「カステッロ・ディ・ルッツァーノ」のエステート内のブドウ畑を歩く槙島あつ子。
もう一つの拠点マレーシアでは経営者の顔を持つが、一年の大半をこのイタリアのワイン畑で仕事をする。

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1本のイタリアワインが変えた人生

2020.4.3

イタリアのワイナリー「ルッツァーノ」との出合いで 人生を変えた日本女性

「カステッロ・ディ・ルッツァーノ」のエステート内のブドウ畑を歩く槙島あつ子。

もう一つの拠点マレーシアでは経営者の顔を持つが、一年の大半をこのイタリアのワイン畑で仕事をする。

「カステッロ・ディ・ルッツァーノ」は、イタリア、エミリア=ロマーニャとロンバルディアの州境の、標高270メートルの丘陵に立つ。城館の設計をしたのはレオナルド・ダ・ヴィンチの邸宅と同じポルタルッピ。現在、アグリツーリズモ(農園滞在)の宿となっているヴィラは、パルマ女公マリア・ルイーザ(ナポレオン1世の皇女)の別荘だったこともある。エステートでは1000年前からブドウ栽培が行われていたという記録が残る。

カステッロ・ディ・ルッツァーノのエステート。丘のこちら側はエミリア・ロマーニャ州、向こう側はロンバルディア州という立地。 カステッロ・ディ・ルッツァーノのエステート。丘のこちら側はエミリア・ロマーニャ州、向こう側はロンバルディア州という立地。

カステッロ・ディ・ルッツァーノのエステート。丘のこちら側はエミリア・ロマーニャ州、向こう側はロンバルディア州という立地。

オーナーはジョヴァネッラ・フガッツァ。フガッツァ家は1747年まで歴史を遡ることのできる名家だ。ジョヴァネッラは40年ほど前に父親のブドウ畑とワイン事業を姉・マリア=ジュリア(故人)と継承し、ワインの元詰めを始めた。畑では有機栽培を実践、酸化防止剤の使用も最低限に留め、環境と健康に配慮した自然なワイン造りを行っている。

パルマ女公の別荘だった建物。現在はアグリツーリズモの宿に使われている。 パルマ女公の別荘だった建物。現在はアグリツーリズモの宿に使われている。

パルマ女公の別荘だった建物。現在はアグリツーリズモの宿に使われている。

この由緒あるワイナリーでファミリーの一員として受け入れられ、働いている日本人がいる。「そのワインを飲んだとき、これなら私の体が受け付けてくれると直感したのです」。

そう語る槇島あつ子は現在、1年の大半をカステッロ・ディ・ルッツァーノで暮らす。

 

東京・久ヶ原出身の彼女は、高校卒業後に「大学進学用の資金を使って」起業。人材派遣、食品関係の仕事で成功を収めた。しかし、生き馬の目を抜くようなビジネスの世界を生きるのに次第に限界を感じ始める。気分転換のために出かけたマレーシアが気に入り、東京での仕事を手放して移住したのは2006年のこと。新天地ではレストラン経営を手掛け、5店舗を抱えるまでになった。


「カステッロ・ディ・ルッツァーノ」のカンティーナで作業する槇嶋あつ子。 「カステッロ・ディ・ルッツァーノ」のカンティーナで作業する槇嶋あつ子。

「カステッロ・ディ・ルッツァーノ」のカンティーナで作業する槇嶋あつ子。

東京時代からワインを飲んでいたが、ある時期からグラス1杯飲むだけで気分が悪くなるようになった。「ワインに含まれる農薬や酸化防止剤に対して身体が反応したのだと思います」と振り返る。

 

2011年2月、ヴェネツィアのカーニバルを見物するためイタリアへ。この旅行には「体が受けつけるワインを見つける」という、もう一つの目的があった。「そのとき、たまたま滞在していたホテルで『カステッロ・ディ・ルッツァーノ』の記事と出会ったのです」。

『カステッロ・ディ・ルッツァーノ』のオーナーであるジョヴァネッラ・フガッツァ。ワインビジネスに携わる女性たちの協会「レ・ドンネ・デル・ヴィーノ」の創始者でもある。 『カステッロ・ディ・ルッツァーノ』のオーナーであるジョヴァネッラ・フガッツァ。ワインビジネスに携わる女性たちの協会「レ・ドンネ・デル・ヴィーノ」の創始者でもある。

『カステッロ・ディ・ルッツァーノ』のオーナーであるジョヴァネッラ・フガッツァ。ワインビジネスに携わる女性たちの協会「レ・ドンネ・デル・ヴィーノ」の創始者でもある。

ヴェネチアからミラノに移ったあつ子はレンタカーで雪の中、意中のワイナリーを目指した。初めて訪問した時の印象を彼女は「寒くて、暗い」だったと表現する。しかし、暖炉のある部屋で「ヴェナ・ロッサ」という赤ワインを試した時、体が「このワインなら大丈夫」と、たちどころに感じた。以来、カステッロ・ディ・ルッツァーノ詣でが始まる。

午後遅く、「カステッロ・ディ・ルッツァーノ」のブドウ畑は暮色に染まる。歴史と自然を守るため、有機農法を実践している。 午後遅く、「カステッロ・ディ・ルッツァーノ」のブドウ畑は暮色に染まる。歴史と自然を守るため、有機農法を実践している。

午後遅く、「カステッロ・ディ・ルッツァーノ」のブドウ畑は暮色に染まる。歴史と自然を守るため、有機農法を実践している。

ブドウ畑の下からは考古学者を驚かせる出土品が数限りなく出てくる。 ブドウ畑の下からは考古学者を驚かせる出土品が数限りなく出てくる。

ブドウ畑の下からは考古学者を驚かせる出土品が数限りなく出てくる。

「通い始めて2年が立った頃、初めてオーナーのジョヴァネッラと会いました」。個性派の多いイタリアにあってもジョヴァネッラのキャラクターは抜きん出ていた。「町一番の変わり者」という噂もあった。それでも、ジョヴァネッラとあつ子は、それが宿命であったかのように惹かれあっていく。

 

「私は、幼い頃障害があり、母親に見捨てられるという辛い経験をしています。聞けばジョヴァネッラにも同じような経験があり、そこを共有することができたことで絆が深まったのだと思います」と、あつ子。ふたりは心を開いて語り合える友となった。ジョヴァネッラは「あつ子との間には秘密がないのよ」と全幅の信頼を寄せている。

ワイナリーでの夕食のセッティング。 ワイナリーでの夕食のセッティング。

ワイナリーでの夕食のセッティング。

2012年からあつ子はジョヴァネッラのワインの輸入販売をするようになった。14年には「カステッロ・ディ・ルッツァーノ」に住み込み、ワイン造りの手伝いをするように。以来、農閑期の冬場を除く、1年の大半をこのワイナリーで過ごしている。去年秋、6度目の収穫を経験した。

赤ワインを使ったリゾットはフガッツァ家のスペシャリテ。 赤ワインを使ったリゾットはフガッツァ家のスペシャリテ。

赤ワインを使ったリゾットはフガッツァ家のスペシャリテ。


「ヴェナ・ロッサ」はバルベーラ種とボナルダ種という2つの在来品種をブレンドして造られるこの土地伝統のスタイル「グットゥルニオ」のワイン。スミレの花とチェリーリキュールの香りがあり、噛みしめたくなるようなテクスチャがある。「滋味」という言葉がふさわしいワインだ。

「ヴェナ・ロッサ」。「グットゥルニオ」はエミリア地方の典型的なスタイル。酸の高いバルベーラ種とボディと甘みのあるボナルダ種がバランスを取る。「ヴェナ・ロッサ」5720円(税別)パッションワーク℡ 03 6427 1654 「ヴェナ・ロッサ」。「グットゥルニオ」はエミリア地方の典型的なスタイル。酸の高いバルベーラ種とボディと甘みのあるボナルダ種がバランスを取る。「ヴェナ・ロッサ」5720円(税別)パッションワーク℡ 03 6427 1654

「ヴェナ・ロッサ」。「グットゥルニオ」はエミリア地方の典型的なスタイル。酸の高いバルベーラ種とボディと甘みのあるボナルダ種がバランスを取る。「ヴェナ・ロッサ」5,720円(税別)パッションワーク 03-6427-1654

醸造作業が一段落する冬場、あつ子はクアラルンプールにあるもう一つの拠点で、「カステッロ・ディ・ルッツァーノ」のワインの輸入販売と会員制レストランの経営を行なっている。レストランでは日本食とイタリアンの「いいとこ取り」をしたフュージョン料理を出し、ルッツァーノのワインとのペアリングを提案。ワイナリーの認知を高めている。彼女の発案で新たに立ち上げた「TAMA」と「NOBU」は、いずれも土地固有の品種を使ったワイン。銘柄はあつ子と縁の深い日本人から名付けた。マレーシアの市場で好評を博している。

 

エステートの周辺をあつ子とジョヴァネッラはよくおしゃべりをしながら散歩する。ある時、ジョヴァネッラがポツリと「人はみんな、土に戻るのよ」と言ったことがあった。彼女が大切にしている自然美の中で言われたその言葉には特別な重みがあった、と言う。二人はこれからも共に歩んでいくつもりだ。

 

(敬称略)

槙島あつ子

Atsuko Makishima

ワイン醸造家/レストラン経営者

 

東京都出身。高校卒業後に起業。人材派遣、食品関係の仕事で成功を収めた後、2006年東京での仕事を手放してマレーシアに移住。ワインに含まれる農薬や酸化防止剤に反応しワインを受けつけなくなっていたが、イタリアで「カステッロ・ディ・ルッツァーノ」のワインに出合う。以来その魅力に惹かれオーナーの信頼と友情を得て、農閑期の冬場を除く1年の大半をこのワイナリーで過ごし、ワイン作りに勤しむ。マレーシアでは経営者として、5店舗のレストラン経営を手掛け、ルッツァーノのワインとのペアリングを提案。ワイナリーの認知度を高めている。

Photography by Taisuke Yoshida
Text by Yasuyuki Ukita

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