2025年1月の『新作歌舞伎 大富豪同心』、さらに2026年1月の『女殺油地獄』(いずれも歌舞伎座)と、2年連続で新年の幕開けを飾る新春歌舞伎で主役を務めた、歌舞伎俳優の中村隼人さん。隼人さんは、人気を博したNHKテレビドラマ『大富豪同心』をはじめ、昨年の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』では重要な役回りを担い、歌舞伎の世界だけでなく俳優としても注目を集めている。そんな中村隼人さんは昨年秋、トルコ、サウジアラビア、アメリカと3回もの海外公演を、立て続けに行った。歌舞伎俳優としての成長に加え、日本の伝統文化を世界に発信するために、過酷なスケジュールを縫って実現させた3度もの海外公演。こうした近年の精力的な活躍が、「PREMIUM JAPAN AWARD2026」を受賞する大きな理由となった。
トルコ、サウジアラビア、そしてアメリカ。海外公演が続いた2025年秋
「昨年秋から年末にかけては、とても充実した、でも目の回るような忙しさでした」
中村隼人さんは2025年の後半をそう振り返る。それも無理もない。9月上旬にトルコ公演、11月にはサウジアラビア公演、12月にはアメリカ公演と続いた。しかもサウジアラビアから帰国後の翌日にはアメリカへ出発したのだから、まさに過酷なスケジュールと言ってよい。トルコでは気球で有名なカッパドキアの世界遺産を特設ステージにして、サウジアラビアでは和太鼓や津軽三味線などともに、そしてアメリカではニューヨークのカーネギーホールでと、いずれも現地で大きな話題を集めた公演となった。
トルコ公演本番直前。舞台に踊るスペースが無い!!
「トルコ公演では、孤高の天才ピアニストと言われている、ファジル・サイさんとの共演でした。前日の舞台稽古の時にまだ舞台が完成していなく、当日はぶっつけ本番です。踊りはある程度稽古してきたので、まあなんとかなると思って会場に行ってみると、特設ステージのセンターにはグランドピアノがどんと置かれ、踊るスペースがありません。ピアノを動かしてくれと頼んでも、サイさんや現地スタッフは聞き入れてくれません。開演時間も迫ってくるし、もう埒が明かないので、サイさんとスタッフの前で、僕の踊りを見せたのです。そしたら全員が納得し、ピアノを移動させ、踊るスペースを設けてくれました」
「そんなハプニングはありましたが、いざ本番となると、サイさんは僕の動きを見ながら、それに合わせて即興でピアノを弾いてくれました。あらかじめ日本に送っていただいた音源とはまったく異なるアドリブです。これには感動しました。ああ、音楽と踊りが共鳴していると、つくづく感じました」
トルコ公演でのメインプログラムは、孤高の天才ピアニストといわれるファジル・サイさんとの共演。さまざまなハプニングはあったものの、公演は大成功に終わった。
予期せぬ出来事が多々ありながら、親日国でもある人々の温かい心に触れることができたトルコ公演。日本とは時間感覚が異なり、万事が鷹揚なことで戸惑うことも多かったサウジアラビア公演。40度という灼熱のサウジアラビアから一転してマイナス6度という極寒に見舞われたニューヨーク公演。まさに、東奔西走の昨年秋だった。
サウジアラビア公演では、チームラボボーダレス ジッダ(ジッダ・サウジアラビア)を会場とし、和太鼓(音間大誠さん、石井ひかるさん)や津軽三味線(二代目佐々木光儀さん)をはじめとする和楽器を融合したパフォーマンスが披露された。
満員のカーネギーホールが喝采に包まれたニューヨーク公演
「ニューヨークでは、能楽囃子大鼓方の亀井広忠さん、歌舞伎囃子方の田中傳左衛門さん、田中傳次郎さんのご兄弟による「三響會」に出演させていただきました。僕が白獅子を演じた三響會版『獅子』は、僕には身に余る方々との共演で、とても緊張しましたし、勉強にもなりました」
三響會版『獅子』では、能楽シテ方観世流の観世喜正さんと、隼人さんが獅子を演じて共演し、満員のカーネギーホールはスタンディングオベーションの大喝采を浴びた。
音楽の殿堂、ニューヨーク・カーネギーホールでの三響會版『獅子』。右は観世喜正さん、左が中村隼人さん。at Carnegie Hall ©Frederic Aranda
ニューヨークではワークショップも開催された。このワークショップでも、中村隼人さんは得難い経験をした。
「生徒さんは、俳優志望というより、舞台演出や裏方を志望する人が多かったのですが、一番多かった質問が、『歌舞伎はなぜ男性だけで演じるのですか』というものでした。それに対しては、400年以上前の創設期には女性も演じていたものの、江戸時代になって人々に与える影響が大きく、幕府の命令で男性のみになったこと。また、衣裳などが極めて重く、女性が演じるのに体力的になかなか厳しいことなどを理由として説明しました」
「ただ、現代においてはスーパー歌舞伎をはじめ、女性が歌舞伎の舞台に登場することも徐々に始まっていることや、今後はどうするか、いうことも自分たちの課題だとも補足しました。このようなことを人前で語るには、自分自身がきちんとした考えを持っていなければならず、僕にとってはよい経験となりました」
歌舞伎というコンテンツの30年、40年先を見据えて
3か国を駆け廻った中村隼人さんは、海外での経験と現状の日本を見て、こう振り返る。
「日本の伝統芸能は、海外ではとても興味深く受け取ってもらえますが、アニメなどのサブカルチャーにくらべると、まだまだ行き渡っていない、ということを今回実感しました。また、日本国内を見ても、映画の『国宝』熱は、少し落ちついた、という気がします。そんななかで、『国宝』に感動してくれた10代や20代の若者たちが、40代、50代になる30年、40年先に、どうすれば歌舞伎というコンテンツを見てくれるか、ということを僕たちが真剣に考えなければならないと思います」
「また、海外へはさまざまな形で発信していくことが大切で、昨年の海外公演のような活動が、少しでもそのお役に立つことができれば、と考えています。そういった意味では、今回の「PREMIUM JAPAN AWARD2026」受賞は、海外も含めた多くの方への認知のきっかけにもなるので、とても有難いことと感謝しています」
ニューヨーク公演(左)と、サウジアラビア公演(右)でのポスター。印象的なビジュアルデザインのポスターは、現地でも話題を集めた。
「軸足を歌舞伎に置く。その考え方は変わりません」
冒頭で触れたように、ここ2~3年は日本での歌舞伎公演でも、隼人さんには絶えず大きな役の声がかかる。また、「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」では1年間ほぼ通して登場し、従来の長谷川平蔵と異なる人物イメージを創り上げ、話題となった。
近年の隼人さんは、若手歌舞伎俳優の域から、まさに役者としての大輪の花が開き始めていると言っても過言ではない。そんな隼人さんは、コンテンツとしての30年後、40年後の歌舞伎の姿を視野に入れる一方で、歌舞伎俳優としての自身の今後を冷静に見つめている。
「去年の自分よりも、今年の自分は少しでもよくありたい、よい役者になっていたいと、それだけをシンプルに考えています。ですので、目標というような大それたことを掲げているわけではありません。ただ、あくまで歌舞伎に軸足を置く、という考え方は変えようとは思わず、最近では片岡仁左衛門のおじさまの元で修業させていただいています。歌舞伎に限らず、伝統芸能は、まず基本が最も大事だと思います。ですので、大先輩の方に教えていただき、ご一緒する時間は、僕にとっては宝物のようなありがたく貴重な時間です」
あくまでも歌舞伎に軸足を置くという中村隼人さん。来る11月の歌舞伎座では、名作のひとつとされる『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』の夜の部『五段目・六段目』で、物語の鍵を握る大役である早野勘平を演じる。美しく、哀切のヒーローといわれる勘平を、隼人さんがどのように演じるか。11月の舞台に期待が高まる。
中村 隼人(なかむら はやと)
1993年、二代目中村錦之助の長男として生まれる。屋号は萬屋(よろずや)。2002年、歌舞伎座『寺子屋』
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