類いまれなブランドストーリーを持つ企業のエグゼクティブにご登場いただくのが、Premium Japan代表・島村美緒によるエグゼクティブ・インタビュー。彼らが生み出す商品やサービス、そして企業理念を通して、そのブランドが表現する「日本の感性」や「日本の美意識」の真髄を紐解いていく。シリーズ2回目は、今年で創業100年という大きな節目を迎えた「マツダ」の常務執行役員 デザイン ブランドスタイル担当 前田育男氏に話を聞いた。
100年前から受けついできたDNA
世界で最も優れた車を選出するワールド・カー・オブ・ザ・イヤーをこれまで数々受賞し、そのデザインと性能で世界の注目を浴び続けているマツダ。その創業は1920年と、実は現存する車メーカーとして日本で2番目に古い歴史を持つ。
「『工業で世界に貢献をする』という創業者・松田重次郎の言葉通り、マツダは人に貢献し喜んでもらうという志から始まっています。だから商売ありきで車を作ったことは一度もない気がします。おかげで未だに商売下手ですが(笑)」
そう笑うのは、入社以来デザイン部門で先行デザインから量産デザインまで手掛け、近年のマツダブランド変革のキーマンである常務執行役員 前田育男氏だ。
「戦時中には被爆という歴史もあり『広島の人たちになんとか笑顔を与えたい』と便利なツールを提供するべく自動車製造を開始。もちろん地方の小さな会社が、大企業と同じことをしても戦えません。オンリーワンになるために、技術やデザインなど我々の特異性で勝とうというチャレンジ精神もあふれていた。その思いはマツダのDNAとして、今も脈々と流れていると思います」
逆境の中に変革への道筋を得る
変わらず受け継がれてきた歴史にかつてない変化が起こったのが、90年代の経営危機により、アメリカの自動車メーカー、フォード・モータースの傘下に入った時だった。フォードから経営陣が送り込まれ、会議は全部英語になるなど目に見える変化はもちろんだが、辛かったのはモノつくりへのアプローチの違いだったという。
「マツダはそもそも、すごくまじめにモノを考える企業。トレンドを追いかけず、マツダのヘリテージから、目指すべき理想や自分たちの哲学は何かを必ず考えて、デザインを開発していました。でも海外から来た彼らにとって、そのヘリテージは関係ない。だから当時は、なかなかマツダのモノつくりの本質に迫れない状態が続いていました」
100周年記念車も限定販売。100周年記念車オリジナルのホイールキャップのデザインは、前田氏はじめ社員がつけている100周年の社章と同じデザインだ。
だが反面、彼らに気づかされたこともあったという。それが後のマツダの変革に大きな意味を持つ、ブランディングという考え方だ。
「ブランドに価値を持たせ、会社自体をアピールすることが重要だということに気づかされたんです。もちろん、ひとつひとつ魅力のある車はたくさんありましたが、それを束ねてイメージを作るという意識がまったくなかった。僕もそうですが、各プロジェクトのトップに立つチーフデザイナーの個性も強くて(笑)。プロジェクトひとつひとつが“○○商店”と言われてしまうほど、統一感がまったくなかったんです。マツダというひとつの視点で俯瞰することを誰もやっていなかったんですね」
日本の美意識を纏う新たなマツダデザインへ
その思いから、フォードが撤退したあと、デザインチームの総責任者に就任した前田氏が取り組んだのが、これからのマツダが車を作る上で核となる哲学の構築だった。
それが現在のマツダのすべてのデザインのベースになる、デザイン哲学「魂動(こどう)-SOUL of MOTION」だ。
「マツダの車は、冷たいマシンでも商売道具でもない。もともと車と人の関係を『人馬一体』と言っていたのですが、であればデザインも生きた形でなくてはならない。生命感を表現するというテーマにしようと決め、それこそ走るチーターなど動物を研究し、約1年間七転八倒して、今のデザインのテーマの基礎になる部分を作ったんです」
2010年8月に“魂動デザイン”の最初のビジョンモデル「靭(SHINARI)」を発表。その後量産モデルとしてCX-5、アテンザなどを次々と発表し、新生マツダのデザインが周知のものとなった。
魂動デザインを具現したコンセプトカー「靭(SHINARI)」。Photography by ©MAZDA
魂動、靭(SHINARI)、というワードだけではなく、その独特の曲線美や色調、そしてフォルムを際立たせる陰影など、マツダのデザインに日本の美意識が息づいていることを感じるはずだ。実際に日本の車メーカーとしてのヒントを得るために、日本の伝統工芸や職人とのコラボレーションも行い、大きな刺激になっているという。
「玉川堂」の鎚起銅器のワインクーラー「魂銅器」は、前田を魅了した伝統工芸品のひとつ。Photography by © MAZDA
前田氏にとって「日本の美意識」はどういうものだと考えているのだろうか?
「言葉にするのはなかなか難しいですが、ひとつは“無駄が価値になる”ということかもしれません。日本の伝統工芸の匠たちの仕事を見ても、この工程は省いてもいいのでは?と思うほど膨大な作業からものが生み出されている。でも、作業すべてに意味があり価値となっているんです。さらに、すべてが“計算しつくされている”こと。例えば枯山水の庭も、計算しつくされた配置が、あの研ぎ澄まされた緊張感を生んでいる。伝統工芸の匠は、頭の中にある最終形を形にするために、計算つくした工程と手間をかけていく。その凄まじさは、自分の仕事にもとても参考になりました」
車が人の豊かさを育む価値ある存在に
社会も大きく変化し、人々の価値観も大きく変化した今年、奇しくも100周年を迎えたマツダ。この時代に車を所有すること、車を利用することで得られる価値について聞いてみた。
「今は正直日常の生活を送ることすら難しい時代です。でもだからこそ、ちいさなきっかけに感動を感じることがある。自分も、ちょっとしたドラマで涙が出てくるぐらいですから(笑)だから、パッと車を見て「ああ、光がきれいだな」と思う、そんな瞬間が以前より増えるのではと思っているんです。自己主張が強いデザインではなく、もっと自然に溶け込みながらもハッとするような美しさを持っているものを作れれば、それが人間の豊かさを育む大きな価値になるのではないかと考えるようになりましたね」
学生時代からレースをはじめ、現在もスーパー耐久に参戦するレーサーでもある前田氏。レース用に改造したロードスターでサーキットを駆け抜ける。
車の機能の進化を問えば、今の技術開発は“CASE”と称されるように、インターネットと接続される「Connected:コネクティッド化」、「Autonomous:自動運転化」、「Shared/Service:シェア/サービス化」、「Electric:電動化」へと向かっている。でもそれだけではないと前田氏は言う。
「乗ると大きなスクリーンがあって、話しかけてきたり、いろんな情報が画面上に出てくる車も多いですよね。でも我々の車は、どちらかといえば機械からの余計なインフォメーションをシャットアウトして、普通に車と対話できるモノづくりをしています。例えばロードスターのホロを上げて走れば、気持ちいいと感じる。そういうことがとても豊かで幸せな事だと思うんです。こちらから情報を押しつけるのではなく、もっと自然に車を楽しんで欲しいと考えています」
そのためにこだわるのが、“乗り味”のよさだ。
「トライバーが座った時に、ハンドルに対してきちんと軸を持ち真っすぐになっているか、さらに自然な位置にペダルが配置されているのか、着座位置ひとつにもこだわっています。当たり前のことですが、できている車はほとんどない。運転した時の感覚を大事にしています」
乗る人自らが心地よく、車と共にいる時間を自然に心から楽しめる。それこそがマツダが目指す「走る歓び」なのだ。
艶感と深みを実現したソウルレッドクリスタルメタリックのMX-30。マツダ独自の塗装技術「匠塗り」の美しさが映える。
車の本質を追い求め、新世紀へ
2021年からは、マツダの次の100年がスタートする。「人の喜びを追求するという点では、実はマツダは100年前とあまり変わっていないのかもしれません。でも、劇的に変わることや技術をどんどん進化させることが正しいということがトレンドの中で、我々のように本質の良さをずっと磨き続ける企業っていうのが一社ぐらいあってもいいんじゃないかと思うんです。もしかしたら自然淘汰されてしまう危うさはあるかもしれませんが(笑)そういう企業が、真のブランドとして価値を認められて生き残るよう、100年後に向けてさらに車の本質というものを研ぎ澄ましていきたいと思っています」
さまざまな形で変革はしながらも、その根底にある日本の車メーカーとしての美意識や、人が車に感じる歓びを追求する確かな思いはきっと変わることがない。そんなマツダの新世紀に期待したい。
前田育男 Ikuo Maeda
1959年広島県生まれ。京都工芸繊維大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。横浜、カリフォルニアのデザインスタジオを経て、本社デザインスタジオで量産デザイン開発に従事。チーフデザイナーとして、ロータリーエンジン搭載のRX-8や、ワールド・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したデミオを手掛ける。2009年デザイン本部長就任後は、デザインコンセプト「魂動」を立ち上げ、マツダのブランディング構築に携わる。2016年より現職。
島村美緒 Mio Shimamura
Premium Japan代表・発行人。外資系広告代理店を経て、米ウォルト・ディズニーやハリー・ウィンストン、 ティファニー&Co.などのトップブランドにてマーケティング/PR の責任者を歴任。2013年株式会社ルッソを設立。様々なトップブランドのPRを手がける。実家が茶道や着付けなど、日本文化を教える環境にあったことから、 2017年にプレミアムジャパンの事業権を獲得し、2018年株式会社プレミアムジャパンを設立。2019年株式会社アマナとの業務提携により現職。
取材協力 関東マツダ高田馬場店
Photography by Toshiyuki Furuya
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