二十六世観世宗家による「翁」の本面(オリジナル)をかけて演じられた舞台。面は宗家に伝わる弥勒の作。弥勒は「十作」と呼ばれる、傑出した面の作者の一人だ。

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Living in Japanese Senses

奈良・談山神社で、能の至宝を観る(後編)

2019.5.31

多武峰談山能(とうのみねたんざんのう)――二十六世観世宗家が「翁」の本面をかけて演じた贅沢な舞台

二十六世観世宗家による「翁」の本面(オリジナル)をかけて演じられた舞台。面は宗家に伝わる弥勒の作。弥勒は「十作」と呼ばれる、傑出した面の作者の一人だ。

初の野外奉納となった今年の「多武峰談山能」。
「蹴鞠(けまり)の庭」に能舞台が作られた

奈良県桜井市の談山神社では、春から初夏にかけて能が奉納される。多武峰談山能(とうのみね たんざんのう)と名付けられて、平成24(2012)年から毎年行われている新しい演能ではあるが、ここで行われることには格別の意味がある。なぜなら、多武峰は翁が生まれた場所かもしれないからだ(前編参照)。

 

「多武峰談山能」では、談山神社に伝わる「摩陀羅神面(またらじんめん)」を使った「翁(おきな)」を二十六世観世宗家・観世清和の監修のもとで上演してきた。そもそも「翁」という演目は、「能にして能にあらず」と言われ、能以前の古い芸能の形を残している。物語らしい物語はなくて、翁が「天下泰平国土安穏」を祈るという予祝(よしゅく)の芸能である。

 

今年の「多武峰談山能」は初の野外奉納。「蹴鞠(けまり)の庭」に能舞台が作られた。現代の能舞台は室内にあることが多いが、元は屋外で演じられていた。室内の能舞台に屋根があるのはその名残である。下手(客席から見て左)には橋掛かりと呼ばれる廊下があり、ここを通って役者が登場する。その奥には揚幕(あげまく)がかかっている。この日の揚幕は大麻布を作る「majotae(麻世妙)」の吉田真一郎が提供した白の大麻布を使っていて、素朴ながら高貴さを感じさせるものだった。

能に先立って修祓(祝詞)がおこなわれる。ヤマザクラ、マツ、ビャクシンを使った辻雄貴の花が、松羽目板の代わりとなった。 能に先立って修祓(祝詞)がおこなわれる。ヤマザクラ、マツ、ビャクシンを使った辻雄貴の花が、松羽目板の代わりとなった。

能に先立って修祓(祝詞)がおこなわれる。ヤマザクラ、マツ、ビャクシンを使った辻雄貴の花が、松羽目板の代わりとなった。

「翁」が始まる前に、神職が清めの修祓(しゅうばつ)儀式を行う。祝詞(のりと)があげられ、それに笛や鼓、太鼓のお調べが重なる。その重層的な響きが特別な気分にさせてくれる。

 

お調べが終わると、揚幕から舞台に向けて火打石で切り火をして舞台を清める。切り火は楽屋でも切られ、すべてが清められていく。幕の奥では翁面を祀った祭壇の前で、演者一同が御神酒と洗米をいただき、身を清める儀式をする。翁を演ずるにあたって、シテは食事や風呂などを家人と別にする別火(べっか)という精進潔斎を行っている。


平成最後の奉納となった「翁」は観世清和・三郎太親子
野村萬斎・裕基親子による豪華な舞台となった

翁の前に若い千歳が颯爽と舞う。場を清める意味があるという。千歳・観世三郎太。 翁の前に若い千歳が颯爽と舞う。場を清める意味があるという。千歳・観世三郎太。

翁の前に若い千歳が颯爽と舞う。場を清める意味があるという。千歳・観世三郎太。

舞台で面を掛ける翁。翁・観世清和、後見・大槻文藏〈人間国宝〉、面箱・野村裕基。 舞台で面を掛ける翁。翁・観世清和、後見・大槻文藏〈人間国宝〉、面箱・野村裕基。

舞台で面を掛ける翁。翁・観世清和、後見・大槻文藏〈人間国宝〉、面箱・野村裕基。

いよいよ能が始まった。面箱(めんばこ)を先頭に、翁、千歳(せんざい)、三番叟(さんばそう)の役者が登場し、囃子方が続く。面箱は翁の面(おもて)を入れた箱を持ち、翁を演じるシテは、面を掛けずに舞台に登場する。

 

笛が響き、小鼓が演奏を始める。「翁」に限って、小鼓は三丁(三人)だ。翁は「とうとうたらりたらりら」と呪文を唱える。この言葉の意味はわかっていない。「雅楽の笛の譜」説、「サンスクリット語」説などいくつかの説がある。

 

続いて千歳が露払いの舞を舞い、翁は面を掛ける。ここで能楽師は翁に変身し、天下泰平国土安穏を祈る翁舞を舞う。翁と千歳が退場すると、今度は三番叟が舞う。三番叟は、狂言方が務める。最初は「揉(もみ)の段」と呼ばれる躍動的な舞だ。掛け声をかけ、大きく拍子を踏み、あるときには飛び上がる。三番叟のエネルギーに観客が惹きつけられていく。

三番叟(野村萬斎)が登場。躍動感に溢れる「揉の段」を踏む。 三番叟(野村萬斎)が登場。躍動感に溢れる「揉の段」を踏む。

三番叟(野村萬斎)が登場。躍動感に溢れる「揉の段」を踏む。

三番叟の舞が最高潮に。ダイナミックな跳躍や掛け声で、座を清める。 三番叟の舞が最高潮に。ダイナミックな跳躍や掛け声で、座を清める。

三番叟の舞が最高潮に。ダイナミックな跳躍や掛け声で、座を清める。

舞終わると三番叟は黒式尉(こくしきじょう)と呼ばれる黒い面を着けて、面箱との問答の後に鈴を受け取り、「鈴の段」を舞う。「揉の段」は清めの舞、「鈴の段」は祝福の舞だという。やがて三番叟は面と鈴を箱に納め、面箱と共に退場する。

「揉の段」の後は、黒式尉の面をつけて「鈴の段」となる。 「揉の段」の後は、黒式尉の面をつけて「鈴の段」となる。

「揉の段」の後は、黒式尉の面をつけて「鈴の段」となる。

平成最後の奉納となった「翁」は、観世清和と三郎太親子、野村萬斎と裕基親子による豪華な舞台となった。

もう一番の能「百万」は奈良から京都・清凉寺まで旅をしてきた物狂いの女・百万が主人公。シテは片山九郎右衛門。 もう一番の能「百万」は奈良から京都・清凉寺まで旅をしてきた物狂いの女・百万が主人公。シテは片山九郎右衛門。

もう一番の能「百万」は奈良から京都・清凉寺まで旅をしてきた物狂いの女・百万が主人公。シテは片山九郎右衛門。

次に奉納されたのは、片山九郎右衛門がシテを務める「百万」。子供と生き別れて物狂いとなった母親が、神仏の加護で子供と再会し、京都から奈良へと帰っていく。上演前には、国宝の十一面観世音で知られる近隣の聖林寺(しょうりんじ)住職による勤行(ごんぎょう)があり、観音経と能のお調べが調和しながら蹴鞠の庭に満ちていった。

百万は生き別れた子供と再会し、喜びと共に舞いおさめる。百万に桜の花びらが散りかかり、白昼ながら幽玄の世界に引き込まれる。 百万は生き別れた子供と再会し、喜びと共に舞いおさめる。百万に桜の花びらが散りかかり、白昼ながら幽玄の世界に引き込まれる。

百万は生き別れた子供と再会し、喜びと共に舞いおさめる。百万に桜の花びらが散りかかり、白昼ながら幽玄の世界に引き込まれる。

折から吹く風に境内の桜が散り、舞う百万に降りかかる。夢のような舞台に、時を超える芸能の力と土地の力を感じるひとときだった。

【翁】
翁 観世清和
千歳 観世三郎太
三番叟 野村萬斎
面箱 野村裕基
後見 大槻文藏 坂口貴信
狂言後見 深田博治 野村太一郎
笛 竹市学
小鼓 大倉源次郎 荒木健作 清水晧祐
大鼓 亀井広忠
太鼓 井上敬介
地謡 梅若実玄祥 山崎正道 味方玄 寺澤幸祐 武富康之 林宗一郎 川口晃平 大槻裕一

 

【百万】
百万 片山九郎右衛門
子方 林彩子
里の男 福王知登
釈迦堂門前の者 野村太一郎
後見 味方玄 林宗一郎
笛 竹市学
小鼓 吉坂一郎
大鼓 山本哲也
太鼓 井上敬介
地謡 大槻文藏 赤松禎友 山崎正道 寺澤幸祐 武富康之 坂口貴信 梅田嘉宏 大槻裕一

(敬称略)

多武峰談山能
毎年春に行われる。平成31(2019)年は4月16日に行われた。
令和2(2020)年の開催日は未定。
これまでの記録は以下のサイトで見られる。
http://ren-produce.com/tanzan-noh.html

 

談山神社 Tanzan Jinja
奈良県桜井市多武峰319
近鉄大阪線・JR桜井線桜井駅下車
桜井駅南口より談山神社または多武峰行きバスで約25分
タクシーで約20分
http://www.tanzan.or.jp/

 

奈良・談山神社で、能の至宝を観る(前編)はこちら

 

Photography by Hiroaki Ishii
Text by Akiko Ishizuka

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