六本木のビルの地下へ降りていくと現れる、天井も壁も真っ白に塗られた空間が石上純也建築設計事務所だ。まるで洞窟のような空間には多くの模型が積まれ、世界中から集まってきたスタッフが議論しながら作業に没頭している。

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Portraits

建築家・石上純也の創造と理想(前編)

2020.5.1

石上純也が語る「自然と人工の境界」を模索する「水庭」誕生のプロセス

六本木のビルの地下へ降りていくと現れる、天井も壁も真っ白に塗られた空間が石上純也建築設計事務所だ。まるで洞窟のような空間には多くの模型が積まれ、世界中から集まってきたスタッフが議論しながら作業に没頭している。

それまで見たことのない風景を、建築として具現化してみせる建築家・石上純也。さまざまなことを建築のアプローチで探求し、およそ建築の認識を超えた解を導き出す。石上が捉える”建築“の枠組みはとても大きく、自由なもののようだ。那須に誕生した「アートビオトープ『水庭』」も、そのひとつ。樹木と池と苔、わずか3つの要素で構成されながら、まったく新しい景色が目の前に出現する。その創造性は高く評価され、クールジャパンアワード2019、グッドデザイン2019「グッドデザイン・ベスト100」選出にされたほか、水庭の成果によって石上は2018年度芸術選奨美術部門文部科学大臣新人賞、第一回「オベルアワード」を受賞している。

樹木を調査し、庭を建築としてスタディする

ランドスケープを建築としてどう作れるか―。「水庭」がある「アートビオトープ」のプロデューサー北山ひとみの期待が、建築家の構築性にあると解釈した石上。建築であれば、「設計段階でほとんどの空間的要素を想定して、数ミリ単位まで一つずつ検証し、ギリギリまで積み上がった隙間のないところで創り上げる」(石上)。けれど通常の庭づくりなら、使う樹種や形、石の種類はある程度選べても、すべての樹木の詳細な寸法や樹形は把握しきれないだろう。「未知の空白を残したままデザインしていくのがランドスケープの特徴」(石上)かもしれないが、それは建築の手法とは異なるものだ。

アートビオトープ那須にある「水庭」。木々のすき間から空が浮かび、水には木漏れ日が注ぐ。 アートビオトープ那須にある「水庭」。木々のすき間から空が浮かび、水には木漏れ日が注ぐ。

アートビオトープ那須にある「水庭」。木々のすき間から空が浮かび、水には木漏れ日が注ぐ。
Photography by Ⓒ junya.ishigami+associates

「ホテル棟の計画地にある樹木を、すべてこの場所に移植できることになったのは幸いでした。その樹木をリサーチすれば樹種や大きさ、樹形もすべてわかり、一本一本を模型にもできるし、全体模型で空間も確認できる。いつもの建築のスタディと同じように進められます」。
樹木は318本。それらを残らず模型にし、どういう形の木を配置すればどんな空間が出来上がるのか、具体的にイメージしながら1本ずつパズルのように配置を決定する。「ランドスケープデザイナーはその経験値から、樹形の変化など最終形を想像できるでしょう。僕は経験がないからこそ、そこに熱量をかけなきゃいけないのです」。

構造としての池を残し、時とともに移り変わりを体現する庭

緻密な考察で配置した樹木を指標にしながら、その隙間の空間に「絵を描くように」池の形を決めていく。樹木と池の間には苔を敷き詰めた。池の形はそこを歩かせる動線に関わり、水は反射によって空間の奥行き感にも作用する。それだけでなく、「池は最終的な構造として、永久にそこに留まるもの」として設計されている。建築でいえば骨格を決める柱や梁の部分だ。

 

「樹木はいずれ朽ちて生え変わります。ある程度コントロールして、いま生えている近くの芽を育てることで、樹木は微妙に移動しながら少しずつ置き換わっていき、いずれ草の種類も変わっていく。永続的に時間が過ぎていく中で原型は少しずつ変化するとしても、構造として池さえ残っていれば、空間の質は保たれていく。そんな庭の作り方ができないか、と考えていました」。


葉が落ち、雪で覆われた水庭には、木々の静かなる息づかいが聞こえてくるようだ。 葉が落ち、雪で覆われた水庭には、木々の静かなる息づかいが聞こえてくるようだ。

葉が落ち、雪で覆われた水庭には、木々の静かなる息づかいが聞こえてくるようだ。
Photography by Ⓒ junya.ishigami+associates

ひとつの自然の成り立ちとして、移り変わりをずっと体現する庭。水面によって景色がゆらぎ、冬に雪が降れば地面は白くなり、水の部分は黒く残って景色は様変わりする。1日の中で、季節のうつろいで、経年変化で。様々な時間のスパンで変化し、ゆらぐ庭。ゆらぎでいえば、「もともとある自然を大きく変えるのではなく、自然が許す揺らぎの範囲で、新しい景色を作ろうという試み」だと石上はいう。人の手が入り続けることで庭として保たれるものの、人工性が勝ってしまわないように、保たれるべき要素をできる限り少なくしたのもそれ故だ。樹木、水、苔はすべて元からこの場所にあったものを再構成している。同時に、「僕が作るものは人工物だということをはっきりと意識している」とも。

 

「疑似的に自然を作ることにならないよう、作るものは人工物だと念頭に置きながら、それを自然環境の中にどう配置していくか、どうつなげていくか。もしくは人工物が自然環境にどう影響を及ぼすか。そんなことを考えています」。

時間と共に木々は成長し、その姿を変えていく水庭。 時間と共に木々は成長し、その姿を変えていく水庭。

時間と共に木々は成長し、その姿を変えていく水庭。
Photography by ?courtesy of nikissimo Inc.

大学で学び、自分の中では現実的だと思う選択肢の中で建築の道へ進んだが、勉強していくほどその奥深さに引き込まれた。何を答えにすべきなのかわからない、むしろ哲学的なことも美的なことも、工学的なこともすべて包含しているような、ゴールがないところに建築の可能性を感じている。

 

「建築をやっていて楽しいところは、旅行先を決めるのに似ています。見てみたい景色があって、だからそこに行こうと思う。でも実際に見てみるとイメージとはまったく違うものがそこにあって感動したりする。少なくとも僕が見てみたいと思う風景や空間を思い浮かべて、それを見るために旅行するように作っていく。それがモチベーションになっています。僕は常に違う世界をめぐってみたいと思っているので、必然的に必要なエネルギーをかけなきゃいけないということです」。

石上純也 Junya Ishigami
建築家
1974年神奈川県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修士課程修了。妹島和世建築設計事務所を経て、2004年に石上純也建築設計事務所設立。主なプロジェクトに、2008年神奈川工科大学KAIT工房(神奈川県)ほか。ロシア、中国など国内外でプロジェクトが進行している。主な展覧会に、2008年ヴェネチア・ビエンナーレ第11回国際建築展・日本館代表、2010年「建築のあたらしい大きさ」展(豊田市美術館)、2018年「石上純也 自由な建築」展(パリ・カルティエ現代美術財団)。また、2009年日本建築学会賞(作品)、2010年第12回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 金獅子賞、2010年毎日デザイン賞、2012年文化庁長官表彰 国際芸術部門など受賞多数。

 

 

Text by Junko Koshima
Photography by Yoshiaki Tsutsui

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