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Portraits

杉本博司 茶室と巡る旅(前編)

2020.10.3

ヴェネツィア、ヴェルサイユそして京都市京セラ美術館へ。杉本博司と《硝子の茶室 聞鳥庵》の旅

京都市美術館がリニューアルを果たし、京都市京セラ美術館としてオープンしたこの夏。そのこけら落としとして「杉本博司 瑠璃の浄土」が10月4日まで開催されている。ヴェネツィア、ヴェルサイユと、杉本と旅をしてきた《硝子の茶室 聞鳥庵(もんどりあん)》が、この展覧会のためにやってきたことも話題となっている。杉本の創作の軌跡を、この茶室とともに辿るインタビューを2回にわたって送る。

《硝子の茶室 聞鳥庵》は土地ごとに
物語を紡ぎながら旅をしてきた。

 

京都・岡崎。平安神宮の大鳥居から社殿を拝する。鳥居の左脚側にあるのが京都国立近代美術館、右脚側にあるのが今年新装となった京都市京セラ美術館(京都市美術館)である。その京都市京セラ美術館の建物の向こうに美術館の庭がある。近代日本庭園作庭家の草分け、小川治兵衛が関わったといわれるこの庭の池の中央に、四方と天井がガラスで作られた立方体状の箱が設置されている。

 

一見なにかの観測か実験のための装置と思うかもしれない。あるいは小さな温室だろうか。近づいてよく見ると、床(ゆか)が畳であることから、小さな和室、茶室であるとわかるだろう。それは、杉本博司作《硝子の茶室 聞鳥庵(もんどりあん)》だ。

 

「四方の壁の一辺はおよそ2.5mです。茶室としては二畳敷に少し余る空間が確保されています。茶道口と躙口(にじりぐち)には木の扉が用いられています。茶室に向かうには、橋掛かりを伝って行かなければならないわけですが、その橋掛かりも今回はガラスで作られてます」

 

ガラスで茶室を作ることの意外性。茶事の心得のある人なら、あるいは少しの経験でもいいのだが、茶事では非日常の空間に身を置き、独自のセレモニーの進行によって時間の感覚が狂わされる。濃密な時間を過ごすためか、長い時間が経過していると感じることがある。けれども、実際には意外にも時間が経っていなかったりするその驚きと面白さ。それは茶室が密室だからこそ起こせる現象でもあるが、結界がガラスの茶事ではどんな時間が流れるのだろう。「外界から完全に見透かされる茶室こそ、心の秘め事、たくらみが進行するに相応しい」とも嘯(うそぶ)く杉本のたくらみはどこにあるのだろうか。

 

世界的にも人気の現代美術作家である杉本だが、建築作品も多く手がけている。最も大規模なプロジェクトは自身が施主でもある、神奈川県小田原の江之浦測候所。立地、建築、展示される作品すべてで、杉本の世界観を提示する場所になっている。一方、この《硝子の茶室 聞鳥庵》はそれとはある意味対極的な(といえるのだが)移動可能な建築作品である。


2014年ヴェネツィアで披露された《聞鳥庵》 2014年ヴェネツィアで披露された《聞鳥庵》

2014年ヴェネツィアで披露された《聞鳥庵》

©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of New Material Research Laboratory

水の都ヴェネツィアで生まれた
《硝子の茶室 聞鳥庵》

 

「この《硝子の茶室 聞鳥庵》は2014年ヴェネツィア建築ビエンナーレ関連展に出品するために作りました。世界遺産都市ヴェネツィアの喧騒からは少しだけ離れ、といってもサンマルコ広場の対岸にあるサン・ジョルジョ・マッジョーレ島ですが、その島に建てました。そこは職業建築家としては最初期のアンドレーア・パッラーディオ(1508年 – 1580年)が設計した教会とその尖塔が象徴的にあり、ガラス工芸美術館〈LE STANZE DEL VETRO〉とヨットハーバーとレストランだけでなりたっている島です。その教会と美術館の間の庭に、伊勢神宮の木塀に発想を得た塀をまわし、そこに露地を置きました。露地に沿って進んでいき、風景が開けると、底面にイタリア製の真っ青なタイルが敷かれた細長いプールのような人工池。そしてその奥にこの《聞鳥庵》が浮いているようにあるのです」

 

ヴェネツィアは水とガラスの都。そこで生まれた茶室である。このヴェネツィア滞在中に杉本はムラーノ島のガラス工房で茶碗の制作もしている。

 

「ササン朝ペルシャで作られたと言われる正倉院御物の《白瑠璃碗(はくるりのわん)》は今は奈良の正倉院に収まっていますが、それを範として、ガラス職人たちに指示を出しながら、その写しをつくりました。正倉院のものは買えないので作るしかない(笑)。思ったよりうまくいきました。ガラス工芸作家としての名前をムラーノ島の名前と敬愛する建築家の名前にあやかり、村野藤六としました」

 

シルクロードの途上の地ペルシャで作られ、終点、奈良の正倉院にある茶碗。その写しをシルクロードの起点近くの地、ヴェネツィアで作るという遥かな旅のストーリーに思いを馳せ、杉本もその茶碗を手にとった。

《硝子茶碗 白瑠璃》2014 ガラス 撮影:Sugimoto Studio 《硝子茶碗 白瑠璃》2014 ガラス 撮影:Sugimoto Studio

《硝子茶碗 白瑠璃》2014 ガラス
撮影:Sugimoto Studio

 

《瑠璃色硝子筒茶碗》2014 ガラス 撮影:Sugimoto Studio 《瑠璃色硝子筒茶碗》2014 ガラス 撮影:Sugimoto Studio

《瑠璃色硝子筒茶碗》2014 ガラス
撮影:Sugimoto Studio

「茶室が組み上げられ、立体として眺めてみた時、それはピエト・モンドリアン(1872年 – 1944年)の抽象絵画《コンポジション》の構成に似ていることを発見しました。以前、京都大山崎の妙喜庵にある利休作と言われる茶室《待庵》に行った時、壁面構成に関して、まるで抽象絵画的な実験がされているように感じたことも思い出したり。そこで、聞鳥庵という漢字をあて、読みはモンドリアン。茶室に入った時、頭の上で鳥が啼いたということもあります。鳥の声を聞く庵です」

大トリアノン宮殿の庭池に出現した《聞鳥庵》
豪奢と清貧、極北の思想がここにある

 

 

自然豊かなトリアノン宮殿にたたずむ 自然豊かなトリアノン宮殿にたたずむ

自然豊かなトリアノン宮殿にたたずむ

©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of New Material Research Laboratory


ヴェネツィアでの数年の展示のあと、《聞鳥庵》は、ヴェルサイユ宮殿の現代美術プロジェクトに杉本が招聘された際、パリ郊外ヴェルサイユ宮殿のトリアノン離宮の敷地内のプラ・フォン池に出現。それには理由があった。マリー・アントワネット(1755年 – 1793年)がヴェルサイユ宮殿本殿の権勢と豪奢と喧騒から遠ざかる場所を求めたのは知られた話だ。革命前の平穏な時間を過ごしていた彼女はトリアノン離宮に居場所を見つけ、自分の好みに作り上げていった。求めたのは豪奢の対極、清貧と質素ではなかっただろうかと杉本は言う。

 

「清貧と質素についてはたとえば、室町時代中期の茶人、村田珠光(1422年または1423年 – 1502年)は『藁屋に名馬を繋ぎたるがよし』という言葉を残しています。これは、粗末、質素な座敷にこそ名物(由緒ある茶道具)を置くのがよろしいということでしょう。また、千利休(1522年 – 1591年)が『侘び茶』を完成させた。18世紀フランスの王妃が本当は求めたかった安らぎと15〜16世紀の日本の茶人たちの理想の境地に通じるものがあると感じたのです」

 

それを、このガラスの茶室という至ってミニマルな建築を構想することと、それを実現させる現代建築の技術によって、表現したということだろう。

そして京都へ
平安人の雅の都の壮大な夢

 

そして、この《聞鳥庵》は現在、京都市京セラ美術館のリニューアルオープンに際し、ここに招かれている。前述したように、京都といえば、《待庵》がある。杉本が手本とし、思いを寄せる茶室が《待庵》で、それは杉本自身が芸術家活動の集大成とする作品《江之浦測候所》内に設えた草庵茶室《雨聴天》が、基本的に《待庵》の写しであることからもわかる。いよいよ、その京都に2020年2月初旬《硝子の茶室 聞鳥庵》が設置された。雪が降り、天井と橋掛かりに雪の積もる写真がある。

《硝子の茶室 聞鳥庵》 2014年 Glass Tea House “Mondrian”, 2014 Installation view at Kyoto City KYOCERA Museum of Art 《硝子の茶室 聞鳥庵》 2014年 Glass Tea House “Mondrian”, 2014 Installation view at Kyoto City KYOCERA Museum of Art

《硝子の茶室 聞鳥庵》 2014
Glass Tea House “Mondrian”, 2014
Installation view at Kyoto City KYOCERA Museum of Art

撮影:Sugimoto Studio

「床(とこ)に掛ける書や絵画の代替として、茶室から見晴らせる空間そのものを絵画としたわけです。ヴェネツィアの教会の尖塔が見えるサン・ジョルジョ・マッジョーレ島に作った人工的な池、ヴェルサイユの奥にあり、まわりを森に囲まれた池。そして今回は七代目小川治兵衛が関わったと伝えられる、松に囲まれた池。茶室を囲む風景そのものを床飾にしています」

京都市京セラ美術館

水とガラスの都の茶室、豪奢の果ての簡素を語る茶室。設置された土地でそれぞれの物語を紡いできた茶室は、平安の京(みやこ)で貴族たちの見た壮大な夢の物語を映し出すことになる。

 

(敬称略)

杉本博司 Hiroshi Sugimoto

1948年生まれ。1970年渡米後、1974年よりニューヨークと日本を行き来しながら制作を続ける。代表作に「海景」、「劇場」シリーズがある。2008年に建築設計事務所「新素材研究所」 、2017年に文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」を開設。演出と空間を手掛けた『At the Hawkʼs Well / 鷹の井戸』を2019年秋にパリ・オペラ座にて上演。著書に『苔のむすまで』、『現な像』、『アートの起源』など。2001年ハッセルブラッド国際写真賞、2009年高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)受賞、2010年秋の紫綬褒章受章、2013年フランス芸術文化勲章オフィシエ叙勲。2017年文化功労者に選出。2020年大規模リニューアルを終えた京都市京セラ美術館のこけら落としとして「杉本博司 瑠璃の浄土」を10月4日(日)まで開催中。2020年10月には『江之浦奇譚』発売予定。

◆「杉本博司 瑠璃の浄土」

京都市京セラ美術館にて10月4日まで開催。(《硝子の茶室 聞鳥庵》は展覧会終了後の2021年1月31日まで公開)

京都市左京区岡崎円勝寺町 124

075-771-4334(受付時間/10:00~18:00 12月28日~1月2日を除く)

現在、展覧会は予約優先制を実施中。定員に達していない時間帯は予約なしでの当日観覧受付が可能。カフェ、ミュージアムショップ、ザ・トライアングル等の無料エリアは予約なしで入館、利用できる。

くわしくは美術館公式サイトか予約電話へ。
https://kyotocity-kyocera.museum/
予約専用電話:075-761-0239(10:00〜18:00)※電話予約は前日まで

Text by Yoshio Suzuki
Photography by Hokuto Shimizu(Portrait for Hiroshi Sugimoto)

Special thanks to Yuji Ono

Architects: New Material Research Laboratory / Hiroshi Sugimoto + Tomoyuki Sakakida. Originally commissioned for LE STANZE DEL VETRO, Venice / Courtesy of Pentagram Stiftung & LE STANZE DEL VETRO.

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