セラーで樽から抽出したワインを確認する。鮮やかなルビー色のワインは「Yamanashi de Grace」

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Portraits

ワイン醸造家 三澤彩奈が造る魂の1本(後編)

2019.9.24

「キュヴェ三澤明野甲州2013」が 世界に認められた瞬間

セラーで樽から抽出したワインを確認する。鮮やかなルビー色のワインは「Yamanashi de Grace」

何度も挫折した垣根式栽培。
そこへ、満を持してフランスから帰国

「DWWA(デカンター・ワールド・ワイン・アワード)」は、英国の著名なワイン専門誌「デカンター」が主催する、世界最大級のワインコンペティション。2014年のエントリー総数は1万5007アイテムにおよび、金賞を受賞したワインはわずか158本。たった1パーセントの難関だ。

 

そのような中にあって、シャブリの特級ものやムルソーの一級ものなど、フランスの銘醸白ワインと互角に戦い、日本ワインとして初めて金賞に輝いたのが「キュヴェ三澤 明野甲州 2013」である。この受賞は日本ワイン初の快挙という点よりもむしろ、甲州が世界に認められたことにこそ、大きな価値がある。

甲州の垣根式栽培。収穫時、まずは畑で最初の選果。ひと房、ひと房、病気が出ていないか調べたうえ、潰れないよう小さな収穫籠に入れる。 甲州の垣根式栽培。収穫時、まずは畑で最初の選果。ひと房、ひと房、病気が出ていないか調べたうえ、潰れないよう小さな収穫籠に入れる。

甲州の垣根式栽培。収穫時、まずは畑で最初の選果。ひと房、ひと房、病気が出ていないか調べたうえ、潰れないよう小さな収穫籠に入れる。©︎Grace Wine

甲州の成功は三澤彩奈の父、三澤茂計の時代から続くグレイスワインの悲願であった。なぜならこの日本固有の品種は長年にわたり、シャルドネやソーヴィニヨン・ブランといったフランス原産のメジャーな品種と比べられ、つねに見下されてきたからだ。

 

コーカサス地方からシルクロードを渡り、中国を経由して、1000年以上前に日本へたどり着いた甲州。ワイン醸造向きとされる欧州系品種(ヴィティス・ヴィニフェラ)の血を受け継ぎながら、糖度が上がりにくい、香りが穏やか、酸味が柔らかい、渋みが残ることがあるなど、ワインとしてはいくつも難点を抱えていた。

房選りが済んだら除梗のうえ、ブドウの粒を選る。黒光りしたブドウの粒はまるで「キャビア」のようだ。 房選りが済んだら除梗のうえ、ブドウの粒を選る。黒光りしたブドウの粒はまるで「キャビア」のようだ。

房選りが済んだら除梗のうえ、ブドウの粒を選る。黒光りしたブドウの粒はまるで「キャビア」のようだ。©︎Grace Wine

明治になるまでワイン造りの習慣がなかった日本では、甲州は生食用として育てられてきた歴史のほうが長い。生食用のブドウなら、醸造用として求められるような高い糖度も風味の凝縮感も必要なく、農家にとってより重要なのは、1本の木からどれだけたくさんのブドウが獲れるか、ということだ。もちろん湿潤な日本の気候に合わせる意味もあったのだろうが、そこで反収(たんしゅう:一反あたりの収穫高)が大きく、作業のしやすい棚仕立てがとられることになった。


勝沼の醸造施設で使用しているステンレス製の発酵タンク。清潔な環境はピュアな風味のワインを造るうえで欠かせない要素。ボルドーの恩師であるドゥニ・デュブルデュー教授は、甲州の果汁を酸化させないよう厳命したという。 勝沼の醸造施設で使用しているステンレス製の発酵タンク。清潔な環境はピュアな風味のワインを造るうえで欠かせない要素。ボルドーの恩師であるドゥニ・デュブルデュー教授は、甲州の果汁を酸化させないよう厳命したという。

勝沼の醸造施設で使用しているステンレス製の発酵タンク。清潔な環境はピュアな風味のワインを造るうえで欠かせない要素。ボルドーの恩師であるドゥニ・デュブルデュー教授は、甲州の果汁を酸化させないよう厳命したという。

一方、ワインの本場ヨーロッパの場合、棚仕立てはごく一部の産地にとどまり、一般には垣根式の栽培法がとられている。ブドウへの日当たりがよく、風通しにも優れ、反収を調整することが容易だからである。じつは茂計も、甲州の垣根式栽培に挑戦したことがあった。今から四半世紀も遡る1992年のことだ。しかし樹勢の強い甲州は、垣根仕立てにすると枝葉が暴れてしまい、結局、この時は実を付けることなく、4年試した末に断念した。

 

それでもなお、甲州の品質向上には栽培法の改善しかないと考えた茂計は、2005年、垣根仕立てにふたたび挑む。折良く、勝沼からドイツのラインガウに渡った甲州が、垣根仕立てで見事に実をつけたとの知らせも届いた。今回植えたのは、2002年に開園した北杜市明野町の三澤農場。そして再チャレンジから2年後の2007年に、フランスでの修行を終えた彩奈が帰国したのだ。

三澤農場は、茅ヶ岳、八ヶ岳、南アルプスに囲まれた明野町にある。グレイスワインこと中央葡萄酒のワイナリーと、ブドウのソースが記されたマップ。 三澤農場は、茅ヶ岳、八ヶ岳、南アルプスに囲まれた明野町にある。グレイスワインこと中央葡萄酒のワイナリーと、ブドウのソースが記されたマップ。

三澤農場は、茅ヶ岳、八ヶ岳、南アルプスに囲まれた明野町にある。グレイスワインこと中央葡萄酒のワイナリーと、ブドウのソースが記されたマップ。


ついに結実。
香り高いぶどうと
中央葡萄酒史上、最高のワイン

ここから父娘二人三脚での甲州プロジェクトが始まる。垣根仕立ての甲州は彩奈の帰国を歓迎するように、2007年、初めて実をつけた。しかしながらその品質は、棚仕立てのそれとなんら変わりがない。そこで彩奈は、南アフリカでブドウ生理学を学んだ時の恩師、コブス・ハンター教授の助言を受け、リッジシステム(高畝式)を試みることにした。これはブドウの根が必要以上に水を吸い上げないよう、木の根元に盛り土を施す栽培法である。

2002年に開園した、北杜市明野の三澤農場。明野は日本一日照時間の長い土地。12ヘクタールの面積をもち、シャルドネやメルローなど欧州系品種のほか、金賞を受賞した甲州が垣根仕立てで栽培されている。 2002年に開園した、北杜市明野の三澤農場。明野は日本一日照時間の長い土地。12ヘクタールの面積をもち、シャルドネやメルローなど欧州系品種のほか、金賞を受賞した甲州が垣根仕立てで栽培されている。

2002年に開園した、北杜市明野の三澤農場。明野は日本一日照時間の長い土地。12ヘクタールの面積をもち、シャルドネやメルローなど欧州系品種のほか、金賞を受賞した甲州が垣根仕立てで栽培されている。©︎Grace Wine

ところがリッジシステムをもってしても、なかなか結果が出ない。2009年にわずかな光明が見えたが、翌年はまた凡庸な甲州にしかならなかった。2012年にようやく、目標としていた糖度20度を突破。そして迎えた2013年、彩奈がこれまで見たことのない甲州ブドウが実ったのだ。

 

「奇跡が起こったのかと思いました。大きさが握り拳ほどしかなく、小粒の実をつけた甲州が生まれたんです。ある房の糖度は25度にまで達していました」と彩奈は目を輝かせて語る。

明野の三澤農場にある熟成用のカーヴ。ラインナップの最高峰、「キュヴェ三澤」もここで熟成される。 明野の三澤農場にある熟成用のカーヴ。ラインナップの最高峰、「キュヴェ三澤」もここで熟成される。

明野の三澤農場にある熟成用のカーヴ。ラインナップの最高峰、「キュヴェ三澤」もここで熟成される。©︎Grace Wine


この時のブドウから造られたワインがまさに、DWWAで金賞を受賞した「キュヴェ三澤 明野甲州2013」だ。翌年以降も「グレイス甲州」が立て続けに金賞を受賞し、甲州が国際的に認知されるきっかけをつくったのである。

 

実のところ、グレイスで造っているワインは甲州に限らない。メルローやカベルネ・フランなど欧州系品種を育てて赤ワインも造っており、彩奈が帰国して以降、これら赤ワインの品質向上が著しい。留学先に選んだのがボルドーという事実から、彼女の情熱、あるいは野心は、なるほどシャトー・マルゴーやシュヴァル・ブランと肩を並べるボルドースタイルの赤ワインにあり……と想像したが、そうではないと首を横に振る。

静かなる情熱を持ってワイン醸造を語り、甲州の土地とぶどうの話で笑顔をほころばせる三澤彩奈。 静かなる情熱を持ってワイン醸造を語り、甲州の土地とぶどうの話で笑顔をほころばせる三澤彩奈。

静かなる情熱を持ってワイン醸造を語り、甲州の土地とぶどうの話で笑顔をほころばせる三澤彩奈。

「甲州です。シャルドネやカベルネ・ソーヴィニヨンだと、最高のワインはどのような味わいか、すでにそのスタイルが確立されています。でも甲州はまだその頂点が見えません。優良な系統の選抜もされていませんし、乳酸菌による(マロラクテイック)発酵をさせたらどうなるかも十分なデータがない。すべてまだ手探りの状態です。でもどうなるかわからないから、やりがいがある。甲州は無限の伸び代をもった品種なんです」。

 

金賞の受賞に甘んじることなく、さらにその先を見つめる醸造家・三澤彩奈。これからも甲州のポテンシャルを探し続ける、長い旅が続く。

(右)2014年のDWWAで金賞を受賞したものと同じ「キュヴェ三澤 明野甲州」。(中央)新登場の「あけの」。現在、赤ワインは品種よりも産地の個性を表現する方向で、三澤農場の最高峰「キュヴェ三澤」のセカンドラベルの役割を果たす。メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドをブレンドした、ボルドースタイルの赤。(左)90年代から高い評価を得る「キュヴェ三澤」の白。シャルドネ100パーセント。全てラベルデザインはグラフィックデザイナーの原研哉によるもの。 (右)2014年のDWWAで金賞を受賞したものと同じ「キュヴェ三澤 明野甲州」。(中央)新登場の「あけの」。現在、赤ワインは品種よりも産地の個性を表現する方向で、三澤農場の最高峰「キュヴェ三澤」のセカンドラベルの役割を果たす。メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドをブレンドした、ボルドースタイルの赤。(左)90年代から高い評価を得る「キュヴェ三澤」の白。シャルドネ100パーセント。全てラベルデザインはグラフィックデザイナーの原研哉によるもの。

(右)2014年のDWWAで金賞を受賞したものと同じ「キュヴェ三澤 明野甲州」。
(中央)新登場の「あけの」。現在、赤ワインは品種よりも産地の個性を表現する方向で、三澤農場の最高峰「キュヴェ三澤」のセカンドラベルの役割を果たす。メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドをブレンドした、ボルドースタイルの赤。
(左)90年代から高い評価を得る「キュヴェ三澤」の白。シャルドネ100パーセント。全てラベルデザインはグラフィックデザイナーの原研哉によるもの。

三澤彩奈 Ayana Misawa
山梨県の勝沼にある「中央葡萄酒」社長、三澤茂計の長女として生まれる。2004年、中央葡萄酒入社。2005年に渡仏し、ボルドー大学醸造学部でDUAD(テイスティングコース)卒業し、ブルゴーニュで栽培醸造上級技術者の資格を取得。南アフリカのステレンボッシュ大学でブドウの生理学コースを修了し、日本がシーズンオフの時期に、季節が逆転する南半球のニュージーランド、オーストラリア、チリ、アルゼンチンのワイナリーで研鑽を積む。現在、中央葡萄酒取締役栽培醸造責任者。昨年、父・茂計と共著による「日本のワインで奇跡を起こす」(ダイヤモンド社)を上梓。

 

グレイスワイン(中央葡萄酒)
https://www.grace-wine.com/our_winery/katunuma/index.html

Photography by Ahlum Kim
Text by Tadayuki Yanagi

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