大塚医院の蔵書には貴重なものが多い。これは2代目の大塚恭男医師が入手した中国・明朝の生薬の本。すべて手書きで美しい。百合の根は漢方として使用されている。

Style

Living in Japanese Senses

世界が注目する日本の伝統医学「漢方」(前編)

2019.7.19

漢方は日本独自に発展したもの。修琴堂大塚医院・渡辺院長が語る日本の伝統医学の力

大塚医院の蔵書には貴重なものが多い。これは2代目の大塚恭男医師が入手した中国・明朝の生薬の本。すべて手書きで美しい。百合の根は漢方として使用されている。

漢方は日本独自の進化を遂げ、
いま世界の注目を集める

東京の中心部、四谷にこんな場所があったことが驚きだった。表通りの車の音は一切聞こえない、閑静な住宅地。懐かしい昭和の雰囲気を漂わせる建物は緑に囲まれ、どこからか鳥のさえずりまで聞こえてくる。引き戸の玄関から中に入れば、昔ながらの待合室と受付が。漢方の香りも手伝ってか、心と体が緩やかに安らいでいくような感覚を覚える。

緑に包まれた大塚医院の庭で。「この雰囲気が好きと言ってくださる患者さんは多いです」 緑に包まれた大塚医院の庭で。「この雰囲気が好きと言ってくださる患者さんは多いです」

緑に包まれた大塚医院の庭で。「この雰囲気が好きと言ってくださる患者さんは多いです」


ここは、漢方治療で名高い「修琴堂大塚医院」。現代漢方の礎を築いた初代院長の大塚敬節医師が昭和6年に開設した由緒ある医院だ。現在、この医院の院長を務めるのは4代目にあたる渡辺賢治医師。渡辺院長は西洋医学の医師である一方、学生時代から漢方の勉強を始め、西洋医学と東洋医学を融合させた「総合医」として医療のあり方を追求している。

 

「Kampoは日本の伝統医学を指します。古代中国国家の漢の医学が、伝来したのが始まりですが、原材料である生薬の入手が困難だったこともあり、日本独自の発展を遂げました。例えば腹診は漢方独特の診察法です。処方の使い方も日本独特です。西洋医学は病気を治すという考え方なのに対し、漢方は病気を持っている人を治すと考えます。同じ病気でも体格や冷え症があるかどうか、などによって、薬が違ってきます。その個別化の度合いは中国と日本では違います」。

生薬と本が並ぶ棚。 生薬と本が並ぶ棚。

生薬と本が並ぶ棚。

中国は症例に合わせて随意に生薬を組み合わせる生薬単位だ。一方、日本は処方単位。生薬を組み合わせ、各生薬の量も決められた処方を基にして、多少のさじ加減を加える。江戸時代は漢方の研究が進み、日本独自の処方が多く作られた。また、中国では行われなくなっていた腹診を重視したのも日本で、中国・韓国に影響を与えたという。優れた文献もたくさん発表され、中国で翻訳されているものも多い。

生薬が入っている薬箪笥。効き目は生薬の品質で決まるので、品質が高い生薬を厳選している。 生薬が入っている薬箪笥。効き目は生薬の品質で決まるので、品質が高い生薬を厳選している。

生薬が入っている薬箪笥。効き目は生薬の品質で決まるので、品質が高い生薬を厳選している。

しかし、明治時代に西洋のものを積極的に取り入れるようになると、漢方は捨て去られてしまう。やっと見直されるようになったのは1970年代のことだ。「細分化され過ぎた西洋医学に対する反省から、世界的に伝統医学が見直され始めました。1990年代に入り、西洋医学と東洋医学を組み合わせた『統合医療』が注目されてきています。伝統医学再発掘の潮流は日本より、圧倒的に海外の方が活発です」。日本でも一般の医院で漢方が使われるようになったが、西洋薬のように使われる場合も多いという。漢方の考え方に従って薬を出すことで、漢方の力は最大限に引き出される。


大塚医院には、中国や韓国からも
多くの患者が訪れる

漢方治療に興味を持っていても、漢方医院の敷居は高いと感じる人は多い。どういう治療ができるのか、どんな場合に行くと良いのかが分からないからだ。しかし、渡辺院長はどんな病気でも治療対象だと言う。「漢方は人間を対象にした医学です。大塚医院にもさまざまな不調を抱えて患者様がいらっしゃいます」。頭痛や倦怠感、冷え、動悸、胃腸の不調、便秘、下痢、月経困難、ニキビ、アトピー性皮膚炎など、病気が特定されている場合も、西洋医学的に明らかな病気がない場合でも漢方の治療対象になると言う。

漢方の処方の現場。薬剤師さんが院長の処方箋を見ながら、舟と呼ばれるスコップ状のものに生薬をまいていく。 漢方の処方の現場。薬剤師さんが院長の処方箋を見ながら、舟と呼ばれるスコップ状のものに生薬をまいていく。

漢方の処方の現場。薬剤師さんが院長の処方箋を見ながら、舟と呼ばれるスコップ状のものに生薬をまいていく。

一方で、癌や膠原病、潰瘍性大腸炎、多発性硬化症など、難治性の疾患を抱えて漢方を受診する患者も多い。例えば癌の治療では、漢方で抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減できる。「副作用を減らすことで、抗がん剤を全うでき、治るというケースは多いです。再発や転移予防の目的で使う人もいます。生活の質の改善目的で、漢方だけで治療する場合もあります。そういう場合も漢方で体調がよくなり感謝されます」。心の病気もパニック障害などは短時間で治るケースも多い。大塚医院には何代にも渡って、家庭医としてお付き合いしている人がたくさんいる一方、最近では海外からの訪ねて来る人が激増している。

診察室の渡辺院長。大きな窓から庭の緑が見える診察室は、安らげる雰囲気がある。初診の人には、時間をかけて話を聞くという。 診察室の渡辺院長。大きな窓から庭の緑が見える診察室は、安らげる雰囲気がある。初診の人には、時間をかけて話を聞くという。

診察室の渡辺院長。大きな窓から庭の緑が見える診察室は、安らげる雰囲気がある。初診の人には、時間をかけて話を聞くという。

いま渡辺院長が力を入れているのは未病の漢方治療だ。「漢方には薬による治療、鍼灸、養生が3つの柱がありますが、一番大切なのは養生。つまり、食事・運動・睡眠を中心とした生活指導です。日常の生活を正すことが大変大切なのです。きちんと生活しながら、疲れや冷えなどの不調があった時に薬を使うと、いろいろな病気が予防可能です」。現在は神奈川県の顧問として未病の推進にも従事。若い時から健康に留意するよう啓発活動を行っている。過度なストレスのためか、未病を抱えた人が増えている現代社会。日本の伝統医学の漢方が若い世代にまで浸透することで、より健康的な心と身体が維持できるだろうと渡辺院長は語った。

 

(敬称略)

修琴堂大塚医院
東京都新宿区四谷三栄町13-18
TEL:03-3351-7751
https://kampo-otsuka.com

 

渡辺賢治 Kenji Watanabe
慶應義塾大学医学部卒業。同大学内科学教室、米国スタンフォード大学遺伝学教室で免疫学を学ぶ。帰国後、大塚恭男医師に漢方を学ぶ。慶應義塾大学医学部漢方医学センター長、慶應義塾大学教授を経て、2019年より修琴堂大塚医院院長、慶應義塾大学医学部客員教授。

 

→ 世界が注目する日本の伝統医学「漢方」(後編)へつづく

Text by Yoshiko Takahashi
Photography by Ahlum Kim

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