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成駒屋三兄弟がゆく!

2026.8.28

成駒屋三兄弟がゆく! 第2回 僕たちの子役時代 橋之助さん編

右から中村橋之助さん、中村福之助さん、中村歌之助さん。「サンパール荒川」で行われた「歌舞伎鑑賞教室」で三人揃って「仮名手本忠臣蔵」に出演した後に。( photo by  Toshiyuki Furuya)

 

連載「成駒屋三兄弟がゆく!」第2回と第3回は「僕たちの子役時代」。歌舞伎には、「子役」という独特の役がある。もちろん、映画やテレビドラマにも子役は存在する。ただ、映画やテレビドラマでは、いわば「素」の子どもを演じればよいが、歌舞伎は違う。普段と異なる衣裳を纏い、顔を塗り、セリフは声高。そして何よりも、子役とはいえ「型」が求められる。しかも、2歳から4歳くらいで初舞台を踏むことが多い。よちよち歩きをようやく脱したくらいの覚束ない足取りで、それでも舞台に立ち、一生懸命セリフを発するあどけない子役。そんな子役を観客たちは誰もが保護者になった気分で見守り、劇場は心温かな空気に包まれる。歌舞伎ならではのほほ笑ましい一コマだ。

成駒屋三兄弟も、それぞれ子役を経験してきた。三人が語る子役時代の思い出とは……。まずは橋之助さんの子役時代から。

2歳から4歳くらいで踏む初舞台。「運動も得意な健康的肥満児で、野球ばかりやっていました」 ──中村橋之助さん



「僕は子どものころ、とても太っていたため、子役の声をあまりかけていただけませんでした。とにかくよく食べる子どもで、朝は大きなおにぎり、昼は工事現場の人が持っているような大きな水筒型のお弁当ジャーにテンコ盛りに詰めた弁当を食べ、学校帰りに牛丼の大盛、夕飯に弟の福之助と二人で五合のご飯を食べる、という有様でした。福之助はそれほど太っていませんでしたので、子役としては彼の方がよくお声をかけていただていました。僕は太ってはいましたが、運動も得意な健康的な少年期でした(笑)」


中村橋之助 中村橋之助



「初舞台では、よちよち歩きの福之助をお弟子さんが支えていた姿が目に焼き付いています」



橋之助さんの初子役は2000年、4歳の時に歌舞伎座で出演した『菊晴勢若駒(きくびよりきおいのわかこま)』での「春駒の童」だった。当時のことはほとんど記憶にない。「2歳になった福之助が、まともに真っすぐ歩くことができないので、お弟子さんが彼の腰を持ってかがんで歩いている光景だけが目に焼き付いています」

 

「記憶に残っているのは、小学校2年生のときに出させていただいた、『恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)』です。この演目は、祖父の七代目芝翫の当たり役であり、成駒屋にとっても大切な芝居。僕が演じる「三吉」という役もセリフが多く、とても大変で、お稽古も厳しかったことを覚えています。祖父や父(八代目中村芝翫)とのお稽古が厳しかったわけではなく、成駒屋の古くからいるお弟子さんに厳しくお稽古をしてもらいました。でも、僕も歌舞伎が大好きだったので、厳しさも感じながら、その一方で楽しく芝居を教えていただきました」


『沓手鳥孤城落月(ほととぎす こじょうの らくげつ)』橋之助 小5のとき 『沓手鳥孤城落月(ほととぎす こじょうの らくげつ)』橋之助 小5のとき

橋之助さんが小学5年生の時に出演した『沓手鳥孤城落月(ほととぎす こじょうの らくげつ)』では、裸武者石川銀八を熱演。階段落ちも見事にこなした。大阪城落城のさなか、子役が演じる裸武者がより悲劇性を高めていた。


大勢の前で「下手だ」と踊りのお師匠さんに叱られ、大ショック



厳しさを感じながらも、楽しく芝居を覚えていった橋之助さんだが、時にはショックを受けたこともあった。それは小学校6年生のときだった。

 

「2008年8月の納涼歌舞伎で出させていただいた『三人連獅子』です。親獅子と仔獅子の二人で舞うのが普通の『連獅子』ですが、このときは親獅子と母獅子、そして私の仔獅子の三人連獅子という、少し変わった趣向でした。親獅子は当時三代目橋之助だった父、母獅子は中村扇雀のおじ様でした。踊りは僕の踊りの師匠である、中村流家元中村梅彌、僕の伯母にお稽古をしていただきましたが、その師匠から『こんなに下手だと、成駒屋として歌舞伎座の舞台に出てお客様からお金をいただくわけにはいきません』と厳しく叱られました。稽古をやってこなかったために叱られる、ということはそれまでもありましたが、下手だからと叱られたことはありませんでした。しかも稽古に来ていた中村流のお弟子さんの前で。恥ずかしくとてもショックでした」



成駒屋三兄弟 成駒屋三兄弟

橋之助さんが中学3年生の時に演じた『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』の六七八右衛門。主人公薩摩源五兵衛に使える若党役だが、あどけなさがある。


「そんなに太っていては相撲取りの役しかもらえないよ」十八代目中村勘三郎さんの一言に奮起してダイエット



中学校までは、ご自身の体型などはそれほど深く考えず、とにかくよく食べ、よく動いていた橋之助さん。結果として当然のごとく、小学生からの肥満体形は続いていた。そんな橋之助さんに叔父である十八代目中村勘三郎さんはこう言った。

「国生(橋之助さんの本名)が、歌舞伎好きなのはわかるけど、そんなに太っていては相撲取りの役しかもらえないよ」

この一言が橋之助さんを変えた。

「中学三年生の時でした。そこから、肉は食べるけど、夜は米を食べず、お菓子も控えるといったある程度の食事制限をしました。もともと運動好きで、体を絶えず動かしていたので、どんどん痩せていきました」

橋之助さんは、今年8月の納涼歌舞伎『怪談牡丹灯籠』で、色男ながらも殺人を犯す宮野辺源次郎を演じた。現在の橋之助さんの身長は174センチで74キロ。かつての「相撲取りしかできない」と言われた体形とは程遠い。人間の弱さや性を持ち、着物をだらしなく着崩した橋之助さんの「色悪」は、父、中村芝翫の若き日を彷彿させると好評だった。


やがて始まる厳しい踊りのお稽古。疲れてしまい、階段の上り下りができなくなったことも。


十代半ばを過ぎると、子役は卒業となる。そして、大人の歌舞伎俳優になるための本格的なお稽古が始まる。橋之助さんに待ち構えていたのは、厳しい踊りのお稽古だった。

 

「僕が高校生になって踊りのお稽古に行かせていただいた思い出は、亡くなった坂東三津五郎のおじ様のところのことです。三津五郎のおじ様も勘三郎のおじ様も、近所のおじちゃんという感じで、普段はとても優しいのですが、お稽古となると、うって変わって厳しくなります。三津五郎のおじ様にお稽古していただいたのは『紅葉狩』の「山神」と、『大原女国入奴』のふたつでしたが、どちらも体力的にとても厳しく、お稽古の途中から歩けなくなるくらいきつい踊りでした。三津五郎のおじ様の家は2階が稽古場で1階がダイニングとなっていて、お稽古が終わると1階でお食事をいただくのですが、2階から1階へ降りられないくらい足がパンパンになってしうこともありました。ある時は、食事でステーキを出していただいたのですが、ソースをかけていただく前に食べてしまい、それでも味も何もわからない、それくらいクタクタに疲れるお稽古でした」

子役時代のさまざまな経験、そしてこうした厳しいお稽古を経て、今の橋之助さんがある。

 

次回は、福之助さんと歌之助さんの子役時代。同じ子役時代であっても、兄とは違う、二人それぞれ別の、まさに三者三様の時間がそこにはあった。














































中村橋之助

1995年生まれ。本名中村国生。2000年9月歌舞伎座にて初代中村国生を名乗り初舞台。2016年10月に四代目中村橋之助を襲名する。父、八代目芝翫譲りの力強く豪快な演技が魅力の立役で、2026年1月の「浅草新春歌舞伎」では前年に引き続き座頭を務める。近年は演劇、テレビドラマ、映画など歌舞伎以外の舞台にも挑戦。今年4月には、女優で元「乃木坂46」の能條愛未さんと結婚発表し話題を呼ぶ。



中村福之助

1997年生まれ。本名中村宗生。2000年9月歌舞伎座にて初代中村宗生を名乗り初舞台。2016年10月に三代目中村福之助を襲名する。体幹の強さと踊りのキレに定評があり、2026年1月の新橋演舞場での「新春大歌舞伎」では『鳴神』の主役に抜擢され注目を集める。また古典のみならず、スーパー歌舞伎などにも積極的に出演し芸風を広める。野球をはじめスポーツ全般に興味があり三兄弟のムードメーカー的存在。



中村歌之助

2001年生まれ。本名中村宜生。2004年9月歌舞伎座にて初代中村宜生を名乗り初舞台。2016年10月に四代目中村歌之助を襲名する。子役時代から数多くの舞台を勤め、襲名後は清々しい若手立役として高く評価されている。動的な兄二人に対し、どちらかと言えば静的で、「常に歌舞伎のことを考えている」と本人が言うほど、歌舞伎に対する探求心を持つ。


◆連載「成駒屋三兄弟がゆく!」とは……
昭和、平成の歌舞伎を代表する女方(おんながた)で、人間国宝にも認定された七代目中村芝翫(しかん)を祖父に、八代目中村芝翫を父に持つ、中村橋之助、福之助、歌之助の三兄弟。名門「成駒屋」のホープとして、彼らはいま大きな注目を集めている。三人は、家の芸を受け継ぎながら、歌舞伎俳優として日々研鑽を重ねる。さらに、自ら企画・出演する自主公演「神谷町小歌舞伎」にも力を注ぎ、新たな歌舞伎の魅力を発信。一方、舞台を離れれば、いわゆる「Z世代」の若者だ。プライベートではさまざまな趣味を持ち、それぞれの世界を楽しんでいる。そんな三人が考える歌舞伎とは、芸とは、成駒屋とは。そして普段の生活は?


構成/執筆:櫻井正朗

『婦人画報』元編集長代理。陶芸や漆芸など、日本の伝統工芸をはじめ、茶道や歌舞伎などさまざまな日本文化の取材・原稿執筆を担当する。現在ではフリーランスの編集者として、書籍、雑誌、広告制作に携わる。「プレミアムジャパン」では主に伝統工芸・旅行関係の記事を執筆。








































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