが、ちょうど今から10年前の頃です。そしてコロナの頃には国から事業再構築補助金が出ることになって、それを一部に使って自分の資金も出しながら、妄想が実際の形になっていきました」
自然と一体化するような感覚
10年前とは2016年にG7サミットが伊勢志摩で開催された年だ。
「あの時、首脳のみなさんのスーツに着けていただく真珠の『ラペルピン』を我々で作りました。使用する真珠は、美しいものを集めてコンペをして選びました。その時よくよく考えたのは、このラペルピンを通じて私たちは何を伝えたいのだろうということです。真珠が美しいという要素だけではなくて、その真珠が生み出される背後にある‶里海の営み″を伝えることこそが大事なのではないかと思い至ったのです。
つまり、人が自然に働きかけるからこそ、自然が豊かになっていく営みがあるということです。それをお伝えするには、都会からこの土地に来てもらったとしても、日帰りではとても伝え切れません。やはり宿泊機能がないとダメだと痛感しました。そこで、有休不動産があり、使っていない建物がたくさんあるのなら、それをリノベーションして宿泊施設にすればいいという結論に至りました」
工場をリノベーションした室内、基調となるアースカラーが目に優しい。
元は工場だった建物は、骨組みや梁はそのままだ。
「自然にできる限り負荷をかけないようにして、リノベーションを施しました」
改装された室内は、尾鷲ヒノキや白壁といった自然な色合いを持ち、実にコージーだ。しかも、家具や一つ一つの小物にいたるまで実に趣味が良い。ゆえに、ゲストルームやダイニングにいても、この土地の空気に体がなじんでいく。周囲の自然と一体化するような感覚におちいるのである。
ヒノキや白壁を基調にしたゲストルームの居心地の良さは抜群だ。
ホテルとして地域にどんな貢献ができるか
覚田氏が考えるのは、自社の経済活動だけではない。
「私は車で50分ほど離れた伊勢市内に住んでいるのですが、半島の先である奥志摩に来るたびに、この土地がどんどん寂れていく現実を目にするわけです。都会の人がここに来て働きたいと思うような仕事があれば、限界集落化を遅らせることもできるのではないか、そう考えました。
さらに真珠の養殖業もそうですが、海苔や魚をなりわいにしている漁業従事者に、ここで観光業を営むことによって少しでも貢献できるのではないかとも考えました。この場所でホテルをやることに、二重にも三重にも意味を見出したことが、ちょっと難しそうだけれども、COVA KAKUDAをやってみようと思った理由ですね」
意味はそれだけではない。
「里山」はよく耳にする言葉だが、ここには「里海」もある。真珠をはじめ、豊かな恵みをもたらすのは確かに里海だ。問題はこの里海が危機に瀕していることにある。
「リアス式海岸は海底から隆起して出来上がった台地ですから、山の尾根がぜんぶ平べったい畑です。昔はそこで農業を営んでいたのです。肥溜めを作って農業をしていた。雨が降れば、その栄養素は海に流れ込む。すると、豊かな海が出来て、海藻が育ち、魚は群れ、緋扇貝(ひおうぎがい)や牡蠣も育ち、真珠のアコヤ貝も育ちました。
海苔や真珠養殖や食用の貝類養殖に携わる漁民が、貝や用具に付着する汚れを掃除して出たカス、それと収穫したもののうちで食べられない部分を、落ち葉に混ぜて土に返す――。そうした大きな循環が伊勢志摩にはもともとありました。 ところが、過疎化が進み、農業従事者がいなくなると、海は一気に豊じゃなくなり、海藻は減っていき、魚は減り、貝も以前のようには育たない海になってしまったのです」
では、どうすればいいのか。
「豊かな海を取り戻すしかない。いわば海の再生です。例えば、COVA KAKUDAのある場所は、入り江なので陸の影響を非常に受けやすい。ならば、陸側に手を加えればいい。 森に手を入れて、木漏れ日が出来て風通しを良くしてやると腐葉土が育つ。漁業で出たものをコンポストにして土に返す。
さらには農業をやっていけば栄養素が海に流れ込む。海水温度の上昇問題を別にすれば、1950年頃の海を再生させることもそう難しくないのではないか。 里海と里山がちょうどクロスする場所がCOVA KAKUDAなのです。つまり、そこで人間の営みをすることで、それを自然に返すことが出来る。それがCOVA KAKUDAの底に流れる基本的な考えです」
覚田氏が考えたのは、ホテルを作ることによって、里海と里山を回復させるという、この日本ではほぼ類例がなく、途轍もなく壮大な試みなのである。
農園では、野菜、オリーブ、ハーブ等を栽培している。放し飼いの烏骨鶏や養蜂所まである。
多彩なアクティビティ
まず、里山での営み。
山側では農園を作り、野菜畑、オリーブ園、ハーブ園、椎茸園があり、烏骨鶏と青い卵を産むアロウカナの2種を飼っている。おまけに養蜂まで始めた。
「海沿いには、ウバメガシという備長炭の原料になる樹木が群生します。備長炭は紀州が本場なのでしょうが、伊勢志摩にも多いのです。炭の職人さんに山に入ってもらって伐採してもらう。炭には使わない太い幹は、2年間天日で干すと非常にいい状態の薪になります。この薪は暖炉やサウナに使うのですが、とてもいい香りがします。
飛び込み専用の桟橋も作っていますので、この桟橋でゆったりと整いを楽しむ方も多いです。日本のゲストもよく入水されています。料理には伊勢志摩備長炭を使いますから、ローカルウッドでローカルフードを焼いています」
山の恵みと海の恵みを存分に活用できる理想郷と言える。では、里海の営みではどんなことが可能なのか。
「ひと言で言うならば、人とともにある海を体感してもらうことです。そこで働く人々のなりわいに触れてもらいたいのです。 例えば冬ですと、『緋扇貝(ひおうぎがい)』を養殖しているところに七輪持参で出かけて行って、ちょっと焼いて食べてみるとか、イセエビ漁の刺し網にかかった伊勢海老を網から外す体験をしてもらったりします。
トヨタで車を作っていたのにこの海に惹かれて、真珠の養殖を修業してくれている若者がいます。5月ぐらいからはアコヤ貝に真珠の元となる核を挿れる挿核作業が始まるので、それも一緒に体験してもらうとかですね。
一番人気は近くの漁港にある魚市場の見学です。だいたい朝の7時過ぎに漁船が戻ってきますから、魚を陸揚げしてセリにかけるところを見物します。一日の制限は300キロまでですが、マグロもよく揚がります。そこでピックアップした魚や貝や伊勢海老を夜のディナーに出したりしています。
海で生きる人たちがどういう風に海に向き合っているのかを体感していただく。そこがすごく楽しい、話している方言は通じないかもしれませんけどね。自分の旅行体験もそうですが、何かそこにしかないものに触れることに一番意味があると思うのです」
里山の中腹にある東屋で中国茶を嗜む覚田社長。眼下に入り江を望む。
他にも余りにも多彩なアクティビティがある。
里山の植生探索と薪割り&火起こし、草木染・アロマ抽出、東屋で楽しむ抹茶、リアスカヤック&カヤックフィッシング、アイランドシュノーケリング、サーフィン、フィッシング(外洋チャーターもあり)、サンセットクルーズ、夜のクルーズ、焚火と星空観察、養蜂体験……。
なぜに、それほど多岐にわたるのか?
「宿に着いて何もせずに完全に脱力して帰途につくーーそうして活力をもらうリバイタライズ(revitalize)のやり方もあるでしょう。旅行はこうありたいと私が考えるところなのですが、人間は振り子のようなものじゃないかと思うのです。ある程度、体に負荷をかけて、そこから解放されるときに究極のリラックスがある、そんな気がするのです。
アクティビティをある程度楽しんで、ある程度の刺激を受けることによって、むしろ深いリラックスにつながっていくんじゃないか。 ですから、私もスタッフも銘々が色んなメニューを発案します。私もお茶を点てますし、スタッフもそれぞれが得意分野を担当しています」
サスティナビリティの先のリジェネレイティブ
覚田氏が思い描くのは壮大な未来図だ。
「さらに言えば、自然の中に人がいてもいいし、むしろ、人がいることで自然がより豊かになるわけです。そうした大きなサイクル、サーキュラエコノミーと言い換えても良いのですが、それを感じてもらえたらゲストも少しホッとすることが出来るのではないでしょうか。たくさん感じるものがあったら、その後、精神的にフワッとできる時間がすごく充実すると思うのです」
要は、ここで実践されているのは、サスティナビリティ(持続可能性)の次の段階の話だ。サスティナブルだけでは、海や山にとっては全く足りないのである。
「サスティナブルって、その循環の機能が一つでも抜けちゃうと、もう回らなくなってしまいます。そうではなくて、ずっと回り続けて、さらにそれが増幅して良くなっていくイメージです。つまり、継続させてさらに良くして行くリジェネレイティブ(regenerative)を実践していくのが私どもの施設なんですね」
だからこの施設に華美なものはどこにもない。その代わりに、肌で自然を感じる本物のラグジュアリーなリトリートがある。感度の高い国内外のリピーターが増え続けているのも、そのためだろう。
海に面した部屋では、海に網を仕掛けて魚を獲る。すぐに食べたり、2時間ほど干してお土産にも。
別の観点からも自然に対する取り組みをしている。
「真珠養殖の過程で出る廃棄物があるのです。例えば、発砲スチロールやロープです。それらが廃業してしまった人で片付けられないようなケースで大量に出てきます。産業として出してしまったゴミならば、自分たちの業界の責任として片付けることをやっています。
日本真珠輸出組合という全国組織がありまして、私はそこの理事長なのですが、日本の真珠をどうプロモートするかを常に考えています。その観点からしてみても、そうした清掃活動は、真珠の美しさを世界中にアピールするのと同じくらい大事なことだと思っているのです」
最終的な目標はエリア全体の浮上
ダイニングにも触れておきたい。
「シェフの松本は旅館の副料理長をしていました。いちばん最初は彼の会席料理をあまりエキサイティングとは思わなかったので、私の好きなレストランにいろいろ連れていきました。その上で言ったのは、『国境を越えてください』『日本の心を持って国境を越えましょう。
いろんな料理方法、食材を自由自在に使っていきましょう』ということでした。 松本シェフが凄いと思う点は、自分の考えを持ちながら、人の話が聞けるところです。今では私が口を差し挟めないぐらいの料理になっています」
言葉にすれば和食がベースの「イノベーティブ・フュージョン」となる。季節で内容は変わるが、地元の名産である、伊勢海老、アコヤ貝、あおさのり、ワタリガニ、シマアジ、松阪牛などが供される。 ディナーのコースは約11品。伊勢志摩の食材を中心にして、和洋中の技術を駆使しながらも、食材の良さを引き出す料理はどれもこれも素晴らしいものだった。
バタークレープ生地でできた巾着袋の中には、スモークしたアコヤ貝の貝柱、クリームとキャビア、自家製の柚子麹。一品目から胃袋を掴まれる。
さて、最後になるが、覚田氏の視線の先にあるのは、COVA KAKUDAの成功が土地に呼び込むものだ。
「COVAでやっていることで、里海と里山が豊かになり、どうもあそこでやっていることがいい状態を生むらしいという風になれば、伊勢志摩の他の地域にも広がっていく可能性が大いにあると思います。 湾内をクルーズするとよくわかりますが、使っていない養殖小屋がたくさんあるのです。
COVAがうまく行ったら、そういう小屋をリノベーションしてくれる人も増えてくれるんじゃないか。それこそ船でしかアクセスできないような宿泊施設が、あちこちにあるといった具合に有機的に広がっていったら、『このエリア、面白いよな』と思われるようになりますよね。そうなることを期待しているのです」
賢島駅裏の港からホテルへ25分、手前に見えるクルーズ船を使ってアクセスしたら最高に気分はアガる(有料)。湾内へと向かうゲストが操るカヤックが見える。
覚田譲治 (かくだじょうじ)
1995年、国際基督教大学教養学部社会科学科卒。同年、株式会社ミキモト入社。97年、覚田真珠株式会社に入社し、2014年、社長就任。その他、日本真珠振興会・真珠検定委員会委員長となり真珠検定を軌道に乗せる。日本真珠振興会・研究委員会委員となりPearl Standard策定に携わる。日本真珠輸出組合・副理事長としてJapan Pearl Pavilion Rule策定に携わる。三重県真珠振興協議会・会長として2016年伊勢志摩G7サミットでのラペルピンプロジェクトを主導する。
COVA KAKUDA(コーバ カクダ)
517-0701 三重県志摩市志摩町片田1397-14 ℡0599-52-0231 URL : https://cova-iseshima.jp
構成/執筆:石橋俊澄 Toshizumi Ishibashi 「クレア・トラベラー」「クレア」の元編集長。現在、フリーのエディター兼ライターであり、Premium Japan編集部コントリビューティングエディターとして活動している。
photo by Toshiyuki Furuya
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