美しさの基本には健康があり、その背景には豊かな自然環境がある――。長年にわたり、英国発のオーガニックコスメブランド2社の社長を務める梶原建二は、仕事にも生活様式にもこうした明確なヴィジョンを貫いてきた。「新しい日常」が幕を明ける今、健康と美はいっそう分かちがたく結びつき、環境にも人生にも、レジリエンス――しなやかな強靭さが大切だと語る。
談 梶原建二
富士山の麓の雄大な土地で育ち、まわりは山々に囲まれていました。子供の頃はいつも家の物干し台から山を眺め、遥か山の向こうには自分の知らない素晴らしい世界があるに違いない。いつか飛行機に乗って山を越え、視野を広げ、何かを成し遂げたいと思っていました。
昔からあらゆることに興味があり、ものごと成り立ちを知りたいという性分。玩具でもなんでも分解し、組み立て、しかし元には完全に戻せない、そんなことを繰り返していました。大人になった今も変わらず、娘からは「ブラックフィンガー」と呼ばれています。昔からまた、すべて不可能なことはない、と考えていました。だからなんでもやってみる。できるかできないかは、できないと分かるまでやってみないと分からない。線引きするのは自分です。このやり方で、ずっと今まで生きてきました。それが今、正しかったと確信しています。
イギリスに留学したのは、世界の中心で、共通言語である英語を身につけることが大切だと考えたからです。同時に、日本を何も知らないことも痛感しました。イギリスで感じたのは、生活の美しさです。都市も田園も美しい。「きれいなものは生活を豊かにする」ということを実感し、ビジネスをするなら美しいものを扱おうと決めました。そこで国民金融公庫からの200万円の借入で輸入会社を起業し、海外の美しいもの、機能的なもの、イノベーティブなものだけを集めました。その中にニールズヤードレメディーズ(以下NYR)がありました。
左:NYRは1981年、英国初のナチュラルアポセカリー(自然療法薬局)としてロンドン中心部コヴェントガーデンにオープンした。美容と健康をトータルにサポートするオーガニックスキンケアが揃う。
右:ロンドン、コヴェントガーデンのショップ。
NYRを扱い始めて今年で35年になります。英国とは資本関係はないものの、本国の信頼を得て、日本では特例的にスクールで講座を開催し、レストランを併設するなど独自の展開をしています。店を増やして規模を大きくするより、講座開催や食を通し、また多様な機会を設けて、NYRの世界観を理解して下さる人を増やすことが大切だと考えています。
2014年には同じくイギリスの、オーガニック植物由来のスキンケアとボディケア製品の「バンフォード」も扱い始めました。大企業トップの夫人であり、レディの称号を持つキャロル・バンフォードによる、真にラグジュアリーなブランドです。本国ではオーベルジュも経営、農園も牧場も所有し、誰もが望む理想的なオーガニックビジネスを展開しています。
左:バンフォードのイギリス本国にあるスパ。すべての基本はナチュラル。その感性が空間のすみずみに息づいている。
右:オーガニック・カモミールやラベンダーなど成分を配合したバンフォードのバスライン。
イギリスにおいてビジネス成功の証は、最終的にオーガニック農園を持つことに他なりません。そこには完璧な形で循環する農園が実現しています。チャールズ皇太子によるグロスターシャー州のダッチー、ニールズヤードのオーナーが所有するドーセット州のシープドロープ農場、バンフォード家が運営するコッツウォルズのデイルスフォードとバンフォード農場、この3つがイギリスで最大級の有機農園です。彼らのように、すべての経験と利益を土に還していく。これが英国での真に豊かで優雅なライフスタイルです。
NYRの東京・表参道本店「NEAL’S YARD GREEN SQUARE」内にあるレストランBROWN RICE。玄米、野菜、大豆を中心にした和風のヴィーガン料理を楽しむことができる。梶原が自らメニュー開発にも取り組み、多くの人の楽しんでもらうべく、この食堂にも力を注いでいる。
BROWN RICEの代表的なメニュー、「一汁三菜」膳。味噌など調味料も手作りのものが多く、食材は安全で確かなものを使っている。世界のヴィーガンセレブリティが密かに通うレストランでもある。
最近の個人的な活動では、ノーベル平和賞受賞者で元米国副大統領アル・ゴア氏が立ち上げた『クライメート・リアリティ・プロジェクト』のセミナーに参加し、トレーニング受け、プロジェクトリーダーとなりました。このセミナーを基本に、自分の経験に基づくデータとスライドも数多く組み込み、昨年から無料のセミナーを全国で開催しています。会社経営者からヨガのインストラクターまで多くの方に参加いただき、「環境問題は敷居が高い」と感じていた方々も、自分の暮らしがすべて環境に結びついていることに気づき、今日から何ができるのか、その指針になったという反響を得ています。
SDGsは環境問題抜きには進まない課題であり、各人の置かれた環境の中で、世界のすべての人が参加して向かうゴールです。SDGsへの取り組みを企業の免罪符にせず、トップから声を上げて実践しないことには始まりません。環境問題への取り組みが経済活動の障壁になる、そんな考えは昔のことです。
現在の社会システムの脆弱性は、この春のコロナ危機で露呈しました。これからは自然に対してレジリエンス――しなやかな強さが求められる時代です。生き方や価値観も変化の時を迎えています。コロナ禍を受け、東京に住むことに意味がないと思う人も増え、地方の活性化も不可欠になる。今は、変革への新しい芽が出てくる「夜明け前」。若い世代が社会を変えていくでしょう。今後重要になるのは、生きていく力、人との繋がり、自然と人が共生していくことができる環境です。
イギリスのノース・ドーセットにあるNYRの本社。エコファクトリーがあり、周囲にはオーガニックガーデンも広がる。
美と健康は人間にとって最大のテーマのひとつです。人は急に美しくはなれず、健康でなくては美に意味もない。そのために環境の大切さに気づく時です。TWIGGY.の松浦美穂さんは、ロンドンでNYRと出会って自然療法を学び、健康という基礎があってビューティがあるということに気づき、心を動かされた。それは今に至る大きなきっかけになったと思います。松浦さんの仕事の根底にあるのは「人を健康に美しくすること」であり、それを理想的な形で実現しています。規模拡大や利益追求でなく、健全に運営し、「ビジネスと自分自身を同一のもの」として考えている。その点は、私自身とよく似ていると感じます。
オーガニック先進国であるイギリスのNYRを扱って30年以上経ちますが、実に幸福で恵まれた出合いだったと感じています。仕事には多くの選択がありますが、「美しく健康になる」という人類共通の願いに貢献できる仕事に就いたことを、心から正しかったとつねに実感してきましたし、今、人生に深く満足しています。この先も淡々とこの恵まれた仕事をし、自らの経験や知識を社会に還元できればと思っています。
(敬称略)
Profile
梶原建二 Kenji Kajiwara
ニールズヤード レメディーズ代表取締役
ピューリティー(バンフォード総代理店)代表取締役
1956年生まれ。大学卒業後、上場企業、輸入家具メーカーを経て24歳で生活雑貨を輸入する会社を起業。1985年にニールズヤード レメディーズを日本で販売開始。2014年からバンフォードの日本販売を開始。2003年、NYRの本店として東京・表参道にショップ、カフェ、スクール、サロンからなるビューティの発信地「ニールズヤード グリーンスクエア」を自らデザインし、当時としては斬新なエコビルとして完成させる。ここでは現在、すべての電力に再生可能エネルギーを採用している。
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