「アトリエ・ブランマント」総合ディレクター齋藤峰明さん連載 vol.5

重松理さん(ユナイテッドアローズ 名誉会長)×齋藤峰明さん(アトリエ・ブランマント総合ディレクター)対談

2017.01.24

rd1700_MG_1302

世界に発信できる東京STYLE=粋<iki>の底力

齋藤峰明さんがホストを務める対談の第5回、今回のお相手はユナイテッドアローズの創業者であり、現在は名誉会長を務める重松理さん。
ファッション業界に身を置く同世代として、もちろん交流のあるおふたり。しかし意外なことに、仕事に関する話をじっくりするのは今回が初めてなのだとか。

冬の寒気で青空が美しく冴える快晴の午後、赤坂御用地の木立を臨むユナイテッドアローズ本部オフィス・会議室にて対談はスタートしました。

rd1700_MG_1221本質的な日本の良さを次世代につなげていきたい

齋藤「プライベートでお会いする時、よく着物をお召しになっていたり、最近はお仕事でも日本の伝統工芸を採り入れた活動を始められましたよね。ずっとこれまで西洋文化、つまりファッションの仕事をしてきて、それが日本文化へと意識が戻ってくる流れというか、そこに目が向いたきっかけは何だったのかな? と。僕と同じものを感じていらっしゃるのか、それとも重松さん独自のお考えがあるのか、今日はそのあたりのお話を伺いたいと思っています」

重松「齋藤さんは、欧州の本場で“本物”をずっと扱い続けていますよね。老舗のメゾンで、職人の手仕事による手のこんだもの。でも自分は、73年に日本のアパレルメーカーに就職して、まずは日本製のアパレル製品を小売店に卸す仕事から始まっています。どちらかというと大量生産の文化ですよね。まず、齋藤さんとはそこが違うかもしれない。扱ってきた物の質が違うから(笑)」

齋藤「いやいやいや」

重松「そして76年にビームスの設立に参画します。その頃はアメリカ西海岸のファッションです。で、その13年後、ワールドに資本を65%出してもらってユナイテッドアローズを立ち上げるのですが、その間ずっとアメリカを中心とした欧米の文化を日本に紹介してきました。その中で思ったのは、やはり日本文化と融合したものをつくらなくてはいけないと」

齋藤「ええ」 


rd1000_MG_1330
重松「それで(代表取締役を)退任するかどうかくらいの時期からやっと、本質的な日本の良さを次世代につなげて行かなくてはいけない、“仕事として”やらなければならないと意識するようになったんです。スタートは全然違うと思いますが、今やっていることは齋藤さんと近いような気がしています」

齋藤「でも重松さん個人は、以前から和のことを意識なさっていました」

重松「そうですね。意識していたのは創業当時からでしたが、20年以上前、伊勢神宮が前の前の遷宮を行う時、初めて伊勢神宮に行ったんですよ。その伊勢神宮のたたずまいの素晴らしさに驚いてしまって。それまで欧米の文化施設や古代遺跡にはもちろん足を運んでいましたし、パリの街並みの豊かさにも感動しました。でも伊勢神宮を見たら……『こっちの方がカッコいいんじゃないの?』って(笑)」

齋藤「わかります(笑)」



重松「とはいえ洋風を求める日本のニーズに対して、工芸であるとか製品を提供するまでの想いはなかったんです。(日本文化の商品展開が)むずかしいことも知っていましたし。ただ、僕は京都が好きなので、6年前にたまたま求めていた居を見つけて住み始めて。京都で縁をいただくというか、いろいろなものや手仕事を見せていただいて、これしかないと。自分の最後の仕事として取り組みたいと思ったんです」

 

次ページ《何としても日本の<手仕事の技術>を継承しなければ》