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現代に蘇る「和歌占い」の世界(前編)

2021.11.25

今も昔も、人の心の迷いや憂いに語りかける「和歌占い」とは



「歌占(うたうら)」とは、その名の通り歌(和歌)を用いた占いのこと。

 

室町時代の能の作品『歌占』には、伊勢の神職であった男巫(おとこみこ)が諸国を旅しながら歌占をする様子が描かれている。神社でおみくじをひくと、吉凶とともに和歌が詠まれているのも、ルーツは「歌占」にある。古式ゆかしき「歌占」は、令和となった今「和歌占い」と呼ばれ再び脚光を浴びはじめている。その立役者である成蹊大学文学部教授・平野多恵氏にお話をうかがった



歴史は深いのに、研究が始まったばかりの新領域

 

占いの歴史は古い。3000年以上前の中国では甲羅や骨を焼いてそのひびわれで吉凶を占っていたが、「占」という字の「ト」の部分はそのひびわれの形から来ているという。

 

「日本人もずっと昔から占いに親しんできました。日本最古の和歌集『万葉集』には、恋占いに関する歌が10首も収められています。朝廷には陰陽寮(おんみょうりょう)が置かれ、天変地異や厄災の原因を陰陽師が占っていましたし、平安時代の貴族が〈宿曜師(すくようじ)〉というお坊さんにホロスコープを作らせていたという記録もあります。国家レベルから個人レベルまで、さまざまな占いの形があります」

 



その中で、歌占(和歌占い)は大衆文化の類。これまでほとんど研究されてこなかったという。

 

 

「研究に値するものだと思われていなかったんですね。ほかの人が誰もしていないから、私が研究の最先端です(笑)。昔の歌占の本などをひとつひとつ集めているのですが、今まで省みられなかったようなものが、研究をすることによって意味づけられていくのが楽しいです。ある人にとってはどうでもいい〝昔の占い本〟が、私にとっては貴重な新しい資料。ときには、ネットオークションで出物を見つけることもあります」



『歌占 萩の八重垣』 『歌占 萩の八重垣』

『歌占 萩の八重垣』は、占いたいことを決めたら、呪文の歌を唱えて精神集中し、9つの賽を振り、その賽の出目で結果の歌が選ばれるというもの。その歌を自分の占いたいことにあわせて読み解く。すごろくのようなゲーム性が見られ、女性たちが思い思いに楽しんでいた様子が目に浮かぶよう。



占いを通して、和歌に詠まれたいにしえの心を知る

 

平野氏はもともと、中世文学の研究をメインに行なっていたという。

 

「明恵(みょうえ)上人(しょうにん)という鎌倉時代のお坊さんを研究していました。明恵上人は40年間にわたって自分の夢を記録し続けた人で、現在でも読むことができます。彼は和歌を詠んでいて、神仏の前でおみくじも引いているんです。あるとき、お釈迦様に会いたくてインドに行くべきか迷ったときに、春日大社のご本尊の前に『行くべし』『行かざるべし』というおみくじを置いて託宣を受けています。お告げは『行かざるべし』だったのでインド行きを諦め、京都で生涯を過ごした人なんですけれど。思えば、今私がしている研究の種は、すべて明恵上人の中にあるのかもしれません」

 



「その後、女子短大に勤務して学生たちに日本文学を教えることになりました。彼女たちに興味をもってもらうにはどうしたらいいだろう? と考えたときに、女の子はたいてい占いが好きですから、おみくじ占いを入り口に和歌を学んでもらうことにしたのです」

 

授業をきっかけに和歌のおみくじの研究をはじめ、大学院時代の指導教授が「研究ジャンルはひとつに絞らず、サブのテーマももったほうがいい」とアドバイスしてくれたこともあり、明恵上人研究をメイン専攻に、おみくじと和歌占いの研究をサブに取り組むようになったという。



『伊勢参宮名所図会 巻五』。歌占をする様子が描かれている。 『伊勢参宮名所図会 巻五』。歌占をする様子が描かれている。

『伊勢参宮名所図会 巻五』。歌占をする様子が描かれている。



占いとは、自分の心を探り、言葉で理解を深めていく行為

 

占うことは、人の心を理解する学びの機会となるという。

 

「占いの『うら』には、『心』という意味があります。物には表と裏があって、裏にあるものは目に見えません。心の中は目にみえないものなので『うら』。『うらなう』とは、裏に隠されたものを表にあらわし、見えないものを見えるようにする行為なのです」

 

面白いのは、大昔に詠まれた和歌の言葉が、ときを超えて現代の私たちの心に響くこと。

 

たとえば「気になる相手と関係を進展させるにはどうしたらいい?」と占ってみたとする。そしてかの有名な、百人一首の歌が出てきたとしたら、こう読み解く。

 



平野氏が収集している、さまざまな神社のおみくじ。和歌がベースとなっていることを改めて認識する。 平野氏が収集している、さまざまな神社のおみくじ。和歌がベースとなっていることを改めて認識する。

平野氏が収集している、さまざまな神社のおみくじ。和歌がベースとなっていることを改めて認識する。



瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の われても末に遭はむとぞ思う(崇徳院)

――川の流れが早いので、岩に堰き止められる急流が二手に分かれてもまた一つになるように、あの人と分かれてもきっと逢おうと思う

 

「上の句は、急流のように当たって砕けろという強い気持ちで思い切ってぶつかってみよ、と読み取れます。すると岩にぶつかって二手にわかれてしまうから、最初はうまくいかない可能性があります。とはいえ、2人の関係を進展させたいなら、『われても末に逢はむ』と強い決意が欠かせないということになります」

 

また、和歌に詠まれる語は、一語に多様なイメージが蓄積されている。

 

「『逢瀬』という言葉もあるように、『瀬』は恋人に会うという意味でも使われます。また、和歌では『瀬』は織姫と彦星が一年に一度逢うために渡る場所として詠まれていましたから、この場合は〝訪れたチャンスは大切にいかそう〟というアドバイスとも解釈できるわけです」

 

自分はこの恋にそれだけ強い意気込みを抱けるのか、チャンスを生かす勇気はあるのか。和歌の言葉を丁寧に読み込むことは、自分の心を探ることにつながる。



平野多恵氏 平野多恵氏


和歌占いという、自分だけのフィールドを見出した平野多恵氏。後編は、和歌占いをアクティブラーニングのトレーニングとして位置づけ、研究と教育という二つの世界を架橋し、平野氏が学生たちと取り組んでいる様々な活動の様子をレポートしたい。

 

平野多恵 Tae Hirano

お茶の水女子大学卒業、東京大学大学院博士課程終了。博士(文学)。成蹊大学文学部教授。専門は日本中世文学、和歌文学、仏教文学。和歌占いを通じた古典文学のアクティブラーニングを実践。神社と大学の共同プロジェクトとして「天祖神社歌占」を作成。

 

Text by Junko Morita
Photography by Natsuko Okada(Studio Mug)

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