Experiences

Spotlight

2023アジアのベストレストラン50 結果発表

2023.4.13

「アジアのベストレストラン50」ベストテン内に日本勢5軒がランクイン!見えてきた業界の変化と課題

壇上に並ぶスターシェフたち。が、その顔ぶれは年々変化していて、今回は各国がコロナ禍からどう抜けたかというお国事情も色濃く反映された。





始まりの地、シンガポールで開催された第11回大会

 

 

2023年の「Asia’s 50 Best Restaurants(以下『アジアベスト50』)」の授賞式が、去る3月28日、シンガポールで開催された。すでに公式サイト等で速報は発表されており、ご存じの方も多いかもしれない。日本勢は、1位こそ逃したものの2位に東京の「Sézanne」がランクイン。10以内に実に5軒が入り、50以内に10軒ランクインというのは、アジアの中でも最高成績だ。厳しかった時期を経て、この結果を残せる日本のガストロノミー界に心からの賛辞を捧げたいと思う。









初めての方に簡単に説明すると、「アジアベスト50」は「アジアで最も人気と発信力のあるレストラン50軒」を選ぶレストランコンペティションであり、アジアの他、ラテンアメリカ、中東&北アフリカという3つのエリアで開催されている。さらに総合大会である「World’s 50 Best Restaurants(以下『世界ベスト50』)」も年に一度開催されており、ここで1位を獲ると“殿堂入り”の扱いとなる。過去、栄光に輝いたレストランには「noma(コペンハーゲン)」「ミラズール(フランス)」「オステリア・フランチェスカーナ(イタリア)」など錚々たる店が並び、それらを率いるスターシェフたちは、国を代表する料理人として世界を股にかけて活動を続けるのが常だ。

 

 

 

「ミシュラン」や「食べログ」と比べると違いは多々あるが、最も大きいのは「店や料理のクオリティーと共に、社会への影響力や発信力が高く評価される」「国を超えた戦いである」「純粋なるフーディー(覆面審査員)たちによる無償の投票によって選ばれる」という3点だろう。





「Sézanne(セザン)」のダニエル・カルバートシェフ 「Sézanne(セザン)」のダニエル・カルバートシェフ

昨年の17位から15も順位を上げて2位に入った東京「Sézanne(セザン)」のダニエル・カルバートシェフ。36歳の若きスターは、授賞式が終わるとその足で深夜のシンガポールから帰国して日常に戻った。





「ベスト50」は、シェフたちに交流という新たな価値観を生んだ。授賞式前夜に開催される「シェフズフィースト」は、シェフと関係者のみが参加できる懇親会。楽しげに談笑するのは今回91位に入った東京「オマージュ」の荒井昇シェフ(中央)と、同53位の香港「Ta Vie 旅」の佐藤秀明シェフ(右)。





「アジアベスト50」の結果が映し出す社会情勢

 

 

個人的なことを告白すると、昨年7月にロンドンで開催された「世界ベスト50」では、帰国早々例の新型肺炎に罹患した。速報記事を書いたのは日本に戻る機内だったが、不可解なだるさと火照りは、20周年を迎えた「ベスト50」のすさまじい熱気に当てられたせいだろうと思っていた。そのくらい、授賞式もその前に開催された様々なイベントも大いに盛り上がったのだ。

 

 

今回は、2013年に「アジアベスト50」が始まって以来、11回目となる開催。初回も開催地はシンガポールであり、東京の「NARISAWA」が映えある初代1位を獲得したのだった。コロナ禍で通常開催が中止されること3年。2019年以来の通常開催となった今回は、「Back to Singapore」を合言葉に、多くのシェフやフーディーが集結したのだった。





44位「レフェルヴェソンス」の生江史伸シェフは、同時に料理界に偉大な貢献を果たしたとして「アイコン賞」を受賞。授賞式直前に東京大学大学院を卒業しての参加であった。





冒頭でも触れたが、今回の結果は日本にとって誇らしい内容だ。しかし、「食のガストロノミー賞」と言われる「ベスト50」は、社会情勢やトレンドに左右される部分も大きく、そのため、結果発表後はいつも様々な思いが頭の中を駆け巡る。今回でいえば、なんといっても各国のコロナ対策が尾を引いた最後の大会だったのかなという気がする。というのも、昨年に比べ中国勢や韓国勢の結果が振るわなかったのは厳しい入国規制を長く設けていたからかと推測するし、昨年、初登場で注目されたマレーシアやスリランカのレストランは今回姿を消した。投票権を持つフーディーたちの旅に制限があったからだと思われる。





今回1位に輝いたタイ・バンコクの「Le Du」。トン・ティティッ・タッサナーカチョンシェフが率いる店は、昨年4位からの躍進であり、50以内に9軒が食い込んだタイの強さを印象付けた。ちなみに3位の「Nusara」もトンシェフ監修の店。





アジアNo. 1のガストロノミー国、日本が直面する未来

 

今回の結果を見て筆者は、日本が次章に突入したという印象を抱いた。常勝店は今回も素晴らしい結果を残したが、その一方で、51〜100位にも新たにいくつかのレストランがニューエントリーを果たしている。昨年はここに2軒しか入らなかったのが、今年は7軒。うち富山「L’évo」(60位)、東京の「Esquisse」(67位)、「The Pizza Bar on 38th」(80位)、「オマージュ」(91位)の4軒が初登場だ。

 

 

日本勢トップの「Sézanne」を率いるダニエル・カルバートシェフも、いろいろな意味でその存在自体が新しい。これまでロンドンやパリ、ニューヨーク、香港と渡り歩き、東京の店がオープンしたのが2021年7月。わずか2年弱でここまで上り詰めた。彼のファンであるフーディーが、東京の店に大挙したのもあるだろう。「日本勢」という言葉が初めてインターナショナルな意味を持ったというのも、今後この国がますます海外から注目され、同時に経済的、人材的にあらゆる流入があることを示唆している。





ボード前に集まったチーム・ジャパンのシェフや関係者。アジアの中でも最もランクイン軒数が多いため、背景が足りないのは常のこと。





一方で、東京の「NARISAWA」は初代1位から11年連続してのランクインを果たしている。通い詰めたわけではないので恐縮しつつ申し上げると、この店の料理の変化には目を見張る。かつてはナチュラルなテイストを大切にしたフランス料理という印象だったが、昨年伺った際には「これは新日本料理?!」と思うほどの衝撃を覚えた。同時に、こんなことなら、その経過を味わうべくもっと行きたかったと後悔したのだ。

 

 

こういった流れについて、「世界ベスト50」の日本評議委員長を務める中村孝則がどう考えているのかを聞いてみたところ、非常に興味深い答えがあった。

 

 

「日本の食を伝えるメディアは、誤解を恐れずに言えばずっと『変わらないことが尊い』という思考であったように思います。伝統の味、しきたり、修業のシステム。もちろん、だからこそ日本料理のように世界でも稀なる食文化が発展したという恩恵もあります。が、世界規模で考えるとき、食は文化であり、人間の暮らしと密接に結びついたホスピタリティー産業。すさまじい変革の中、他国や他店はあらゆる方法で、自らのプレゼンスを上げようとしのぎを削っているわけです。ステレオタイプな思考でいては、コロナ後の食や観光の世界で頂点を狙うことはできないのではないでしょうか」





最旬のレストランは日々変化する。味わうなら、今

 

 

もしあなたが、接待やデートに使えるちょうど良い店を探しているのであれば、私は「ベスト50」のリストを勧めはしないと思う。格式や料理のクオリティーは「ミシュラン」が詳しいし、値段や席数、カードが使えるかどうかを「食べログ」で確認しておけば安心だ。しかし、「今、食の世界が向かおうとしている先はどこか」「国内外のシェフが料理を通して伝えるメッセージを感じたい」というのであれば、このリストは何よりの指針となるはず。毎年、刻々と変わる50の顔ぶれにはドラマがあり、目が離せないストーリーが満載だ。





今回、「シェフズチョイス賞」を獲得した「フロリレージュ」川手寛康。シェフたちによって選ばれるこの賞は、最も価値があると断言するプロも多い賞で、日本からはかつて「NARISAWA」成澤由浩、「傳」長谷川在佑、「La Cime」高田裕介が受賞。彼らのその後の活躍ぶりを見る限り、その価値は本物だ。





「ベスト50」のシェフたちは次々に生まれ変わってゆく。コペンハーゲンの人気店「noma」が2024年末での営業終了を発表し、次の形態に突入することを宣言したのは記憶に新しいが、それは「卒業」の感覚にも似ており、多くのシェフが栄光を得た次に新たな道を模索し始めるのも、「ベスト50」の特徴であるように思う。だからなおさら、食を愛するのであればオンリストの店を今、この瞬間に体験してほしいのだ。

 

 

「進化と深化」を繰り返すレストランの輝きは、刹那的だ。強い魅力に満ちており、その色合いは次々に変化していく。そして、だからこそ面白い。社会への怒りや地球への感謝を、食を通じて発信し続ける「ベスト50」のシェフたち。「皿の上の芸術」とは使い古された言葉だが、単なる食事ではない“時代体験”を与えてくれる店が、選ばれた50軒なのだ。6月にはスペイン・バレンシアで、「世界ベスト50」が発表される。今後の動向に注目すると共に、自分が食とどう向き合っていくかについて、今一度思考をめぐらせてみてはいかがだろうか。








Text by Mayuko Yamaguchi
Photography by © The World's 50 Best Restaurants


最新情報をニュースレターでお知らせするほか、エクスクルーシブなイベントのご案内や、特別なプレゼント企画も予定しています。

ページの先頭へ

最新情報をニュースレターでお知らせするほか、エクスクルーシブなイベントのご案内や、特別なプレゼント企画も予定しています。