都をどり 2025都をどり 2025

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都をどり 祇園甲部の伝統を守り育てる

2025.4.4

京都に春の訪れを告げる祇園甲部の「都をどり」が華やかに開幕

「都をどり」は日本中の人が楽しみに待つ、春の風物詩



「都をどりはヨーイヤサー」の掛け声で始まる「都をどり」は、京都最大の花街である祇園甲部の約80名の芸妓・舞妓が、4月の間1カ月にわたって祇園甲部歌舞練場で行う舞の公演である。京都博覧会のアトラクションとして明治5(1872)年に始まって以来、戦中戦後とコロナ禍での中断をはさみ、昨年150回目という節目を迎えた。



「都をどりを見んことには春が来た気がせーへん」。京都の人々が口を揃え、京都だけではなく日本中の人々が毎年楽しみにしている春の風物詩が、今年も4月1日から始まった。



都おどり 都おどり

花道から舞台まで、芸妓、舞妓が舞う姿に観客も心躍る。



人間国宝の京舞井上流家元・井上八千代さんが振付と指導



毎年新調される京友禅の着物と西陣織の帯をまとった芸妓・舞妓が、日本全国の名所旧跡や古典文学の一節を美しく表現した舞台美術を背景に、1時間全8景の舞台で舞う様は、華やかそのもので、まさに春爛漫の趣。151回目を迎える今年は、気持ちを新たに「都風情四季彩」と題し、京都のさまざまな名所とそこに流れる歴史や文化を辿る構成となっている。



振付を担うのは京舞井上流。京舞井上流は、18世紀末に近衛家に出仕した初世井上八千代によって創始され、祇園甲部の正式唯一の流派として受け継がれてきた舞である。現在では人間国宝の京舞井上流家元・五世井上八千代さんが、「都をどり」の振付・指導だけでなく、芸妓・舞妓が日々お座敷で披露する舞の指導も行っている。

 




また現在、合わせて79名の祇園甲部の芸妓・舞妓は、全員が「学校法人八坂女紅場学園」に設置された「祇園女子技芸学校」の生徒として、井上流の舞をはじめ、茶道、三味線、長唄、鳴物などの芸事を学んでいる。この「八坂女紅場学園」の理事長が、お茶屋「一力亭」女将の杉浦京子さんである。



大教室で「総踊り」の稽古。矢継ぎ早に飛ぶ指導の声



開幕を2週間後に迎えた3月半ば、「祇園甲部歌舞練場」に隣接する「祇園女子技芸学校」二階の大教室には、「都をどり」に出演する芸妓・舞妓がほぼ勢揃いしていた。今日は、それまで個々にお稽古してきた振りを、最初から全曲通して合わせる日だ。



大教室は舞台に合わせて左右に細長い80畳ほどの畳敷となっている。そこに20名の芸妓・舞妓が横一列に並んでいる。ひとつの組全員が舞台に登場する「総踊り」の稽古が始まった。テープレコーダーから流れる音曲に合わせて芸妓・舞妓が舞い、家元の井上八千代さんがそれを注意深く見つめている。



都をどりお稽古 都をどりお稽古

稽古場の中央に座る家元の井上八千代さんを中心に、井上流の師匠方や名取たちが稽古を見つめる。井上さんの手前に座っているのは、後継者となる井上安寿子さん。


「顎を引いて、背中を伸ばして」「ここでは肘を張らない」「もう少し間をとって」

衣擦れの音のなか、教室の中央で芸妓・舞妓を注視する家元からの指導の声が、矢継ぎ早に飛ぶ。



「〇〇ちゃん、右腰がひけないように」時には曲を止めて、一人の舞妓のもとに近づき、直接の指導が行われる。家元の補佐として、師匠方や井上流名取も加わり、扇を持つ手の位置や、おいど(おしり)のおろし方など、細部にいたる指導が次々と入る。


井上八千代さん 井上八千代さん

「総踊り」は、全員がぴたりと揃うことが求められる。20人が一体となるべく、個々の舞い手のまさに一挙手一投足まで、家元の厳しい指導が続く。


総をどり 総をどり

指先にまで神経を行き届かせ、身体の向き、肘の角度などすべてを揃える。稽古の間は、誰もが真剣な表情そのもの。



色とりどりの着物をまとった芸妓・舞妓の姿は、華やかそのもの。しかし大教室に漂うのは張り詰めた緊張感。「都をどりを素晴しいものにしなければならない」。関係するすべての人々の熱い思いが、この緊張感を生み出している。


「総踊り」の稽古は朝から昼まで。お昼休みを挟み午後からは「別踊り(中挿)」の稽古となり、それが夕方近くまで行われる。稽古の合間を縫い、理事長の杉浦京子さん、井上八千代さん、そして「都をどり」の舞台に立つ芸妓さん、舞妓さんの中から、まめ樹さんと穂乃佳さんから話をうかがった。



祇園町は「都をどり」を中心に一年がまわっています。
杉浦京子さん(八坂女紅場学園理事長・「一力亭」女将)



「都をどりの1カ月間は、出演者はもとより、お茶屋も含め関係者一同、とても大変でしんどい1か月ですが、大変なりに気持ちが高揚する1カ月です。大勢のお客様が全国からお越しくださり、舞台を見て感動なさっています。その姿を目の当たりにするのは、町の者として嬉しく、と同時に誇らしい気分にもなります」


杉浦京子さん 杉浦京子さん

杉浦さんが女将を務めるお茶屋「一力亭」は、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」にも登場する由緒あるお茶屋としても知られている。



「実際のところ、立方のお稽古が始まる3月から都をどりが終わる4月末までは、芸妓舞妓さんにとっては、とてもきつい2か月となります。お稽古や舞台での本番の後に、夜には宴会が待っています。都をどり期間中は、舞妓さんは朝早くから髪結さんに行かなければなりません。体力的にも相当厳しい2か月なので、気持ちが充実していないと乗り切ることができません」



「でも誰もが、やり遂げたときの達成感が嬉しくて、2カ月を乗り切っていきます。お稽古や夜の宴会などの日常も大切ですが、祇園町は『都をどり』を中心に一年が回っているといっても過言ではありません。そして、普段は一見さんお断りのお茶屋の座敷でしか見ることのできない舞を、どなたも見ることができる機会、それが『都をどり』です」

フィナーレは、何度観ても、毎年胸が熱くなります


「私自身はフィナーレがやはり一番感動します。そのひとつ前の冬の場面で場内が少し静まり、場面転換して暗くなり、舞台奥に踊り子がシルエットで微かに見えたかと思うと一瞬で華やかな舞台へと転換する、客席から歓声があがるその瞬間が一番好きです。毎年同じ型なのですが、その華やかさ、一糸乱れぬ舞の中にこの回の公演が無事幕を下ろすという感慨もあり、何度観ても胸が熱くなります」


都をどり フィナーレ 都をどり フィナーレ

芸妓と舞妓、出演者全員が揃って舞うフィナーレは圧巻。



「祇園町は、観光地ではなく、町全体がひとつの家のようなものです。それも、昼はひっそりと静かで、夜になると賑やかになる町です。ですので、観光の方を中心とした昼の賑わいは、実はひっそりとしている家のなかに、よその人に入ってこられるような、違和感を覚えます」



「厳しいお稽古を経て、1か月の間必死になって舞台を務める芸妓・舞妓さんと、それを支える私たちが想いを寄せて暮らす祇園町。『都をどり』をご覧になるために足を運んでくださるどなたもが、そんな祇園町を温かく見守っていただければ、と思います」



「総踊り」では、全員がいかにひとつになることができるか、それが大切です。
井上八千代さん(人間国宝・京舞井上流五世家元)




「『都をどり』には、ひとつの組全員が舞台に登場する『総踊り』と、少ない人数で舞う『別踊り』があります。うちの祖母(四世井上八千代)は、『都をどりは、総踊りが大切なんや』とよく言ってましたが、私もそう思います。『総踊り』は、全体がいかにひとつになれるかが大切。個人の主張ではないんです。誰もが持っている身体の癖のようなものを消して、みんなに協調して合わせていく。『総踊り』のお稽古では、そういうところを中心に見てます」


井上八千代さん 井上八千代さん

井上八千代さんは、平成27(2015)年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。また、フランス共和国芸術文化勲章シュヴァリエを受賞。芸術院会員。



「『置歌』と呼ばれる一景の最初で、全員が二手に分かれて東西の花道から出てきます。今年ですと初めて歩みを止めるまで43歩やったと思いますが、その43歩の間におざなりな恰好はしてほしくありません。ただ歩いているだけの姿ですが、お客様に『ああ綺麗に整然と出てくるなぁ』と思っていただけるように努めてほしいです」


井上八千代さん 井上八千代さん

稽古の合間、時として井上さん自らが、振りを見せることもある。



ひとりひとりの成長や変化を目の当たりにすると、私自身も嬉しくなります



「『都をどり』のお稽古の時期が巡ってくると、ひとりひとりの一年の間の成長具合が手に取るようにわかります。とくに舞妓さんははっきりしています。去年はこんだけ気持ちが入ってなかったのに、今年は頑張ってるなぁとか、やっと手順が覚えられるようになったなぁとか。姿かたちも変わった、という子もいます。そうした成長や変化に接すると、私自身も嬉しくなります」

 



「舞妓さんからベテランの芸妓さんまでおよそ60人を組み分けして一日3回の公演に振り分けていくのは、パズルみたいなものでなかなか大変です。今年は、梅宮大社、宝鏡寺や五条大橋、清水寺や妙満寺、平安神宮など京都のさまざまな名所が出てまいります。場面も屋外や、庭先、橋の上や座敷など、そして昼の場面や夜景、社寺などさまざまです」


都をどり 都をどり

「祇園女子技芸学校」には、「都をどり」の舞台背景の図案が、明治5年の第1回のものから、大切に保管されている。


「舞台の構成は、歌舞会や作詞を担当される先生、大道具、美術、そして私も参加して決めていきます。でも『都をどり』は、こうした人々だけでなく、祇園町のお茶屋さん、置屋さん、お料理屋さん、商店街、すべての方々の力の結集によって成り立っています」



「祇園町だけではありません。京都の街全体が心を寄せてくださってきたからこそ150年という時を刻むことができました。長い歴史のなかで披露する『都をどり』ですから、片時も息を抜くことができません。そんな思いで舞台を作っています」

 



芸妓さんインタビュー
まめ樹さん
「芸妓になると、下の子の手本にならんとあかん、という緊張感が生まれます」




「去年の1月に衿替え(舞妓から芸妓になること)させてもろたので、芸妓としては2回目の『都をどり』どす。芸妓になると『都をどり』でもいろいろなお役がいただけるようになり、お衣裳も変わります。私は、第三景『宝鏡寺雛遊』の娘のお役で、今年は出させていただいています。4人しか出ない舞台ですので、毎回とても緊張してます」

 



「お師匠さんからは、よく『衿替えしたてさんほどちゃんとしてください』と言われます。また、芸妓になると『総踊り』の時には下の子の見本にならなあかん、という責任感も出てやっぱり緊張します」


芸妓舞妓 芸妓舞妓

まめ樹さん(右)と穂乃佳さん(左)。二人とも、小さい頃から舞妓さんに憧れてこの道に進んだ。


「私の場合、祇園町に入って7年目で、その間にコロナもあって『都をどり』は5回目どす。去年までは16人だった総踊りが、今年から9年ぶりに20人に戻りました。いっそう華やかになった『都をどり』に出させてもろて、まだまだ成り立ての芸妓ですが、もっと頑張らなあかんと思います」





舞妓さんインタビュー
穂乃佳さん
「『都をどり』の間は、祇園町全体がお祭りのような雰囲気です」



「私は今年で2回目の『都をどり』どす。去年、初めて出させてもろた時は、右も左も分からず戸惑うことばかりどした。安心はできまへんけど、今年はほんの少しは慣れたかなと思てます」


「『都をどり』の間は、朝の5時6時に起きて髪結さんに行ったりと、大変どすけど、祇園町全体がお祭りみたいで、その雰囲気はとても好きどす。3月からのお稽古が始まると、普段はお座敷でちょっとしか会えへん同期の子たちと会ったり、一緒にご飯食べに行ったりできますので、そういった楽しいこともあります」


芸妓舞妓 芸妓舞妓

芸妓さんらしい落ち着きが少し出てきたまめ樹さんと、笑顔にまだあどけなさが残る穂乃佳さん。



『都をどり』以外の時期も、お稽古は毎日あります。お稽古で好きなのは舞どす。お稽古のほかにも、毎月の行事やしきたりを覚えなあきまへんので、とても大変です。でも、京都に生まれ、小さい頃から舞妓さんに憧てた私が、舞妓さんになり『都をどり』にまで出させてもろて、夢がかなって本当に嬉しい気持ちどす」



開催概要

期間/2024年4月1日(火)~30日(水) ※4月15日(火)は休演日
時間/1日3回公演(各公演 約60分)
1回目12時30分 2回目14時30分 3回目16時30分
会場/祇園甲部歌舞練場(東山区祇園町南側570-2)
料金/茶券付一等観覧券7,000円、一等観覧券6,000円、二等観覧券4,000円、二等学生券2,000円(すべて指定席)

*チケットはオンラインでも購入できます。


Text Masao Sakurai (Office Clover)

Photography  Yasuo Kubota  (bowpluskyoto)

 



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