瀬戸内国際芸術祭を鑑賞しながら、小豆島の自然と歴史が育んだ技と味わいを訪ねると、そこには忘れていた風景があった。山の稜線まで続く広大な棚田には、まだ青い稲穂がそよぐ。旧きを知る、そして心を開放する旅は続く。
瀬戸内海の気候が育む
オリーブ畑と数百年の歴史を持つ棚田
たゆたう海に、丸みをおびた緑茂る無数の島々が浮かび、日本の原風景を思わせる瀬戸内海。おとぎ話の舞台のようで、今にも浦島太郎が現れそうな、どこかに龍宮城がありそうな、そんな感慨も抱くほど、どこまでも穏やかで温和な光景が広がる。小豆島は日本で19番目に大きな島。瀬戸内海では淡路島に次ぐ広さを持ち、面積は約170k㎡。島内はバスやタクシーで巡るのがおすすめだ。
小豆島を象徴する植物が、約110年前に米国カリフォルニア州から導入されたオリーブ。島の各所に、緑の葉を豊かに茂らせたオリーブの畑が見られる。


約2,000本のオリーブが植えられている、小豆島オリーブ公園。オリーブの緑と海のコントラストが美しく映える。
オリーブのずっと以前からあるのが、島の中央、中山地区の山の斜面に連なる千枚田だ。南北朝時代から江戸中期にかけて、斜面に石を積んで造られたもので、現在は770枚ほどの田がある。水源にも恵まれ美味しい米が作られている。棚田のふもとには300年以上続く「中山農村歌舞伎」の舞台があり、毎年10月、奉納歌舞伎として地元の人によって上演され、多くの人が観劇に訪れる。中山地区は島の伝統を強く感じられる場所だ。


日本の棚田百選にも選ばれている中山千枚田(なかやませんまいだ)。
観光客も地元の人もゆきかう
棚田の合間のレトロな名物カフェ
棚田の間を走る県道沿いにある「こまめ食堂」では、千枚田でとれた米と、その水源の名水「湯船の水」で炊いた米による「棚田のおにぎり定食」が人気だ。舌平目など魚のフライや地場野菜の副菜が並ぶボリュームたっぷりの名物ランチを、棚田を眺められるテラスで味わう。


元は昭和初期ごろ建てられた地域の精米所だった。


懐かしい空気の漂う店内には、風情のある木の机と椅子が並んでいる。


名物メニューの「棚田のおにぎり定食」。これを目当てに訪れる人も多い。醤油は小豆島産のヤマロク醤油のものだ。
こまめ食堂
小豆島オリーブ牛バーガーや
島の果物を織り込んだマフィンも人気。
http://www.dreamisland.cc/cafe/komame-cafe.html
小豆島に吹く風、
輝く陽光が育てて400年
手延べそうめん作りの風景
この島に手延そうめんの技が伝えられたのは約400年前。原料には瀬戸内海の塩、小豆島産のゴマ油も使われている。「島のそうめんは、この風と陽光に育てられます」と語るのは、創業から約百年になる真砂喜之助製麺所の四代目、真砂 淳。こね上げた麺が白糸の滝のように架けられた「はた」を、屋内から日の当たる屋外へと移動しつつ、麺同士がくっつかないよう「箸分け作業」をしながら、時に手を休め語ってくれた。
「うちは創業が1920年ごろです。昔は中山の千枚田で小麦も作られ、この製麺所まで牛に運ばせていた時代もあったそうです。小豆島のそうめんの特色は、熟成させないで翌年には製品として出すため、フレッシュでもっちりしていることでしょうか」。製麺所には小麦とゴマ油のいい香りふわりと漂う。
両親も麺作りに精を出し、妻は麺を束ねて箱詰めにする作業を担う。家族4人で夏は朝3時から仕事に励んでいるという。そうめん造りのかたわら、ユニークな食べ方や、購入者が提案したレシピも積極的にサイトに公開している。たとえば、つけだれにナンプラーを入れる、そうめんに切った豆腐を加えともに食べる、パスタのようにアーリオオーリオで…、などのレシピやアイデアはどれも試したくなる。
昔ながらの住宅の並ぶ静かな一角にあり、以前は近隣の多くも製麺所だったが、今は真砂家一軒のみになった。「僕は一度島の外に出ていますが、外に出てはじめて、小豆島の豊かさや住みやすさを実感しています。外から見ると華やかで活気ある島に見えますが、人口減少など問題も少なくありません。でも私たち40代の世代にできることをやっていきます」。上質なそうめんを作り続けることも、島の未来の力になるに違いない。


陽光をたっぷりと浴びるそうめん。


白いそうめんに赤い帯が可愛らしい。手作業で帯を巻いていく。


小麦粉とゴマ油の香りが漂うなか、箸分け作業は進む。
真砂喜之助製麺所
オンライン販売も実施している。
http://www.kinosuke.net/
日本有数の醤油産地だったからこそ
「木桶仕込みの本物の醤油」を残したい
醤油や佃煮もまた小豆島の特産品だ。醤油造りは16世紀から始まり、この地は日本有数の醤油生産地となった。海や山を渡る風、温暖少雨の気候も旨い醤油造りに欠かせない要素だ。
島には「醤(ひしお)の里」と呼ばれる醤油や佃煮工場の並ぶ地域がある。その中のヤマロク醤油は、古い蔵の前で醤油や加工品を直販。しょうゆスイーツや、週末にはランチを出す気軽なカフェを構えている。奥の広大な蔵には百数十年の時を経てきた巨大な木桶が並び、桶の表面や蔵の中に棲みついた微生物(酵母菌と乳酸菌)が、香りの良い醤油を造り出している。材料は国産丸大豆や丹波黒豆、国産小麦と塩だ。


木桶を造る職人がいなくなってしまう前に、自身が木桶造りを学んだヤマロク醤油5代目当主・山本康夫。


蔵の中にも、木桶のまわりにも乳酸菌や酵母菌が棲みついている。醤油造りには欠かせないもの。
五代目の山本康夫が現在、醤油同様に情熱を傾けているのが木桶造りだ。古来、醤油や味噌、酢や酒の醸造には木桶が使われてきた。木桶からステンレス容器などに代わる中、山本は日本ではたった1軒となった醸造用木桶の工房の職人のもとで修業し、小豆島で新桶を造るプロジェクトを立ち上げた。目的は「木桶仕込みの本物醤油」を次世代に残すこと。全国の多くの賛同者を巻き込んで、仲間とともに奮闘している。原料も道具もぜいたくに造られた醤油は島民にも人気だ。
瀬戸内国際芸術祭をきっかけに、はるか遠くまで続く棚田の眺め、そして江戸時代から続くそうめん、醤油造りなど、島に息づくレガシーを訪ね歩いてみた。のどかさと懐かしさに心が満たされながら、小豆島の旅はまだ続く。
ヤマロク醤油株式会社
醤油やポン酢、卵かけごはん用醤油などが人気。
取り寄せ方法については、ウェブサイトへ。
http://yama-roku.net/
Photography by Noriko Kawase
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