日本が生んだ世界的なバレエ・ダンサー、吉田都。

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Portraits

吉田都が見つめる新たなる地平線(前編)

2019.10.25

世界的バレエ・ダンサー吉田都がキャリアを終えて、いま思うこと

バレエに魅了され、バレエとともに成長した日々。
いまは次の目標を見つめている。

日本が生んだ世界的バレエ・ダンサー、吉田都。イギリスのサドラーズウェルズ・ロイヤル・バレエ団(現バーミンガム・ロイヤル・バレエ団)で7年間、ロンドンのロイヤル・オペラハウスを拠点とするロイヤル・バレエ団で15年間プリンシパル(最高位)ダンサーとして踊り、その完璧なテクニック、優れた音楽性、豊かな演技力で、英国バレエの真髄を体現するダンサーとして観客を魅了してきた。2010年にロイヤル・バレエ団を引退した後もフリーダンサーとして踊り続けた吉田だが、今年8月、新国立劇場オペラパレスでの公演「Last Dance」をもってダンサーのキャリアに終止符を打った。公演は発売と同時にチケットが完売、鳴りやまぬ拍手のなか幕を閉じた。

8月に行われた「Last Dance」のワンショット。「ミラー・ウォーカーズ」の吉田都とイレク・ムハメドフ。 8月に行われた「Last Dance」のワンショット。「ミラー・ウォーカーズ」の吉田都とイレク・ムハメドフ。

8月に行われた「Last Dance」のワンショット。「ミラー・ウォーカーズ」の吉田都とイレク・ムハメドフ。 Photography by ©Kiyonori_Hasegawa

それから1ヵ月。寛いだ表情の吉田に、今やってみたいことを尋ねると、「今まで禁止されていたこと!」と、いたずらっぽい微笑が返って来た。スキーなど怪我のリスクのあるものはもちろん、他のスポーツも体の軸がずれるのを恐れ、避けてきたのだという。

 

英国内外から集まったダンス・エリートが凌ぎを削るロイヤル・バレエ団で、最高のパフォーマンスを追い求める日々の厳しさは、言葉の端々からもうかがい知れる。朝は体を整える稽古で始まり、午後は公演に向けたリハーサル。リハーサルがない日はトレーニングやジム、その後は治療。帰宅後も、トゥシューズにリボンを縫い付けるなどの作業が待つ。公演が近づくと、シューズをどんどん履きつぶしてしまうのだ。一日の大半をバレエに費やし、本番の舞台に全てのピークを合わせるべく集中し続けてきた。


ロイヤル・オペラハウスにて。「私にとってロイヤル・オペラハウスはつねに”闘いの場”でした」『吉田都 永遠のプリンシパル』(河出書房新書)より ロイヤル・オペラハウスにて。「私にとってロイヤル・オペラハウスはつねに”闘いの場”でした」『吉田都 永遠のプリンシパル』(河出書房新書)より

ロイヤル・オペラハウスにて。「私にとってロイヤル・オペラハウスはつねに”闘いの場”でした」『吉田都 永遠のプリンシパル』(河出書房新社)より Photography by ©Yuko Miyazawa

すべてのはじまりは幼稚園のとき。友人の発表会で、一瞬にしてバレエに魅了された。稽古に励み、ジュニアの登竜門ローザンヌ国際バレエコンクールで受賞し、英国に留学。その優れたテクニックを、当時のサドラーズウェルズ・ロイヤル・バレエ団芸術監督ピーター・ライト氏に認められ、プロの道が開けた。だが役が付き、全幕バレエの主演を務めるようになると、技術以上のものを求められるようになった。

「ずっと表現が足りないと言われてきたんです」と吉田は言うが、にわかには信じがたい。ロミオとの恋を通して強い女性へ変貌するジュリエット、裏切られてもなお恋人に純粋な愛を捧げるジゼルをはじめ、吉田はさまざまなバレエのヒロインに瑞々しい生命を吹き込み、シェイクスピアの国の観客を感動させてきたのだから。だがそれは、絶え間ない研究と努力を重ね、得たものだった。

人間の身体はどこまでつくり上げられるのだろうかと思うほど美しい肉体には圧倒される。一つひとつの動きがただ美しく、吉田都が動くたびに我々の目は彼女に釘付けになる。 人間の身体はどこまでつくり上げられるのだろうかと思うほど美しい肉体には圧倒される。一つひとつの動きがただ美しく、吉田都が動くたびに我々の目は彼女に釘付けになる。

人間の身体はどこまでつくり上げられるのだろうかと思うほど美しい肉体には圧倒される。一つひとつの動きがただ美しく、吉田都が動くたびに我々の目は彼女に釘付けになる。

最初は、自分の中にどれほど感情が満ちていても、それが外から見えていないと指摘された。日常生活にも身振りが溢れている欧米文化と日本の違いも、ひしひしと感じた。しかし吉田は既存の表現方法を真似るのではなく、ヒロインの感情の襞に分け入り、それが自分の踊りと融け合う方法を探した。大きなゼスチュアや演技は似合わないと考え、他のダンサーが無視するディティールにもこだわった。すると舞台経験を積むごとに独自の表現が確立され、ダンサーの個性を理解し評価するイギリスの観客の心をとらえていった。


『白鳥の湖』の舞台へ出る前のバックステージで。 『白鳥の湖』の舞台へ出る前のバックステージで。

『白鳥の湖』の舞台へ出る前のバックステージで。」『吉田都 永遠のプリンシパル』(河出書房新社)より Photography by ©Yuko Miyazawa

バレエ団で特に日本人扱いされることはなかったし、“日本的な”表現を追求したこともなかった。だが踊り手の感性は、必ずダンスに現れると吉田は信じている。ダンサー引退後、日本文化を学ぶ時間もできた。最近、西洋と日本の「対(つい)」の概念を考察する機会があったという。イギリスで「対」といえば、食器でも美術品でも同じものが二つ。だが日本では、微妙な違いがあっても「対」とみなすことがある。きらびやかで完璧に整えられた美も知っている。けれども不完全さを美と捉え、それを楽しむ日本人の感性、心の余裕に憧れを抱いたという。

 

吉田の後を追い、今では多くの日本人ダンサーが世界各地で踊っている。日本人ダンサーは学ぶことが上手く、踊りの正確さは世界一流だ。美点であるこのきめ細やかさに加え、自分だけの表現を確立すること。そしてこの表現が日本的感性とヨーロッパ文化の対話から磨き上げたものであるとき、バレエに新たなスタイルが生まれるのではないか。学び、吸収する側から、世界に向けて“ジャパンスタイル”を発信する側へ。その日が来ることを、吉田は夢見ている。

 

(敬称略)

 

 

カーディガン¥80,000 スカート¥129,000/マックスマーラ(マックスマーラ ジャパン)
靴¥89,000/ロジェ ヴィヴィエ(ロジェ・ヴィヴィエ・ジャパン)
リング¥278,000/M/G TASAKI(TASAKI)

 

 

→吉田都が見つめる新たなる地平線(後編)へつづく

 


『吉田都 永遠のプリンシパル』(河出書房新社) 『吉田都 永遠のプリンシパル』(河出書房新社)

『吉田都 永遠のプリンシパル』(河出書房新社)
バレエ・ダンサーの引退を決意した吉田 都さんのメッセージや愛するレパートリーに込めた思い、そして35年間の秘蔵フォトが掲載されたメモリアルブック。
www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309290423

吉田 都 Miyako Yoshida
東京都生まれ。9歳からバレエをはじめ、1983年ローザンヌ国際バレエコンクールでローザンヌ賞を受賞し、英国ロイヤル・バレエスクールに留学。1984年サドラーズウェルズ・ロイヤル・バレエ団(現バーミンガム・ロイヤル・バレエ団)に入団し、4年後にプリンシパルに昇格。1995年、英国ロイヤル・バレエ団にプリンシパルとして移籍。2010年に退団するまで、数多くの舞台で主役を務める。紫綬褒章、大英帝国勲章(OBE)など受賞歴多数。2017年には文化功労者に選出された。2019年8月現役を引退。10月にはバレエ文化の世界的功績と引退までに多くのファンを魅了した事に対して菊池寛賞を受賞。2020年の新国立劇場・舞踊部門芸術監督に就任する。

Text by Sae Okami
Photography by Chisato Kurotaki
Styling Mana Takizawa
Hair &Make Maiko Suzuki 
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