世界のスターシェフが参加。「ザ・グランド・ジェリーナズ・シャッフル」とは?
木村拓哉が主演したドラマ「グランメゾン東京」が、好評のうちに有終の美を飾った2019年12月。東京を含む世界各都市では、世界中のガストロノミストを熱狂させた一夜限りのフードイベント「The Grand Gelinaz Shuffle(ザ・グランド・ジェリーナズ・シャッフル)」が開催された。いま、ガストロノミー界の最先端では何が起こっているのか。2019年12月3日、世界で同時多発的に開催されたイベント「ザ・グランド・ジェリーナズ・シャッフル」(以下ジェリーナズ)についてまず説明したい。
イベントの概要は以下の通りだ。まず、世界38か国(17のタイムゾーン)、138のレストラン、148人のシェフがそれぞれ8品のレシピを作成する。次に、イベント開催の700時間前に、無作為の抽選で選ばれたレシピが各シェフのもとに届く。レシピを受け取った各シェフは、レシピ作成者の名前も、国や地域も明かされないまま、そこに書かれた文面と写真だけを頼りに料理を再現、自分なりの解釈を加えてイベント当日に一夜限りのメニューとしてゲストにふるまう、という奇想天外なものだ。
私が思いつくだけでも「冬の日本に、南半球から真夏のレシピが届いたら、食材はどうするの?」「オーストラリアのカンガルーとか、アマゾンのピラニアとか、どうやって調達するの?」と次々に疑問がわき、とても実現可能とは思えない。そんなイベントが企画され、世界的に大成功を収めた背景を考えてみたい。
「ミシュランガイド」「世界のベストレストラン50」「LA LISTE(ラ・リスト)」。レストランを独自の視点でガイド・格付けする3大情報源
まず、いまの世界的なガストロノミーの潮流を見てみよう。世界を食べ歩く、とりわけ『グランメゾン東京』のようなファインダイニングにフォーカスして旅をするフーディーズが活用しているのが、「ミシュランガイド」「世界のベストレストラン50」「LA LISTE(ラ・リスト)」だ。
もちろん、国内には「食べログ」などのウェブサイトや、フランスから上陸した「ゴ・エ・ミヨ」、個人的に超おすすめしたい日本発「東京最高のレストラン」など膨大な数のグルメ情報が溢れている。海外でも、フランスやイタリアの有名なガイドブック、北欧、北米、オセアニアといった地域ごとの格付けなど枚挙に暇がないが、ここでは前出の3つに絞って紹介したい。
2019 年11月末に開催されたミシュランガイド東京2020の表彰式。2020年は三つ星11店、二つ星48店、一つ星167店が選ばれた。写真は三つ星店の代表たち。ドラマ「グランメゾン東京」では実際の表彰式シーンも放映された。
日本でもっとも有名な「ミシュランガイド」は、「ミシュランタイヤ」の正社員であり、厳しいトレーニングを積んだ調査員が、世界統一の評価基準で各国・地域ごとに調査を行い、料理を評価する。100年以上の歴史を持つ「ミシュランガイド」は、旅する土地にフォーカスして、その地の食の魅力を案内することで、レストランを目的に旅をするという新しい価値「ガストロノミーツーリズム」を生み出した。
一方、「世界のベストレストラン50」は、シェフやフードライター、業界関係者、インフルエンサーなど男女同数の1000名以上の投票者が、個人の裁量で自由に投票するもので、トレンドが反映されやすい。
そして、2015年にフランス政府のお墨付きで登場した「ラ・リスト」は、世界各国の600以上のガイドや格付け、レビューなどの情報を集積し、独自のアルゴリズムに基づきコンピュータで解析したもので、限られた人間の感覚に頼らないのが新しい。
2019年12月にパリで発表された「ラ・リスト」2020年版では「SUGALABO(スガラボ)」の須賀洋介シェフと、日本料理「龍吟」の山本征治シェフがともに最高得点を獲得。2019年版でトップだったパリの「Guy Savoy(ギィ・サヴォワ)」、ニューヨークの「Le Bernardin(ル・バーナーディン)」と並んで世界トップに位置づけられた。日本からは世界最多の130軒のレストランがランクインしている。
世界のフーディーズは、これら3つの情報源を目的や嗜好に合わせて使い分けながら、世界を食べ歩いている。
旅先が決まっているなら、「ミシュランガイド」が便利だ。三つ星からお財布に優しい「ビブグルマン」まで、その土地を食べ歩く助けになる情報が、幅広く収録されている。
「世界のベストレストラン50」は、イノベーティブな料理を出すなど新しい取り組みに積極的なレストランが評価されやすい。いま何が流行っているのか。その土地のトレンドの傾向はどこへ向かっているのか。リストを眺めているだけでも、世界のガストロノミー分布が垣間見えて楽しい。そのアジア版の「アジアのベストレストラン50」のアワードが、2020年3月に佐賀県で開催されることも話題だ。
「ラ・リスト」は、世界のトップレストラン1000店とおすすめのレストラン5000店が瞬時にアプリで検索できる。「ミシュランガイド」が発行されていなかったり、これまでガストロノミーでは注目されていなかったりする国や地域の情報を網羅しているので、今後の発展に注目したい。
「世界のベストレストラン50」が変えたグローバルなフードシーン
ここ最近に限って言えば、世界のフードシーンをリードしているのは「世界のベストレストラン50」だろう。
「世界のベストレストラン50」は、国や地域を限定せず、料理ジャンルの分類もなく、投票数の多かったレストランを上から順番に並べていく。2019年6月に発表された最新のランキングでは、50位までに26か国のレストランがランクインしている。この順位を発表するアワード(2019年はシンガポールで開催)に参加するために、世界各国からやって来たシェフ達が一堂に会する。
アワードの前後には、世界的に注目されるシェフたちが登壇するトークセッションやパネルディスカッション、参加者が自由に歓談できるパーティなどのイベントが多数開催される。つまり、アジアの若手シェフが、地球の反対側のトップシェフと出会い交流を深めるといった、これまであり得なかったミラクルが起こるわけだ。
2019年6月の「世界のベストレストラン50」授賞式前には、調理デモンストレーション「50ベスト マスタークラス」が開催された。デンマーク「Geranium(ゲラニウム)」のRasmus Kofoed(ラスムス・コフォード)、ペルー「Central(セントラル)」のVirgilio Martinez(ヴィルヒリオ・マルティネス)とPia Leon(ピア・レオン)夫妻、タイ「Gaggan(ガガン)」のGaggan Anand(ガガン・アナンド)といったスターシェフが登壇した。
https://www.theworlds50best.com/
ソーシャルメディアの発展も後押しして、シェフたちが直接コミュニケーションを取り、気の合う者同士、自然発生的にイベントを開催するようになった。レストラン好きな人なら、複数のシェフが集まって開く「コラボレーションイベント」のムーブメントをよくご存じかと思う。ヨーロッパの有名三つ星シェフが、大手ホテルやレストラン企業の招致もなく、東京の個人オーナーの小さなレストランにひょっこり現れて腕を振るうなんて、ひと昔前にはほとんど見られなかった。
シェフたちがコミュニケーションを深める一方で、食べ歩き好きなフーディーズやインフルエンサー、フードライターといった「食べ手」も国境を超えて繋がりだした。この流れを踏まえて登場したのが、冒頭で紹介した、食べ手を巻き込むフードイベント「ジェリーナズ」だ。
シェフが主役の「劇場型」から食べ手も参加する「お祭り騒ぎ」へ
振り返ると、日本で、レストランの名前よりシェフ個人にファンがつくようになったのは、大ヒットした料理バラエティ『料理の鉄人』(フジテレビ系)あたりからだろうか。「スターシェフ」「セレブリティシェフ」といった単語が定着して、「人気レストランで食事をする」と「有名シェフに会う」が同等の価値を持った。厨房と客席が隔離されているのではなく、シェフの姿を見られるオープンキッチンやカウンターといったスタイルも人気になった。しかし、この場合の主役はあくまでもスターシェフ、食べ手は観客というスタンスだった。
冒頭でご紹介した「ジェリーナズ」は、この垣根を超えたイベントだ。この夜、東京や世界の都市で、シェフと食べ手に何が起こったのか。後編では、東京・神保町「Alter Ego(アルテレーゴ)」のイベントの模様を中心に紹介する。
Premium Japan Members へのご招待
最新情報をニュースレターでお知らせするほか、エクスクルーシブなイベントのご案内や、特別なプレゼント企画も予定しています。