長年にわたり多くの人に親しまれてきた日本酒ブランド「松竹梅」を手がける宝酒造が、2023年10月に発表して大きな話題を集めたのが、新商品「然土」(ねんど)だ。蓄積された伝統の技術を駆使し、食中酒として本当に美味しい日本酒を目指す「然土」。その酒造りに込められた“哲学”を繙く。
米の旨みを表現した日本酒を造りたい。「然土」への想い
2023年10月、「然土」が400本限定リリースで初めて登場し、大きな注目を集めた。正式な名称は「松竹梅白壁蔵『然土』」。この「白壁蔵」とは、高品質で本当にうまい酒とは何かを追求すべく2001年に建てられた蔵の名称である。個性豊かな商品を次々と生み出してきた「白壁蔵」で、松竹梅が本当にうまい酒をめざして造った日本酒、それが「然土」だ。
2024年秋に、3回目の限定リリースを迎える「然土」。宝酒造の技術部門スタッフとして、この「然土」の開発に長く関わってきた宝酒造の新宅恒基さんに、誕生に至る経緯などをうかがった。
「大切にしたのは、食中酒として愛される味わいです。このところ、精米歩合が低い、いわゆる、米をより磨いた日本酒に注目が集まっていました。もちろん、そうしたお酒も美味しいのですが、食事に合うのは、米本来のふくよかな味をいかした日本酒なのではないかと、ある意味では酒造りの原点に立ち返ってみる、松竹梅の目指す味わいを象徴するお酒『然土』はそこからスタートしました」
今までにない新たな視点も必要と考え、ワインに関する資格や称号で世界一といわれ、全世界でも420名ほど、日本在住では1名しかいない「マスター・オブ・ワイン」の称号を持つ大橋健一さんをコンサルタントに招聘。世界中で食中酒として親しまれているワインのスペシャリストである大橋さんからの、豊かな経験に基づく幅広いアドバイスは、「然土」の開発を進めていくうえで、大きなヒントとなった。
西脇市の水田から、灘の白壁蔵へ
「米本来のふくよかな味」を実現するために、不可欠だと考えたのが米作りだった。高品質な米を探し求め辿り着いたのが、兵庫県西脇市で専業農家を営む藤原久和さんである。宝酒造のスタッフと藤原さんとの二人三脚のもと、心白発現率の改善や粗タンパクの低減など品質を追求することはもちろん、減農薬と、稲作の過程で圃場から生じてしまうメタンガス排出量の抑制に挑戦。高品質で、かつ環境にも優しいサステナブルな農法で「然土」のための山田錦の栽培が進められた。
「心白発現率」
「心白」とはお米の中心部にある核のような部分のこと。酒造りに適した米は、この「心白」部分が大きいほどよいとされている。ちなみに、食用米では心白発現率は0~10%だが、優れた酒米になると90%を超す品種もある。
「メタンガス排出の抑制」
メタンガスはCO₂の25倍の温室効果を持つため、SDGsの観点により抑制に挑戦している。
藤原さんの手による山田錦の収穫が終わると、酒造りの現場は白壁蔵へ。新宅さんは次のように語る。
「白壁蔵にも杜氏の資格をもつ技術者はいます。そういった方々の見識も大切にしつつ、私たちはデータを管理し数値が示す方向性を重視する酒造りを行っています。『よくわからないけれど美味しい』のではなく、松竹梅が目指す味わいを象徴するお酒を作るには、その原理や味の成り立ちをデータで可視化しておくことが重要だと考えたのです」
多くの人の熱意と努力に支えられ、「然土」の開発は一歩ずつ着実に歩んできた。そうしたプロジェクトの歩みの中から、西脇市での藤原さんの米作りと、白壁蔵での挑戦を主に紹介したい。
西脇市の契約農家とともに取り組んだ、高品質とサステナブルを両立した米作り
兵庫県のほぼ中央に位置する西脇市。200年以上続く「播州織」の産地として知られる西脇市は、近隣を流れる加古川や杉原川などの豊かな水資源にも恵まれ、米の産地としても知られている。
宝酒造と契約を結び、高品質の山田錦の栽培に日々取り組んでいるのが、西脇市で3代にわたって米作りを営む藤原久和さんだ。「然土」用の山田錦の作付け面積は約7ヘクタール。甲子園球場のおよそ2.5倍に相当する。
山田錦の収穫は10月初旬頃。9月初旬、まだ青々とした稲穂が広がる圃場を見渡しながら、藤原さんが語る。
「山田錦は特A地区の圃場が最適とされていますが、実は私の圃場は特A地区ではありません。でも、宝酒造の方に調べていただくと、特A地区よりも優れた部分もあり、面白い米ができるかもしれないということで、2020年に試験栽培を開始し、2022年から本格的な栽培を始めました」
温暖な気候と豊かな水に恵まれた西脇市は、かねてから稲作、とりわけ酒米として用いられる山田錦の栽培が盛んな地域。
「栽培にあたっては、有機肥料の活用を進めています。ただ、有機肥料は化学肥料に比べ、稲への効きが悪く、しかも緩慢。ですので、撒く時期や分量がとても難しく、そのコントロールを誤ると、背だけが伸びて倒れやすくなったり、微生物が多量に発生し、稲に栄養が届かなくなったりします。いろいろ試して、ようやくタイミングや分量のコツをつかむことができました。手間はかかりますが、有機肥料を使うことで、品質の向上にもつながっています」
「目指す味わいを追求し続ける上で、米の品質向上が第一です。ただし、それだけではいけないと考えています。地球温暖化を防ぐため、メタンガスの発生を抑えることも大きな課題として取り組んでいます。夏に圃場の水を抜く『中干し』という作業があるのですが、通常は1週間程度を2週間程度までその期間を長くすることで、土の中に酸素を取り入れ、メタンガスの発生を抑えます。また、冬の間に鋤き込んだわらの分解を、バチルス菌の活動によって促進することで、翌年のメタンガスの生成を少なくするようにしています」
こうしたさまざまな取り組が功を奏し、一部の試験区では従来よりも90%以上メタンガス生成量を下げることに成功した。
昨年、初リリースされた「然土」を、藤原さんも味わってみた。
「最初はすっきりした感じなのですが、それがやがて旨みに変わり、何とも言えないふくよかな喉越しになります。そして何よりも、自分が大切に育てた米がこうなったかと、感激しました」
間もなく迎える刈り取り。2024年に収穫された米を使ったお酒は、2025年秋にお目見えとなる。
藤原さんの圃場で、メタンガスの発生状況を調べる藤原さん(左)と、新宅さん(右)。米作りにも最新の科学技術が導入されている。
醸造プロセスの改善と、伝統的な「生酛造り」。「白壁蔵」で融合する新旧の酒造り
藤原さんが手塩にかけて育てた山田錦は、白壁蔵で醸造される。醸造に携わってきた新宅さんによると、同じ醸造酒でもワインは限りなく農作物に近く、日本酒は工業製品に近いとのこと。詳しくおうかがいすると……。
「ごくシンプルに言えば、収穫した葡萄を速やかにタンクに仕込んで発酵させる酒、それがワインです。日本酒は収穫した米を蔵まで運び、磨くことから始まり、数多くの手順があります。もちろん、ワインも様々なプロセスを経ますが、そのプロセスを開示するというよりその年の葡萄の出来具合が味に大きく左右してきますし、生産者もその部分を強く語ります。日本酒の場合は、米の出来具合もさることながら、酒蔵の中で人を介して重ねる醸造プロセスが、味に大きく関わってきます。そういう意味での農産物と工業製品です。」
日本酒の醸造に存在する数多くの手順、この手順を可能な限り細分化したところ、284に分けることができた。細分化した手順ひとつひとつを再確認し、毎年改善を重ねながら出来上がった日本酒、それが「然土」である。
「酒造りの手順でいうならば、米の旨味を引き出すための伝統的な『生酛造り』を採用しただけでなく、精米の段階でさまざまな歩合を試し、2024年リリースのロット(2023年産米)は51%が最適という結論に達しました。また、『袋吊り』で絞った後、無濾過原酒のまま瓶詰めしてから一度だけ火を入れ、マイナス5度で低温貯蔵し、最適なバランスとなった時点で冷蔵でお届けします」
自社で管理する天然の乳酸菌を活用した、昔ながらの「生酛造り」。熟練の技術と、手間暇かけて行う酒造りが、本当に旨い酒を生む。
「ワインでは『テロワール』という言葉がよく使われます。日本酒の場合、あえて『テロワール』という言葉を使うならば、西脇市の藤原さんの圃場でその土地の特性を理解しながら行っているメタンガス削減への施策や減農薬の取り組み、目指したい品質・味わいを実現すために原料米に込める『思い』や『願い』のようなもの、それを『テロワール』と呼んでもよいかもしれませんね」
白壁蔵「然土」プロジェクトに携わる坂口さんと石原さん。Photography by Noriko Kawase
醪(もろみ)を入れた酒袋を吊るし、圧力をかけずに自然の状態で滴り落ちてくる酒だけを集める「袋吊り」の手法。手間がかかり、酒の収量も少なくなるが、雑味が出ずまろやかな味わいとなる。
白壁蔵で「然土」作りに邁進する石原さん、新宅さん、坂口さん、井上さん。データに基づいた手間暇かけた手づくりと、技術者の探求心が「然土」を旨い酒へと導く。Photography by Noriko Kawase
旧灘工場を改築して2001年に誕生した「白壁蔵」。人の手で行われる酒造りの技と勘を活かしつつ、最新設備を導入した酒造りとの融合を実現させた業界屈指の酒蔵。
「生酛造り」
日本酒造りに必要な乳酸を自然に作り出し、日本酒のベースとなる「酒母」を育てる、伝統的な手法。天然の乳酸を用いるため、精製された乳酸を使用する「速醸」よりも倍以上の時間と手間を要し、かつ酒蔵の環境を髙いレベルに保つ必要がある。
「袋吊り」
袋吊り(ふくろづり)とは、日本酒の搾り方の一種で、発酵後の醪(もろみ)を酒袋に入れて吊るし、自然に滴り落ちる雫のみを集める方法。別名「袋取り」「しずく搾り」とも呼ばれ、機械で圧をかけて搾る方法より少量しかとれないものの、雑味のない洗練された味わいとなる。
米の味わいを活かし、食事に合う日本酒を目指して
「然土」のテイスティングコメントに関しては、大橋健一さんから次のようなコメントが届いた。
「その統一されたスタイルとなる「控え目で品のある芳香性、緻密で洗練されたテクスチャー、ミッドパレットの柔らかなる膨らみ」を継承しながらも、昨年のヴィンテージ2022年産米ロットと比べると、幾分甘みがフォーカスされた、一方でよりスリムな体躯を楽しめる味わいに仕上がりました」。
2023年秋の限定リリース以来、日本各地の名料理店のオーナーやソムリエから、食中酒として高い評価を得ている「然土」。
造り手である新宅さんは、「然土」の味を、どのように捉えているのだろうか。
「何かひとつが突出したような造りにはせず、抽象的な表現ですが、凝縮した塊のような、言い換えるならば、引き算の美学のようなお酒を目指しています。ただ、あまりシンプルにならないように絶対値として『美味しい』と感じていただけるような設計にはしています。少し具体的に言えば、酸味が高いと感じるかもしれませんが、酸味だけを突出させているわけではなく、食中酒として食事に合うように全体のボリュームを上げていったなかでの酸味です。」
また、最適な温度は10℃から12℃。グラスは、先端がややすぼんだ形状のワイングラスがお薦めとのこと。
「然土」の特徴である米のふくよかな旨みは、中トロ独特の深みのある味わいを引き立てるのはもちろんのこと、ミモレットやローストビーフなど油脂分の多い料理にも合う。旨い食中酒を目指す「然土」は、和食にも洋食にも合わせやすい。
あっさりした和食に合うだけでなく、鰻のかば焼きや中トロなど脂の乗った料理にもぴったり。チーズケーキに合わせても面白い。意外性のある料理とのペアリングの幅が広がる日本酒、それが「然土」である。
「然土」という名前に込められた想いとは
最後に、「然土」というネーミングに関してうかがった。
「地球を覆う土、その土から生まれる米。それらすべて自然の恵みと地球に感謝し、環境に負荷をかけない米づくりと酒づくり表す名前です。じつは、「然土」には、もうひとつの意味も含んでいます。『然土』は『Never・End』。美しい日本酒の未来を切り拓いていく挑戦をけっして止めず、永遠に続けていく、という決意表明でもあるのです」
ナショナルブランドである「松竹梅」。その「松竹梅」が、500本という限定数量にすべてを注ぐ。その「然土」は2024年10月には、3回目のリリースを控えている。そして新たな進歩を見せるであろう2025年以降のリリースにも目を離すことができない。
◆ 松竹梅白壁蔵「然土」720ml
2024年10月2日(水)受注開始
業務用・百貨店ルート 450本限定、宝酒造オンラインショップ 50本限定
・原材料名:米(国産)、米麹(国産米)
・アルコール度数:16 ~17%
・賞味期限:冷蔵6カ月
・参考小売価格:10,000円(税抜)
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