大変革を感じさせたミシュランガイド東京2024
食の評価基準は今や世界に多々あるが、中でも最も歴史が古く、そしてどんな人も知る名前といえば言わずと知れた「ミシュラン」だ。巨大な世界企業である同社の日本法人である「日本ミシュランタイヤ」が、12月5日、「ミシュランガイド東京2024」のセレクションを発表した。東京の新国立美術館で発表セレモニーが開催され、直後には公式ウェブサイトと自社アプリでその結果がつまびらかになった。
結果についてはすでに多くのメディアで公開されているので、ぜひご一読いただけたら。ここでは、食べ手である私たちは今回の結果をどう考えればよいかについて、私見も多く含むのであるが、考察をお伝えできればと思う。
文末に【ミシュラン東京2024 一つ星~三つ星全リスト】を紹介しているので、参考にしていただきたい。
掲載軒数は504軒。過去最多となったが、下段にある「セレクテッドレストラン」が194軒。星付きの店は、逆にぐっと減ったのが今回の大きな特徴だ。
掲載店舗数が一気に500軒超え! なぜ?
東京新国立美術館には、受賞セレモニーの2時間前にメディア関係者が集められた。シェフやレストラン関係者よりも先に、今回の結果、そして変更点やミシュラン側の意図が説明されるという。静まり返る会場では、参加者の着席後におもむろにずっしりと分厚いリリースが配られ、私たちはその表紙に書かれた文言に驚かされた。「3年ぶりに新規三つ星店が誕生し、掲載数は過去最多の504軒になった」とある。昨年の同ガイドでは、掲載店数は422軒。いったい何が起こったのだろうか。
その理由が、新たに設けられた「セレクテッドレストラン」枠。ここに194軒という店が選ばれ、実際に「ミシュランガイド東京2024」にも掲載されている。しかしこの定義が最初、個人的な意見から言えば「ふんわりしている」と感じられた。価格以上の価値を保証する「ビブグルマン」に入れるには違和感があり、星を取るというレベルではない。しかしインスペクター(審査員)にとっては「ぜひとも紹介しておきたい」と考える名店がこれら194軒であるとされ、実際問題、星付きレストランの数は昨年に比べると実は大幅に減ったのだ。三つ星店は昨年と同数の12軒だが、二つ星店は6軒減って33軒、一つ星店は11軒減って138軒。ビブグルマンに至っては95軒減って127軒であった。
中央は「青空」の高橋青空氏。ミシュランタイヤ日本法人代表取締役の須藤元社長、ミシュランマンと共に。
多様化するレストラン業界に合わせてミシュランも模索中
公開後のニュース記事を追うと、「過去最多の掲載軒数」という言葉が目につく。確かに、今回の「ミシュランガイド東京2024」の結果発表に関しては、誰もが熱い思いを抱いていた。というのも、ミシュラン側が唱える今回のテーマは「再会と再開」であり、世界的な新型ウイルスの蔓延によって阻まれた長い時間をようやく乗り越えての通常開催であったゆえに、盛り上がりは相当なものだった。
しかしこの間、世界の飲食業界がただじっと時を待っていたわけではない。むしろその逆だ。なにしろ事情が大きく変わった。リモートワークで働き方の自由を得た結果、自宅での食事や地方レストランに出向くことが増えた人。従来の価値観が変わり、地球環境や持続性といった“存在意義”を打ち出すシェフを支持するようになった人。コロナ禍とは関係が薄いかもしれないが、空前の円安によってインバウンド客が爆発的に増加したことで、お客様対応を変えざるを得ないという飲食店も多いだろう。4年間、自らを見つめ直したことで大きく舵を切ったシェフや料理人も多い。
急速に膨張する新しい価値観に合わせて、飲食店数もスタイルも、今や百花繚乱の様相を呈している。ましてや、世界一飲食店数が多いグルメシティー、東京。これらの店をこれまで通りに評価するのは、審査する側にとってあまりにも酷であろう。結果として、星の授与に関しての基準を見つめ直し、星を落としたものの単にその店の価値が失われたのではないとするために、「セレクテッド・レストラン」という枠が必要だったのではないかと推察する。この枠が設けられたことで、ビブグルマンはより分かりやすく3軒のラーメン店がランクインという結果に繋がったのではないだろうか。
「ミシュランガイド東京2024」を眺める、須藤社長とミシュランマン。アワードの前にメディアに対して結果と評価基準について丁寧に説明がなされるという配慮があった。©︎MICHELIN
徹底している「ミシュランガイド」の審査システム
個人的な話だが、筆者はここ数年「世界のベストレストラン50(以降「世界50」)」や地方で開催される食のアワードを取材させていただく機会が多くあった。今回、新鮮な気持ちで食コンペティションの老舗である「ミシュランガイド」を取材するチャンスをいただいたが、果たして、想像以上にこのガイドは特殊であり、厳格であり、魅力的だ。
「インスペクター」と呼ばれる審査員は全員がミシュラン社の社員であり、誰が審査員であるかは一切明かされていない。匿名で活動するインスペクターはフランス本国で行われる審査トレーニングを修め、同一基準で評価にあたるという。例えば「世界50」はリージョナルの審査委員長から任命されたボーター(投票者)が手弁当で好きなレストランに投票するし、日本で名高い「食べログ」などは任命されずともフーディーが自ら買って出て個人の意見を表明し、それらの総評で評価が決まる。要するに「審査が仕事である」という時点で、ミシュランはすでにオリジナルだ。
ミシュランの評価基準も公式ガイドで明らかにされているが、①素材の質、②料理技術の高さ、③味付けの完成度、④独創性、⑤常に安定した料理全体の一貫性とある。驚くべきことだと思うのだが、すべてが「料理」に終始している。現代では、よほどでない限りプロの料理人が作るものは大概美味しいと思うし、食べ手の経験値が評価に至らないことも多い。結果、「世界50」や「食べログ」などは、料理に関しては個人的な主観がモノを言い、サービスや店の居心地、料理人のキャラクターや世界に対する発信力が評価に影響を与えているように感じる。この差をどう捉えるかは個人の自由だが、長きにわたって一貫して料理と向き合ってきたミシュランガイドは、真に皿の上での勝負を論じるものではないかと思う。
それだけに、前述のように飲食業界が変革を遂げている現状では、すべてにアジャストしていくのは並大抵のことではないだろう。約19万軒と言われる東京の飲食店をくまなく審査し、必要によっては何度も店を訪れるミシュランのインスペクター。最近のシェフは「美味しい以上の何か」を尊しとする人も増えており、それらも踏まえて公平に料理を審査するのは、コストも手間も気苦労も凄まじいものになるだろうと考えられる。
初登場で二つ星を獲得した「マス」のサンティアゴ・フェルナンデス氏。その結果も素晴らしいが、それ以上に「イノベーティブペルー料理」というジャンルが正当に評価されたことが、エポックメイキングだと感じた。
それでも歩を進める、東京のレストランシーン
以上のようなことを思いながらの取材だったが、一つ、とても印象に残ったものがある。それは、発表を待つシェフたちの異様な緊張感だ。かねてより感じていたが、料理に携わる人にとって「ミシュラン」という言葉には一種独特の力がある。若いシェフがミシュランについて語る時、ふと頬が引き締まるのを何度も見た。「いつかは獲ります」と話す際、その視線が鋭くなるシーンを幾度となく眺めてきた。
相手が審査のプロであろうと一般客であろうと、飲食店というのは常に誰かに評価される存在だ。どんなにいい料理を作ろうが、客がこなければ経営は成り立たない。素晴らしい料理がここにあると伝えるためには、「わかる人はわかってくれる」などと悠長なことは言っていられない。何しろ、ライバルは何十万軒もいるし店を訪れる客は今や世界から集まるのだから。過渡期にある東京のレストランシーンにおいて、ミシュランの栄光はぜひ手に入れておきたい。が、それだけをがむしゃらに目指す料理人でいてはいけないというのも一理あるのではないだろうか。
2021年から始まったサステナブルな取り組みを続ける飲食店を表彰する「ミシュラングリーンスター」。今回は「ノル(現代風料理)」が新規に獲得し、野田達也シェフが表彰された。新たに一つ星を獲得した「カビ(イノベーティブ)」の安田翔平シェフ(左)と江本賢太郎氏(右)。
正解のないこの世界において、何を基準に歩むのか
今回のセレクション発表によって、「ミシュランガイド東京」は激動の東京レストランシーンと、原点回帰への決意表明、そしてきらめく泡のように生まれつつある数多のレストランへの惜しみない賛辞を明らかにした。「きらめく泡」とは、ビブグルマンでも星でもない「セレクテッドレストラン」に選ばれた194軒だ。現状の評価基準ではカテゴリーを与えられなかったが、それでもインスペクターが「どうしても紹介したい」と熱望し掲載された料理人たちの存在に、私は感動を覚える。
美しさに正解がないように、美味しさや「いいレストラン」にも定義など存在しない。それでも星を掴もうと努力するその姿勢は、まるで戦士を思わせる。自身では成長したと思っているのに星を落としたり結果が伴わなかったりする時、知らないところで採点され評価されるという不条理をどうやり過ごしているのだろう。しかし、大切なのは自分を失わないことだと思う。
今回、初めて三つ星を獲得した「青空/HARUTAKA(寿司)」の高橋青空氏は、壇上で次のような言葉を残した。
「ふだん、どんな評価も気にすることなくこれまでやってきました。それは、自分自身がブレないようにするためです。しかし、今日だけは素直に喜びたいと思います」
この言葉に、ミシュランの答えがあるような気がする。
ユーモラスな微笑みを浮かべるミシュランマンと赤い表紙は、昔も今も飲食業界のアイドル。手に取れば、多くの発見と気づきがある。
次のステージを目指すミシュランガイドから目が離せない
1900年に誕生したミシュランガイド。アジア初の東京版は2007年に発表され、今回で17回目となる。そんなミシュランが次々と進化を遂げている。来年には「ミシュランキー」というホテル評価が新たに発表されるし、さらにはデジタル環境の強化も目覚ましい。2024年4月9日に開催予定の「ミシュランガイド京都・大阪2024」は、オンライン上で発表すると明らかにされた。コロナ禍の呪縛から解き放たれた日本の飲食業界を応援すべく、グルメガイドの巨人は模索しながらも着実に前に進んでいる。食べ手としても、これほどエキサイティングなガイドブックは他にない。書店で、インターネットで、そしてアプリで。ぜひご覧いただき、飲食業界のパワーを感じていただけたらと思う。
【ミシュラン東京2024 一つ星~三つ星全リスト 結果発表】
【三つ星/そのために旅行する価値のある卓越した料理/全12軒、うち新規1軒】
新規:青空(寿司)
カンテサンス(フランス料理)、まき村(日本料理)、神楽坂石かわ(日本料理)、虎白(日本料理)、ロオジエ(フランス料理)、龍吟(日本料理)、麻布かどわき(日本料理)、かんだ(日本料理)、茶禅華(中国料理)、レフェルヴェソンス(フランス料理)、ジョエル・ロブション(フランス料理)
【二つ星/遠回りしてでも訪れる価値のある素晴らしい料理/全33軒、うち新規1軒】
新規:マス(イノベーティブ)
神宮前樋口(日本料理)、傳(日本料理)、オマージュ(フランス料理)、ナベノ–イズム(フランス料理)、アサヒナガストロノーム(フランス料理)、エスキス(フランス料理)、銀座小十(日本料理)、銀座しのはら(日本料理)、銀座福樹(日本料理)、久丹(日本料理)、木挽町とも樹(寿司)、鮨かねさか(寿司)、鮨よしたけ(寿司)、スリオラ(スペイン料理)、てんぷら近藤(天ぷら)、ベージュ アラン・デュカス(フランス料理)、紀尾井町福田家(日本料理)、セザン(フランス料理)、赤坂菊乃井(日本料理)、臼杵ふぐ山田屋(ふぐ)、クローニー(フランス料理)、すきやばし次郎六本木店(寿司)、晴山(日本料理)、青草窠(日本料理)、天ぷら銀屋(天ぷら)、ナリサワ(イノベーティブ)、ピエール・ガニェール(フランス料理)、プリズマ(イタリア料理)、フロリレージュ(フランス料理)、妙寂(日本料理)、リューズ(フランス料理)、ラ ターブル ドゥ ジョエル・ロブション(フランス料理)
【一つ星/近くに訪れたら行く価値のある優れた料理/全138軒、うち新規16軒】
新規:飄香(中国料理)、広尾石阪(寿司)、モノリス(フランス料理)、一凛(日本料理)、うぶか(蟹料理)、レテール(フランス料理)、イル・リストランテ ニコ・ロミート(イタリア料理)、銀座きた川(日本料理)、銀座レカン(フランス料理)、トワヴィサージュ(フランス料理)、六雁(日本料理)、港式料理 鴻禧(中国料理)、西麻布野口(日本料理)、宮坂(日本料理)、メティス六本木(フランス料理)、カビ(イノベーティブ)
鳥しき(焼鳥)、アビス(フランス料理)、おでこ(フランス料理)、サンプリシテ(フランス料理)、茂幸(日本料理)、熟成鮨 万(寿司)、シンシア(フランス料理)、玉笑(蕎麦)、天てんぷら うち津(天ぷら)、天ぷら元吉(天ぷら)、七草(日本料理)、ボッテガ(イタリア料理)、ラチュレ(フランス料理)、レクテ(フランス料理)、レラン(フランス料理)、荒木町たつや(日本料理)、懐石小室(日本料理)、愚直に(日本料理)、車力門おの澤(日本料理)、青華こばやし(日本料理)、多仁本(日本料理)、波濤(寿司)、ふしきの(日本料理)、フロレゾン(フランス料理)、焼鳥おみ乃(焼鳥)、鮨処喜楽(寿司)、奥(寿司)、アロマフレスカ(イタリア料理)、江戸前晋作(天ぷら)、おにく花柳(牛肉料理)、御料理かつ志(日本料理)、京橋てんぷら深町(天ぷら)、銀座奥田(日本料理)、銀座きた福(蟹料理)、銀座志翠(日本料理)、銀座とよだ(日本料理)、グッチ オステリア ダ マッシモ ボットゥーラ トウキョウ(イタリア料理)、茂松(日本料理)、旬恵庵あら垣(天ぷら)、喰善あべ(日本料理)、鮨 一條(寿司)、鮨くわ野(寿司)、鮨桂太(寿司)、鮨こじま(寿司)、鮨はしもと(寿司)、鮨むらやま(寿司)、清壽(天ぷら)、高柿の鮨(寿司)、天ぷらやぐち(天ぷら)、ドミニク・ブシェ(フランス料理)、日本橋蕎ノ字(天ぷら)、ノル(現代風料理)、ファロ(イタリア料理)、薪焼 銀座おのでら(フランス料理)、由庵矢もり(蕎麦)、ラフィナージュ(フランス料理)、ラ ペ(フランス料理)、蓮 三四七(日本料理)、エステール(フランス料理)、エスト(フランス料理)、中国飯店 琥珀宮(中国料理)、トゥールダルジャン東京(フランス料理)、寅黒(日本料理)、ヌー トウキョウ(フランス料理)、プルニエ(フランス料理)、ラルジャン(フランス料理)、レ セゾン(フランス料理)、石ばし(うなぎ)、茜坂大沼(日本料理)、あき山(日本料理)、麻布十番ふくだ(日本料理)、麻布和敬(日本料理)、アマラントス(フランス料理)、アルシミスト(フランス料理)、慈華(中国料理)、一平飯店(中国料理)、エディション・コウジ シモムラ(フランス料理)、江戸前鮨 英(寿司)、おかもと(日本料理)、御成門はる(日本料理)、御料理 辻(日本料理)、懐石辻留(日本料理)、霞町やまがみ(日本料理)、地蔵鮨(寿司)、私厨房 勇(中国料理)、シノワ(中国料理)、壽修(日本料理)、上(牛肉料理)、シリーズ(中国料理)、新ばし笹田(日本料理)、鮨 将司(寿司)、鮨まつうら(寿司)、すし家 祥太(寿司)、鮨 龍次郎(寿司)、炭火割烹 白坂(日本料理)、空花(日本料理)、醍醐(精進料理)、中国飯店 富麗華(中国料理)、てのしま(日本料理)、てんぷら前平(天ぷら)、天 よこた(天ぷら)、トキ(現代風料理)、常(日本料理)、西麻布大竹(日本料理)、西麻布 鮨 真(寿司)、西麻布 拓(寿司)、ネモ(フランス料理)、乃木坂しん(うなぎ)、伯雲(日本料理)、プリンチピオ(イタリア料理)、ラ クレリエール(フランス料理)、ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション(フランス料理)、ル・スプートニク(フランス料理)、ローブ(フランス料理)、分とく山(日本料理)、宇田津 鮨(寿司)、炎水(日本料理)、クラフタル(フランス料理)、天麩羅みやしろ(天ぷら)、天雅(日本料理)、八雲うえず(日本料理)
下記はここでは割愛。詳細は公式HPに。
【ビブグルマン/価格以上の満足感が得られる料理/全127軒、うち新規9軒】
【セレクテッドレストラン/星やビブグルマンは獲得できなかったものの、インスペクターがぜひ紹介したいと思う料理/全194軒、うち新規142軒】
【ミシュラングリーンスター/持続可能なガストロノミーに対して積極的に活動し続ける店/全11軒、うち新規1軒】
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