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「遠野」の美意識を詰めた酒が発する現代への問い

2022.6.3

「とおの屋 要」佐々木要太郎シェフが語る、米糠の醸造酒「権化」までの道程

日本の酒が変わりつつある。新たな感性と世界観を抱いてチャレンジを続ける人が続々と誕生しており、中でも岩手県遠野市を拠点にする佐々木要太郎は、挑戦者を通り越して革命家という言葉が似合う。一日1組の宿「とおの屋 要」で料理人を務め、無農薬無肥料で米を育て、さらにはそれを用いてどぶろくを醸すという“3足のわらじ”をはく彼の元には、世界中からシェフやソムリエが足繁く通う。そんな佐々木がまったく新しい酒を生み出し、注目を集めているという。



田植え中の佐々木要太郎 田植え中の佐々木要太郎

田植え中の佐々木要太郎。無農薬無肥料を続けているが、保有する田が健全な土壌に戻るまでには長い時間を要したという。目を見張る土の変化に、日々喜びを感じると語る。



世界の注目を集める「遠野キュイジーヌ」担い手の素顔

 

 

「ワインはテロワールの酒であるのに対し、日本酒は人の酒」。酒好きが集まると、よくそんな話になる。真意は、ぶどうのクオリティーが仕上がりを大きく左右するワインに比べ、日本酒は同じ米や手法を用いたとしても造り手によって大きく味わいが変化する、というところにある。

 

しかし筆者はここ数年、果たしてそれだけだろうかと思い始めている。造り手のキャラクターや創意工夫が色濃く反映されるのが日本酒だという部分は否定しないが、それでも、世界的トレンドとして「地産地消」やローカル価値の再発見、テロワールの重要性は高まっており、ガストロノミーやホテル、クラフトの酒においても、そういう時代の風をはらんだモノやコトが尊ばれる傾向が強くなったと感じるのだ。そして、モノであれコトであれ、そこに発信者のどんな思いが積み重なっているか、未来に何を望み発しているかが感じられないなら、どれほど希少でゴージャスであったとしても価値は少ない、とも。


岩手県遠野の「とおの屋 要」という古民家オーベルジュが注目されているというのは、以前から聞いていた。率いるのは、佐々木要太郎という地元出身の料理人だ。さらに彼は「遠野一号」という、他にもう作る人がいなくなった米を無農薬無肥料で育てており、それらを醸してどぶろくを造っている。発酵を多用する料理といい、土のポテンシャルをとことんまで引き出す農家としての技量といい、生み出す酒といい、すべてが唯一無二のスタイル。ゆえに、シェフや蔵元、ホテル経営者やスタートアップの事業家など、さまざまな人々が佐々木の仕事や哲学に興味を持ち、嬉々として遠野を訪れているというのだ。



「とおの屋 要」のスペシャリテ、「納豆のスフォルマート」 「とおの屋 要」のスペシャリテ、「納豆のスフォルマート」

「とおの屋 要」のスペシャリテ、「納豆のスフォルマート」。祖母が作ってくれた地元の味わいをイノベーティブに昇華させた、深く優しい味わい。



米を丸ごと無駄にせず、すべてを使った酒を創ってみたい

 

 

屋外での農作業やハードな蔵の仕事が日常だという佐々木だが、その風貌といい話す口ぶりといい、学者やデザイナーのような雰囲気が漂う。現に、ワークショップや講演で語ったり、県外のシェフとコラボレーションディナーを行うなど、発信力にも非常に長けた人なのだ。そんな佐々木は、今回の酒について次のように語る。

 

「これまでになかったジャンルのお酒のため、国の役人たちとも何度も協議を重ね、ようやくリリースできました。なぜなかったかというと、米を100%余すところなく使用する特殊な酒だからです」

 

ざっくりとした説明となるが、「米と水と米麹」を用いて作る酒が日本酒だ。玄米から外皮を外し、中にある白米をさらに“磨き” (要するに削るという作業である)、米の芯を醸して日本酒を造る。しかし、無農薬無肥料で苦労して米を作り続ける佐々木にとっては、米の外皮もその中に入っている米もすべてが宝物。米を丸ごと無駄にせずに酒を醸すことは、いつからか彼にとっては必然のこととなり、ずっとその手法を探っていたのだという。

 

酒を造るには米を溶かすという過程がある。玄米ごと醸そうとすれば固すぎて叶わず、白米部分も「遠野一号」は硬めの米なので溶けづらい。そんな時、宿で作っている糠漬けの糠床を見てアイデアは降りてきた。米と糠を分けて発酵させるというやり方であれば、うまくいくのではないか、と。



「権化」のお披露目会にて 「権化」のお披露目会にて

東京・豊洲で開催された、メディアや専門家に向けた「権化」のお披露目会にて。食や酒の達人からも、この日は佐々木への質問が止むことがなかった。

 



現代日本に対して果敢にモノ申す、米糠の酒

 

 

「遠野一号」を満足できるものに仕上げるためにも非常に長い時間をかけてあらゆる実験を繰り返してきた佐々木にとって、初めて着手する「米糠クラフト酒」も、リリースするまでには長い道のりがあった。味わいの完成だけではなく、前述の通り、酒税法にも合致するものがないまったく新たな酒なので、国との折衝にも相当手こずったという。

 

 

しかし、この酒は「世に出したい」という思い以上に「出さなければ」という使命感のようなものが佐々木にはあった。農薬という安易な手法で貴重な土地に無理をさせ続けてきた日本の農業への疑問、米のキャラクターが失われるまで磨いて醸す日本酒への問いかけ、さらに、新たな世代が酒造りを志しても酒造免許が得られるチャンスがほぼないという現状や商品価格が安すぎることへのアンチテーゼ。これらを表明するにあたり、世界初となる米糠の醸造酒「権化」を誕生させたのだ。なんと壮大なストーリーだろう。驚きを禁じ得ない。



大グラスに注がれた少し色の濃いのが「権化 PEAT」 大グラスに注がれた少し色の濃いのが「権化 PEAT」

右の大グラスに注がれた少し色の濃いのが「権化 PEAT」。中央2つの小グラスが「権化 MARO」。特徴のある味ながら和洋中からエスニックまで万能に合わせられる懐の深さを持つ。



「権化」は全部で3種類がデビューした。PEAT(ピート)、MARO(マロ)、MO CHUISLE(モクシュラ)といい、すべて原材料は米糠、白米、麹、水。味わいを語るのは、難しい。口に含むと日本酒や貴醸酒、ワイン、紹興酒、シェリーといった雰囲気があり、しかも3種がそれぞれにまったく異なる方向性を示す。ピートは燻した米糠を含めて発酵させることで、田舎の野焼きの情景が脳裏に浮かぶような味わいだ。対し、マロは甘やかでありながらもしっかりしたボディがあり、口中にふわりと温度を与えてくれるような味。モクシュラはピートとマロの原液だそうで、2つの源を感じさせる。

 

ソムリエであり著名なワインテイスターでもある大越基裕は、「権化」を指して「これまで経験のない新しい味わい」と言う。

 

「米を全部使いたい、無駄にしたくないという強い思いを感じました。完全無農薬無肥料でないと成し得ない米の使い方であり、素晴らしいメッセージだと思います。が、新しいだけでなく味わいとしても成立している。佐々木さんの酒といえば心地良い酸が特徴なんですが、この酒にもそのスタイルは踏襲されていました」(大越ソムリエ)



「遠野キュイジーヌ(小学館刊)」 「遠野キュイジーヌ(小学館刊)」

「権化」シリーズのリリースと同時に、佐々木は一冊の本を上梓した。「遠野キュイジーヌ(小学館刊)」というタイトルのそれには、彼の思想や仕事への姿勢など、すべてが詰まっている。



ワインと日本酒に詳しい料理家の平野由希子も、感動を隠さない。

 

「すごくナチュラルな味を想像していましたが、それだけではなかった。複雑みとクリアさがあり、意志と意図が明解というのも素晴らしいです。新たな概念の酒ですね」(平野)

 

造れる量には限りがあり、佐々木の米農家としてのスタイルを考えると今後一定した生産量の確保もおそらく難しいだろう。しかし、今回の「権化」をきっかけに、今後もこのような取り組みを続けると本人は断言している。美味で人々を喜ばせるだけでなく、この酒の存在が停滞する日本の農業や日本酒業界に大きな疑問を投げかけるだろうというのが、「遠野キュイジーヌ」を標榜する若い旗手の信念なのだ。

 

 

 



佐々木シェフ 佐々木シェフ

「遠野キュイジーヌ」を通じて、日本の農業や日本酒造りに対しての思いを語ってくれた佐々木。



とおの屋 要
岩手県遠野市材木町2-17
予約問い合わせ:0198-62-7557

 

◆「権化」シリーズ
2022年リリース分はすでに販売終了(来年度については未定)。「とおの屋 要」によるその他のどぶろくなどは「いまでやオンライン」にて販売中。

Text by Mayuko Yamaguchi
Photography by Miho Kimura

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