スパイラル会場風景

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石本藤雄を囲むアーティストたち

2019.7.26

5. デザインジャーナリスト 川上典李子が石本藤雄の魅力と才能に触れて

石本藤雄デザインのマリメッコのテキスタイルに惹かれ、ともに仕事をするようになると、話すほどに石本の魅力に惹きつけられると語る、川上典李子。石本は自身が感じていること、考えていること以外にお世辞は言わないし、状況や相手に合わせて話を変えたりもしない。いつもまっすぐだ。石本と会うと、ただ、嬉しい、楽しいというのとは違う、深みのある時間が過ごせると言う。いつも心のままに受けとめてくれて、その後の石本の言葉を少しどきどきしながら待つ。石本は作品だけではなく、その言葉も、人柄も素晴らしいと綴る。

 

文・川上典李子

今年6月、愛媛、京都での開催に続く都内の個展会場、スパイラルガーデンで、石本さんが作品を説明してくれた。春にお会いした際に「江戸時代に久隅守景が描いた『納涼図屛風』を思いだして、学生時代によく通っていた上野の東京国立博物館に行ってみたんです」と話をしてくれた、その『納涼図屛風』の風景が実現されていた。(博物館では常設ではないので、見られなかったと残念がっていらしたのだが……)


石本の冬瓜はごろんとくつろいでいた

守景の作品が瓢箪棚で涼む家族だったのに対して、石本さんの展示はいくつもの冬瓜(とうがん)だ。守景が描いた家族さながら、筵(むしろ)の上にある。「ごろんとね、冬瓜を置いてみたかった。冬瓜がくつろいでいる感じですね」。農家の夏の庭先のようでもあり、屋内だというのに吹き抜ける風を感じた。この展示も石本さんらしい。気取った見せ方や飾りたては一切せず、表現したいものの真に大切なところを、すっと見せてくれる。それものびやかに。目の前にあるのは、採れたての冬瓜だった。瑞々しくて、鮮やかで、おいしそう。思わず腕を伸ばして抱えてみたくなってしまった。

「最初はその形に惹かれたのですが、冬瓜がおいしいと知ってから、ますます興味を持ちました」。そんな解説も石本さんならでは。 「最初はその形に惹かれたのですが、冬瓜がおいしいと知ってから、ますます興味を持ちました」。そんな解説も石本さんならでは。

「最初はその形に惹かれたのですが、冬瓜がおいしいと知ってから、ますます興味を持ちました」。そんな解説も石本さんならでは。

初めてお会いしたのは、仕事を通してだった。スパイラルで2012年12月に開幕する展覧会の打ち合わせで帰国されていた6月、光栄にもトークイベントの聞き手という大役をいただいた。以前から作品に興味があったことはもちろん、1978年にデザインされた「ヌルミッコ」(芝生)のファブリックを用いたワンピースがちょうどマリメッコから発売されていて、お気に入りの一着だったこともあり、二つ返事で聞き手をお受けした。このときのトークは、「石本さんは人前ではあまりしゃべらない」と聞いていた話と異なり、貴重なエピソードの連続だった。若い頃に北欧のデザインから得たインスピレーションの話に始まり、リピートのない柄を試みてしまうというマリメッコ時代の挑戦の数々、現在取り組む陶の作品について。どこまでも自由な石本さんの感性に会場の皆が耳を傾けた。

ヘルシンキの石本のアトリエに訪れたときの一枚。 ヘルシンキの石本のアトリエに訪れたときの一枚。

ヘルシンキの石本のアトリエに訪れたときの一枚。リラックスした表情からはいつもの石本の優しさが伝わる。

石本さんの言葉はその手から生まれ出る色彩や作品とともにある。周囲の情景をなぜそれほど繊細に捉えられるのかと、驚かされるほどだ。例えば東京でフィンランドデザインを最初に目にされたという1964年、ビルガー・カイピアイネンの陶の作品やトイニ・ムオナの作品を展示した会場構成はデザイナーのティモ・サルパネヴァによるもので、白いオーガンジーが静かに空間を覆っていた。「北欧の白夜はこんな風景なのか」と感じたという。風景についても気になる描写ばかり。「マリメッコに通っていたとき、通勤バスから見える月がきれいでね。バスを降りて、じっと眺めてしまうこともありました」。月を見ようと、途中下車をしてしまう大人を私は他に知らない。それにどのような月なのだろう。柔らかな口調での話が記憶に刻まれる。反芻してみたくなる言葉ばかりだ。


石本の繊細さとダイナミックさにさらに心惹かれる

2012年6月のトーク後、作品集『石本藤雄の布と陶』のプロフィールページも担当させていただけることになった。既に略歴に記されている出来事の「あいだ」や、背景を知りたかった私は、9月頭にヘルシンキに向かい、話を聞かせていただくことにした。

 

「石本さんのこれまで」は想像以上にダイナミックだった。デザインの仕事を始めて以来、挑戦を重ねてこられた日々を知る。きちんと保管された資料や写真からは、1つ1つ丁寧に仕事に向き合い続けている姿が伝わってくる。そして温かさ。巨匠カイ・フランクと深い交流があったことをはじめ、北欧の作家たちから信頼されているのは、作品と人柄、双方の魅力からだと知る。

 

取材を無事に終えた最終日、「今日はオイヴァが1人でいるから、夕食に誘おうと思っているんだけれど」と電話をかけはじめた石本さん。思いもかけず、鳥の作品で知られるガラス作家のオイヴァ・トイッカと食事ができることになった。石本さんより10歳年上のオイヴァはこのとき81歳。2人のお気に入りという飾らない雰囲気の中華料理店で、出てきた皿の1つには見たことのないほど大きなスズキの料理があった。「箸なんか使わないで食べよう」とオイヴァ。黙々と手で魚料理を食べ続けた楽しい夕食の席で、制作には厳しいながらも、周囲に温かな心を向ける巨匠2人の友情を感じた。

 

今年2月、ヘルシンキを訪れる機会があり、アトリエを再訪させていただいた。砥部焼の器で出してくれた香りのよいお茶をいただきながら、次の日本帰国の予定をうかがう。「タイミングを逃して見られないでいた日本の桜を、今回は見られるといいんだけれどね」


日本の桜を眺めながら、今後のアーティスト活動に思いを馳せる

3月下旬、石本さんの帰国を待ちかまえていたかのように、桜が咲いた。約束していた週末、砧公園までドライブし、伸びた枝が花で彩られた立派な桜を見て歩く。石本さんと歩いていくうちに、公園内の歩道の隅の小さな雑草にもしばしば目を向けていることに気がついた。人々が歓声をあげ、カメラを向けている満開の桜だけでなく、そこここに姿を見せはじめた小さな草花にも同様に目を向けている。幼い頃に見た野の小さな花の記憶を自由に大きな作品にしているという石本さんの心に、再び触れる思いがした。それでいて、てきぱきと歩いていってしまうのは、この日も同じ。地面にも目を向けつつ進んでいく石本さんの後ろを、遅れないように私も歩く。

今年2月、ヘルシンキ、アラビアの一角にある石本藤雄のアトリエで。雲間から差し込んだ光を眺めつつ、この窓から石本さんが眺める四季の風景を想像した。 今年2月、ヘルシンキ、アラビアの一角にある石本藤雄のアトリエで。雲間から差し込んだ光を眺めつつ、この窓から石本さんが眺める四季の風景を想像した。

今年2月、ヘルシンキ、アラビアの一角にある石本藤雄のアトリエで。雲間から差し込んだ光を眺めつつ、この窓から石本さんが眺める四季の風景を想像した。

築100年以上というヘルシンキのご自宅の建物の中庭には、大きなポプラの樹がある。その樹を目にできるテーブルで作品制作についてうかがっていたとき、こう語ってくれたことがある。「隅から隅まで完璧にまとめようと意識するのではなく、どこかに不調和といった面が含まれていてもいいと思います。これはね、マリメッコで学んだことですけれどね。そこから次へと発展していけますから」。試みを止めない人物の深いことばだなあと感動しつつメモをとる私に石本さんは、表情を和らげてこう添えた。「ああ、でもこれは、理想でもありますけれどね……」


6月にスパイラルガーデンで開催された「石本藤雄展―マリメッコの花から陶の実へ―」での様子。 6月にスパイラルガーデンで開催された「石本藤雄展―マリメッコの花から陶の実へ―」での様子。

6月にスパイラルガーデンで開催された「石本藤雄展―マリメッコの花から陶の実へ―」での様子。

大切なことを語ってくれるとき、少しだけ照れくさそうな表情になる石本さん。「陶はひとりでつくるもの。大きくて重い作品は、窯に入れるだけでもひと苦労です。でも、ひとりで、この身体で、やってみたいですね」。きっぱりと語ってくれたときも同じだった。そして、心から気に入っているものの話になると、満面の笑みに変わる石本さん。私たちはそんな笑顔に出会いたいと思い、お会いできる次の予定を心待ちにしている。それまで、自分の仕事にしっかりと向き合わないといけない。石本さんのようにまっすぐな心で周囲をとらえ、表現することができているのかと、自分に問いながら。

 

1970年代、マリメッコで仕事をしたいと意を決した石本さんがマリメッコ創業者であるアルミ・ラティアに会いに行った際の、彼女の印象が記録に残されている。「とてもチャーミングな日本人」。そう思ったのは彼女だけではないはずだ。少し離れた北欧の地に、すばらしい人生の先輩がいる。なんて幸せなことなのだろう。

 

(敬称略)
川上典李子 川上典李子

Profile

川上典李子 Noriko Kawakami
デザインジャーナリスト
デザイン誌の編集部を経て独立。取材、執筆を続け、デザイナー、アーティストの作品集への寄稿も多数。2007年より都内にあるデザイン施設、21_21 DESIGN SIGHTのアソシエイトディレクターとしてディレクターの三宅一生氏、佐藤卓氏、深澤直人氏と企画に関わる。同館以外の展覧会企画にも関わっており、最近では「London Design Biennale 2016」日本公式展示となる鈴木康広氏個展のキュレトリルアドバイザーやパリ装飾美術館「Japon -Japonismes,objets inspirés 1867-2018」展(2018年)のゲストキュレーターも務めた。

Text by Noriko Kawakami
Photography by Mutsumi Tabuchi(青山スパイラル・ポートレート)

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