2023年6月に公開をひかえるドキュメンタリー映画「共に生きる 書家金澤翔子」。ダウン症の書家・金澤翔子さんと母の泰子さんの生きざまに光をあてた本作は、写真家・宮澤正明氏にとって9年ぶり、2本目の監督作品となる。この度、宮澤氏をインタビューする機会を得、作品が成立していく過程などのエピソードや、この作品へ込めた思いなどを聞いた。
金澤翔子との出会い
書の力に圧倒されて
かねてより人づてに金澤翔子さんの書の魅力については聞いており、いつか見てみたいと思っていた宮澤正明氏。2021年の12月、六本木の森アーツセンターギャラリーで開催された「つきのあかり」という、彼女のエキシビションを見る機会を得た。それはまさに「衝撃だった」と宮澤氏は語る。翔子さんのダイナミックな書がギャラリーの広大な空間に映え、宮澤氏の想像をはるかに超えた迫力がそこにあった。
さらに日を変えて足を運び、感銘を受けた宮澤氏。なんと翔子さんの書を撮影することとなる。2022年の年明けに翔子さんのアトリエを訪れ、彼女が書をしたためる様子や作品など、シャッターを押した。数時間で約1万カットほど撮影していたというが、この時はあくまで写真撮影だった。
「その時撮影した約1万カットを見て、あらためて圧倒されました。これは映画にしたいとすぐ思いました」。そしてなにより「撮影していた時の金澤翔子さんと母・泰子さんの雰囲気が心地よかった」と宮澤氏は振り返る。
金澤翔子 Shoko Kanazawa
東京都出身。5歳から書家である母の師事で書を始める。伊勢神宮や東大寺を始めとした日本を代表する神社仏閣で奉納揮毫や個展を開催。ローマ教皇庁(バチカン)に大作「祈」を寄贈。国外ではニューヨーク、チェコ、シンガポール、ロシア等で個展を開催。これまでに延べ200万人が金澤の書にふれ、年間約10万人以上が個展等に訪れる。東日本大震災後に発表した自身代表作「共に生きる」を合言葉に被災地への応援や、障害者支援など共生社会実現に向けた活動にも継続的に取り組んでいる。
宮澤正明氏にとって、映画はこれが2作目となる。1作目は、2015年公開された「うみやまあひだ 伊勢神宮の森から響くメッセージ」。写真家として、10年にわたって伊勢神宮を撮り続け、太古の昔から続く森や海、自然と共存する日本人というものに迫ったドキュメンタリーだ。
「『うみやまあひだ』を撮ってからこれまで、映像作品のオファーもいろいろありました。でも自分からやりたいと思えるものに出会えなかった。ところが金澤翔子さんの書、そしてこの親子と出会って、2022年の2月には母・泰子さんにドキュメンタリー映画を撮りましょうと直談判しに行ったんです」。
伊勢神宮を写真家として撮り続けた先にドキュメンタリー映画があったように、今回も写真から始まり、自然と映画へと移行していった。2022年4月初頭より、母・泰子さんのインタビューを開始。泰子さんの言葉から、このドキュメンタリー映画の骨子を模索し始める。
翔子さんと泰子さん、親子が歩んだこれまでの歴史が、日常の中から語られていく。
金澤翔子の書の輝きに通底するのは
親子が歩んだ人生の光と影
ダウン症児としてこの世に生を受けた金澤翔子さん。母・泰子さんは翔子さんを慈しんで育ててきた。翔子さんに書の手ほどきをし始めたのは5歳のときからである。ときに泰子さんが開いた書道教室で、翔子さんも共に書に親しみ、今日がある。
映画の中で親子にとって、特に泰子さんにとって悲しい出来事が語られる。小学4年生の翔子さんが泣きながら般若心経を書くことになるエピソードは、切ない。翔子さんは、母の心の苦しみを理解し、それをなだめてあげたくて、涙を流しながら般若心経を書きあげるのだ。
当初、映画のタイトルは「書家金澤翔子 共に生きる」であったという。
「撮影しながら、この親子のことを知れば知るほど、タイトルは『共に生きる 書家金澤翔子』であるべきだなと。『共に生きる』が先に来るんだ、と気づいたんです。翔子さんの書を見てみな圧倒され、感動します。でもそれは日本人だけではなく、漢字が読めない、書を見ただけでは意味を理解できない外国人にもこの書のすごさは伝わる。可視化も言語化もできないものがそこに存在するんです。この親子が共に歩んできた何十年もの時間、人生の積み重ねが、この書になるんだと気づいたんです」。
当初はもっと書にフォーカスをあて、アーティスティックな作品にする構想があったと宮澤氏は言う。でも知れば知るほどそうではなくなっていく。フォーカスすべきは親子の歩んだ時間であり、人生だったのだ。
幸福な時ばかりではなかった。苦しみや悲しみもあった。その光と影をそれでも抱きしめて、親子ふたりが寄り添って生きてきた時間の蓄積が、翔子さんの書になるとき、心に訴えかけてくるものとなって現れるのだろう。
誰もがそれぞれの思いを見つけられるように
宮澤氏はダウン症の書家・翔子さんのすごさを伝えたいからこそ、気を付けたことがあるという。作品中には書家や美術家をはじめ、様々な人のコメントを収録している。「翔子さんに対し、懐疑的な考えを持つ人がいることも事実です。だからこそ、賛美する人たちの話だけではなく、色々な意見を聞いてみました。答えは見る人の中にある。それでいいと思います」。
また、ナレーションを入れないというのも宮澤作品のこだわりだ。「ナレーションを入れると、誘導してしまうことになるのです。映画を見て、それぞれの思いを持ち帰ってほしいと思っています」。
コロナ禍に出会い、その渦中に撮った作品となった。
「行動制限中だったので世の中のペースがぐっと落ちていて、みな時間に余裕がありました。だからこそじっくり話を聞いて、そこから作品の骨子となるキーワードを見つけていって撮影することができました。コロナが収束した今だったら、みんなこんなに時間が取れないでしょう」。
前作から9年間経ったが、それは様々なタイミングがぴたっりと合うまでに必要な時間だった、と宮澤氏は語る。宮澤氏と金澤翔子さんの書という、不思議な邂逅が凝縮したこの作品を、映画館のスクリーンでぜひ見てほしい。
◆映画「共に生きる 書家金澤翔子」
NHK大河ドラマ「平清盛」の題字を担当するなど、今や天才書家と呼ばれるようになった金澤翔子は、5歳から母・泰子を師として書道を始め、純粋な心で揮毫する彼女の“書”は数多くの人々を魅了してきました。彼女の代表作の一つである「風神雷神」は、京都の建仁寺で国宝・俵屋宗達の「風神雷神」の屏風並んで書が納められ、日本のみならず国連でのスピーチやニューヨークやプラハでの個展開催など世界的な活躍を見せています。金澤翔子が書家として一流の舞台まで上り詰めるまでにはいくつもの努力と挑戦、そして母・泰子の支えがありました。生まれてすぐにダウン症と診断された彼女に母である泰子がどう向き合ってきたのか、どうやって彼女の才能を開花させていったのか。彼女たちの日々の活動に密着して金澤翔子と母・泰子が共に生み出す“書道”と彼女たちの幸せの形に迫る、天賦の才能を二人三脚で開花させた金澤翔子と母・泰子を追った初のドキュメンタリー映画。
監督:宮澤正明
出演:金澤翔子 金澤泰子
プロデューサー・構成:鎌田雄介 音楽:小林洋平 編集:宮島竜二 撮影:宮澤正明 大田聖子
アーカイブ映像監督:小島康史 オンライン:太田正人 整音:西條博介 製作:マスターワークス 制作:GENERATION11
配給・宣伝:ナカチカピクチャーズ 配給協力:ティ・ジョイ 2023年 / 日本 / 79分 / カラー / DCP
©マスターワークス
宮澤正明 Masaaki Miyazawa
写真家・映画監督・ビジュアルディレクター。1960 年東京都生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。1985年に赤外線フィルムを使用した処女作「夢十夜」でニューヨークICPインフィニティアワード新人賞。2014年伊勢市観光ポスターにて日本観光ポスターコンクール総務大臣賞。2005年伊勢神宮第62 回式年遷宮の正式記録写真家として活動。他にも出雲大社大遷宮、阿修羅像で有名な奈良興福寺、春日大社など全国の神社仏閣を撮影。また映像作家として、伊勢神宮の森をテーマにしたドキュメンタリー映画「うみやまあひだ~伊勢神宮の森から響くメッセージ~」を初監督し、2015年マドリード国際映画祭にて外国語ドキュメンタリー部門最優秀作品賞他の2冠に輝く。その他広告、PV、CM、エディトリアル、ファッションの分野でも幅広く活動。2023年6月「共に生きる 書家金澤翔子」を公開。
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