千年の時を超えて
『源氏物語』現代語訳という
旅の出発と終着まで
『源氏物語』は、平安時代の貴族社会における政治的欲望や権力闘争を背景に、たぐいまれな美しさと英知を備え、優れた人格であらゆる人を魅了する光源氏という貴公子の栄光と没落を、その恋愛遍歴を軸にして描いた作品である。千年以上前の平安中期に書かれた世界最古の長編物語は、明治時代以降多くの作家たちによって、その時代の言葉に訳されて出版されてきた。作家、角田光代がこのたび完成させた『源氏物語』現代語訳は、令和の時代に読み継がれるのにふさわしい、読みやすくあたたかみのある言葉でこの物語をいまの時代によみがえらせている。
美貌の貴公子・薫
その本性は作者と訳者しか知らない?
池澤夏樹編『日本文学全集』(全30巻、河出書房新社刊)におさめられた『源氏物語』は上中下の3巻からなっている。光り輝くほどの美貌で、歌も舞も管弦も、なんでも完璧という光源氏が主人公だ。だが、父の桐壺帝が寵愛した藤壺と関係を持ったことで、罪悪感に苦しむ。数々の優れた女性たちと華麗な恋をし、朝廷の政治の世界でも栄華を極めながらも、死ぬまで(死んでも)その罪から逃れられずに苦悩を抱え続けた。
「桐壺」から「少女」までが収録されている『上巻』では、光源氏の生い立ち、順調に出世していく青少年時代、政争に巻き込まれて須磨に住まいを移した源氏が、都に帰って権力を取り戻していくまでが描かれる。光源氏がいよいよ権勢を誇り、表舞台では輝かしい栄光の日々を過ごしながらも自らの衰えと死を予感していく「玉鬘」から「幻」までが『中巻』に、源氏の死後の世界を舞台にした「匂宮」から「竹河」そして「宇治十帖」は『下巻』に収められている。5年以上の時をかけ、この長編物語を訳していくなかで、角田には登場人物のなかにお気に入りはできただろうか?
「私は自分の小説を書くときも、登場人物には距離を置いて、感情移入を避けようとしています。なので、源氏物語を訳しているときも、とくに好きな人物はいませんでした。でも……本当に嫌いな人物はいます」。強い口調で、角田が嫌いという登場人物とは、いったい誰?
角田訳のユニークさ。たとえば「いつの帝の御時だったでしょうか」と、<敬体>で語り始めたのち「その昔、帝に深く愛されている女がいた」と<常体>に変化。読みやすくする工夫が随所に見られる。
「薫です! 自分でもびっくりするほど嫌いになってしまった」。薫とは、光源氏のもとに降嫁した女三の宮との間に生まれた息子で、父に似て見目麗しく、教養もあり、人格的にも素晴らしく、からだからよい匂いがするからなのか「薫」と呼ばれているという青年である。だが、実は出生に秘密を抱えており、実の父が源氏ではないという疑いにひそかに苦しめられている。源氏の輝きを受け継ぎ、しかも父と同じように不義の罪におびえる影も宿している薫を、なぜそれほど嫌うのか?
「自分は生真面目な堅物だと言いながら、言葉とは反対のことばかりするし、どうやって世間から悪く思われずに女をものにするかばかりを考えている。つまり腹黒いんです。みなが自分をほめそやし、素晴らしい人物だと周囲に思われていることを自分でよくわかっていて、自分でも自分のことをそう思っている。でも本性は腹黒い。心底恋した大君が亡くなったあと、彼女に似ている浮舟をどこまでも追いかけ、追い詰める。そういうねちっこいところも嫌です」。
「源氏物語」は
読み手それぞれに
異なる感情を引き出す
薫が主人公となる下巻の、とくに「宇治十帖」は、『源氏物語』54帖のなかで評価する人たちが多い。『源氏物語』で一番おもしろいのは「宇治十帖」という人もいるくらいだ。「私も『源氏物語』を愛しているという人たちから、「宇治十帖」が好き、下巻が一番おもしろい、とよく言われました。でも薫が嫌いすぎて、薫に慣れるまで本当につらかった」。
「薫は堅物で、面倒見のいい情の篤い男で、女性の嫌がることはしない男性として描かれています。彼に迫られる大君も中の君も、「嫌な人だ」と思いながらも最終的には「やはりこんなに私たちのことを考えてくれる人はいない」と思うわけですし、浮舟も「先のことを考えるなら匂宮より薫だろう」と思ったりする。弁の君も、横川の僧都も、薫をすばらしい人だと思って疑わない。さらに彼自身も、自分のことを奥手な堅物だと信じている。彼の計算高いところ、堅物の裏の顔は地の文でしか書かれていない。彼の本性は作者だけが知っているのですね。作者の紫式部は、よくこんな複雑な内面の、ある意味嫌な男性を書けたなと驚きます。それでも薫が好きという読者は大勢いるわけです。読む人によって異なる感情を引き出すのが『源氏物語』の、そして紫式部の作家としての力量でしょう」。
現代小説としても
十分に通用する巻、「若菜」
薫嫌いもあり、「宇治十帖」はあまり好きではない角田だが、「玉鬘」から始まり源氏の死でおわる『中巻』は、「物語として完成度が高い」と思っている。「源氏が中年から晩年にさしかかり、出世して、大邸宅をかまえ、そこに妻たちを住まわせ、子どもたちも立派に育って、栄華の極みといっていい時期なのですが、背負っている罪に苦しみ、老いと死におびえます。源氏も複雑な内面を抱える私たちと同じ人間なんだ、ということが『中巻』では伝わってくるのです」。
「源氏がもっとも愛した紫の上は、美しさも気品も人柄も非の打ち所がない女性とされていますが、子どもに恵まれず、源氏がほかの女性に生ませた子どもを引き取って育てながら嫉妬に苛まれ、そういう自分に苦悩します。紫の上も『中巻』では人間味を増して描かれています。とくに「若菜」上下は、これだけ抜き出しても一つの物語となるほど完成した作品です。紫式部が「若菜」を書いたときには、作家としてあぶらがのって、筆が充実していることが感じられます。現代小説の手法がすでにここにある、という感じです」。
つぎつぎと個性的な人物が登場し、いろいろな出来事が起こって場面が展開していく『上巻』は、実は伏線がはりめぐらされている前編ともいえる。物語として結実していくのは『中巻』なのだ。その意味で、現代人が読んで小説としての『源氏物語』のおもしろさを味わえるのは『中巻』なのかもしれない。少なくとも、角田源氏を読むことで、そのおもしろさが満喫できるのではないだろうか。
角田が書いたものを、国文学者の藤原克己のアドバイスをもとに手直しをしていく細やかな作業が続いたという。
『源氏』に取り組んだ
年月の終わり
つぎの旅はどこへ向かう?
5年以上取り組んできた『源氏物語』現代語訳が終わり、角田はつぎにどこに向かおうとしているのだろう?『源氏物語』が、これから自分が書く作品に何か影響を及ぼすという予感はあるだろうか?
「それは、まだよくわからないですね。自分の小説と重なる部分は、『源氏物語』には見つけられませんでした。ただ、紫式部の女性に対する視線が厳しさには、同性の作家としてわかる部分はありましたけれど。影響を受けたかどうかはまだわかりませんが、いまは『はたして私はまた小説を書けるだろうか』という不安は感じていますね。たぶん一作書いたら、これから自分がどの方向へ行くのかがわかるのでしょうが」。
角田の『源氏物語』の旅はいま終わったところだが、あえて旅の感想を聞いてみた。「日本文学全集の編者である池澤夏樹さんが、『下巻』の解説に書いてくださった文章を読んで号泣しました。たいへんなことが多かったけれど、この仕事に取り組めて本当によかった、と思いました」。どういう言葉が書かれているかは、『下巻』を読んでからのお楽しみ。『源氏物語』の旅は終わったが、角田光代の作家の旅はまだまだ続く。
『源氏』に取り組んでいる間、自分の創作から離れていた。また小説を書けるのか、取り組んでみないとわからない。
角田光代 Kakuta Mitsuyo
1967年、神奈川県生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。著書に『対岸の彼女』(直木賞)、『八日目の蝉』(中央公論文芸賞)、『紙の月』(柴田錬三郎賞)など多数。
◆『角田光代訳 源氏物語 下』2020年2月25日刊行
2017年に上巻、2018年に中巻、そしていよいよドラマティックな物語が展開する「宇治十帖」を含む下巻が刊行される。源氏亡きあと、宇治を舞台に源氏の息子・薫と孫・匂宮、姫君たちとの恋と性愛が描かれる「宇治十帖」が、角田光代の現代的な筆致で浮かび上がる。感情に引き付けて読める自然な訳文のため読みやすく、『源氏物語』通読にトライして何度も挫折した人でも読み通すことができると評判だ。
『角田光代訳 源氏物語 上』、『角田光代訳 源氏物語 中』上記2点いずれも定価3,850円(本体3,500円)、『角田光代訳 源氏物語 下』2020年2月25日刊行予定 予価3,850円(本体3,500円)。河出書房新社刊。
『源氏物語』特設サイト http://www.kawade.co.jp/genji/
Text by Motoko Jitsukawa
Hair &Make Yosuke Nakajima(Perle Management)
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