コクヨ株式会社代表取締役社長 黒田英邦コクヨ株式会社代表取締役社長 黒田英邦

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日本のエグゼクティブ・インタビュー

2021.4.13

文房具もオフィス作りも、コクヨの源泉は人を輝かせる創造力 コクヨ株式会社代表取締役社長 黒田英邦

コクヨ株式会社代表取締役社長 黒田英邦

類いまれなブランドストーリーを持つ企業のエグゼクティブにご登場いただくのが、Premium Japan代表・島村美緒によるエグゼクティブ・インタビュー。彼らが生み出す商品やサービス、そして企業理念を通して、そのブランドが表現する「日本の感性」や「日本の美意識」の真髄を紐解いていく。今回は、今年東京に働き方の実験場『THE CAMPUS』をグランドオープンし、働き方の新たな価値を提案する「コクヨ」の代表取締役社長 黒田英邦氏に話を聞いた。

 

 

地道な仕事を積み上げた結果が100年企業に

 

 

コクヨの創業者黒田善太郎が『黒田表紙店』を開業したのは1905年。和式帳簿の表紙製造から始まり、紙製品をベースにビジネスを支える事業を展開するコクヨだが、その創業の精神は「商品を通じて世の中の役に立つ」ということだった。

 

「人が嫌がる仕事でもきちんと積み上げていけば、世の中の役に立つ商売になるということも、創業以来続く信念です。コクヨが手掛ける文房具やオフィス家具は、BtoB向けであったり消耗品であったりと派手な商品ではありません。それでもお客様が使う立場になり、良い品質のものを適切な価格で出す。その繰り返しがコクヨという企業を支えてきたと思います」


黒田社長 黒田社長

黒田社長も基本的にはスマートカジュアルな装いで出社。オフィスの雰囲気とマッチ。

コクヨの未来を体現する施設『THE CAMPUS』

 

 

そんなコクヨが商品を超え、新たな“働き方の実験場”として東京・品川のオフィスをリノベーションして設立したのが『THE CAMPUS』だ。

 

「世の中の変化とともに、オフィスのあり方はどんどん変化しています。働く場所であるだけではなく暮らす場所にもなっていたり、毎日同じ場所である必要もありません。また働き方も、仕事と生活を上手に調和させるワークライフバランスという考えから、今はさらに仕事と生活の垣根がないワークライフミックスに。そんな中、オフィス空間を作ってきたコクヨが、未来につながる価値を探求するためつくったのが、この『THE CAMPUS』なんです」

 

『THE CAMPUS』のコンセプトは“みんなのワーク&ライフ開放区”。その特徴は、街に開かれた場所であることだ。デッキを設けた広い屋外スペースは自由に利用でき、日替わりのキッチンカーで様々なフードが楽しめる。また施設内には新製品が試せるショップやコーヒースタンド、自由に寛いだりデスクワークができるエリアもあり、ビジネスパーソンのみならず近隣住民も含め誰もが利用できる空間が広がっている。

 

「未来を見据えた時に、コクヨが注目すべきなのはモノではなくコトなのではないかと考えています。例えば文房具なら学び方、オフィスだったら働き方について考えるということ。コクヨが商品や空間を通して、お客様が感じている課題を解決したり、目的を達成するためのサポートをする。そのためには、お客様の体験を私たちが一緒に感じることができ、これからの働き方や暮らし方を研究し提案できる場所を作りたいと考えたんです」


誰もが利用可能な屋外スペース『PARK』で。後ろのデッキでもくつろげる。 誰もが利用可能な屋外スペース『PARK』で。後ろのデッキでもくつろげる。

誰もが利用可能な屋外スペース『PARK』で。後ろのデッキでもくつろげる。


さらに上層階のオフィスフロアの一部は“ライブオフィス”として、社員自らが先進の働き方を実験・実践し顧客向けに公開している。

 

 

「部内のコミュニケーションが悪いとか、斬新なアイデアが出てこないとか、会社内にはさまざまな課題があると思います。そういう課題を設定し、オフィスをどう使えば働き方が変わり会社が良くなるのか。そのプロセスや解決方法を、われわれが実際のオフィスの形で実践しご紹介しているんです。特に『THE CAMPUS』が新しいのは、初めて街を含めてオフィスと捉えていること。オフィスの多様性が加速した現在だからこその実験場所にしていきたいと思います」


モノからコトへ。そして空間が与える力を

 

 

コクヨ入社後、最初の仕事がオフィス家具の営業だったという黒田社長。

 

「最初はなかなか売れませんでした。もちろん単純に価格を下げれば数は出ますが、それでは単なる安売りになってしまう。悩んだ末に、家具を売る以前にそのオフィスのレイアウトがどうあるべきか、お客様はどういう働き方をしたいのかをまず考えて提案するようにしていきました。そんなある日、オフィス設計を担当した会社が出した新製品の発表会に行くことに。発表しているのは、僕が家具を納品した担当者の方。その姿を見て、この会社のオフィスを担当したということは、自分もこの新製品開発の一翼を担えたんじゃないか?おこがましいですが、そんな感覚になったんです。オフィスを作ることには、モノを売る以上の価値があり、安さとか耐久性などだけではなく、そこを使ってどういう働き方ができるのかということがやっぱり重要なんだと気がついた瞬間でした。それからは、モノを売るのではなく、オフィスを作ることがお客様の目的実現や課題解決をすることだと考えるようになりました」

 

さらに東京・椿山荘のチャペルや、京都アンテルーム、ホテル・カンラなど、ホテルのリノベーションプロジェクトに関わったこともひとつの転機に。

 

「ある意味システム化されたオフィスの設計と異なり、デザインを変えることで収益が大きく変わるのがホテルの世界。効率以上に、そこに来たいと思わせる感覚を作らなくてはならない。人を動かすには、デザインや感性に訴えかける部分がとても重要だと感じさせられました。でもそれはオフィスでも同様。そこを使う人たちの行動で、やはりその会社の収益は変わってくるはず。空間が持つ力はすごく大きいのだと、身をもって知りました」

 


部屋によってデザインも異なるミーティングスペース。 部屋によってデザインも異なるミーティングスペース。

部屋によってデザインも異なるミーティングスペース。

ミーティングの内容や目的によって使い分けが可能。 ミーティングの内容や目的によって使い分けが可能。

さまざまな仕様のミーティングルームがあり、ミーティングの内容や目的によって使い分けが可能。


これまで、nendoの佐藤オオキ氏やクリエイティブユニットKIGIなど数々のデザイナーとコラボレーションしてきたのも、社内デザイナーへ大きな刺激を与えたいという思いがある。

 

「どういう視点で物を作るのか、お客様の課題をどう料理するのか。外部のデザイナーの方たちは、思いもよらない考えを出してきます。でも『オフィス家具でそんな造形作れませんよね』と言われながら、うちのデザイナーも必死に形にするんですよね。本当にすごい刺激になっていると思います」実際に日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)の新人賞を受賞する社員も現れるなど、着実にその効果を上げている。

 

実は今回の『THE CAMPUS』も、企画からマーケティング、インテリアデザインやグラフィックデザインまで、施工以外はすべてコクヨの社員が手掛けている。

 

「社内デザイナーなどスタッフのクリエイティビティを伸ばし、その力をお客様に形として紹介できる機会になったと思っています。社員にとってはチャレンジどころか、大変な負担になったかもしれませんが(笑)」


壁に掲げられた『THE CAMPUS』のシンボルグラフィックも社内デザイナーの作品だ。 壁に掲げられた『THE CAMPUS』のシンボルグラフィックも社内デザイナーの作品だ。

壁に掲げられた『THE CAMPUS』のシンボルグラフィックも社内デザイナーの作品だ。


1冊のノートに息づくものづくりの本質

 

 

そんな新しい試みと同時に、1975年に発売以来ベストセラー商品であり、現在は年間1億冊を売り上げているのがノート『キャンパスノート』だ。

 

「販売数の多さはありがたいことなんですが、これもただ数を売ろうとしてはダメなんです。何のためにノートをつくっているのかというところからずれてしまう。たった1冊のノートですが、綴じ方や開き方にもこだわり、どんな筆記具であっても書きやすくするために、キャンパスノート専用の紙を製紙会社さんに作ってもらっています」

 

最近は、紙の質感も「サラサラ」「ツルツル」「ザラザラ」3種類をラインアップした新しいシリーズ『PERPANEP』を発売。「デザインという意識だけではなく、用途や感覚も含めて選ぶことができる。僕らはそういうところにも気を配っていきたいんです」それは日本のものづくりに通じることだと黒田氏は語る。

 

「日本の建築でもそうですが、使う人にとってどんな体験や感覚があるかまで、意識して作られる。シンプルであっても細部にまで気が配られ、こういう風に使い感じて欲しいというメッセージがそこに込められている。それが日本の美意識であり、コクヨのものづくりでもあると思っています」

 

アイデアがひらめいたり、自分の考えを整理したり、学校が楽しくなったり。ノート1冊が様々な体験を生み出していく。

「例えば新しいノートの表紙にタイトルや名前を書く時って、何か気持ちを新たにするときの緊張感がありますよね。僕らは今日本で、お客様のそういう瞬間を1億回作ることができている。その気持ちを決して忘れず、ものづくりをしていきたいと思っています」


ライティングが美しい社員用のライブラリースペースも。さまざまなジャンルの本が並ぶ。 ライティングが美しい社員用のライブラリースペースも。さまざまなジャンルの本が並ぶ。

ライティングが美しい社員用のライブラリースペースも。さまざまなジャンルの本が並ぶ。


コクヨの源泉はあふれる創造力

 

 

『THE CAMPUS』のオープンと同時に、2030年に向け長期ビジョンを発表したコクヨ。サステナブルな長期視点の経営にシフトし、次々と事業を生み出す集合体への変革の1歩を踏み出した。その新たな企業理念が“be Unique.(ビー・ユニーク)”だ。

 

「これまでコクヨが積み上げてきた、安定した品質や豊富な品ぞろえ、丁寧なサービスといった資産だけに頼っていては、新しい価値が生みだせないのではないか。社会の多様性に合わせて、個性やユニークさがもっと輝いていくことが重要であり、それを支えていく会社になりたいと考えています。そのためには、コクヨも大きく変わっていかなければならないと思いました。コクヨの源泉は創造力。オフィス家具も文房具も、お客様の創造力を高めるための道具です。個性が輝く世の中を支えていく会社になるために、私達自体も創造性を高め、新しい価値を作るチャレンジをしていきたいと考えています」


いたるところにグリーンが配置され、心地よい。 いたるところにグリーンが配置され、心地よい。

いたるところにグリーンが配置され、心地よい空間を実現している。


街に開かれた場で生まれる新たな価値

 

 

この『THE CAMPUS』がある品川は、2027年にリニア中央新幹線駅も開業が予定されており、さらに再開発が進んでいる。

 

「街の変化もひとつの大きな機会。ここを使ってどんな働き方が生まれるのか研究していきたいと思っています。例えばインキュベーション・オフィスやシェアオフィスを設けることもあるかもしれません。コンテンツはこの後、時代とともに作っていき、この地に働く方、住んでいる方との接点の場として、地域社会にも貢献していきたいと考えています」

 

この日も『THE CAMPUS』のSHOPでは、親子がドリンク片手に新しいデザインの文房具を試し、テラスのデッキにはPCを開くビジネスパーソンが、そしてオープンスペースには子供の笑い声が響いていた。社会が、街が、そして人の価値観が大きく変化している今。この街に開かれ、働く人や住む人の心も開く『THE CAMPUS』がその未来を示すように、これからもコクヨは人々に新たな価値を提案し続けていくはずだ。

 

黒田英邦 Hidekuni Kuroda

1976年兵庫県生まれ。2001年4月コクヨ株式会社入社、ファニチャー事業の法人営業、経営企画部長、代表を経て、15年より代表取締役社長に就任。2021年2月、長期ビジョンを発表、企業理念を刷新した。

 

 

島村美緒  Mio Shimamura

Premium Japan代表・発行人。外資系広告代理店を経て、米ウォルト・ディズニーやハリー・ウィンストン、 ティファニー&Co.などのトップブランドにてマーケティング/PR の責任者を歴任。2013年株式会社ルッソを設立。様々なトップブランドのPRを手がける。実家が茶道や着付けなど、日本文化を教える環境にあったことから、 2017年にプレミアムジャパンの事業権を獲得し、2018年株式会社プレミアムジャパンを設立。2019年株式会社アマナとの業務提携により現職。

 

 

Text by Yukiko Ushimaru
Photography by Kazuaki Koyama(amana)

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