近藤誠一さん(元文化庁長官、近藤文化・外交研究所代表)×齋藤峰明(アトリエ・ブランマント総合ディレクター)<<第3話>>

2017.11.13
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日本的発想は徐々に世界の認識へ

 近藤「地方再生は、文化的側面においても重要事項だと考えています。文化は地方から生まれるもの。日本の文化とは、北海道から沖縄までそれぞれの地方の文化が融合しながら、人との関係性の中で築かれてきたものですからね。ですから日本を元気にするのは「文化」と「地方」だという気持ちで、現在は長野県の文化振興事業団や京都市芸術文化協会理事長、その他アドバイザー的な立場で地方のお手伝いもしています」

 齋藤「私も同感です。私が自分の会社に「シーナリー(景観)」と名づけたのも、まさにそこなんです。景観とは、単に景色が良いということでなく、美しさが人の心に響く、いわゆる人間と自然の関係性の中で生まれると思っています。もう一回そこを掘り起こす必要があると思ってその名前にしたのです」

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近藤「ユネスコの世界遺産の登録でも“文化的景観(カルチュラル・ランドスケープ)という新たな概念”を途中から取り入れたのです。単なる自然であれば『自然遺産』というカテゴリーがあるのですが、これは景観を『文化遺産』として登録できるようにしようという考え方です。富士山が世界遺産登録される時の、三保の松原がまさにこの文化的景観にあたります。人間と自然との関わり合いの中で、素晴らしい文化的価値を自然の中に見出す、そんな日本的な発想は徐々にこういう形で世界の中に取り込まれてきているんです」

齋藤「それこそまさに大使のご尽力の賜物だと思います」

近藤「徐々に浸透してきたものなんですよ。世界遺産において、以前は建築物の素材は建築当時のものでなければいけなかったのです。でも西欧の石の文化ならともかく、日本は木の文化ですから100年もすれば地震や火事で立て直すことが必要です。伊勢神宮の式年遷宮なら20年に一度。日本人は同じ素材・設計・技法、さらには同じ道具を使って、1000年以上も前からその精神を受け継いで作っているわけですよね。結局デザイン・素材・技法などが同じであれば、オーセンティック(真正・本物)とみなすという決議が92年の奈良の会議で採択され、日本の木造建築は創建当時の木でなくても、その佇まい・精神が継承されていればよいということになりました。そんな日本的発想が少しずつ理解されてきていると実感しています」

 齋藤「僕がお手伝いしている“老舗の会”で話題になるのは、新資本主義と違って会社は売ったり買ったりするものではないんじゃないかという、日本ならではの経営の仕方です。近江商人の“三方良し”じゃないけれど、株主はもちろん従業員、お客さま、そして社会に対して責任をもって活動するのが会社であって、儲けがすべてではない、そんな日本的な会社観も必要だと感じています。実はパリでも講演したのですが、かなり反響がありました」

 近藤「例えば京セラの稲盛和夫さんもそうではないでしょうか。人が中心で金儲けではないという稲盛さんの企業哲学は、創業以来一度も赤字を出していないことからも、それが実現可能だと証明しているわけです。政治や経済においても、西欧的な合理主義・効率主義ではない、日本人の文化に根差した方法がきっとあるはず、そしてそれは自由経済の論理の中でも成功する可能性があるはずだと信じています。その可能性のために、今後も日本人が自身の文化価値に気づき、自信がもてるような活動を続けていきたいと思っています」

 

<プロフィール>

元文化庁長官、近藤文化・外交研究所代表
近藤誠一

 東京大学教養学部卒業後、1972年外務省に入省。1973年~75年英国オックスフォード大学留学。外務省では経済局、広報文化交流部などを担当する。在フィリピン大使館参事官、在米国大使館公使を務めた後、1999年OECD(経済協力開発機構)事務次長に。その後2006年にはユネスコ日本政府代表部特命全権大使、2008年駐デンマーク特命全権大使を歴任。2010年から13年まで文化庁長官。退官後は近藤文化・外交研究所代表を設立。外務省参与(国連安保理改革担当)を務める傍ら、東京大学大学院特任教授、長野県文化振興事業団理事長、京都市芸術文化協会理事長等を務める。「世界に伝える日本のこころ」(かまくら春秋社)、「FUJISAN 世界遺産登録への道」(毎日新聞社)など著書多数。