プレミアムジャパン・アートプロジェクト<建築家シリーズ> vol.11

設計者がコントロールしきれないものを建築のなかに取り込んでいく建築家、御手洗龍(前編)

2017.01.20

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「プレミアムジャパン・アートプロジェクト」の若手建築家の連載インタビュー。5人目に登場するのは御手洗龍。建築家を志したきっかけや伊東豊雄の事務所で学んだ建築を体感することの大切さなど、彼の建築観の基底にあるものについて語ってもらった。

作品を通じて自らの世界観を明確に示す建築家に憧れた

「母方の祖父が工務店をやっていました。祖父は船大工だったのですが、石川県で起きた大きな地震を契機に、建築の大工に職を変えたそうです。もともとが船大工なので、普通の大工よりも高い技術を持っていて、大阪万博ではスイス館などの施工に携わったと聞いています。子供の頃は、祖父の家に遊びに行くと、自宅の敷地のなかに事務所があって、祖父の隣で方眼紙を貰って絵を描いたりするのが好きでした。建築は子供の頃から身近なところにあって、自然と興味を持つようになったのだと思います」

御手洗龍は建築との出会いをこのように語った。身近な存在であった建築だが、建築家という職業を志したのは大学に進んでからだ。安藤忠雄、妹島和世、伊東豊雄といった、作品を通じて自らの世界観を明確に示すことができる建築家に強く惹かれたという。

(2)rd1700_MG_7982(3)rd1700_MG_7955「東大では専攻が決まって本格的に建築の勉強が始まるのは3年になってからですが、ちょうどその頃に伊東さんの『せんだいメディアテーク』が完成して、友人の間で大きな話題となっていました。それで雑誌に載った写真や記事を見たのですが、どうもよくわからない(笑)。とにかくすごい建築のようなので、レンタカーを借りて皆で仙台に行くことにしました。建築が現れた時の驚きは今でもよく覚えています。新しい建築が動き始めていると興奮しましたね。これが、伊東事務所で働きたいと思ったきっかけでした」

大学院を出た後に9年間働いた伊東事務所ではアンビルドに終わったカリフォルニア大学バークレー美術館のプロジェクトなどを担当。伊東からは多くのことを学んだ。伊東はスタッフに対して、設計の良し悪しだけではなく、その建築に足を運んだときに何が感じられるかを必ず問うという。この経験は、御手洗が自分の建築を考えるうえで多大な影響を与えることになった。

「その場に行き、自分の体で何かを感じることはとても重要です。僕はそこからひとりひとりの能動性を引き出すような建築を作りたい。例えば『衣服のような家』は、環境を衣服を脱ぎ着するように自分の手でつくっていく住宅です。室内の温度や明るさを機械でコントロールするのではなく、自分の手を動かして調節していく。その結果、軽やかで身体感覚の延長のような建築ができるのではないかと考えています」

 

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