知られざる北斎〜beyond the border〜《第7話》北斎はなぜ世界の北斎になったのか

2018.01.10

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北斎はなぜ世界の北斎になったのか。

の謎を解くために行った7月のヨーロッパ取材で、印象的な出来事に遭遇した。パリから乗り込んだ地下鉄で、隣り合った10代の女の子が恐る恐るこう声をかけてきた。
「ヴ・ザレ・オ・ジャポン・エクスポ?(ジャパン・エキスポにいくんですか?)」
 この日私は、パリ市内のポスターで見た「ジャパン・エキスポ2017」というイベントに向かおうとしていた。郊外の大展示場で開かれる日本文化の総合博覧会。連日何万人もの大観衆が詰めかけているという。アニメに興味があるのではなく、日本文化に熱狂する西洋人の姿が見たいと思ったのだ。
「ウイ・ヴィアン・シュール(ああ、もちろんね)」拙いフランス語で返答する。彼女たちの一人は着物姿。安っぽい生地、奇妙な帯の結び方、下着にはTシャツ、足には白いスニーカー、違和感だらけだが、「アニメ100」と題されたイベントにいくのだから、コスプレの一種なのだろう。私は日本人だから、きっと同じ会場に行くと思ったに違いない。ところがそうではなかったことに気付いたのは、次の質問だった。「クエス・ボートル・コスプレ?(その格好は何のコスプレなの?)」
 その日私は、いつものように浴衣姿だった。この季節のヨーロッパは、浴衣が一番気持ちがいい。荷物にもならない。しかもこの日の意匠は大好きな戦国時代の破れ格子だ。
「ノン、スネパ・コスプレ!セ・ラ・モード(違う!これはコスプレじゃない、モードだ)」
そう怒ってはみたものの、10代の子たちにそれはどこまで伝わったか。ジャポンと言えばアニメ、アニメといえばコスプレ、ラーメン、お寿司、等々。西洋人の頭の中には、すっかりジャポンのイメージはインプットされている。

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© Moïra Koffi

ャルル・ド・ゴール空港近くの会場駅に着くと、さらに驚く光景が広がっていた。飛行機の格納庫大の巨大な室内ホール全体がチケット売り場で、うねうねと1キロ近くも行列が続いている。会場はジャンボジェット機が四機は入るほどの広さがあり、中には巨大ステージ、100人単位が集まれる幾つものブース、大小のショップ、ゲーム対戦コーナー、フードコート等々。会場左側の無数の小ブースでは、アマチュア画家たちがカードやプラスチック板にアニメのキャラクターを描いて売っている。耳をつんざくような爆音。ビートの効いたバスドラのリズム、ハウスミュージックに乗せた歌声。TVゲームコーナーでは、昔懐かしインベーダーゲームに若者たちが群がっている。

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写真左:© Benjamin HUMEZ 写真右:© Frédéric BRET

場内至る所に描かれ、若者たちが競ってコスプレしているのはセーラームーン、ルパン三世、コナン、ポケモン、ナルト、ワンピース等々。五感の全てを刺激され、目眩と耳鳴りがする空間をフラフラ彷徨いながら、私はいつしか不思議な既視感に囚われていた。

 ーーーここは約150年前のパリの画廊だ。私は西洋人たちの熱狂の中にいる。目の前で大人気なのは歌麿、写楽、師宣、清春、広重等々。誰もが競うように浮世絵に群がり、刷りの浅い鮮やかな一枚を探そうと必死になっている。
そしてその中央に鎮座しているのは、、、

150年を隔てた2つの熱狂に共通しているのは、この場では多くの人々が群がっているのに、パリ市内ではその魅力を知らない人の方が多いこと。特に既成の価値観を打破ろうとする若者とアーティストに支持されていること。
そして日本人は、遠くヨーロッパでこんなに熱狂的に自国の文化が受け入れられていることを自覚していない。
いま目の前にいるアニメのキャラクターたちを、日本の大人たちは子供の遊び道具としか思っていない。私自身、浴衣をコスプレと言われたら、それだけで馬鹿にされたと感じてしまう。けれどここに集う若者たちにしてみれば、コスプレは憧れであり夢であり尊敬のシンボルだ。

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1886年に発行されたパリ・イリュストレ紙の日本特集号

1870年代から1900年代初めにかけて、パリでは今日と同じような日本文化への熱狂があった。当初は陶器や美術品がその中心だったが、いつしかその視線は浮世絵に集まる。
いまのアニメと同様、かつて浮世絵も、日本人にとっては数百円で買えていっとき壁に飾って楽しむ程度の娯楽品だった。
けれど西洋人たちは、その中に新しい美術のエッセンスを見出して価値とし、そのムーブメントをジャポニズムと呼んだ。
その中でも最大の人気を誇ったのは葛飾北斎。
大波が左手から右に向けて砕ける瞬間を捉えたThe Great Wave、神奈川沖浪裏は、そのシンボルとなった。北斎がのちに「世界の北斎」となったのは、まさにこのタイミングで作品がヨーロッパにもたらされたからに他ならない。

 なぜ北斎に人々の視線が集まったのか?
その理由は、、、。

《第8話へ続く》

「知られざる北斎~beyond the border~《第1話》 葛飾北斎とゴッホを結びつけた日本人①」はこちらから>>
「知られざる北斎~beyond the border~《第2話》 葛飾北斎とゴッホを結びつけた日本人②」はこちらから>>
「知られざる北斎~beyond the border~《第3話》西欧諸国に吹き荒れるジャポニズム① 」はこちらから>>
「知られざる北斎~beyond the border~《第4話》西欧諸国に吹き荒れるジャポニズム②」はこちらから>>
「知られざる北斎~beyond the border~《第5話》熱狂する海外、見向きもしない日本」はこちらから>>

 

〈プロフィール〉

神山典士(こうやま のりお)

ノンフィクション作家。1960年生まれ、埼玉県出身。1996年「ライオンの夢、コンデ・コマ=前田光世伝」にてデビューし、小学館・第3回ノンフィクション大賞優秀賞を獲得。扱うテーマは芸術活動、スポーツ、ビジネス、食文化・・・と多岐にわたる。
2012年「ピアノはともだち、奇跡のピアニスト辻井伸行」で全国読書感想文コンクール課題図書選出。2014年、「週刊文春」2月13日号にて、同誌取材班とともにスクープ記事「全聾の作曲家はペテン師だった!ゴーストライター懺悔実名告白」を発表。社会的な反響を呼び、同記事は第45回大宅壮一ノンフィクション賞・雑誌部門を受賞した。