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ローカルからグローバルへ。チェンチ坂本シェフの飛躍力(後編)

2022.9.21

環境問題から働き方まで、京都・チェンチ 坂本シェフが信じる社会も変える食の力

京都の中心部から少々離れた静かな場所、平安神宮のすぐそばにたたずむイタリアンレストラン・cenci(チェンチ)。「食のアカデミー賞」と称される「世界のベストレストラン50」。そのアジア版である「アジアのベストレストラン50」で43位を獲得し、一躍注目されているレストランだ。後編では、オーナーシェフ坂本健氏が考える、これからのレストランの在り方について話を聞いた。



世界の舞台で改めて実感したレストランの存在意義

 

今年7月ロンドンで開催された、レストランコンペティション「2022年世界のベストレストラン50」。アジアベストレストラン50に選ばれたチェンチのオーナーシェフ坂本健氏も現地のイベントに参加。大きな刺激を受けてきたという。

 

「世界中のトップシェフたちが目の前にずらり揃っている光景は、本当に壮観でした。世界で頂点を極めている人たちが一堂に集まり、さまざまな意見交換をしてみんなが受賞を喜んでいる。彼らが持つ情熱をまさに肌で感じた体験でした」

 

 

現地で実際にランキングに入ったレストランのシェフとも交流する中、坂本シェフが特に世界の潮流として感じたのが「社会性を意識したレストランの在り方」だった。

 

「ラグジュアリーな側面を打ち出す店よりも、社会性や自ら属するコミュニティを意識しているお店が増えたと感じました。世界のレストラン全体が、今まさにその方向に変わり始めている、それは本当に素晴らしいことだと思います」

 

それはここ京都でも、坂本シェフ自身が日々実感していることだからだ。




天窓から明るい光が差し込む中庭もある。 天窓から明るい光が差し込む中庭もある。

天窓から明るい光が差し込む中庭もある。




食材とともに生きる料理人が果たす役割

 

コロナ前を思い出せば、インバウンドの増加も相まって、レストランの単価も徐々にアップ。価格に見合うメニュー構成と料理の特色を出すために、一時期は食材の希少性がかなり重視されていたという。

 

「例えば、ほんの少ししか採れない雲丹がひとつの店舗で買い占められたり、キンメダイも使うのは身の真ん中の良いところだけというようなこともありました」

 

それは、頭などの使える部位が破棄され、希少な食材の価格を無駄に釣り上げることになる。

 

「僕たち料理人は、海や山の食材がなければ料理が成り立たない。本来ならそれを一番体感している立場なのに、食材の循環すら頭になくて、客単価や回転率などに目がいってしまい、まったく逆のことをやっていたんです。でもこの先料理人を続けていく以上、次の世代に残すための社会作りや仕組みを考えないと絶対駄目だと思っています」

 



「京都の魚が、京都では消費されないんです」と教えてくれた坂本シェフ。京都には舞鶴など、日本海側に多くの漁港があるにもかかわらず、京都の市場には入らない。水揚げされた魚のほとんどは、高く売れる東京・豊洲市場などへ運ばれてしまうのだという。地産地消も実は一筋縄ではいかないことにも問題を提起する。

 

 

「例えばカニなら、旬の一定期間は県外に出さず産地のみで消費するとすれば、漁獲量も減らせますし、本来の地元消費も可能になると考えます。地元でしか食べられなければ、他の地域から地方に行く理由にもなるので、ローカルガストロノミーとしての期待も高まりますよね。都会のお店も、輸送費を使い、わざわざ高額な食材を入れて単価を上げることに頼るのではなく、もっと料理人自体の個性でお店を作っていくことができると思うんです」



「食材がなければ、僕たちの仕事は成り立たない」。その思いがさまざまなアクションを起こすきっかけに。 「食材がなければ、僕たちの仕事は成り立たない」。その思いがさまざまなアクションを起こすきっかけに。

「食材がなければ、僕たちの仕事は成り立たない」と語る坂本シェフ。その思いがさまざまなアクションを起こすきっかけに。



環境と社会を理解し伝える場に

 

実際に日本は漁業大国と言われながら、1980年代のピーク時からすでに漁獲高が1/3以下になっているという事実がある。自然の恵みがなければ、料理人である自分たちは何も表現できない。そんな危機感から昨年、持続可能な水産資源のあり方を食の現場から考える料理人チーム「Chefs for the Blue(シェフズ・フォー・ザ・ブルー)」の京都エリアの発起人として、水産関係者を招いた勉強会や消費者向けの啓発活動も始めている。

 

「正直これまでの僕らは、とにかく欲しいものをあらゆるところから手に入れようと追い求めていた気がします。資源が限りあることを認識し、自分たちと社会・環境を意識し始めたのも、まだここ数年。でもその学びを発信しなくてはいけないと感じています」

 

食材のみしか書かれていないチェンチのメニューのように、料理以前にその食材に目を向けていただく。レストランを訪れたゲストが、今度はそれを自分のコミュニティで話題にしてくれれば、その情報は少しずつ浸透していくのではないか、そう坂本シェフは考えている。



「テレビのニュースで魚が減っていると言っても、なかなか実感がわかないかもしれません。でも身近な誰かが取り組んでいれば、自分事と捉えてくれる可能性は高くなる。それも料理を作る僕たちの使命だと思っています」

 

メイン料理の牛肉に使われているのは、お産を経験した、いわゆる経産牛。そこにも意味が込められている。

 

「経産牛を熟練の精肉師が熟成させた肉を使っています。経産牛は、その肉質から通常ペットフードなどになることが多いんですが、適切な熟成技術によっておいしいお肉になる。新たな価値を与えることができるんです」

 

A5ランクの牛肉のように口の中で溶けてなくなる肉ではなく、程よくサシが入った肉は噛むごとに旨味が溢れていく。料理人という立場で環境に目を向け、社会的意義を上げること。それは結果的に料理の説得力を上げ、味わいに新たな発見をもたらすことだということが、その一皿に表現されていると言えるのではないだろうか。



経産牛のローストは酸味感じる黒麹のソースとともに。食材が映える白い器は、信楽の大谷哲也氏の作品だ。 経産牛のローストは酸味感じる黒麹のソースとともに。食材が映える白い器は、信楽の大谷哲也氏の作品だ。

経産牛のローストは酸味感じる黒麹のソースとともに。食材が映える白い器は、信楽の大谷哲也氏の作品だ。



信じるのは、社会をも変える食の力

 

料理のほかにも、オーナーシェフとして大切にしているのがレストランで働く人たちの環境だ。

 

今回世界のベストレストラン50のトップとなったデンマーク・コペンハーゲンのレストラン「ゼラニウム」の営業は週4日のみ。バカンスシーズンも長期休業するなど、スタッフの労働環境を最大限に考慮しているように、チェンチもスタッフは週休二日制で夏・冬の長期休暇も取得可能とした。

 

また今年5月にオープンした、パスタソースやグラノーラなどを販売するショップ「マニーナ」では、女性の働きやすい環境を整えることにフォーカスした。体力的に無理のない時間配分や、子育てとの両立など、女性のライフステージに考慮したものとなっている。

 

「農閑期に農家の方に、うちのレストランを手伝ってもらう機会があってもいいと思うんです。自分で作った野菜がどのように形を変えるのかを知っていただくことで、何か生産上のヒントになればうれしいですし、飲食店の人材不足を補う機会にもなるかもしれません」

 

食にまつわるさまざまな問題から目をそらさず、次の手を考える。坂本シェフの着想が止まることはない。

 



店の床を掘った時に出た土で作られた煉瓦が天井に使われている。 店の床を掘った時に出た土で作られた煉瓦が天井に使われている。

天井には、店の床を掘った時に出た土で作られた煉瓦が。約2,500個をなんとスタッフ全員で焼き上げたものだそうだ。自分たちの手で作り上げた店への思い入れも強い。



チェンチの店内 チェンチの店内

デザイナーを起用せず、坂本氏が学生時代に回ったヨーロッパの写真を参考に、大工の棟梁とともに試行錯誤しながら作った店内。中前栽から差し込む日差しが美しい。




訪れたゲストに美味しい食を提供する。そのためには独創的なレシピや高い調理技術が確かに重要だ。だがそれだけではなく「伝えたいのは、その裏を支える人々や食材が生み出される環境」だと坂本シェフは言う。

 

「レストランとは一次産業と消費者のどちらにも近く、両方の声を聴き、それらが遠い存在であっても互いを繋げることができる場所。それがレストランの大きな強みです。だから食に携わる仕事は、社会を変える力があると僕は信じています」

 

「ローカルの追求がグローバルへと繋がる」という信念のもと、京都に愛され、世界に認められたレストラン「チェンチ」。開き始めた花がさらにどんな表情を見せてくれるのか、その未来を楽しみにしたい。

Text by Yukiko Ushimaru
Photography by Noriko Kawase

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