芭蕉布芭蕉布

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PREMIUM JAPAN AWARD 2026

2026.9.30

「喜如嘉芭蕉布事業協同組合」 伝統の芭蕉布を産業として活性化していくための試み

「芭蕉布」と名付けられた布がある。涼しげで軽やかな透明感と独特のシャリ感を持った布で織られたきものは、琉球王朝の王族はもとより、一般庶民までが纏う、まさに南国沖縄の装いの代名詞として、古くから親しまれてきた。しかし、かつて沖縄全島で手掛けられていた芭蕉布生産は、近年次第に姿を消し、現在では、ほぼ大宜味村喜如嘉(おおぎみそんきじょか)のみで作られる貴重な存在となってしまった。また、その貴重性ゆえ、夏きものの最高峰ともいわれるほどの高値となり、きもの愛好者の垂涎の的となっている。喜如嘉で、芭蕉布の伝統を守り、産業としての活性化に向けて奮闘を続けている団体が、「喜如嘉芭蕉布事業協同組合」(以下、「組合」)である。さまざまな困難と立ち向かいながらも伝統の灯を絶やさぬ日々の活動は、まさしく「PREMIUM JAPAN AWARD2026」を受賞するに値する。

 

 


すべての工程が、喜如嘉の自然風土と深く結びついた布



那覇空港から車でおよそ1時間30分。沖縄本島北西部に位置する、どこまでも青く美しい海に面した村、それが大宜味村(おおぎみそん)だ。南北に細長いこの村の北端に近い地区が喜如嘉(きじょか)。人口わずか四百名ほどのこの小さな集落が、芭蕉布の産地である。

 

1974(昭和49)年に国の重要無形文化財に、さらに1988(昭和63)年には国の伝統的産業品に指定された芭蕉布は、正確には「喜如嘉の芭蕉布」として、地名を冠した名前で指定を受けている。ただの「芭蕉布」ではなく、地名とともに命名されているのは、原料となる糸芭蕉の栽培という農作業に始まり、収穫した糸芭蕉から繊維を採って糸とし、染め、織り上げるまでの全ての工程が、喜如嘉の自然風土や地域の共同体と不可分に結びついているからだ。


芭蕉布 芭蕉布

シャリ感と軽やかさが涼感を呼び、独特の黄色の色合いが、南国の明るい陽光にひときわ映える。



この喜如嘉で、芭蕉布の生産を産業として発展させることを目的として運営されているのが、「喜如嘉芭蕉布事業協同組合」である。理事長の平良美恵子さんに、喜如嘉の芭蕉布の現状をおうかがいするために、喜如嘉まで足を運んだ。


協同働組合とは、事業の効率化や向上を図るために結成された法人組織



海沿いの国道から脇道に逸れると、そこには平良さんが個人で営む工房が建つ。理事長である平良さんは、その工房の代表でもある。そもそも、組合とはどんな組織なのだろうか? 平良さんに尋ねた。

 

「個人事業主、職人などがお互いに協力しあって、事業の効率化や向上を図るために結成された法人組織です。喜如嘉でいえば、組合員である作り手ひとりひとりが事業主となり、事業所は自宅です。この工房も組合を構成する事業所のひとつです」



1984(昭和59)年に設立された組合は、最盛期は従事者が150名ほどいましたが、現在ではわずか60名ほど。多くの伝統工芸品の産地同様、ここ喜如嘉でも後継者不足と高齢化という問題に面している。

 

芭蕉布は、「蝉の羽根のように透明感があり、涼やかで軽い」と称されるほどの上質な布である。一方で、この品質を産みだすために必要な、極めて数多くの工程が、新たな作り手の誕生を阻む要因のひとつとなっている。

 



芭蕉布作りは畑仕事から



喜如嘉の芭蕉布は、糸から作る。それが他の産地との大きな違いだ。原材料となるのは、喜如嘉で栽培されている糸芭蕉。3年ほどかけて育てた糸芭蕉の皮を剥ぎ、そこから繊維を採って糸にする作業から始まる。その作業の苦労を、平良さんは次のように語る。

 

「一本の糸芭蕉から採れる上質な糸は5グラムほど。一反の布を織るにはおよそ1キログラムの糸が必要なので、一反につき200本の糸芭蕉を栽培する必要があります。そのためには、糸芭蕉をきちんと栽培することが必要となります。『芭蕉布作りは畑仕事から』と言われるのは、こうした栽培の苦労が、まず最初にあるからです」

 

「織元というと、機織り機での作業だけがクローズアップされがちですが、喜如嘉の芭蕉布では、織る作業は全体の1割にも満たない部分です。糸芭蕉の栽培から、およそ23もの工程を経て、ようやく布ができ上がります。それらを大宜味村のなかで行っています」

 


喜如嘉芭蕉布 喜如嘉芭蕉布

喜如嘉の集落のそこここに広がる芭蕉布の畑。組合全体で管理している畑は、約2000坪ほど。(2025年3月撮影)


喜如嘉の芭蕉布 喜如嘉の芭蕉布

糸芭蕉の皮を外側から丁寧に剥ぐ、『苧剥ぎ(うーはぎ)』と呼ばれる作業を行う平良さん。内側の繊維になるほど、柔らかく上質な糸の材料となる。収穫作業は、主に秋から冬にかけて行われる。(2025年3月撮影)



現在、日本の織物の現場では、海外から輸入した綿糸や絹糸を、機械化された工場で織る工法が大半となっている。ところが、喜如嘉の芭蕉布は、糸の原料となる糸芭蕉の栽培から始まる、何百年も前から変わらぬ手法が守り続けられている。こうした、ほかの産地では見られない、手間のかかる作業が脈々と行われ、それが芭蕉布の素晴らしい品質を産む。


繊維を細く裂き、指先で一本ずつ結び繋ぎ合わせて長い糸に。気が遠くなるような作業を黙々と続ける



組合員である宮城涼子さんと山川チズ子さんが、自宅から来て平良さんの工房で作業を行っていた。二人とも大宜味村内に住み、自宅はすぐ近く。かつては、自宅に機(はた)を置き、織り手として稼働していたが、一定の体力を要する「織り」の作業は、歳を重ねるにつれ厳しくなってきた。しかし、数多くの工程を必要とする芭蕉布では、二人の経験と技術が活かされる場は、まだまだ存在する。

 

 



宮城さんが行っていたのは、「苧績み(うーうみ)」と呼ばれる作業だ。「苧(う)」とは糸芭蕉から採れた1メートル弱ほどの繊維のこと。そして「績む(うむ)」とは、その繊維を細く裂き、指先で一本ずつ結び繋ぎ合わせて、長い糸にしていくこと。小さな、しかも切れることのない結び目で細い繊維を繋ぎ合わせていく作業は、全工程のなかでも最も熟練の技を必要とし、時間と手間もかかる。

 

黙々と両手を動かし、「苧」を裂いて細くし、それを結び繋いでいく宮城さん。その手元を見ていても、どのように結んでいるのか素人にはわからない。ただ少しずつ着実に糸が伸び、横に置かれた竹籠のなかに収まっていくことだけは見て取れる。その大変さを平良さんは語る。


喜如嘉の芭蕉布 喜如嘉の芭蕉布

黙々と「苧績み」の作業を続ける宮城涼子さん。白っぽい糸を見分けやすいようにと、膝上に藍色の布をかける。


喜如嘉の芭蕉布 喜如嘉の芭蕉布

細く裂いた「苧」を、指先だけで結び繋いでいく。結び目を整えるために、右手には安全カミソリを持つ。



「宮城さんのようなベテランが一日中績んだ場合、糸としてできあがるのはおよそ20グラム。きもの一反分に必要な糸の重さは、およそ800グラム前後といわれていますから、気が遠くなるような時間が必要となります。かつては、喜如嘉のおばあちゃんたちが集まって、おしゃべりに花を咲かせながら、手だけはせっせと動かして『苧績み』をしていたものです」




糸を竹の枠に巻き取る。繊細な力加減を必要とする「糸繰り」の作業。


工房の壁際には5メートルほどの間隔をあけて2本のポールが立てられ、その間に何本もの糸が通されている。福木という植物を用いて黄色に染められた糸を、竹の枠に巻き取っていく、「糸繰り」と呼ばれる作業が行われている。

 

「苧績み」が静の作業ならば、「糸繰り」は動の作業。ポールとポールとの間を足早に往復しながら、右手首をリズミカルに回転させて糸を巻き取っていく。一見単純作業のように見えるが、織り機にかける前に、糸の張力を均一にし、もつれや糸切れを防ぐための、繊細な力加減が必要となる作業だ。携わっていたのは、山川チズ子さん。作業の手を止め、山川さんが語る。


喜如嘉の芭蕉布 喜如嘉の芭蕉布

足早に動きながら、リズミカルに右手を動かし糸を巻き取っていく「糸繰り」の作業。


喜如嘉の芭蕉布 喜如嘉の芭蕉布

一見単純そうな作業に見えるが、均一のテンションで、しかも素早く糸を巻き取るためには、熟練の技が必要となる。



「『糸繰り』をしていると、丁寧に『苧績み』がされた糸か、そうでないかがよくわかります。『苧』を績んでいると、その前の作業である『苧炊き(うーだき)』と呼ばれる、苧を灰汁で煮る作業がきちんとなされているかがよくわかります。『苧炊き』の現場では、丁寧に栽培された糸芭蕉かどうかが即座にわかると言います。結局は、糸芭蕉をきちんと育てることから、すべてが始まり、それが順繰りに行われる行程にすべて影響してきます」


喜如嘉の芭蕉布 喜如嘉の芭蕉布

苧を灰汁で煮る、『苧炊き』。相当な力が必要な重労働のため、近頃は男性にも行ってもらっている。(2025年3月撮影)




喜如嘉の芭蕉布 喜如嘉の芭蕉布

作業の手を休め、工房のすぐ近くの糸蕉布の畑で。左から山川チズ子さん、平良美恵子さん、宮城涼子さん。

織り機の前には座らなくなったが、二人は平良さんの工房で、数多くある工程の一部を担い、あるいは工房に従事する若いスタッフたちを指導したりている。こうして伝統の技術が継承されていく。

 


喜如嘉の山肌に新たに設けた、糸芭蕉の畑



平良さんは喜如嘉の芭蕉布の現状を憂いつつも、新たな可能性も模索している。

 

「喜如嘉という地名とセットになって伝統的工芸品に指定されている点が、足枷になっている面もあります。小さな集落の地名とセットになっているので、糸芭蕉の栽培から完成まで、すべてこの周辺で完結させなければなりません。地名が冠せられているのはありがたいのですが、この地区だけですべてを補おうとするには、さまざまな点で困難なことが生じています。人手だけの問題ではなく、糸芭蕉の畑にしても、この周辺だけでは栽培面積の限度があります」

 

そう考えた平良さんは、これまでは作付けがなされていなかった、喜如嘉内でも標高の高い山肌に糸芭蕉の畑を、昨年新たに設けた。

 

「糸芭蕉の品質の良しあしは、ワインを作るブドウ畑にも似て、その畑の土壌で決まってきます。私が調べた限りでは、今度の山の畑は、栽培に適した土壌のようですし、ある程度標高がありますから、津波の被害にも遭わなくてすみそうです」

 


喜如嘉の芭蕉布 喜如嘉の芭蕉布

山の畑で芽生えた糸芭蕉の若芽。新たな可能性を探るために、これまでは畑にされなかった場所での栽培も試みられている。(2025年3月撮影)


喜如嘉の芭蕉布の知名度向上のために、海外での展示会も開催



平良さん自身は、「苧績み」をはじめとするさまざまな工程に関わる一方で、日本各地だけでなく時には海外へも足を運び、ワークショップや展示会を開催し、喜如嘉の芭蕉布の知名度向上に力を注いでいる。

「展示会を開催し、実物の芭蕉布を見ていただくと、誰もがその素晴らしさを実感することができます。ただ、値段を知ると『わー高い』となります。確かに高いものですが、気が遠くなるような手間をかけ、しかも電力などを一切使わず、すべて手作業で作られる喜如嘉の芭蕉布が、ある程度高くなってしまうのは、やむを得ない部分もあります。スポーツカーなどの高級車が高価格なのは、それだけ性能が良く、価格に見合う価値があるから。それと同じだということを分かっていただければ、と思います」

 

 


喜如嘉の芭蕉布 喜如嘉の芭蕉布

仮仕立された芭蕉布のきもの。「展示会やワークショップを開催することで、芭蕉布の素晴らしさを少しでも多くの人にわかっていただきたいです」と平良さん。


喜如嘉の地へ足を運んでこそ実感できる、芭蕉布作りの現場


数年前、「星のや沖縄」から、宿泊客に芭蕉布の素晴らしさ体験するプログラムの提案を受けた。プログラムの内容は、「御田無(ウンチャナシ)」と呼ばれる、芭蕉布の羽織を宿泊客自身が施設内で羽織り、その素晴らしさを実感する、というものだった。

 

熟慮の末、平良さんはその提案を受けた。ただ、ひとつの条件を出した。それは、宿泊客が喜如嘉を訪れ、糸芭蕉の畑まで足を運び、さらに工房で行われているさまざまな作業を実際に見ることを、プログラムに組み入れるという条件だった。

 

「出来上がった芭蕉布に触れるだけでは、芭蕉布のことを理解したことになりません。この喜如嘉の土地の雰囲気や糸芭蕉の畑の様子、そして数多くの工程を実際に見ていただくことで、芭蕉布の素晴らしさと、それを作り上げることの大変さをはじめて分かっていただけるのではないでしょうか」

 

プログラムは実現することとなり、徐々にではあるが、芭蕉布の知名度向上の一助となりつつある。


 

 

 

平良さんは、組合の理事長を長年務め続けている。ほかの組合員と同様年齢を重ね、70代後半を迎え、体力の衰えも実感するようになってきた。しかし、喜如嘉の芭蕉布の産地として、協同組合が今後も存続していくようにと、日々精力的に動き続けている。






Text by  Masao Sakurai(Office Clover)
Photos by Azusa Todoroki(Bow Plus Kyoto)

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