2025年5月14日(水)〜19日(月)の6日間、京都髙島屋S.C.にて「京都 食の博覧会」が開催されました。京のグルメを集めたこのイベントでは、京都府内各地の料理店・和洋菓子店のグルメやスイーツ、人気ベーカリーのパンなどが集結。特設スペースでは、日替わりで京都を代表する料亭3店による出汁の飲み比べ体験も行われるなど、伝統を受け継ぐ料理人たちの技と豊かな食文化を堪能できる絶好の機会となりました。
そして14日(水)〜16日(金)には、京の料理人による講演会も実施。伝承の技や和食の未来について、貴重なお話が繰り広げられました。京都通信では、その模様を3回にわたってお届けします。
山ばな平八茶屋 二十一代目主人の園部晋吾氏
園部晋吾氏[山ばな平八茶屋 二十一代目主人]──京料理と「だし」文化
第2回となる5月15日(木)は、山ばな平八茶屋 二十一代目主人の園部晋吾氏が登壇。縄文時代から現代へとつながる京料理とだしの歴史、そして「和食とは何か?」という本質的な問いに迫りました。
縄文時代に遡る、だしの原点
最初の話題は、歴史的な視点から見た「だし」について。その歴史は意外なほど古く、縄文時代まで遡ります。
日本料理アカデミーの副理事長でもある園部氏。子どもたちへの食育活動にも尽力している。
縄文時代といえば、土器の普及によって煮炊きが可能になった時代です。人々は調理技術を獲得していくなかで、煮汁に食材のうま味が溶け出すことを発見。それが「だし文化」の始まりにつながったと考えられています。
奈良時代の文献には「煮堅魚(にがつお)」や「堅魚煎汁(かつおいろり)」という言葉が登場します。「だし」という言葉はまだ生まれていないものの、それらのうま味をいかした料理が作られていました。
奈良時代には、日本最古の料理形式「神饌料理」が成立した。
そして、この時代に生まれたのが、和食の原型のひとつとされる「神饌(しんせん)料理」。神饌とは、神前に供える食事のことで、祭儀を終えたあと神様のお下がりをいただく直会(なおらい)「神人共食」が行われます。
「お祝いの席で使う柳箸も、神人共食の考え方に基づいて作られています。片方は人が使うため、もう片方は神様が使うために両端が細く作られています」と園部氏。
「だし」という言葉の登場
平安時代には公家を中心に「大饗(だいきょう)料理」と「有職(ゆうそく)料理」が発展。大饗料理では山高に盛ったご飯のまわりにおかずが並び、醤(ひしお)や塩、酢で各自が味付けをして食べていました。
「お刺身に醤油をつけて食べるのは、その名残です。また「おかず」という言葉も、大饗料理に由来します。ご飯のまわりにたくさんの数の料理が並べられたことから、おかず(お数)と呼ばれていたんです」
有職料理は宮中の神事や儀式の際に食された、雅やかな料理。なかでも有名なのが「式庖丁」です。これは食べるためのものではなく、包丁と俎箸(まなばし)を使って魚を捌き、おめでたい形を表す儀式。老舗料亭「萬亀楼」さんでは、その流派のひとつ生間流式包丁と有職料理が継承されています。
鎌倉時代には「精進料理」において、昆布や干し椎茸、かんぴょう、大豆といった食材がだしとして使われるように。
そして「本膳料理」が成立した室町時代の後半には、いよいよ文献に「だし」という言葉が登場するようになります。
料理を乗せた銘々膳をいくつも並べて客をもてなした「本膳料理」。
茶懐石が変えた「温かいものを温かいうちに」
安土桃山時代の「茶懐石」は日本料理の歴史において、画期的な転換点となりました。
「というのも、実はそれまで “温かいものを温かいうちに”という考え方はありませんでした。将軍様が召し上がる料理は、必ずすべて毒味をしていましたから、運ばれてくるころには冷めてしまっていたんです」と園部氏。
茶懐石は、お茶を楽しむための「茶事」の一環で、料理を食べることが主な目的ではありません。メインはあくまで「濃茶」を飲むこと。しかし、濃茶は濃度が高く刺激が強いため、空腹状態で飲むと胃が荒れてしまいます。そのため、事前に軽い食事で小腹を満たしましょうということで出されたのが茶懐石でした。
「“温かいものを温かいうちに”という考え方から、主菜は煮物椀。つまり、だしが料理の要となっていたわけです」
江戸時代に入ると、ついに昆布とかつお節の合わせだしが登場。うま味とうま味をぶつけて、よりおいしくするという相乗効果をいかした調理法が、この頃から始まりました。
「京料理の世界では相性のよい食材を組み合わせ、双方のもち味を引き立たせあう料理のことを“であいもん”と呼びます。たとえば「にしん茄子」や「鯛かぶら」、海老芋と棒鱈を使った「いもぼう」など。これらは全部煮物ですから、やはりだしが活躍するんです」
今日の京料理は、このような時代の流れのなかでさまざまな要素が混ざり合い、発展することで形づくられきたのです。
昆布とかつお節
続いて、京料理で使用するだしの主役、昆布とかつお節について詳しく解説されました。
ひと口に昆布といっても、「真昆布」「日高昆布」「長昆布」「羅臼昆布」「利尻昆布」とその種類はさまざま。北海道と北東北の一部に分布する産地によって、味も形状も随分と異なります。なかでも京都では利尻昆布が使われることが多く、山ばな平八茶屋でも北海道・礼文島の香深浜産の利尻昆布を使用しているそうです。
興味深かったのは、私たちが普段食べたり、だしをとったりしている昆布は“2年目の昆布”だということ。昆布漁では、1年目の昆布が枯れて抜け落ちたあと、残った根元から再び生えて成長した昆布が採取されるのだとか。
利尻昆布の産地・礼文島での漁の風景。漁期は7月中旬から9月上旬。
「かつお節は、京都ではカビつけする前の「荒節」を使うことが多いです。本枯れ節は香りや味わいが強いので、昆布だしがしっかりと出る京都では荒節の方が合うんです。でも、お店によって素材選びも、だしのとり方も本当にさまざまです。同じ素材を使っていても、まったく同じ味にはならない。だしの風味こそが、お店の味のベースになっているわけです」
燻して乾燥させる「焙乾」と、外に出して寝かせる「あん蒸」を繰り返したかつお節を「荒節」と呼ぶ。そこからさらに「カビつけ」と「日乾」を繰り返すことで「本枯れ節」が出来上がる。
なぜ関西では昆布だしがベースになっているのか。その理由は2つあります。1つは北前船が日本海を通って運んできたという歴史的背景。敦賀に到着した昆布が琵琶湖を通って運ばれ、京都や大阪に持ち込まれたのです。太平洋は荒波で昔の船では往来が困難だったため、北回りの日本海航路が主流だったといいます。
もう1つは水質の違いです。京都は軟水ですが、東京は関東ローム層の影響でカルシウムやマグネシウムが多く、若干硬水に傾いています。「硬水だと、昆布だしが出にくいため、関東ではかつお節をたくさん入れてだしをとります。そうすると魚臭さが出るため、濃口醤油を使うことが多いんです。一方、京都は昆布だしがしっかり出るため、かつお節は香りづけ程度。塩や薄口醤油で味つけした澄んだだしが好まれるようになりました」
和食とは何か?
講演の最後で園部氏が投げかけたのは「和食とは何か?」という問い。五つの視点から和食の本質を解説してくださいました。
1. だし(うま味)を利用した料理であること
2. 日本独自の発酵調味料で味付けをしたもの
3. 季節感があること
4. 日本文化や伝統工芸と深く結びついていること
5. ご飯を中心とした食事形式であること
「西洋料理や中華料理などは風味やコクを出すために油脂を使いますが、和食はだしのうま味が料理のおいしさを支えています。そして、酢や醤油、味噌、酒、みりんなど、麹菌で発酵させた日本独自の発酵調味料。私はこれが一番の要だと思っています」
長い歴史のなかで日本の風土や文化とともに発展してきた和食。だしのうま味や発酵調味料が、和食ならではの味わいや香りを生み出している。
タケノコが出てくると春を感じ、松茸や栗が出てくると秋を感じるといったように、食材で季節を味わえるのも和食の魅力のひとつ。お正月のおせち料理やお雑煮、ひな祭りのちらし寿司やはまぐりのお吸い物といった、年中行事とも密接に関わっています。
「料理を食べるためのお箸やお椀、空間を構成する畳や座布団、襖、障子などといった日本の伝統工芸品と結びついているのが和食です。味噌汁をコーヒーカップに入れて飲んでも、味が変わることはありません。でも“味噌汁らしさ”は失われてしまいますよね。お椀に入っていて、お箸で食べるからこそ、味噌汁らしいという感じがします」と、料理の味わいを引き立て、食体験を豊かにする伝統工芸品との関係にも言及されました。
安土桃山時代に創業した、老舗料亭「山ばな平八茶屋」。正面玄関に建つ風格漂う「騎牛門」をくぐると、約600坪の日本庭園が広がっている。
料理そのものだけでなく、器や盛り付け、食べる空間、季節の移ろいといったすべてが一体となって成り立つ和食。その長い歴史の中でさまざまな時代の料理の要素が合わさって、今日の京料理が形成された──そんな園部氏のお話は、改めて日本の食文化の奥深さを感じさせるものでした。
次回は、8月上旬〜中旬に公開予定。5月16日(金)に登壇した「木乃婦」三代目主人・髙橋拓児氏による講演のレポートです。
最終回として、さらなる京料理の神髄に迫ります。
Text by Erina Nomura
野村枝里奈
京都在住のライター。大学卒業後、出版・広告・WEBなど多彩な媒体に携わる制作会社に勤務。2020年に独立し、現在はフリーランスとして活動している。とくに興味のある分野は、ものづくり、伝統文化、暮らし、旅など。Premium Japan 京都特派員ライターとして、編集部ブログ内「京都通信」で、京都の“今”を発信する。
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